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その名はハンターグラップル  2


「見つけたぞ、コギーリ!」

姿を現したのは__先程宗也を追いかけてきた改造人間である。真実は目を丸くして、宗也は複雑な表情でこの怪人を眺めた。

「ハンターグラップル。今まで散々改造人間を捕まえてきた貴様が脱走とはな、コギーリ!」

「ハンターグラップル?」

怪人の口にした名を、真実が改めて口にした。

「そうだ__」

宗也が頷いた。

「ハンターグラップル、それが僕の今の__改造人間としての名前さ」

怪人の方に視線を留めたまま、宗也が言った。

「選りにも選って改人ハンターとして仲間をいたぶっってきた死の四課が脱走とは驚いたぞ、コギーリ!」

「いたぶっただなんて__そんな」

宗也が戸惑うように言った。

「僕はまだ新人だ。今までの任務は先輩に付いてアシスタント程度の事しかやらせてもらってないよ」

「だから、仲間を裏切った訳ではないと言うのか、コギーリ!」

怪人が大きな右手の鋏を振り上げて叫んだ。

「まあいい、どちらにしても貴様はここまでだ。脱走者がどういう末路をたどるのか__貴様自身が一番良く知っているだろう、コギーリ!」

「待ってくれ__」

宗也が顎を引き加減に、相手を宥めるような顔付きで言った。

「脱走だなんて__戻るよ、僕は」

「何?」

「何ですって?」

宗也の意外な言葉に、怪人のみならず、真実までが驚いて声を上げた。

「何て言ったの、あなた?」

「戻るよ、組織に。元々脱走なんて大それた事を考えてた訳じゃない。只何となく帰らなかっただけだもの。他に行き場なんて無いしね」

宗也は全く緊張も悲壮感も無く、淡々と言った。

「ちょっと、どう言う事?」

合点が行かないといった様子で、真実が宗也に問い質した。

「あなた、組織から逃げてきたんでしょ、だからこの……」

目の前に立ちはだかる怪人を指差しながら真実は言葉に詰まった。正直言って、この人間離れした異形の存在を何と呼ばわれば妥当であるのか咄嗟に判断付きかねる所である。

「……この……人……」

結局こう言う以外に無いであろう。どのような姿であっても、改造されては居ても人間である。彼ら自身、内心相当屈折したものもあろうから、下手な言い方は人権侵害になりかねないし、それ以上に相手が怒り出す危険がある事を真実は恐らく無意識に察知したのであろう。

「……も、あなたを追いかけて来たんじゃないの?」

心なしか、真実の言葉に表情の変わらぬ怪人も妙に感動したような様子である。こんな姿になっても人間として扱ってくれた事が嬉しかったのだろうか。

「別に僕は逃げ出した訳じゃない。昨日、帰還予定時刻を過ぎて、戻ると連絡してから何とは無しにブラブラしてただけさ。なのに、あんたがさっき、顔を見るなり脱走者だなんて決め付けて襲い掛かってきたんじゃないか」

「ええい、うるさい!」

怪人が苛立たしげに叫んだ。

「コギーリ、貴様の身勝手な行動が、組織にどれだけ迷惑をかけたか判っているのか?」

「済まなかった、みんなに心配かけて」

実に屈託なく、宗也は素直に頭を下げた。

「戻るよ、これから」

宗也は他意の無い表情で言った。

「そうは行かんぞ、コギーリ!」

怪人が叫んだ。

「皆に散々迷惑をかけておいてそう易々と戻れると思うのか、コギーリ!」

「懲罰ぐらい覚悟してる。始末書なんて描いた事無いけど__」

「そうはイカンぞ、コギーリ!」

怪人が足摺りしながら叫んだ。

「ここが貴様の墓場となるのだ、コギーリ!」

真実は息を呑んだ。宗也も言葉を失った。

しかし、聞かされた台詞とは裏腹に両者ともそれほど切羽詰った雰囲気ではない。原因として、一つには余りに陳腐な表現にどうも差し迫った危機感と言うものが感じられない事もあろうし、その言葉を発する怪人の風姿と語調、それに大仰な挙止がどうにも緊張感を殺いでいるのであろう。言葉使いや動きがが滑稽なのは、改造された副作用のようなものである。彼等は人間を遥かに凌駕する特殊な力を与えられている。しかし、それは同時に非常に扱いにくい、厄介な代物でも有った為、精神の方も普段から不安定で言葉遣いもどこか不自然に、叫ぶような響きになってしまう。その上、一般的に改造人間の特殊能力は生身の人間では遥かに及ばない出力によるパワーとスピードが主流で、その為に関節の構造自体が単純化され、動きが大雑把に、不自由になる事が多かった。例えば重い土砂を持ち上げるユンボなどを想像してもらえば判ると思うが、大きな力を効率良く出そうとすればどうしても関節構造を簡素化し、その代わり動きの自在度は制限されてしまう。否、生身の人間でも、それに近い傾向がスポーツ選手などで往々にして見られる。例を挙げればプロ野球のピッチャーは利き腕が思い通りに曲がらなくなって、現役の期間は食事ですら不自由を来たすなどの影響が出るそうである。それに動物でも、最小限のエネルギーで大きな仕事をこなす為には構造自体が単純化する。典型的なのは節足動物で、バッタの脚のように非常に強大な跳躍力を持続的に発揮しようと思えば柔軟性に欠け、少し曲げると簡単にもげてしまう。反対に、軟体動物であるタコは変幻自在と言っても良いほどの柔軟性を持っている代わりに普段から海底に潜んで身を隠し、水中で身体を支える事ですら非常に困難である。改造人間も与えられた能力によってその挙動も変わってくる。ここに立つ彼は見るからに硬い殻に覆われた節足動物といった風貌だが、逆に軟体動物の力を与えられた改造人間の動きは非常に緩慢で寧ろ不気味ですらあった。勿論、真実はこの様な事など全く知らないのだが。

しかし、宗也に切迫感が無いのには他に理由も有った。

「組織が、僕を殺せと命令したのか?」

「黙れ!」

不信げな宗也の言葉に、怪人が声を荒げた。とはいっても、最初からその声調子は抑揚が激しく、相当テンションが高いのだが。

「コギーリ、命令など糞喰らえだ!組織の命令にぬかずいて同じ改造人間を裏切る貴様等四課と一緒にするな!今まで数多くの仲間達を組織に売り渡した“死の四課“。その四課の奴が脱走したのだ、必死になって捜したぞ。誰よりも先にこの俺が見つけて息の根を留めてくれようとな、コギーリ!」

「やっぱり__」

宗也は別に慌てもせずに、呆れた顔で言った。

「僕を殺そうと言うのはあんたの勝手な判断なんだな、ノコギリマネキ」

「ノコギリマネキ?」

前触れも無く宗也が口にした、意味不明のフレーズを真実が復唱した。

「ノコギリマネキ__彼の改造人間としての名前だよ。機種と言っても良いかな」

「ノコギリマネキ……」

今一度、真実がその名を繰り返した。

ノコギリマネキ__ノコギリクワガタとシオマネキをモチーフにした改造人間である。が、当然真実にはそこまでは判らない。

姿も奇天烈ならば言葉や身動きも珍妙で、更にとどめを刺すようにこの名前。

真実には、言うべき言葉すら思い浮かばない。

「コギーリ、お嬢さん、何かご不満でも?」

何やら不穏な怪人ノコギリマネキの問いに、真実は慌てて首を横に振った。

「ノコギリマネキというのは只の組織内の呼び名。役職みたいなもんだ」

真実をフォローする為か、宗也が口を挟んだ。

「そ、それじゃあ、本名はなんて言うの?」

真実が大急ぎで宗也の言葉に飛びついた。

「知らない。お互いに知らされていないんだ。同じ職場で親しい間柄の人なら知ってるけど」

「お前等にとって、俺たちは只の獲物。名前などどうでも良いと言うわけだ、コギーリ」

「ちょっと、待ってくれ__」

嫌味タップリなノコギリマネキの一言に、宗也が戸惑って答えた。

「あんただって、僕の本名を知らないだろう。知らされて無いんだから仕方ないじゃないか、組織の規則なんだから」

「狩られるだけの獲物に御尊名を明かす必要など無いという事だな、コギーリ」

何か言うたびに敵意剥き出しで一々揚げ足を取るノコギリマネキに宗也もすっかり辟易したという心境だった。

「だが、今度は貴様が狩られる番だ!今まで仲間達を狩ってきた改人ハンター、どうだ獲物になったご気分は?コギーリ!」

「僕に__対改造人間用に改造されたハンターシリーズに勝てると思っているのか?」

「俺様を侮辱するつもりか、コギーリ!」

宗也の言葉にノコギリマネキが度を失った。

「貴様如きがこの俺様に敵うものか、そう言いたいのか、コギーリ!虫ケラ如きがこのハンターグラップル様に歯向かうとは片腹痛いと!」

「そうじゃないよ。僕は最初からそういう能力を与えられた改造人間なんだ。別にどっちが上とか下とか言う話じゃないじゃないか。あんたには僕なんかには無い凄い力が有るだろう。同じ改造人間を害するだけの僕なんかでは真似できない素晴らしい力が。みんなの為に役に立つ能力が」

説得するような語調で宗也が言った。事実説得しているのだった。

「それに、勝手に僕を殺したらあんたも処罰される。下手をすれば命にも関わるぞ。僕達四課だって命令無しに改造人間を手にかけたら厳罰を受けるんだ。増してや掃討命令は余程の場合以外は下されない筈だ」

「貴様が襲い掛かってきたと言えば済む事だ。幾らなんでも正当防衛まで処罰を受ける事はあるまい。特に相手は改人ハンター、必死で抵抗しなければこっちが殺されると言えば通るだろう、コギーリ!」

憎悪に狂ったノコギリマネキの耳には如何なる説得も通じぬようである。もしかしたらこれも改造の齎したストレスの結果なのかも知れない。このまま放って置けば何れ彼自身が脱走か暴発でも起した可能性が有る。

「如何に貴様が“死の四課”でも、所詮はホメオスタシスタイプ。メンテナンス不要な分、性能も高くは無いだろう。俺がそれ程不利な訳ではないわ、コギーリ!」

言うが早いか、右手の鋏を振り上げてノコギリマネキが宗也に襲い掛かってきた。宗也は身をかわして跳躍したが、その高さに真実は開いた口が塞がらない。矢張り、彼が改造人間だという話は事実だったのだろう。

「しょうがない__」

通りの脇の、3mほど高くなった段差に立った後、もう一段離れた場所まで移動して距離を取ると、宗也が表情を引き締めた。

「話が通じないのなら他に手は無いからな。僕も身を守る為だ、少々手荒にさせてもらう」

宗也が両肘を広げて伸ばした指先を胸前で一直線に揃えると、ピキイーン、と奇妙な音が鳴り響いた。その両手を上げて大きく左右に広げると、パチンコ台のチューリップが閉じるように動かして顔の前で交叉させると、更に引き下ろし、両脇で拳を握り締めた。その動き際にも、ブアラララララララララ、と不思議な音が上がる。恰も空手の正拳突きの準備を思わせるような姿勢である。

「転現!」

叫ぶや否や、宗也が更に飛び上がった。

「トオー!」

宗也が空中で光に包まれた。

それから文字を使ってなんと表現すればよいのか、空気が跳ねるような切り裂かれるような奇妙に甲高い音と共に更に、輝きが強烈になった。

地上に着地した時__その姿は変わっていた。宗也ではなかった。人間の姿ではなかった。大雑把なシルエットは辛うじて人型だったが、その顔、身体、手足に至るも全ては人間のそれではなくなっていた。

「__!」

有り得べからざるその光景に、真実は殆ど我を失った。

マスクを被ったような顔、肩はプロテクターを思わせる幾何学的な硬質の曲線、両脚は膝にサポーターと足にブーツを履いた様にも見える。

「ハンター__」

宗也__であった筈の人物が、派手なポーズを取った。

「グラップル!」

ハンターグラップル。

滝宗也に与えられた、改造人間としての名前である。

真実はなにやら、テレビでも見ているような気分だった。



ノコギリマネキの声は、もう自然と八代駿さんの声が耳に蘇りました。

合掌です。

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