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出会いがしらの衝撃 (後篇)  1


真実は若者の笑顔__凄みに満ちた、何もかもを捨て去ったような虚無的ですすけた笑いを浮べたその面差しを、魅入られたように凝視した。

「……うそ、あなた……」

血の気を失って真っ青になった真実から、静かに若者が目線を外した。その姿に、相手に失礼だったかと一瞬悔いた真実であった。

「嘘じゃない__僕は……改造人間なんだ」

殊更に自然な口調を保とうとはしているが、語調にやや硬さが感じられる。矢張り、真実の反応に何かしら思う所があるのだろう。

「何故僕が……改造手術を受けたのか……どうして追われる身となったのか……」

呟くように若者が語り続けた。

「聞いてくれるかい?」

正直言って、聞くのは怖い思いの真実だったが、ここまで来た以上引き下がれない。それに、元はといえば話を聞かせろと迫ったのは自分の方でも有る。或る意味では聞く義務が有るとも言える真実だった。

「あれは__三年……二年半ほど前の事だった」

若者は遠い目を虚空に向けた。

「まだ高校に在学中の僕は、登校の途中交通事故に遭ったんだ__」

顎を引いて小さく俯くと、若者は目蓋を閉じた。

「あの時……あの事故が、僕の運命を……全てを狂わせた」

静かに語る若者を、真実は黙って見守っていた。

「ひどい事故だった。通りを歩いていたらいきなり凄いスピードの車が飛び込んで来た。一体何が起こったのか全く判らない。気が付いたら病院のベッドの上だった」

若者が、閉じていた目をおもむろに見開いた。深く、静かで、そして言葉にし難い激情を秘めた眼差しだった。

「僕は自動車に撥ねられたんだ。全身打撲で内臓も破裂していたらしい。四肢は左腕以外は複雑骨折で動かす事も出来ない。幸い頭だけは軽い打撲で済んだので脳に異常は無かったんだ。命が助かっただけでも奇跡に近かったって言われたよ」

良かったわね__冷やかしではなく、重苦しい雰囲気に耐え兼ねてそう口にしかけた真実だったが、若者の無言のプレッシャーのようなものに圧されて声を出す事は出来なかった。

「君は運が良かった__先生に何度もそう言われた。運が良かった?事故に遭ったのに?不幸中の幸いなんて、何の救いにもなりはしない」

その時の苦しみを思い出したのか、胸が締め付けられるような表情で若者が吐き捨てるように言った。

「初めの頃は言われるまま、そんなものかと思っていたよ、只漠然と。でも、時が経つにつれ、自分の症状が判るにつれて幸い所か最悪だって事が判ってきた」

真実には何も声をかけられない。

「あの時、一思いに死んだ方がマシだった。なまじ生き残ったせいで余計に苦しい思いを強いられる事になったんだ」

「そんな__」

思わず口を挟んだ真実であった。

「死んだ方がなんて……そんな事、ある筈無いでしょ?生きているからあなた、こうしてここに居るんじゃない。死んだ方がだなんて、絶対にそんな事無いわ」

若者が真実を見返した。恨みがましいとも、軽蔑とも言い難い、やりきれないような表情だった。

「入院三ヶ月__退院しても車椅子だった。先生に言われたよ。このままリハビリを続ければ、普通の生活を送れるからってね……そう、普通の生活……それが僕が手に出来るギリギリの権利だった」

「そんな、普通に生活できるのなら充分じゃない」

若者が、初めて真実に向かって怒ったような顔を見せた。真実が一瞬怯えたように立ち竦んだ。

「普通の生活……普通に、日常生活を送るだけで精一杯なんだぜ。それ以上の事は何も出来ない。一生、スポーツは勿論、肉体労働なんかも無理だと言われた……僕は……未来を奪われたんだ……」

両手をきつく握り締め、若者は身を震わせた。

「僕は総合格闘技をやっていた。近くのジムに通って、日々汗を流して体を鍛えていたんだ。その僕が……もう、格闘技は出来ない。将来は、リングに上がって闘おうと身を砕いて練習に励んでいたのに……」

夢を抱き、未来に羽ばたく事を信じて練習に精進していた青少年__この当事は恐らく少年だろう__にとって、どれほどの苦悩であったか、想像に難くない。

「あの……それで……」

真実が、恐る恐る口を挟んだ。

「あなたをはねた車の運転手はどうなったの?まさかひき逃げ?」

「逃げる__無理だね」

またしても、乾いた笑みを洩らしながら若者が言った。

「僕を撥ねた男は……死んだよ」

「__!」

「どうやら僕を避けようとしてハンドルを切ったらしくて、近くの石垣に激突したんだ。シートベルトを締めてなかった上にエアバックが作動しなかったのか、ウィンドウに頭をぶつけて殆ど即死だったらしい」

「それじゃあ……」

「当然損害賠償も無理。相手には親は居たけど、もう成人してるから法的には賠償の責任は無い。それに、僕の方は命が助かったのに、自分の息子が死んだんだ。いくら向うに非が有るって言ったって強くは言えないさ」

どこにもやり場の無い不幸に、打ちのめされる想いだったろう。

「加害者の両親が病院に見舞いに来たよ。おじさんとおばさんも息子を亡くして自分が辛いのに、僕に何度も頭を下げてくれた。うちの息子は自分のしでかした罪で死んだけれど、あなたは生き残った。あの子の分まで強く生き残ってくれって__」

瞳に何とも言えない色を浮べて、若者が語る。その時の事を思い出すとどうにもまとまりのつかない複雑な思いなのだろう。

「そこまで言われたら相手を恨む事はできないさ。それに、その時はまさか自分が再起不能になってるなんて思わなかったしね。加害者とは言え相手の運転手が自分の身代わりになってくれたように思えたんだ。それ所か、罪悪感さえ覚えたよ、滑稽な事にね。強く生きるんだ、最後に命を僕に残してくれた彼の為にも。事故の苦しみなんかに負けてたまるか__だけど、もう二度と格闘技が出来ないと判った時、その決心も足元から崩れるのを感じたよ。只の奇麗言だったんだ、何もかもね」

さぞや怒りのやり場のない思いであったろう。

「入院中は学校の先生や同級生、ジムの仲間や先輩も来てくれた。早く治して前みたいにやろうって……僕も、そう思ってた。そう、必ずそうなると信じていたのに……」

目を閉じると、若者は項垂れたまま沈み込んだ。真実には何も言えなかった。

「最初はそこまで深刻だとは知らなかった。皆教えてくれなかったんだ、僕がもう二度と戦えないなんて。退院してからの僕は、必死でリハビリに励んだよ、一日も早く練習に復帰できるようにって。親に止められても頑張った、無我夢中で。あんまり僕が無理するのでとうとう言われたんだ__もう、どうやっても自分の身体は元通りにはならない事を。どんなに頑張っても、普通の日常生活が精一杯だってね」

顔を伏せたまま、若者は語り続けた。

「父さんと母さんは、僕を慰めてくれた。あれはお前が余りに無茶をするから先生に自分たちが頼んだんだって。時間を掛けて治療すれば、必ず元に戻るってね。僕は先生に直に問い質したよ。気休めなら辞めて下さい、本当の事だけを教えて欲しいって__」

彼は記憶の彼方__僅か数年前の出来事が、遠い昔のように思える__の情景を追っていた。

『はっきり言って下さい。僕はもう絶望なんですか__?』

勤めて明るく、しかし断固として担当の医師に問い詰めた。

『もしも、本当はどうにもならないんだったら言って下さい。いよいよと言う時の事は僕も覚悟は決めてますよ』

医師は戸惑いを押し殺したポーカーフェイスを見せた。

『どうしても元通りになれないんだったら、早めに踏ん切りを付けた方が良い。可能性が無いのにしがみ付いて無駄な苦労をするよりも、違う道を見つけたいんです、自分の将来の為にも』

真実の告白だった。

少なくともその時には。

「覚悟は決めたつもりだったのに……先生に、無理して聞き出したのだって、それなりに腹を括ってたと思ってたのに……」

益々深く、絶望の淵に落ち込むように若者は項垂れて行った。

「症状の真相を聞かされて、その時はサバサバしたと思ったよ。いつまでも落ち込んでても仕方が無い。これで良いんだ__新しい道を見つけるぞ」

真実は黙って聞いていた。

「でも、何が出来るんだ、自分に。情熱も湧かない、興味も出ない、何に対しても。気力なんて、どこからも生まれなかった……新しい道なんて……」

とうとう頭を抱えて若者は声を震わせた。

「両親の前では明るく振舞ってた。大丈夫、格闘技だけが人生じゃないよって。僕はまだ若いんだ、何だって始められるよ。でも、それだけだった。言葉だけだったよ。以前は無理を押してでも続けたリハビリも、全くやる気が起こらなくなった。一時歩けるようになってたのに、この頃から車椅子から全く離れられなくなったよ」

「……でも……」

真実が口を開いた。

「あなた今、こうして歩いてるじゃない。それ所か、あんなに元気に動き回って__」

頭を抱えたままの姿勢で、若者が動きを止めた。

「__ふふふふふふふふ……」

若者が頭から手を下ろし、そのの口から力無い笑いが漏れてきた。

「ふふふふふ……あははは__それは、自分の力じゃないさ。全ては借り物だよ」

その言葉の意味する所は真実にも判る。

再び沈黙した真実に代わって、若者が語り始めた。

「何故僕が改造人間なんかになったのか……全てはこの負傷が原因さ。普通では、二度と元気に動けなくなった、忌わしい事故によっておきた災いがね__」

顔を上げた若者は、虚無的な表情であった。



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