私のお婿さんになれるのが普通の男の人のわけがない。うん、知ってた!
血は争えないと思います。
人の噂も七十五日。
ようやく王都のメインストリートでポケットからリアルな等身大白骨を出した私に突き刺さる視線のほとぼりも冷め、穏やかな気持ちで朝の散歩に出かけられるようになった。
心配性のおじいちゃんやおばあちゃんが防犯グッズの魔道具を色々持たせてくれるけど、今は市販品しか身に着けていない。
今も世界の何処かで学者として研究に没頭しているお父さん、お母さん、お姉ちゃんが送ってくれる『防犯グッズ』は過剰防衛もいいとこだから。
成人もして結婚適齢期に入り、おじいちゃんやおばあちゃんが私の婿探しに奔走してくれても、お見合いの打診すら断られ続けている原因は、学者として世界的にも有名な家族たち三人。
送ってくれる過激な『防犯グッズ』に恐れをなしているのもあるだろうけれど、平民の娘なのに普通の家で嫁として受け入れるには私の家族たちの影響力が強すぎるから。
お父さんとお母さんとお姉ちゃんは、その研究成果で国の発展に大きく貢献していることで、王家からも便宜を図られているくらいすごい人。
よくわからないけど、私の家族のおかげで、この国は大国に囲まれた小国なのに侵略を受けることもなく、他国よりずっと豊かで生活レベルも上らしい。
他の国と比べて国内の治安がとっても良くて、他所の国では夜間の女性の一人歩きや女性だけのグループでの旅行なんて考えられないらしいけど、この国では普通のこと。
他所の国では、平民が病気や怪我の治療を十分に受けられる制度すらないらしくて、外国のお金持ちが治療や療養目的で訪れることもあるんだって。
そういうのもみんなうちの家族のおかげだって、子供の頃に高そうな服を着たおじさんが男の子を二人連れて来て教えてくれた。
そのおじさんが男の子たちの友達になってくれるか訊いてきたところで、おじいちゃんたちに外に叩き出されてたけど。
昔から私の家族は本当に過保護なんだよね。特に男の子と友達になるのを阻止しようとするの。
心配してくれてるのはわかるけど、もう結婚適齢期に差し掛かっているのに私は恋の一つも知らないことが悩みだったりする。
そんな私のバイブルは、乙女小説の『お花畑のお嬢さん』!
巷に溢れる乙女小説だけど、12歳の誕生日にお姉ちゃんがプレゼントしてくれた『お花畑のお嬢さん』が一番好きなの!
とにかくヒーローが素敵!
私の初恋って、もしかしたら『お花畑のお嬢さん』のヒーローかも・・・。
「お嬢さん、落としましたよ」
「え?」
バイブルに思いを馳せていた私に、小説の冒頭と同じ台詞がかけられて、驚いて振り向く。
そこには、『お花畑のお嬢さん』の世界から抜け出たような、ヒーローと同じ輝く金髪にサファイアの瞳の王子様のような美形が犬を連れて立っていた。
「失礼。このハンカチはお嬢さんのではありませんでしたか?」
「い、いえ。私のです」
労働階級の男性とは違う白い高貴な手で差し出された私のハンカチ。
朝靄の公園には季節の花々が咲き誇って、まるでお花畑。
これ、小説のシーンそのままだわ!
「どうぞ。僕は最近この街に引っ越してきたんです。素敵な公園ですね」
「ありがとうございます。この公園、私もお気に入りなんです」
ハンカチを受け取って男性をそっと見上げると、優しく微笑まれた。
あぁ、なんて美形! お姉ちゃんのダーリンさんも怖いくらい美形だったけど! あの人どう考えてもヤバい人だし! マトモそうなのに美形って眼福!
最近この街に引っ越してきたっていうのも小説と同じシチュエーションだわ。すごい偶然。物語みたい!
「僕のことはターモと呼んでください。お嬢さんのお名前を伺っても?」
小説のヒーローとは違う名前だけど、それでかえって私は安心した。
だって、シチュエーションも名前も乙女小説と同じだったら結婚詐欺師みたいだもの。
小説のヒーローの名前は、この国で一番多い男性名だったかしら。役所の提出書類のお手本によく使われているような名前よ。
「私はウィンディです」
「ウィンディ。可愛い名前。お嬢さんにとても似合う」
「ありがとう。ターモさん」
「ここに散歩に来れば、またウィンディに会える?」
ターモさんが緩やかに首を傾げて品良く問う。連れている大きな黒い犬も一緒に首を傾げている様が微笑ましい。
「はい」
「嬉しい。ウィンディは大きな犬も怖がらないでくれるんだね。今度会ったら、また次の約束もしようね」
「はいっ! 私、大抵の動物は平気なんです」
家族が連れて来たり送って来る謎の生命体に比べたら、ワンコなんていくら大きくても可愛いだけよ!
「そう。それはよかった。・・・僕の妻にピッタリだね」
「ターモさん?」
後半の口元を押さえた小声の言葉が聞こえなくて名を呼ぶと、犬が後ろ足で立ち上がってターモさんの耳に鼻先を向けていた。本当に大きなワンちゃんね。聞こえなかった後半はワンちゃんにかけた言葉だったのかな?
「またね、ウィンディ。この出逢いに感謝を捧げよう」
朝靄に溶けるように去って行ったターモさんの背中を見送っていたら、いつの間にかすっかり日が高くなっていたみたい。もう朝靄なんかどこにもないわ。どれくらいの間ボーッとしていたのかしら。恥ずかしいなぁ、もう。
初めて親しくなれそうな男の人に出逢えたからって浮かれすぎね、私。
帰ったらもう一度『お花畑のお嬢さん』を読み返しましょう。
あれはバイブルだから、本棚じゃなくてお姉ちゃんからもらった宝箱の中にしまってあるの。中に入れておけば劣化しない古代の魔道具らしいんだけど。本が劣化するのって何年くらいかかるものなのかしら。もしかして、出しておいても平気だったのかな?
「あれ? おばあちゃんたち、宝箱の中の本を出した?」
帰って早速バイブルを取り出そうと宝箱を開けると、他の宝物はあるのに『お花畑のお嬢さん』だけが姿を消していた。
「ミトラの宝箱なんて恐ろしいものを開けるわけがないだろう。お前以外が開けたら命の保証はないじゃないか」
お姉ちゃんのプレゼントは時々事前にお知らせのない効果が付随してるもんね。この宝箱にも劣化を防ぐだけじゃない効果が付いていたのかもしれないな。
「おじいちゃんたちは知ってる?」
訊ねてみると、二人とも高速で首をブンブン振っていた。
家族が開けられない宝箱から他人が中身を盗み出せる筈はないんだけどなぁ。
泥棒の死体も残ってないし・・・あれ? もしかして、宝箱に食べられちゃったとか? でも、だったら本は残ってるだろうし。
「ミトラお姉ちゃんから何か連絡はあった?」
「近い内にダーリンを連れて遊びに来ると下僕が伝えに来たよ」
「下僕・・・どの子?」
お姉ちゃんが下僕と呼んでいる変わった形の生き物には今まで何体か会ったことがあるけど。
「さて、緑色だったかねぇ」
今回は緑色の子だったんだ。みんな用件を伝えるとすぐに姿が消えちゃうんだよね。
でも、近い内にお姉ちゃんが来るなら宝箱のことはその時に聞こうかな。
あ! ターモさんのことは秘密にした方がいいかなぁ。せっかく普通の現代人の男の人とお近づきになれそうなんだもん。お姉ちゃんに紹介する前に、もう少しドキドキ気分を味わいたいの。
ちゃんと危なくないように防犯グッズは持って行くから。心配してくれる家族を悲しませるようなことはしないから。
もう少し、乙女小説のヒロイン気分でいさせて!
───なんて、考えていたことが私にもありました。
「久しいな、ミトラ」
「俺のミトラに偉そうな口を利くな。プフクテッコタァモ」
「別にいいだろう。義理の姉になるのだから。ならばお前が義理の兄か。笑えるな、クァピィティルーヴァ」
乙女小説のヒロインから現実に戻った私の目の前で繰り広げられる、完全に既知であろう会話。お姉ちゃんとお姉ちゃんのダーリンさんとターモさん。
えぇと、とりあえずターモさんとダーリンさんの多分本名って何語なんですかね。
遠い目になっている私の心の内を読んだのか、お姉ちゃんが疑問に答えてくれた。
「ごめんねウィンディ。消えた古代王国の言語はウィンディには聞き取りも発音も難しいよね。ウィンディの婿の方は好きなように呼んでいいんだよ」
あ、うん。三人が既知であろうことで察してはいたよ。お姉ちゃんが交際に反対しないどころか婿として勧めてくるんだから絶対そうだよね。
ターモさん普通の男の人じゃなかった!
ついでに現代人でもなかった!
多分お姉ちゃんが発掘した遺跡産の婿!
「ミトラお姉ちゃん、この際だからハッキリ教えてくれる? 今まで怖くて聞けなかったけど、ダーリンさんの正体と私のお婿さんの正体」
うん、諦めよう。お姉ちゃんだけじゃなくておじいちゃんもおばあちゃんも反対してないし。お父さんとお母さんからもお祝いのメッセージと得体の知れないプレゼントが届いたし。
私のお婿さんは遺跡産のターモさんになるんだって。
「ウィンディの婿の方が古代王国の王だった男で、お姉ちゃんのダーリンはその王国の大司祭で大賢者だよ」
あぁ、前にお姉ちゃんが言ってた超絶美形の王族で財宝ザクザクな人かぁ。
うん。事前に少ぉし情報をもらってたから、あんまり驚かずに済んだかなー。
「遙か古代に世界を統べた王の国があってね、ウィンディの婿はその国王。一代限りでこの二人の死後はすぐに国が崩壊したんだけどね。そもそもダーリンの力がなければ世界を統べることなんてできなかったんだし」
「僕は国の運営や支配は得意でも自分が戦うのは得意分野じゃなかっただけだよ。クァピィティルーヴァの暴走や実験に大義名分を与えて節制させることで世界を滅亡から救ったことを評価するべきだ」
「俺の力を存分に利用したくせに。俺が生きた時代に偶々王として生まれた幸運に感謝しろ」
わぁ、話が壮大でウィンディよくわからなーい。
「そうだな。お前のような凶人と知己であったがゆえにウィンディと巡り会えた。この幸運には感謝を捧げている」
わぁ、話が私にも関わってきたー。
「ミトラ妹。これが以前話していた友人だ。俺が紹介する前に仲を深めていたようで幸いだ」
「ミトラが僕にかけた封印を解いて本来の姿で地上に実体を現すことが可能になったからな。もう待てなかった」
以前会ったときのダーリンさんの言葉が記憶の底から甦って頭を抱えたくなり、ターモさんの言葉で気づきたくなかった「もしかして」のパズルのピースがカチリと嵌った。
「ミトラお姉ちゃん・・・『お花畑のお嬢さん』て、何処から買ってきた本だったのかな・・・?」
「やだなー。お姉ちゃんがウィンディにその辺で買ってきたものなんか贈るわけないじゃないか。あれはお姉ちゃんが初めて踏破した迷宮遺跡の最深部の秘宝だよ。記念品だからウィンディに持っていてほしかったんだ」
「・・・あの本の効果は・・・?」
「絶対に持ち主を幸せにする恋のお守り。効果はあったでしょ?」
「え?」
「いくら私でもウィンディに害を及ぼしたり、この世でただ一人の大切な愛する妹の心を弄るような呪いの品を傍に置かせることなんかしないよ」
私、お姉ちゃんのこと、ちょっと誤解してたみたい。てっきりお姉ちゃんが本の形に封印したターモさんを私に贈って恋に落ちるように仕向けたのかと思っちゃってたよ。
ごめんなさい。ミトラお姉ちゃん。
「ウィンディにピッタリの婿を発掘したからそのお守りに封印しておいたんだ。そいつなら絶対にウィンディを幸せにしてくれる」
うん。お姉ちゃんはお姉ちゃんだった。
「あのね、ミトラお姉ちゃん。私が普通の現代人がいいって言ってたのは、得体の知れない存在が怖いからだけじゃないんだよ? お姉ちゃんが手をかけた存在だったらお姉ちゃんに逆らえないでしょ? 私は操られて私を好きだと思い込まされてる人を犠牲にしてまで恋愛や結婚したくないの」
「すごいな。ミトラの妹なのに感性が善良だ」
「ダーリン?」
「ミトラ愛してる」
ダーリンさんがお姉ちゃんに引きずられて物陰に連れ込まれた。
残ったターモさんが困ったように私を見下ろしている。
「僕はミトラに操られているわけじゃない。ウィンディを紹介してもらう条件が、あの本に一度封印されることだったんだ。僕には人間など簡単に消せる力がある。万が一にもウィンディを傷つけないように、僕が望んで封印を受けた」
「どうしてそこまで? 会ったこともなかったのに」
「ミトラから聞くウィンディの話で、僕は出逢う前からウィンディに恋をしていた」
そんなの、身内の贔屓目で実際より魅力的な女の子だと思い込まされてるんじゃないかな。
「本に封印されてから、恋を夢見て恋に恋するウィンディをずっと見ていた。僕が封印されていた本はウィンディのバイブルだったようだからね。封印されていた僕が出てくる時の力に引きずられて、あの本は消滅してしまったけど。僕はずっとウィンディのそばにいるよ」
くすりとターモさんに笑われて私の頬が赤くなる。こんな美形に乙女小説をバイブルだと言いながら抱えて転げ悶えていたのを知られていると思うと恥ずかしくてたまらない。
「ミトラの話よりも、僕の目で見ていたウィンディの方がずっと魅力的だった。ますます好きになった」
「それは、封印された効果なんじゃ・・・」
「あの本にそういう効果はないよ。現代人の脆さに馴染みのない僕が誤ってウィンディを傷つけずに済むように枷を付けただけ。クァピィティルーヴァほどではないが、僕の魔力も相当強い。魔道具ごときで精神の支配や感情を操ることはできないよ。僕は僕自身の心でウィンディに恋をしたんだ」
操られて私を好きだと思わされてるのではなくて、本当に私を好きになってくれたのかな。
だとしたら、現代人じゃなくても、何か怖い力を持っていても、上手くやっていけるかな?
それに、今も連れてるけどワンちゃんの飼い主だし。動物好きに悪い人はいないって言うよね。
「ウィンディ。僕と結婚してくれるね?」
きゅっと手を握られる。男の人に手を握られるの、初めてだなぁ。
『もう、断られても繋いじゃったけど』
「え?」
古代語?なのかな?
聞いたことのない言葉で何か話したターモさんが手を放すと、私の左手薬指にサファイアでデザインした金の指輪が光っていた。
「ああっ! プフクテッコタァモ! 私の大事な妹になんてものを嵌めるのよ!」
「なんとえげつない。気持ちはわかるが。俺もミトラに嵌めたい」
何? 何事? 何が起きているの?
「がーっ! 外れない! この腹黒クソ王! この物騒な代物を外せ!」
私の指から指輪を外そうとするお姉ちゃんと呆れ顔で見守るダーリンさん。
ターモさんはウットリと嬉しそうな顔で私を見つめている。
「ミトラなら無理なのは知っているだろう。一度繋いだ魂を引き離せば両方が壊れる。僕とウィンディはもう離れられない。繋いだ魂は壊れたら完全に一つに融合する。無理に壊したいなら僕はそれでもいいよ」
え・・・どういうこと?
「こっの魔王がぁっ!!」
「僕の名が魔王に流用されて現代に伝わっているのは聞いたけど、僕の今の地位は地獄の王だ」
魔王・・・。冒険譚はあまり読まないけど、何冊か読んだ物語の魔王って、そういえば全部同じ名前だったような。えーと、長くて難しい名前で、プから始まって途中にテと小さいツが入って、・・・最後がターモ、だったような?
「え⁉ ターモさん魔王のモデル⁉」
「モデルなだけで魔王ではないから案ずるなミトラ妹。こいつの身分はしっかりしている。地獄を統べる帝王だ。苦労をさせる甲斐性なしではないぞ」
どこに安心要素があるのかわからないし地獄の帝王と魔王の違いも現代人にはわかりません!
「クァピィティルーヴァは邪神のモデルだったな。後世には誤った認識が伝わるものだな」
邪神。ダーリンさんは邪神のモデル。冒険譚の邪神も確かみんな同じ名前。小さい字がいっぱい使ってあって最後がヴァだったかな。
「邪神ごときの名に使われるのをよく許しているな。あんなものお前が使役していた下僕どもではないか」
あれ、何かまた気づかなくていいことに気づかされそうな感じがするよ。
「下僕は全部ミトラに譲った」
あっ! やっぱり! そうなんだね!
うちにお使いに来るお姉ちゃんの下僕の正体を知っちゃったよ!
「ウィンディを返せ〜。この腹黒帝王〜」
涙目でターモさんを睨むお姉ちゃんをダーリンさんが暴れないように抱きしめて拘束している。
その様子を見て私は悟った。
捕まえたつもりで、お姉ちゃんも捕まっちゃったんだね。
自分の左手薬指に輝く指輪を見れば理解できる。捕まったのは、私も。
でも、私、この指輪と似たような感じがするものをどこかで見たような気がするなぁ。デザインや色が同じなわけじゃないんだけど、何となく見たときの印象というか、そういうものが。
どこで見たんだろう。何度か目にしているような気がするんだけど。
『クァピィティルーヴァ。僕は無事最愛を手に入れた。お前ももう自重しなくていいぞ』
『そうだな。他の男にミトラの魂を持って行かれるのは許せない』
ターモさんとダーリンさんが古代語?で何かを話し、お姉ちゃんが目を見開いた後で私は思い出した。
ダーリンさんがお姉ちゃんの首に細くて綺麗なぴっちり嵌めるタイプの首飾りをつけたから。
ターモさんが私に嵌めた指輪は、たまにしか帰らないお母さんの首飾りと印象が似ているんだ。
お父さんが何者なのか知らないけれど、お母さんも私もお姉ちゃんも、揃ってちょっと怖い人に捕まっちゃったみたい。
あれ? お父さんがもし普通の人じゃなかったら、おじいちゃんとおばあちゃんは普通の人なのかな?
きっと普通の人だよね? お父さんの方のおじいちゃんおばあちゃんと、お母さんの方のおじいちゃんおばあちゃんに、普通の人とそうじゃない人の差なんて無いもの。
「ウィンディ、落ち着いてるね」
ダーリンさんの腕の中でグッタリしているお姉ちゃんに言われて私は微笑んだ。
「生まれたときからこういう環境だもの。全く慣れないわけがないじゃない。これからもドキドキの毎日が送れそうだね、ミトラお姉ちゃん」
「ウィンディの好きな乙女小説のドキドキ感じゃないけどね」
「冒険譚とホラー小説どっちかなぁ」
ターモさんの隣で大人しくお座りしているワンちゃんが、いつの間にか大きさと頭の数を三倍にしているのを確認して悩むのを放棄した。
あれかな。地獄の番犬とかいうやつかな。普通のワンコじゃなかった! うん、わかってたけどね!
「ねぇウィンディ。昔お母さんが言ってたんだけどさ、『掘り出し物は返品不可だから気をつけなさい』って」
「うん、全部ミトラお姉ちゃんのせいだもんね」
「ウィンディが冷たい! 本当のこと言った!」
ダーリンさんの腕の中のお姉ちゃんとターモさんに腰を抱かれた私は、きっとどちらも逃げられない。
だけど、そんなに悪くない結婚生活が待っていると思うの。
だって、私たちのお母さんがすごく幸せそうだから。多分似たような捕まり方をした娘たちも、幸せになれるんじゃないのかな?
見上げた先で、頭を三つ持った大きな黒い犬が緩やかに首を傾げていた。
解説みたいなものを少々。
時系列としては、ミトラが遺跡デビューで恋のお守りをゲット→別の遺跡でダーリンと王様を発掘して妹自慢をする→ダーリンと意気投合し妹に興味を持った王様をお守りに封印→ウィンディ12歳の誕生日に乙女小説に擬態したお守りをプレゼント、です。
ミトラの我侭なダーリンの完璧な体を生成する材料の発掘に数年かかってます。王様は地獄製の実体ごとお守りに封印されました。
現在ウィンディ18歳、ミトラ25歳です。
12歳のウィンディに既に恋心を持っていた王様にロリコン疑惑が出ますが、ウィンディが成人する前に(ミトラに隠してたけど)自力でも解ける封印を解かなかったので多分違います。
王様は一応、ミトラの許可が出るまでウィンディとの実体での接触を待ちました。
王様が封印から抜け出すついでに自分に枷を付けていたお守りを消滅させた理由は、『物騒な代物』でウィンディと魂を繋ぐためです。
枷がついたままじゃ合意なく魂を繋ぐなんて危害を加えるのと同じで「幸せにする」に反するので。
王様が自分で言った通り、彼らは魔力やら何やら非常に強いので、王様やダーリンを魔道具や術で支配することはできませんが、肉体や行動に限定的に枷をつける程度は可能です。それも王様やダーリンは自分の好きなタイミングで破棄できるので、あまり意味はないというか、やると却って痛い目を見ますが。
ウィンディは気づいていませんが、ミトラは自分の力を過信したばかりにウィンディに危害を加えることが可能な婿を宛てがってしまったことに気づいてます。深く反省中です。
でも王様もダーリンも嫁に危害を加える気はありません。逃さないために似たようなことはするけど。
それにしても、うちのヒロインはヤンデレに捕まる率が高いですね。