中
授業はなんとかある程度集中して受けれていた。疲れはものすごくあるが、授業に集中するほうが千倍ましだったのだ。周りの雰囲気を忘れることができるから。
俺はしばし窓の外を眺め、空を見ていた。現実逃避をしていたのだ。だが、これがミスだった。いつも通り、昼休みになってすぐ購買もしくは食堂に行けばよかったのだ。
「あの、長谷川先輩、います?」
後ろのドアのほうから妙に聞きなれた声がする。俺は恐る恐る声が聞こえたほうを見る。そこには、進藤がいた。俺はしまった、と思い、その場から離脱しようとするが、もう遅かった。
「おーい、長谷川君、彼女が呼んでるよ」
進藤に尋ねられていたクラスメイトの女子は冗談交じりにこちらを読んでくる。おれにとっては全く面白くない冗談だ。まあ冗談交じりだと思っているのは俺だけで、彼女はそう思っているかもしれないが。俺は一度気付かなかったふりをして、違うほうのドアからそそくさと出ようとするが、目の前に別のクラスメイトが現れる。
「長谷川、どこ行こうとしてるんだ?」
「いや、ちょっと昼飯を買いに」
俺はそう言って逃げようとするが、周りの雰囲気からしてもう逃げるのは無理そうであった。俺はすぐに、いやなんでもないというと、進藤のところに向かう。
「どうした?進藤」
「先輩にお弁当作ってきたんです。一緒に食べませんか?」
進藤は笑顔でそう言った。進藤の手元には弁当箱が入っているらしき袋がある。俺はとりあえず断ろうと思い、いや、と言った瞬間、唐突に物凄い圧を感じる。どうやら周りのクラスメイトのようだ。なので、俺は渋々承諾する。そんな圧の中、断ることは俺にはできなかった。
「ありがとう、進藤、どこで食う?」
俺がそう言った瞬間、凄いうれしそうな表情を進藤はすると、俺の手を取ると、「こっちです、私のお気に入りの場所があるんです」と言うと、強引に引っ張っていく。俺は抵抗しても無駄なので、そのまま進藤に引っ張られていくのであった。
少しして、俺たちはとある空き教室に来ていた。空き教室に入ると、机といすが用意されていた。といっても一つの机に向かい合うように二つの椅子があるだけであった。
進藤は楽しそうに、弁当を広げていく。俺は進藤に気づかれないように、はあとため息をつくと、椅子に座る。弁当は色々なものが入っていて普通にうまそうではあった。広げおわると、進藤は箸を渡してくる。
「どうぞ、お好きなものから食べてください」
俺はああとだけ言うと、とりあえず適当に卵焼きをとると、口に放り込む。うまかった。俺は反射的にうまい、とつぶやく。その瞬間、進藤がガッツポーズをする。俺が不思議そうにすると、進藤は一瞬恥ずかしそうな表情をする。
「先輩のお口に合ったみたいでよかったです。私の手作りだったので、少し不安だったんです」
進藤は照れた様子を見せながら、そう言う。俺は一瞬、ここでやっぱり美味しくないと言えば、進藤はショックを受けて俺に付きまとうのをやめるのでは?と思うが、そんなことを言ったら進藤に悪いし、次はもっと頑張りますとか言われたら意味ないのでそんなことは言わずにほかのものもどんどんと食っていくことにする。
ほかのもうまかった。まあ俺がどんどんと食っていると、進藤が箸を持ったまま何も食わず、こちらを見つめているだけのことに気づく。正直うますぎたのと、疲れで飯を食いたいと思いすぎて、周りに意識が言っていなかった。
「食わないのか?」
俺がそう尋ねると、はっとでもいいたげな様子を進藤は見せる。その後、先輩が美味しく食べる様子を見てたらうれしくて忘れてましたと言うと進藤も食べ始めた。ものすごく楽しそうに美味しそうに食べるので、一瞬見とれてしまった。俺はまずい、と思いながら食べるのに集中することにする。そうしようとした瞬間に、進藤は尋ねてくる。
「ねえ先輩どれが一番美味しいですか?」
俺は一瞬悩むと、まあ卵焼きかなと言うと、進藤はすぐさま箸で卵焼きをとると、俺のほうに近づけながら、はい、あーん、とか言ってくる。
俺はそれを無視する。すると、進藤はぷくーとでも音が鳴りそうな感じで頬を膨らませる。俺が無視して、箸で別の卵焼きをとろうとすると、進藤は箸を持っていない手で、卵焼きが入っている弁当箱をぱっと取り、俺の箸が届かないようにする。
「せーんぱい、あーん」
そして、そういいながら箸を近づけてくる。俺は無視して別のものを食べようとする。その瞬間、進藤は怒ったように言う。
「先輩、なんであーんさせてくれないんですか」
「なんで、あーんしようとしてんだよ、まずお前は」
俺がすぐにそう返答すると。進藤はまたもや頬を膨らませる。そして、その後、もういいです、とすねたように言うと卵焼きが入った弁当箱をもとの位置に戻す。俺はよし、あきらめたようだなと思う。すると、進藤が口を開けてくる。まるで、食べさせてくださいとでもいいたげだった。
俺はそれを確認した後、それを無視して食べ続けようとする。すると、進藤は箸をおく。そして俺から、食べ物を遠ざける。そのまま勝ち誇ったような表情を見せる。
「先輩、私にあーんしてください」
まるでこれ以上食べたかったら、あーんしてくださいと脅しているようだった。俺ははあとため息をつくと、俺は箸に挟んである唐揚げをちらりと見る。その様子を見た進藤は期待したように、こっちを見ると、口を開ける。
俺はそれを見ながら、自分の口に放り込むと、ご馳走様、と言う。進藤はえっとでも言いたげな表情を口を開けたままする。俺は立ち上がり、教室から出ていこうとすると、進藤は寂しげな悲し気な表情を見せながら上目遣いで言う。
「先輩、まだあるのにもう食べないんですか?」
俺は、俺はああ、もう満腹だ、ごちそうさまと言って帰ろうとした。だが、無理だった。俺は椅子に座ると、もう少し、食うと言ってしまう。進藤は嬉しそうな表情を見せると、またもや俺にあーんしようとしてくる。俺はもういいや、と思って、進藤が近づけてきた卵焼きを食う。めちゃくちゃ恥ずかしかった。でも気のせいだと思うが、さっき自分で食うよりもうまかった。
すると、進藤のふぇっという、よくわからない声が聞える。俺は恥ずかしさで進藤から一度目をそらしたのだが、もう一度進藤のほうを見ると、ものすごく赤い顔をしていた。どうやら進藤もかなり恥ずかしかったようだ。俺はそれを見て、さらに恥ずかしくなる。
そして、俺と進藤は弁当を食い終わるまでの間、一言も交わさなかった。食い終わって少しして、俺は進藤に向かって言う。
「ごちそうさま、うまかった」
「あっありがとうございます」
進藤はそれだけ言うと、物凄い勢いで片づけをして教室を出ていった。俺は一人残されると、あいつなんなんだよ、と思いながら、予鈴のチャイムがなるまで、その空き教室で一人残っていた。
午後の授業は全く集中できなかった。あの時の恥ずかしそうに顔を赤くしていた進藤の顔がちらついたのだった。なんどもそれを忘れて振り払おうとしたが、全くできなかった。そのまま、授業に集中できないまま、放課後になった。俺はとりあえず、昼休みの二の舞にならないように、さっさと教室を出ていく。俊に声をかけられたが、無視をした。大体昼休みの後、愛妻弁当はどうだった?とにやにやしながら言ったのがうざかったのもある。
教室を出た瞬間に、俺は別のクラスの同じ委員会のやつに声をかけられる。その瞬間、俺は今日の放課後に委員会の活動があったことを思い出す。俺はそのままそいつと一緒に、委員会の仕事に向かう。俺は結果として、進藤に会わずにすみそうだと思い、安心する。
委員会の活動は思ったより長引いた。俺はついでに、委員会の担当の先生に、勉強のことが聞きたいことがあったので、そのまま話をした。先生との話が終わると、もう、少し外は暗くなり始めていた。
俺は思いの外遅くなったと思いながら、玄関で靴を履き替えると、家に帰ろうとする。そして、校門で思いがけない人物がいることに気づく。
「あっせーんぱい、遅かったですね」
進藤がそこにはいた。進藤は俺を見つけると、俺のほうに近づいてくる。俺はまさか待ってたのか、と思いながら、尋ねる。
「進藤、待ってたのか?」
「ええ、先輩と帰ろうと思って」
進藤は笑顔でそう答えた。俺はどれだけ待ってたんだこいつは、と思う。おそらくだが、2時間ぐらいは待っているはずだ。別になんの約束もしてないのに。
「俺がもう帰ったとは思わなかったのか」
「一瞬思いましたが、先輩のご友人が委員会の活動あるよと教えてくれたので、こんな待つとは思いはしませんでしたけどね」
進藤は変わらない笑顔でそう言った。俺が何も言わないでいると、俺の左腕に抱き着くと、一緒に帰りましょうと言う。俺は進藤のほうをちらりと見る。そして、
「ああ、帰るか」
と言う。すると、進藤は目をぱちくりとさせる。俺が素直に帰ろうと言ったことに驚きを隠せないようであった。まあ俺でも驚いている。こんなにするっと帰ろうと言えたことに。別に、進藤が好きになったわけではない、単純にこんなに長いとこを待ってくれたこいつを邪険にできなかっただけだ。そうただそれだけだ。
「嫌ならいいぞ」
「い、いえそんなことはないです。というかむしろ嬉しいです」
進藤はそう言うと、えへへとすごくうれしそうな表情をしながら、俺により抱き着いてくる。俺は歩きづらい、と言うが、進藤は気にしたようなそぶりを見せずに、そのままである。俺は何言っても意味ねえな、と思うと、そのまま家へと向かうことにする。
その途中、色々話をしたが、昼休みの話は出てこなかった。進藤にとっては、やはりかなり恥ずかしかったようであった。あのあーんが。今日の昼休みの出来事に関連しそうになってくると、進藤の顔が赤くなり体温が上がるときがあったからだ。まあ俺もだが。
進藤と俺の家は途中までは道は一緒だった。そして、別れることになる地点が近づくと、それに気づいたであろう進藤は俺に抱き着く力をより強くし、歩きづらくしてくる。
「進藤、歩きづらい」
俺がそう言うと、進藤は無視する。俺ははあとため息をつく。そして、別れることになる地点が来た。俺は進藤のほうを向いて言う。
「じゃあここまでだな、また明日、いや来週か」
進藤は無言のままであった。俺が進藤、と声をかけてもなんも反応しない。俺はまたため息をつくと、引きはがそうとする。その瞬間、やだ、と言う声が聞えてくる。
「お前な、子どもじゃないんだから」
そう言って、俺がまた進藤を引き剝がそうとすると、またやだと言う、俺は一緒に帰ったのは失敗だったかと思う。そして、もうどうにもならないと思うと、俺はまたもやため息をつく。
「わかったよ、とりあえず、お前の家まで送ってやる。そしたら離れろよ」
俺がそう言うと、進藤はこちらをちらりと見る。そして、わかった、と小さな声で言う。少し嬉しそうであった。
そして、進藤の家まで行くことになった。進藤の家に着くまで、何も話さなかった。その間の時間は俺にはすごく長く感じた。
家に着くと、俺は進藤のほうを見る。進藤は何も言わず、抱き着いたままであった。
「ついたから離れろ、これじゃ俺が帰れないだろ」
俺が少しいらついた様子で言うと、進藤はすごく名残惜しそうに、俺の左腕から離れる。そして、小さな声で言う。辛うじて聞こえるぐらいだった。
「ありがとうございます、先輩」
俺はおう、じゃあなと言って背を向ける。すると、いきなり進藤が後ろから抱き着いてきた。俺は一瞬バランスを崩しかけて、倒れそうになる。
「あぶねえだろ、どうした?」
俺がそう言うと、進藤は何も言わない。俺ははあとため息をつく。俺はいつになったら帰れるんだ、と思うのであった。そして、俺は素直に一緒に帰ろうと言ったのは失敗だったのかと思う。いつもはこんなにしつこくない。
「なあ進藤、俺帰りたいんだが」
「先輩、好きです」
進藤は突然そう言ってきた。俺はいきなりなんだよ、と思う。そこで、俺が何かを言おうとする前に、進藤は続ける。
「好きで、好きでたまらないんです。だからいつも先輩にとってはうっとしいと思うようなことしちゃうんです。そうすれば先輩、私のこと意識してくれるから」
進藤の俺に抱き着く力が強まる。そして、泣きそうな声で言う。
「本当に私先輩のこと好きなんです」
俺はこれに対して、何も言わなかった。いや言えなかった。何と言ったらいいのかがわからなかったからだ。
しばらくして、後ろの感触がなくなる。俺は後ろを振り向く。そこには、まったくみたことがないような表情をした進藤がいた。進藤の顔には泣いた痕があった。そして、すごく寂しげな悲しげな表情を見せながら言った。
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけしました」
そして、進藤は俺に背を向け、家へと入った。
一人残された俺はつぶやく。
「わかってる、最初からわかってるんだよ、お前の気持ちは」
そして、俺は家へと帰る。俺の心の中はぐちゃぐちゃだった。




