インド人を右へやると釣られて動く僕の彼女
きっかけはサークルのちょっとした集まりだった。
「うはwww 修介下手くそすwww」
先輩の部屋でやったレースゲームのあまりの下手くそぶりに、俺は皆の笑い物になっていた。
「先輩~、俺ゲーム下手なの知っててやらせるんですもん。あんまりッスよ~」
お決まりの愛想笑いで堪えるも、皆の笑い物は、ちと心に来るものがある。
「じゃあ、次、次美菜子ちゃんどうぞ♪」
「え? でも、私やったことないので……」
「大丈夫大丈夫、アクセルボタン押せば走るから、後はハンドル操作だけだよ」
先輩にコントローラーを渡された同い年の美菜子ちゃんが、キリッと気合いを入れてコントローラーを握りしめた。
「…………」
「…………」
「…………」
そして皆が沈黙してしまった。美菜子ちゃんが操作する、可愛らしいお姫様が乗った車は、ガス欠の如くパスンパスン言いながら、のろのろ運転を繰り返している。時に止まり、時に逆走し、時に角に挟まって動けなくなる。
最初こそ笑いながら教えていた先輩も、あまりの下手くそぶりに何も言えず、美菜子ちゃんは俯いてコントローラーを先輩に返した。
「今日は、災難だったね……あまり気にしない方がいいよ。初めてなんだからさ」
「うん……」
帰り道、美菜子ちゃんと駅のホームでお互いを慰め合った。そして──
「修介君」
「ん?」
「あのゲームっていくらするの?」
「えっ?」
「んーと、練習しようかなって……弟達にもいつもゲームが下手だって馬鹿にされてたから、丁度良いかなって思って」
「それなら俺、一つ前の持ってるから、ハードごと貸してあげるよ」
「えっ!? そんな悪いよ。それに、私に貸しちゃったら修介君が練習出来なくなっちゃうよ!?」
(あ、うん? もしかして美菜子ちゃん、俺がこっそり練習してると思ってる? ……俺はあまりに下手くそだから一年前に止めたとはとても言えない……)
「いや、俺はいいんだ」
俺が両手を振ると、美菜子ちゃんは少し考える素振りを見せ、そして手をポンと叩いた。
「そうだ! それならこれから修介君の家で練習しよ!? ね?」
「……えっ?」
それは正に青天の霹靂とも言える発言だった。美菜子ちゃんが家に来る? ハハ、生まれてこの方女性に縁のなかった俺がか? しかし俺は美菜子ちゃんの「ね?」で既に心のレバーがYESへと全傾きしている。既に議論の余地は無い。
「わかった。けど、押し入れにしまってあるから、明日でもいいかな?」
「うん♪」
美菜子ちゃんは白い歯を大きく見せてニシシと笑うと、やって来た電車に乗って行ってしまった。俺の頭の中は、美菜子ちゃんが来る事でいっぱいになり、電車に乗っていなかった事に気が付くのに30分の時間を費やしてしまった。
アパートに戻ると、パンパンに突き出したポストの広告を一気に引き抜く。中身を確認し、目的のチラシが無いかを探した。
「あった。ハウスクリーニング」
残りのチラシをポストに戻し、早速電話を掛けた。時間は既に夕方過ぎだが、割増料金で対応してくれる実に親切なサービスだ。
「直ぐさまお伺い致します」
電話から30分で、クリーニング業者が一人やってきた。前払いでクシャクシャのお札を手渡すと、車から出した手荷物を広げ早速仕事に取りかかった。
「お一人でご住まいですか?」
「ええ」
業者が早速部屋の汚れを謎の器具で攫っていく。物は業者が来るまでに押し入れに押し込んだし、ハードは出したから掃除だけ。実に簡単なミッションだ。
「大抵、この時間にウチに頼む方は、明日女の人が来るパターンが多いんですよ。あと夜逃げ」
「はあ……」
「お兄さん良い人そうだから、女の子が喜ぶ香水サービスしますね」
「ありがとうございます……」
俺も手伝い、2時間でクリーニングを終えた業者は、車に乗って去って行った。そして俺は疲れ果て、そのまま眠ってしまった…………。
──駅で待ち合わせ、アパートに美菜子ちゃんを招き入れる。その間心臓がバクバクで、ケツから腸がはみ出るかと思ったけど「あ、いい匂い」と昨日業者から貰った香水がヒットして、俺は次第に落ち着きを取り戻していった。
飲み物を準備し、ゲームを起動させる。そして二人で練習を始めた。
「修介君、トゲトゲの人が私に亀の頭をぶつけてくるんだけど……」
「あ、うん。妨害もアリだから、気にしないで」
CPUに抜かれまくる二人。周回遅れもなんのそのだ。
「私、段々分かってきたかも……!!」
ゲームに熱が入り出した美菜子ちゃん。どうやらめげずに頑張っているようだ。
──フワァ……
「──!?」
隣同士並んだ俺の肩に、何やら柔らかい感触が当たった。チラリと横に目をやると、美菜子ちゃんが舌をペロリと出しながら、一生懸命にゲームに打ち込んでいる。
──ピトッ
「──!!」
今度は確実に俺の肩に何かが当たった!!
「あっ! ごめん!! 曲がるときについつい体も動いちゃって……!!」
「え、大丈夫だよ。一生懸命で良いと思うよ」
(むしろWelcomeですはい。もっとよろしくです)
美菜子ちゃんは左へカーブするときに体も左へ、右へカーブするときは体も右へ。そして頭が俺の肩に触るのだ。これ程素敵なゲームがかつてあっただろうか……いや、ない! ごめんあった。ツイスターだ。あれには勝てん……。
なんて謎の思考が頭を駆け巡り、何度も美菜子ちゃんの頭が俺の肩に触れ、俺はレースどころでは無くなってしまう。
(美菜子ちゃんの髪凄い、いい臭い!! 何食べたらこうなるだろ!?)
「トゲトゲの人さっきのお返しです!」
二周遅れの腹いせに、トゲトゲ肩パッドの世紀末オジサンに亀の頭をぶつける美菜子ちゃん。世紀末オジサンの車がスピンすると。美菜子ちゃんはニヤリと小悪魔的な笑みを浮かべた。
(可愛い……!!)
美菜子ちゃんの可愛さに変えきれなくなった俺は、そっとコントローラーを置いた。
「修介君どうしたの?」
「美菜子ちゃん……俺──」
「ん、なぁに?」
「免許取るよ」
「?」
こうして、俺は短期集中コースでオートマ免許を取った。
「修介、久々にウチに来ないか?」
「すみません先輩。これから知り合いとドライブなので……」
俺は新車を繰り、待ち合わせの場所へ車を停めた。
「おまたせ」
「ううん。運転する修介君、格好いいね」
夕焼けが綺麗な海沿いを、ひらすらに走る。
助手席に座る美菜子ちゃんが、俺の肩にそっと頭を預けた。
「なんだかね、こうすると安心するんだ……」
「美菜子ちゃん……」
車は黄昏を抜け、二人だけの世界へと辿り着いた。
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(๑•̀‧̫•́๑)