その名はハンターグラップル 1
「僕が組織で属していたのは、保安部四課という部署だった」
「それって、どういう事をするの?」
「保安部四課__仲間達からは死の四課と言われてたよ」
“死”という一言に、真実の顔色が変わった。
「一言で言えば、改造人間狩りが僕等四課の仕事だった」
「改造人間……狩り……?」
“死”と言い“狩り”と言い、あまり建設的で福徳円満な業務ではないようである。
「組織を脱走したり暴れだしたりした改造人間を制圧する、その為の改造人間の集団さ、保安部四課と言う所は」
「改造人間が、改造人間を?」
「そりゃそうさ。相手は超人的な力を与えられた改造人間なんだ。普通の人間ではとても手に負えないよ」
「そうねえ……」
「只、破壊するだけならば別に改造人間を動員する必要は無い。完全武装の特殊部隊でも繰り出せばその方が確実だ。しかし、組織としても莫大な費用をかけて作った改造人間だけに無闇に殺したりしたくない。殆どは一時的な発作に過ぎないし、万が一、更生させられなくとも、なんで暴れたのか原因を調べる必要も有る。それに、やっぱり血の通った同じ人間だもの」
血の通った同じ人間、とはどちらの事を指したのだろうか。改造人間の事なのか、それとも生身の人間に対してだろうか。
「無慈悲に処刑するのは良心、と言うより人情の抵抗もある」
若者が相変わらず饒舌に話し続ける。
「もう一つの理由は、あまり目立つ事は出来ないと言う事。何と言っても今の段階では改造人間やかつて地球に飛来したエイリアンの存在は、公には秘密なんだ。イラクなら兎も角、この日本で軍隊を繰り出して市街戦をやるわけには行かないだろう?」
「そうよねえ……」
真実も相変わらず頷く以外にやる事は無い。
「更に今一つの理由__改造人間自身の気分を考慮しての事だ」
「気分?」
「そう。なんと言っても、僕達は普通の人間じゃない。それだけに正直鬱積した物も少なくないよ。自分たちが只の実験動物か道具として扱われているんじゃないかって」
「……」
切実な、悲痛と言っても良い言葉に、真実は言うべき事も無い。
「それだけに暴れだした改造人間を生身の人間が破壊する事は相当にみんなの不満を生んだらしい。それで同じ改造人間に制圧専門の部署を作らせたんだよ」
「ふうん……」
真実は只言われるままに耳を傾けるばかりだった。
「でも……やっぱり、それで全てが解決する訳じゃなかった」
「どう言う事?」
「結局誰がやっても同じ事だと言う訳さ。今度は四課の改造人間達が同じ仲間から怨まれる事になった。組織に媚びて仲間を売った裏切り者として」
「……」
「それでも、四課は必要なんだ。突然暴発したり、脱走する改造人間は後を絶たないからね」
「でも……」
真実が不思議そうに言った。
「あなたさっき言ってたわよね。改造人間て、逃げられないんでしょ?それでも脱走する人って居るの?」
「しょうがないよ」
困ったような顔で若者が言った。
「なんと言っても身体を人工的に改造してるんだ。幾ら自制心の強固な人間でも耐えられない事が多い。増してや、改造人間に与えられる仕事は過酷なものが多いから」
「過酷って、どんな?」
「まず第一に、体内に異物を装備しているんだ、それだけでも心身に対するストレスは並みじゃない。それに改造されて与えられた能力はそれを使いこなすのには想像以上の負担が掛かるんだ。人間の限界を遥かに超えた衝撃に耐えねばならないんだから」
生身の人間でも、長年チェーンソーを扱う林業従事者の手が白蝋病という状態になるなど、機械の生み出す力を支えるのは恐るべき重労働なのだ。増してや体内に埋め込まれた機械や人造生体の生み出す衝撃たるやどれほどのものであったろう。
「その上、仕事の場所も水中や高山、時には灼熱の砂漠や極寒の極地での活動も有るからね。心身にどれだけ疲労が蓄積する事か」
そう言った、生身の人間では不可能な場所での活動が、改造人間の真骨頂であろう。
「要するに、爆発するんだよ。理性で耐えられる範囲を超えるから。そうなるともう頭で考える事は出来ない。発狂に近いかも知れない」
「……」
「逃げ出す人もそうさ。まだその場で暴れるよりは幾分思慮を残しているけれど、殆ど自暴自棄になるんだ」
なんと言って良いのか真実には判らない。想像も付かない話であった。
「__あなたは?」
無口になっていた真実が、ポソリと口を開いた。
「あなた?」
「あなたも改造人間でしょ。それであなたも逃げ出したの?」
「言ったろ、四課は怨まれてるって」
若者が肩を竦めた。
「僕等四課__と言うより保安部の改造人間にはそういった過酷な職務は課せられていない。特に四課はいつ暴れだすか判らない改造人間を取り押さえなければならないから」
「それじゃ……」
真実が言った。
「あなたはどうして……脱走したの?」
「言ったろう__」
若者がふ、と上を向いた。
「判らないんだ、自分でも」
「悩んでたんでしょ?」
「ああ、それか__」
若者が真実を見返った。
「悩みの種は__さっきも言った通り、仲間から怨まれた事。逃げた理由は逃げられるから。他に、言いようが無い」
これ以上会話が進まないような結論に、またまた真実が言葉に詰まった。
「怨まれるにしても、僕の場合は四課の先輩たちとはちょっと事情が違ってたけどね」
「どんな?」
途切れた会話を繋げようと言う配慮からか、自分から切り出した若者の言葉に真実が飛び付くように答えた。
「一つは何度も言ってるように、僕は他の改造人間と違ってメンテナンスの必要が無い事。それに、改造によって身に付けた、僕の能力自体も嫉妬の理由になっている」
「あなたの……能力?」
真実の言葉に、若者が頷いた。
「どんな能力?」
「それはね……」
若者が答えた。
「保安部四課は改造人間逮捕の任務を負っている。最初は既成の改造人間からメンバーを選んでたけれど、新人は違う。最初からその為の改造を受けてるんだ」
「どんな?」
「僕の能力、それは……」
一息入れてから、若者が言った。
「僕に与えられた能力、それは__対改造人間用の戦闘能力だよ」
「……ふうん……」
どうやらここでもう少し盛り上がって欲しかったようだが、真実は何やら間を外したように気の無い反応である。このような話そのものが彼女にはあまりピンと来ないので仕方は無いのだが。
「__対改造人間用の戦闘能力__これがどう言う事なのか」
若者は続けた。
「改造人間なんて代物は今の所組織以外に存在している筈は無い。つまり、組織内の改造人間からすれば完全に自分達と敵対する為に造られた存在と言う事。憎悪の対象になるのもしょうがないよ」
本来ならここで相手に深く切り込んで欲しかったようだが真実の対応が鈍い為に仕方なく自分から話を進め始めたようだ。
「あなたは、それで逃げ出したの?」
先程から何度も発している質問を、再度口にする真実であった。
「そうかも知れない。同じ境遇にある改造人間から怨まれるのは決して気分の良いものじゃないからね」
何やらこれ以上の押し問答は面倒だという風情で若者が答えた。一々自分の深い内情を他人に訴える事がどうにもバカバカしくなって来たのかも知れない。
「まあ、メンテナンス不要な分、当然皺寄せもあるけどね」
思いついたように、或いは言い足りないというように若者が言った。
「これはどんなタイプでも言える事だけど、能力が高くなれば整備も頻繁に必要になる。メンテナンスの手間を省くという事はその分能力を抑える必要が有るんだよ。改造人間に限らない、F1は常に整備が必要だけど、家庭用の乗用車は何年かに一度車検に出せば済むのと同じ。最新型とは言え、僕の改造人間としての能力は今の所然程高くない。言ってみればエコノミータイプって言う訳だ」
「……そうなの……」
真実の反応も鈍くなってきた。会話に疲れて来たのかも知れない。最初こそ一々律儀に驚いていたし、正直今でも話の内容そのものは充分衝撃的では有る。只、あまりにそれが連続した為に気が抜けた様にも見える。驚き疲れたと言った方が良いのだろうか。
「そう言えば……」
ふと、思い出したように真実が口を開いた。
「そう言えば__あなたの名前、まだ聞いてなかったわね」
「名前、か__」
「そうよ」
何やら不思議と嬉しそうに真実が頷いた。これまで荒唐無稽な話ばかりで頭が付いて行けなかった為に、漸く出た日常レベルの話題で安心したのかも知れない。
「僕の……改造人間としての名前かい?それともそれ以前の名前かな?」
「__うーん」
指を一本たて、上に目線を泳がせながら真実が考え込んだ。
「出来たら両方」
真実の屈託無い笑顔に、思わず若者も釣られて笑い出した。
「僕の名前は……本名は滝宗也と言うんだ」
「宗也さん__」
若者__滝宗也が頷いた。
「そして、改造人間としての名前は__」
その時である。
「ハンターグラップル!」
真実でも宗也でもない、恐ろしく響きのある濁声が響いた。