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出会いがしらの衝撃 (後篇)  2


「ある時、見知らぬ男が尋ねてきたよ。僕を救いたいってね。自分は最新医学の研究関連の機関で働いている者です。医療は日々進歩している。君のように事故や災害で希望を失った人々に明日が開けるように、多くの人たちが日夜研究を続けていますと言って」

もう、西日が赤く染まりかけている。

真実は静かに若者の話に耳を傾けていた。

「君のその身体を、もしかしたら動けるように出来るかも知れない。全く同じように治す事は現在の医学では不可能だが、別の方法で動けるようになるかも知れないって」

「それが……」

真実の言葉に、若者が頷いた。

「ただし、その手術は医療法で認められた物ではない。飽くまで研究途上にある技術で、公に発表する事の出来ない方法だって」

「……改造……人間……?」

「その時にはそうは言わなかった。無理には薦めない。ただ、君が賭けてみたいのなら連絡して欲しいと言って帰って行ったよ。もしも危険を冒してでも動けるようになりたい、一か八かの可能性に賭ける気になったのならば全てを話そうって」

若者は瞑目した。その時の事を思い出して物思いに耽っているのか、妙に深く遠い感じが周りに漂っている。

「悩んだよ僕は。両親は反対した。医療行為として公認も受けていない手術なんて絶対に信用できない、親として許す訳には行かないって。でも、僕はその話に乗る事にしたんだ。両親にも内緒でね。その時から僕は再びリハビリに専念するようになった。その時はまだ手術を受けるかどうか決めてはいなかったけれど、親に黙って彼らと接触するにしても、自分で外出くらいは出来るようにならなきゃ話にもならないしね」

「……」

「まだ完全に希望を失った訳じゃない、少なくとも、危険を覚悟すれば可能性は残っている。そう思うと、リハビリにも熱が入った。最初はどちらにするか迷っていたけれど、いつの間にか、もう手術を受けると決めていた。否、その為に訓練を続けたような物だった。その甲斐有って、杖を使えば自分の脚で歩けるまでになったよ、でも……」

その表情から、矢張りそれだけで精一杯だという事が察せられた。

「そして__組織の使者から話を受けて半年近くたっていたある日__」

心なしか、若者の顔に奇妙な張りが出ているように見える。その時の決意の程を思い出しているのかも知れない。

「僕は連絡した、携帯電話で。それから何度か話をして、手術を受ける日取りも指示を受けた。親には内緒だから、殆ど家出同然の気分だった」

「その人はキチンと説明したの、改造人間の事?」

「__いや」

若者が首を振った。

「いきなり改造人間という訳じゃなかった。最初の手術は普通の動作補助装置だったよ。手足の骨に埋め込んで、神経と連動して動きをサポートするんだ。初歩的なサイボーグだよ。手術して一月後、僕は帰宅した。両親は半狂乱だったよ。黙って行方をくらまして、一方的に電話をかけただけの息子が帰って来たんだ。本当は僕を殴りつけたかったかも知れないけれど、怪我していた僕にそこまでの事は出来なかったよ。でも、最初だけだ。車で送られた後、僕が杖も使わずに自分の足で歩いて戻ってきた事を改めて目の当りにした両親は、涙を流して喜んでくれた」

目出度い話では有る。しかし、若者の表情は浮かなかった。

「何より僕が嬉しかった。いや、嬉しいなんて物じゃない、有頂天だったよ。地獄から天国に昇った気分だった」

若者は、淡々と語り続けた。

「反対していた両親も承諾してくれた。これで動けるようになるのなら、幾ら費用が掛かっても構わないとまで言ってくれたよ」

「いくら掛かったの?」

「費用なんて必要ないさ。それこそ、普通の人間では一生掛かったって払える金額じゃなかったろうな、もし請求されたとしたら」

若者の顔に、皮肉な、ブラックなまでの微笑が浮かんだ。

「被検体として、自分を供出する……精々、人体実験の材料になる事位さ……」

真実が息を呑んだ。

「でも、僕はそれでも構わなかった。今度こそ、決心が付いた。言われるままに組織に__その時は未来医学研究所と名乗ってて、真っ当な医療研究所だと思っていたけど……兎に角、彼らに協力すると決めたんだ。協力というより、全てを預けるといった方が正しいかな」

ふっと、妙に諦観調の気配を若者は漂わせた。

「それに、一度そう言う手術を受けたからと言って終わりじゃない。後々までアフターケアが必要だろう?他にそんな事が可能な場所なんて有る筈が無い。もしも研究所で自分に出来る事があるのなら、どんな事でもやると思ったよ」

今一度、若者は瞑目した。

「両親も反対はしなかった。それ所か、励ましてくれたよ。この恩に報いる為に、死んだ気になって頑張りなさいってね」

物思いにふけるような趣で、若者は一息ついた。

「僕もそう思ったよ。そう、死んだ気にでもなるつもりだった」

目蓋を開いたその眼は、遠いどこかを見ているようだった。

「組織は僕に更なる改造を持ち掛けて来た。これで君は動けるようになったわけだが、もっと凄い力を手に入れる事だって出来る__そう言われた」

若者が再び語り始めた。

「我々はこう言った最新科学を駆使して人間の可能性を追及し、研究を重ねている。もしも君が更なる可能性を手にしたいと思うのなら悪い話ではないと思うが、とね」

「強制されたの?」

「いいや」

真実の問いに対し、若者は首を横に振った。

「すっかり舞い上がった僕は、喜んでその話を受けたよ。事故で失った自由を与えられた上に、それ以上の力を得られるんだ。テレビや漫画でしかありえないと思っていた、SF的な改造人間……まるで、自分が物語の主人公にでもなったような気分だった」

皮肉な笑みを浮べながら、若者は溜息を付いた。

「馬鹿な話だよ。と言ってもしょうがない。自分の愚かさを言い訳するわけじゃないが、多分同じ立場にたてば誰だって同じ事をやったと思う。組織もそう言う風に仕向けたからね。世間知らずの子供なんかより、世慣れた大人たちの方が上手だったって訳だ」

「騙されたのね?」

「騙された……果たしてそう言い切れるのかどうか」

「違うの?」

「騙した……或いは相手もそのつもりだったかも知れない。何せ改造手術なんだ、普通の人間なら余程の事が無いと承知しないだろうな。まともな説得で受け容れる筈が無い。でも、僕の場合は違うな。他に選択肢なんて無いもの。組織から離れたら満足に動く事すら出来ない。健常な人間だったらこの申し出を躊躇うだろうが僕はこれしか道が無かったからね」

若者の表情は寧ろ吹っ切れたようであった。何やら、話しながらその時の想いが蘇るのか、一々感情が変わるようである。

「僕だけじゃない。改造人間たちは皆そうさ。組織が声をかけるのは僕みたいな、再起不能の大怪我を負った人間ばかりだった。誰も同じ事を言ってたよ」

「言ってた?」

真実の疑問に若者が頷いた。

「組織で一緒に働いてた人達。同じ改造人間たちさ」

考えてみれば当たり前である。彼もその“組織”とやらに属していたのだ。

「組織の人って、みんな、改造人間だったの?」

「いや、殆どは普通の人間だった」

「……でも……改造人間が何人も居たんでしょ?」

「まあね」

「その……組織って……」

口篭るように、真実が何かを切り出した。

「……嫌な所だったの?」

「嫌な……所?」

いきなり何を言い出すのかと言う表情で、若者が聞き返した。

「嫌な所だから逃げ出したんでしょ?世界征服を企む悪の組織__」

その言葉に、一瞬若者は首をかしげるような顔付きで押黙った。

「あなたはそれに耐えられなくなって逃げてきたのね。非情の掟に支配された悪の秘密結社から」

真実の言い方がおかしかったのか、若者が溜息をつきながら微笑をもらした。悪意は篭っていなかったが、何か仕様が無いな、と言う軽い侮辱が混じっているようだった。その表情に対し、憤慨までは感じなかったが、妙にむっとした真実だった。

「いや……そうじゃなくて」

相手を往なすような気配で、若者が言った。

「そうだなあ……僕が脱走した理由……」

まるでクイズの答えを考えるように、若者が首を捻った。

「組織で……迫害されたからじゃないの?」

「迫害__まさかね。第一、悪の秘密結社ってのはなんだい」

とうとう若者が噴き出してしまった。

「なによ__」

柳眉を逆立てて、真実が頬を膨らませた。

「それじゃ、どうして逃げ出したのよ__それにあなたでしょ、世界征服を企む悪の組織って」

「別に悪の組織とは言ってないさ。まあ、外部の人間から見ればそうとしか思えないかも知れないけど」

「はっきり言いなさいよ、なんであなた、組織から抜け出したのか」

「そうだなあ……」

若者が再び首を捻った。

「僕が組織から足抜きした理由……」

真実が興味深げに耳を傾けた。

「そう、理由……」

若者が言った。

「……判らない」

真実がずっこけた。

「ナニよ、一体!それどう言う事?」

問い詰める真実に、まあまあと若者が手を上下させた。

「そう……判らないんだ。正直言って、なんで逃げ出したのか……自分でもね」

真実は納得行かない顔で若者を見詰め直した。

「そうだなあ……嫌になったって言うのかな、何もかも」

「嫌になった?」

「__違うな。別に嫌にもなっていない」

「もう、どう言う事よ。説明してよ!」

「怒るなよ」

肩を竦めて若者が言った。

「本当に判らないんだ、自分でもね。君はそう言う事が無いのかい?」

「そう言う事?」

相手が何を言わんとしているのか腑に落ちないと言ったように、真実が聞き返した。

「ある時、何もかも投げ出してどこかへ行きたい。今の自分が置かれた環境から全然別の世界へ逃げ出したいと思った事は無いの?」

「それは……」

言われてみればその通り、今の生活が突然虚しくなって、何もかも放り捨ててどこかへ行きたいと思う経験くらいは誰にでも有るだろうが。

「そう言われてみれば……でも……」

真実には合点が行かない。

「あなた、改造人間でしょ?」

「身体はね。でも、心は前と同じさ。まあ、置かれた環境も何も以前とは違うから全く改造前と同じとは言わないけどさ……でも、基本的には代わらないよ。僕だって人間なんだ、怪物じゃない」

「そんな、怪物だなんて……」

真実は一言もそのような事は言っていない。

「あはは、ゴメンゴメン__」

意地の悪い言い方を、若者が気さくに詫びた。彼自身が、或いは常に内心そういう想い__劣等感を抱いていたのかも知れない。

「そうだな__敢えて言えば、僕は自由に行動できるから、かな」

「自由?」

真実が聞き返した。

「そう、僕は他の改造人間たちに比べれば自由に行動できる」

「どう言う事?」

「それはね__」

若者が、真実の疑問に答えた。

「大抵の改造人間は基本的にメンテナンスを受けなければ成らないんだ、定期的にね」

「メンテナンスって?」

「手入れの事だよ。検査とか、悪い所が見付かれば修理なんか。僕にはそれが必要ないんだ」

「へえ__」

真実には何となくピンと来ないようであった。若者が説明を続けた。

「だから、普通の改造人間は逃げたくても逃げられない。組織から離れる事はそのまま死を意味するからね」

「あなたは大丈夫なの?」

「まあね。だけど、何か有ったら当然検査や補修も必要だよ。普通の人間でさえ怪我はしなくても病気や体調不良を気にしなくちゃならない。増してや体の中に機械や人工細胞を埋め込んでるんだ、何も起こらないなんて事は無いだろう__」

「でも__」

真実は不思議そうに言った。

「あなた、脱走して来たんでしょ?それでも構わないの?」

「そこだよ__」

何かバツが悪そうな感じで若者が言った。そのおどけた物腰から、小さく舌でも出しそうなほどだった。

「正直、なんで脱走なんかやらかしたのか__良く判らないんだ」

「__て」

真実が呆れたように言った。

「ホントにあなた、そんないい加減な気持ちで逃げ出したって言うの?」

「その通り、我ながらみっともないけれど」

「悪の組織と戦う為に、決死の覚悟で脱走したんでしょ?地球の平和を守る為、全てを捨てて立ち上がったんじゃないの?」

「まさか」

若者が笑い声を上げた。

「そんな大それた決心じゃない。本当に何となく、としか言いようが無いんだよ」

「呆れた__」

腰に手を当てて、真実が言い捨てた。

「でもね__」

若者が、ふと寂しげに目を伏せた。

「問題は決して少なくは無いよ。その事で悩んでた事も事実だし」

「悩みって?」

若者が、息を抜くように頷いた。

「色々有ったよ。僕にもいろんな悩みが、ね__」

再び、憂色を浮べて若者が言った。



次回予告。

        ◆

「コギーリ、行くぞハンターグラップル!」

ノコギリマネキがハンターグラップルに突進してきた。身をかわしたハンターグラップルだったが、今までと違うのは反撃した事だ。

「トオ!」

ブオ、と風を切る大仰な音を伴って振り下ろされた右手の鋏を避けて側面に回ると、膝の横に足刀を蹴り下ろした。ガッ、と矢張り不自然なまでに迫力の有る音響が鳴り響く。

        ◆



若者から衝撃の過去を聞かされた真実。彼の告白は更に続く。組織内での自分の立場を語る若者と真実の前に突如現われたのは。

次回、『改人ハンターグラップル』__


その名はハンターグラップル


に御期待下さい!



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