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勇者魔王短編作品

剣と魔法の世界にも花粉症はある! ~勇者よ、花粉を出してる巨大樹をブッた切ってくれ!~

 王宮に勇者が現れる。勇ましい恰好と顔つきで、国王の前に跪く。

 ……鼻水を垂らしながら。


「陛下、お呼びでしょうか。……ジュル」


 玉座に座る国王は貫禄のある姿勢で応じる。

 ……鼻水を垂らしながら。


「うむ、おぬしを呼んだのは他でもない。……ジュルル」


 鼻をすする二人。


「勇者よ、花粉を出してるあの巨大樹をブッた切ってくれ! ハーックション!」


「もちろんです。ハーックション!」


 ハーックション! ハーックション! ハーックション!

 くしゃみをしまくる両者。なぜこんなことになってしまったのか。少し時をさかのぼることにしよう。


……


 この世界では、人類と魔族が永きに渡りいがみ合ってきた。

 人類代表である勇者と、魔族の長である魔王は幾度となく戦いを繰り広げ、なかなか決着をつけられないでいた。

 平和は訪れそうもなく、もはや神も世界を見放した、などと嘆く者すらいた。


 ――そんな時だった。


 突如、人と魔族の領域の境に、一本の木が生えた。

 この木はすくすくと生長し、巨大な樹木になったかと思うと――なんと、花粉をばら撒き始めたのだ。

 この花粉に、人類は大いに苦しんだ。

 まず、鼻水が出る。


「あーもう、いくら鼻をかんでも止まらねえ!」


 さらに、くしゃみも出る。


「ハーックショッ! 誰かが俺の噂を……ハクショッ! クシュンッ! ハーックション! なんだよこれぇ!」


 目がかゆくなる。


「うがああああっ! いくら目を洗ってもかゆい! 目をほじくり出したくなるぅ!」


 体もだるくなってしまう。


「買い物に行きたいけど……体がだるくてそんな気になれないわ」


 これらの症状が猛威を振るう。原因が花粉なのは明白だった。

 いつしか人々はこれらの症状を“花粉症”と呼び、恐れるようになった。


「このままじゃいけない! あの木をどうにかしなきゃ!」


 もちろん、伐採のための部隊が組織された。だが、巨大樹に近づくほど花粉の威力はひどくなり、近づくことさえできない。

 国の薬師も薬の開発を急いだが、成果は芳しくなかった。一時凌ぎがせいぜいだ。

 かくして、ついに勇者が出張る事態になってしまったのである。


……


 国王が勇者に尋ねる。


「おぬしはこの花粉症の黒幕……誰だと考える?」


「それはもちろん、魔王しかないでしょう」


「やはりおぬしも同じ考えか」


 花粉症を起こす花粉をばら撒く樹木を誕生させ、人類を弱らせ、弱ったところを一気に侵略する。魔王ならやりかねない。というか、絶対やる。勇者も国王も確信していた。


「ジュル……ではさっそく行ってまいります」


「頼んだぞ……グス。おっと、もちろんおぬしを一人で行かせるようなことはしない」


「とおっしゃいますと?」


「選りすぐりの兵100人をつけよう。ああ、あとそこの宝箱に装備が入ってるから準備を整えてゆくがよい」


「ありがとうございます」


 宝箱の中にはマスクとゴーグルが入っていた。勇者は国王に深く感謝した。


……


 勇者と100人の精鋭は出発する。

 目指すは巨大樹。

 全員マスクはしているが、花粉はたやすくマスクを通り抜けてくる。気休め程度にしかならない。


「ハークショッ!」


「くしゅんっ!」


「フェックシ!」


 くしゃみが絶えない職場であった。

 ある兵士が勇者に問う。


「勇者様、僕たちは巨大樹をやっつけられるでしょうか?」


「どうだろうな……」


「もし僕たちが失敗したら、人類はどうなってしまうのでしょうか?」


「考えたくもないな」


 魔王すら恐れない勇者にも、今回ばかりは弱気が宿る。

 やがて、勇者一行は巨大樹が目視できる地点までたどり着いた。


「いいかみんな! ここからより一層花粉が激しくなる! なんとか頑張ってくれ!」


 勇者の檄に、涙と鼻水まみれの兵士たちが応じる。

 だが、ここから先はまさに“花粉地獄”だった。

 

「ハーックシュッ! ……もうダメ」


「目を開いてられません! ここまでです……」


「もう花粉は嫌だぁぁぁぁぁ!」


 一人、また一人と脱落者が続出する。

 先頭をゆく勇者ももちろん辛い。目はかゆい、鼻水はドバドバ出る、息を吐くように出るくしゃみ。発熱もしている。

 だが、諦めなかった。

 俺は勇者だから絶対諦めない。自分にそう言い聞かせ続けた。

 巨大樹を倒し、黒幕の魔王も倒す。使命感を超えた何かが勇者を突き動かしていた。


……


 巨大樹にたどり着いた時、勇者は一人きりになっていた。兵士たちは花粉の猛威に耐え切れず、勇者に全てを託してリタイアしていった。

 勇者は兵士たちを責めはしなかった。彼らがいたからこそ、自分が発奮できた部分もあったからだ。


「みんな……後は任せろ! これで花粉症は終わる!」


 勇者は剣で巨大樹に斬りかかる。


 ガキンッ!


 ――が、ほとんど歯が立たない。刃物は効果が薄いのか。


「なら……“大火炎魔法(サンフレイム)”!」


 強力な火炎魔法で焼き払おうとする。しかし、これも上手くいかない。


「くそっ、ここまで来て! ……ぐしゅっ」


 巨大樹の圧倒的耐久力になすすべがない。何とか次の手を考えようとする。

 その時、勇者は生き物の気配を感じた。


「誰だっ!?」


 もし、巨大樹が魔王の仕業なら防衛用のモンスターを配備してないはずがない。戦闘を覚悟する勇者。

 しかし、現れたのは意外な人物だった。


「え……魔王!?」


「勇者……!?」


 巨大樹の下で、勇者と魔王が出会った。


……


「まさか、お前自ら樹の防衛をしてるとはな……」


「そっちこそ、勇者が樹を守ってるとは思わなかったぞ」


 構える勇者と魔王。

 だが、ここでお互いに気づく。


「ん? 俺が樹を守ってる? なにいってんだ。俺は樹を切り倒しに来たんだぞ」


「ワシだってそうだ。魔族はこの樹の出す花粉のせいでボロボロだからな」


「……」


「……」


 これはおかしいと情報交換する。


「マジか……この樹はお前の仕業じゃなかったのか!」


「ワシも驚きだ。てっきり人間が作った植物なのかと……」


「じゃあこの樹はなんなんだよ!?」


「分からん……」


 どうやら人類と同じく、魔族も花粉症に悩まされていたらしい。そして勇者と同じように、魔王は部下とともに樹木討伐に出向き、ここまでたどり着けたのは魔王だけだった。


「俺たち二人とも、同じような境遇ってわけか」


「そのようだな」


「すまなかったな。疑ったりして」


「いや、ワシの方こそ悪かった」


「こうなったら俺たち……いっそ手を組まないか」


「うむ、この樹を滅ぼすのはワシ単独では難しそうだ」


 勇者と魔王は力を合わせ、樹への攻撃を開始する。

 だが、一人一人では歯が立たなかったのだ。その二人が手を組んだところで、なかなかダメージは与えられない。


「がむしゃらに攻撃しててもダメだ……もっと工夫しないと」


「色々試してみるしかあるまい」


 花粉症をこらえながら、二人は懸命に攻撃を続ける。

 攻撃を続けるうち、だんだんとコツをつかんできた。勇者の持つ光の闘気と魔王が宿す闇の魔力。これらを合体させるととてつもない威力が生まれることに気づいた。


「光と闇って相性良かったんだなぁ……」


「目からウロコだな……」


 光明は差した。が、勇者も魔王もだいぶ力を使っていた。

 他の兵や魔族が巨大樹にたどり着けない以上、補給は期待できないし、勇者と魔王も一度ここを離れたらもう一度来られる保証はない。樹はダメージを回復してしまうだろうし、それほど花粉は苛烈なのだ。

 つまり、チャンスは一度きりと考えた方がいい。


「これぐらい追い込まれた状況の方がやりがいがあるってもんだ……」


「うむ……体力はもうないが、心はむしろ燃え上がっている。こんなことは久しぶりだ」


「行くぞ、魔王ッ!」


「勇者よ、まさか貴様とこんな局面を迎えることになるとはなッ!」


 勇者が自分の全闘気を剣に込め、跳び上がる。

 さらに魔王が自身の持つ全魔力をその剣に叩き込む。


「うおおおおおおっ! 花粉症の元凶め、覚悟ォォォォォッ!!!」


 光と闇の力で、勇者が全身全霊で斬りかかる。


――しかし!


「……ふぇ」


 なんという不運。ここで勇者はくしゃみを出しそうになる。もし、くしゃみが出れば、技は大失敗に終わってしまう。


「や、やばい……ふぇ、ふぇ……」


 人類と魔族の存亡がかかった一撃が、一回のくしゃみでパーになろうとしている。

 魔王が叫ぶ。


「くしゃみに逆らうな!」


「!」


「くしゃみの勢いを利用するのだッ!」


「なぁるほどぉ!」


 逆転の発想。くしゃみによって生じるあの勢いをこの一撃に転用する。散々くしゃみで人々を苦しめてきた巨大樹に、相応しい一撃かもしれない。

 勇者はくしゃみをこらえるのをやめた。


「ふぇ、ふぇ、ふぇぇぇぇぇぇっくしょん!!!!!」


 ズバァッ!!!

 

 くしゃみを伴った会心の一撃は――


 巨大樹を丸ごと消滅させることに成功した。

 全ての力を使い果たし、倒れる勇者。


「ざ、ざまあみろ……」


「よくやったぞ、勇者!」


「ありがとう、魔王……」


 称え合う宿敵同士。

 いや、もはや二人は宿敵ではなく戦友だった。


「ワシらが力を合わせれば……これほどのことができるのだな」


「そうだな。樹には気の毒なことをしたかもしれないけど……」


「仕方あるまい。あのまま放っておくわけにもいかぬからな」


「本当に凄まじい花粉だったからなぁ……。まるで神の怒りのような……」


 そして、どちらともなく言った。


「もう……争い合うのはやめないか?」


「うむ、人と魔族は共存できる。争うのは愚かなことだ」


 これをきっかけに、人類と魔族は急速に和解への道を歩み出す。

 花粉症を撃退したことで、真の平和への時代が花開いたのである。


……


 これらの様子を全て見ていた神がこうつぶやく。


「全て上手くいったな」


「さすが神様、お見事です」


 後ろにいる天使が感心したように頷く。


「天界にしか存在せぬ巨大樹を地上に植えることにより、花粉症という強大な敵を生み出し、それに立ち向かわせ、人類と魔族を一致団結させる。神様のシナリオ通りになりました。あなたは世界を見放してなどいなかったのですね」


「もちろん、上手くいかない可能性もあった。だが、人類も魔族も私の期待以上の働きをしてくれた。これにより、地上はさらに発展するであろう」


 すると――


「……ふえ」


「神様?」


「ふぇっくしょん! ハークショッ、ハクション! ……くそっ!」


「すぐティッシュをお持ちします!」


「あーもう、今年は花粉が多いな!」


 そう、天界にもあの巨大樹は生えている。しかも、神ですら伐採に手こずるぐらいの数が。

 おかげで神は重度の花粉症だったのだ。


「ティッシュです」


「ありがとうよ」


 紙で鼻をかみまくる神。


「ホントこの時期は辛いわ……。目もかゆいし、熱っぽいし、今日の仕事はこれまで! 天使、あとはよろしくな!」


「は、はい!」


 神がくしゃみしながら去っていくのを見つめながら、天使はこうつぶやいた。


「神様が地上にあの樹を生やしたのって……。もしかして、地上の者達にも自分と同じ目に遭わせたかったからだったりして……」






花粉症が辛いので書いてみました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 花粉症。 自分はナイアシンのサプリメントを飲んで何とかしました(マジで鼻水亡くなったし目もたいしてかゆくならない)。
[一言]  くしゃみの噴射力(笑)  魔王と協力するところまではよめますが、その先にもうひとつ小フックを入れておくのがさすがです。  神様のくだりもよかったです。
[良い点] こういうギャグっぽくて斬新なタイトルって、実際に読んでみると期待はずれなことが多いのですが、むしろこの作品は期待以上に面白かったです。 「くしゃみの勢いを利用するのだッ!」 のシーンで…
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