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その名はハンターグラップル  3

「コギーリ、行くぞハンターグラップル!」

ノコギリマネキがハンターグラップルに突進してきた。身をかわしたハンターグラップルだったが、今までと違うのは反撃した事だ。

「トオ!」

ブオ、と風を切る大仰な音を伴って振り下ろされた右手の鋏を避けて側面に回ると、膝の横に足刀を蹴り下ろした。ガッ、と矢張り不自然なまでに迫力の有る音響が鳴り響く。

「グオ!」

ノコギリマネキが苦痛に叫び声を挙げた。生身の人間ならば、極限まで鍛えた格闘家でも改造人間相手に殴ろうが蹴ろうが蚊に刺されたほどの痛みも与えられない。おまけに戦闘モードに入ると今までとは全ての面で違ってくる。人間の姿でも普通人とは比べ物にならない体力を発揮できるが、転現するとそれが更に一桁違ってくるのだ。

「おのれ、コギーリ!」

振り返ると今一度ノコギリマネキが鋏で攻撃してくる。これもわざとらしいほどの音を立てて。これもハンターグラップルは簡単に避けた。一本調子な、言っては気の毒だがバカの一つ覚えのように同じ攻撃の繰り返し。ノコギリマネキは格闘戦用の改造人間ではないので、その動作が単調なのは致し方ない。加えて戦闘専門の保安部四課は訓練実戦両面で格闘戦の場数を踏んでいる上に、その職務上の必要から全ての改造人間の性能と癖を熟知しており、当然宗也もノコギリマネキの特質は知り抜いている。

しかし、パワーではノコギリマネキが圧倒している。捕まえて正面からの力相撲に持ち込めば勝機も有るだろう。なんと言ってもハンターグラップルは検査不要のホメオスタシスタイプ、出力そのものはどうしても非力なのである。

「コギーリ!」

怒り狂ったノコギリマネキ、益々逆上して襲い掛かってきたが、今度はハンターグラップルが攻め込んだ。

「ソリャ!」

ノコギリマネキの両手首を掴んで自ら後方に倒れて相手を引っ張り込むと腹を両足で蹴り上げて巴投げ。ダオン、と言う奇妙な響きがこだました。改造人間同士の戦いの際には、普通では考えられないような音響が、効果的に響き渡る。しかし、投げても掴んだ手首を放さない。その意図は腕を痛めつける事に有った。相手は甲虫と甲殻類の改造人間、外装を叩こうが蹴ろうが自分の手足を痛めるだけだし地面に叩きつけても然程の効果は期待できそうに無かった。狙うなら関節の部分である。先にも述べた通り、改造人間の中には出力を向上させる為に関節構造が単純化しているものが多く、ノコギリマネキもその典型だった。今の巴投げもその狙いは勢いを付けて両腕の関節を攻撃する為である。

「コギーリ!」

転がり回った後に起き上がったノコギリマネキが、痛そうに両腕を振った。効果は有ったようである。矢張り格闘に慣れていないのだろう。戦闘のプロならば自分の弱みを曝す事を極力避ける。我慢できないほどの苦痛は別として、安易にダメージを表には出さない筈だ。今の攻撃くらいでそれ程の痛みは無い筈だのに易々と弱みを見せてしまう辺りが非戦闘員の悲しさである。とは言え非力なホメオスタシスタイプにとってハイスペックタイプのパワーは侮れない。油断は禁物だった。

その戦いを、只呆然と見守る他無い真実だった。

「トオ!」

今一度間合いを詰めたハンターグラップルが今度は腹に蹴りを入れた。横蹴りか後ろ蹴りのような、押し込むような蹴りである。どおん、と大太鼓のような底響きのする音が上がる。

「コギーリ!」

例の雄叫びを上げて後ろに飛ばされたが、ノコギリマネキに然程のダメージは無いようである。それも承知の上であった。距離の開いたノコギリマネキの足元に低空の飛び蹴りで畳み掛ける。文字通り足元を救われたノコギリマネキがハンターグラップルの頭上を飛び越えて腹這いに落ちた。

「コギーリ、許さんぞ、コギーリ!」

それ程損傷は無いが、素早い連続攻撃に為す術も無く守勢に回ったノコギリマネキは屈辱にすっかり逆上してしまった。これが狙いである。相手を怒らせて冷静さを失わせるのは初歩の初歩、如何なる種類の勝負事であれ基本と言えよう。

「コギーリ!」

やおらノコギリマネキが前のめりに上体を伏せた。否、上体だけを曲げる事は出来ないので、腰から上、胴体全体を一直線に前に倒した。そして大きな足音を響かせて、牛のように頭から突進してきたのである。

「コギーリ!」

余りにあからさまなのでハンターグラップルは余裕を持って避けた。が、その後が問題である。目標を見失ったノコギリマネキが駐車禁止の標識を無視して路上に止めてあった車に頭から突っ込んだから堪らない。やや埃による汚れは目立つが、取り立てて凹みや傷の無い、白いセダンである。

くぐもった音が響いた。グシャとか、ガジャとかいう、重くて硬質で粘りの有る、幾つもの音が重なったような音である。或いは、スクラップ工場などで聞かれるのではないかと思われる音だった。

「__!__」

真実が思わず口を押さえた。

それも当然であろう、頭突きを喰らった車にはノコギリマネキの頭から鹿の角のように伸びた巨大な鋏が突き刺さり、見事にクラッシュしたのだから。

「コギーリ!」

ノコギリマネキが雄叫びを上げて蠢いている。乗用車に突き立った鋏が抜けないのでもがいているのだ。

「コギーリ!!!!」

力任せに引き抜いた。

車は滅茶苦茶、殆ど大破といってよかろう。ドアは凹む所か引きちぎられ、窓ガラスはぶつかった側だけではなくフロントと言わずリアと言わず、反対側のドアのウィンドウまでひび割れて綺麗に崩れ去っていた。悲劇と言えば悲劇、無残と言えば無残この上ない光景だった。何せ新車とは言えぬまでも、今の今まで目に立つほどの痛みの無かった筈の車が一瞬で廃車の運命に陥ったのだから。

“知ーらない__”

真実は急いでその場から離れた。如何に違法駐車していた自分が悪いとは言え、この惨状を目の当りにすれば所有者は怒り狂うであろう。別に自分に責任が有る訳ではないが、とばっちりを食ってややこしい事に巻き込まれては不味いので、真実は急いで逃げ出したのである。

頭の大鋏は、ノコギリマネキにとって最大の武器__戦闘用ではないので武器として意図された装備ではないのだが__と言えるが、余りに大振りでそう容易く当たる筈は無い。只、たった今証明されたその強大な威力は如何な改造人間でも侮れるものではない。挟まれたら無事では済まないだろう。生身の人間ならば内臓は潰れ、背骨も肋骨も折れて即死も覚悟せねばなるまい。

「コギーリ!」

最早度を失ったノコギリマネキは破れかぶれでハンターグラップルに迫る。右手の鋏を振り回して地団駄踏むように暴れ回った。容易く避けたハンターグラップルはノコギリマネキの側面、或いは背面に近い位置に入り込んだ。

「コギーリ!」

そして鋏のついた右腕を掴んだが、ノコギリマネキが力任せに一振りするとハンターグラップルが大きく投げ飛ばされた。ヒュルルルルー__と、効果音を上げながらハンターグラップルが宙を舞う。何故空中を飛ぶだけで斯様な音が響くのかは定かではない。

「トウ!」

大きく飛ばされたハンターグラップルは道路脇の空き地に着地した。半年ほど前にそれまで建っていたショッピングセンターが取り壊されたが、次に何を造るか未だに決まっていないのか更地のままである。或いは最初はマンションか何か、高層建築でも建設する予定だったのが、例の強度偽装の影響で着工中止となって誰も手をつけないままなのかも知れない。

アクションにはもってこいのロケーションであった。

「コギーリ!」

剥き出しになった赤土の上に立つハンターグラップルを追って、ノコギリマネキが姿を現した。

「梃子摺らせてくれたな、コギーリ!しかし悪あがきもここまでだ。必ず息の根を留めてくれるぞ!」

威勢の良い台詞とは裏腹に、戦況はどう考えてもノコギリマネキに有利とは思えない。しかし、その劣勢を認めてしまったらもう気力が萎えてしまう。無理を押してでも虚勢を張る姿は哀れを催すようであった。

そんなノコギリマネキを、ハンターグラップルは別段軽蔑するでもなく冷静に見詰めていた。その物腰はまさしく獲物を見据える狩人を思わせた。

「コギーリ!」

もう一度、ノコギリマネキが右手の鋏を振り翳して憎き敵に迫る。その鋏に対して、ハンターグラップルは自分から右手を伸ばした。まるで魚がエサに食いつくような勢いでノコギリマネキの鋏がその手に近付いた。そして見事に挟み込んだのである。しかし、次の瞬間__ゲキっ!

音が上がった。

「コギーリぃ!?!」

ノコギリマネキが苦痛に絶叫した。

何が起こったのか咄嗟に理解できないノコギリマネキだった。ハンターグラップルは右手を差し出して囮に使い、回り込んで鋏の付いた腕を伸ばさせて左腕で思い切り打ったのである。無論、危険な賭けである。しかし、敵の消耗状況を冷徹に見切った上での大博打、勝負時と見て一気に決めに掛かったのである。これまでの戦闘で疲労困憊しているノコギリマネキは、己の見に何が起こったのか状況を把握できない。

戦いの場所を移した二人の姿を真実が発見したのはこの時であった。

“今だ__!”

ハンターグラップルはフィニッシュを狙って仕掛けた。ノコギリマネキの真横に回って、その胴体を抱えたのである。そのまま持ち上げたら自分の顔の側に足が、背中の方に相手の頭が来るだろう。丁度、サイドスープレックスを仕掛ける体勢にそっくりだった。しかし、ハンターグラップルはノコギリマネキを放り投げなかった。相手を抱えたまま空中高く跳び上がったのである。

「トオー!」

「コギーリ!?」

ヒュアラララララララララ、と音響を派手に撒き散らしながら両者がドンドン上昇して行く。上昇が止まり、抱えられていたノコギリマネキがクルリと体を入れ替えるようにハンターグラップルの肩に乗って仰向けになった。力で持ち上げたのではなく、上昇の勢いを利用して担ぐ姿勢に持ち込んだのである。

その形はカナディアン・バックブリカーの体勢であった。余り高度な技ではない。どちらかと言えば、芸の無い怪力レスラーが多用するホールドである。

「必殺__」

「コギーリ!!!」

一度上昇の動きが停止すれば次には下降に移るのは、万有引力の法則による当然の結果であった。弾道の頂点からユックリと、地上に近付くに従って加速を増しながら、両者は落下した。ヒユールルルルルルルルルルル__周囲に甲高い降下音を響かせながら。

カナディアン・バックブリーカーに固めたまま落下するその姿は、パラシュートを開いて降下するようにも見える。

「ダイビング・バックブリーカー!」

ドオ、と大地を鳴動させ、ハンターグラップルは豪快に着地した。

更に、メギッ、と無気味な音も同時に起こった。

「グエーッ!」

担ぎ上げられたノコギリマネキは急降下の勢いで背中を強打し、肩の上で跳ね上がるように一回転するともんどりうって地に落ちた。

「コ、コ、コ……」

ハンターグラップルと正面から対面する形から、両手を振り回しながらノコギリマネキは後ろ向きに数歩。勿論真っ直ぐではない、おぼつかぬ足取りで左右によろけながら退いた後、尻餅を付くようにひっくり返った。

「……コ……ギ……い……__」

手足を弱々しく動かし痙攣する姿は、殺虫剤を掛けられたゴキブリを思わせる。

ダイビング・バックブリーカー。

ハンターグラップルの必殺技である。

節足動物を基に改造されたノコギリマネキは全身の関節が硬い。四肢は勿論、胴体も柔軟性に欠け、このように激しく背骨を折り曲げられると致命傷になる。

戦いは終った。

ハンターグラップルの勝利で、戦いの幕は降ろされたのである。



一つの戦いは終った。

彼は後戻りできない道を踏み出してしまった。しかし、振り向いてはならない。

君の進む道のりは果てし無く遠い。

だけど、歯を食い縛り、君は行くのだ!

どんなにしてでも!

孤高の戦士、その名はハンターグラップル。

頑張れ滝宗也、負けるな改人ハンター。

戦え、僕等のハンターグラップル!



「ナニよ、このナレーションは?」

「知らないよ」




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