何なんだよ、この広告
「ただいま」
疲れ切ったその声に返事はない。ただ哀しげに、静寂に包まれた沈黙に消えていった。
俺は誰かに労ってほしい訳でも迎えてほしい訳でもなく、一日のスイッチを切り替えるために言うようにしているだけ。そう思うようにしている。
……まぁ、ただの強がりだ。
二階へ行って自室に荷物を置き、部活での汚れを洗い流すために再び一階へ移動した。
湯を張りながらシャワーを浴び、湯が貯まり次第そこに身体を沈めた。
「はぁーー……」
溜まった疲れがどんどん湯に溶けていくような感覚とともに、ゆっくりと息を吐いた。そして目を閉じてルーティーンである部活での自身のプレーの振り返りを始めた。
一人で住むには十分過ぎる、部屋を六つも持て余したこの家に本来の明るさが戻ることはない。
俺には父さんと母さん、妹、祖父、祖母の五人の家族がいたが、三年前に全員不慮の事故で死んでしまった。俺の日本代表としての初試合が十五歳の時スペインで行われた。当時俺は勿論のこと、家族も日本代表に選ばれたことに大喜びだった。そして家族全員で応援に行くと言ってくれた。俺は先に代表メンバーとスペインへ行き、家族は後から行くこととなった。
試合の前日、父から一本の動画が送られてきた。それは出発前に成田空港で撮ったであろう、家族からの応援メッセージだった。これから直接応援に来るというのに何してんだか、とその時は思った。だが、みんなの笑顔を見るのがそれで最後になるなんて思いもしなかった。家族の乗った飛行機はスペインに着陸することなく、海へ沈んでいった。そして俺は一人になった。
振り返りを終え、俺は夜ご飯を食べるため風呂から出て着替えを済ませる。部活の後に料理するのは面倒なので朝のうちに夜の分も作って冷蔵庫に入れてある。俺はそれをレンジで温めて食べる。壁にかけられた時計の秒針が時を刻む音をリビングに無関心に響かせている。その音が余計に俺を孤独にさせる。夜ご飯を食べ終えるとさっさと片付けを済ませて自室へ行く。
俺はベッドへ寝転がりスマホをいじる。時刻は21時。いつも大体1時くらいまでサッカーの動画を見ている。そしてそれは今日も変わらない。海外の好プレー集や今後練習しようと思っているフェイントなどをひたすら見て学ぶ。
そうして時間はあっという間に過ぎ、日が変わった。
すると動画の途中で広告が流れ始めた。
『ご当選おめでとうございまーすっ!! ってスキップしようとしたそこのあなた! ちょーっとま——』
Vtuberのゴスロリ女がクネクネしているこの広告は五秒経たないとスキップできないものだったので、俺は五秒経ち次第すぐにスキップボタンを押した。
毎度思うけど本当に広告って鬱陶しい。みんなもそう思うだろ? すぐにでもスキップしたいところを五秒も待ってあげてるのにそれ以上待つ訳ないだろ。それにオーディオブックとか普通の広告ならまだしも、こういう耳障りなBGMと自己紹介してくる需要のない広告はマジで腹た——
『ご当選おめでとうございまーすっ!! ってスキップしようとしたそこのあなた! ちょーっとま——』
スキップしたはずなのに何故かすぐに同じ広告が流れてきた。二回続けて広告が流れることはあっても、それが同じだったことはないので珍しいと思いながらも五秒待ってスキップした。しかし——
『ご当選おめでとうございまーすっ!! ってスキップしようとしたそこのあなた! ちょーっとま——』
「は?」
『ご当選おめでとうございまーすっ!! そこのあなた! スキップしないで最後までみ——』
「チッ」
『ご当選おめでとうございまーすっ!! ねぇちょっと!! スキップしないでってさっきからいっ——』
「なんだよこれッ」
『おいお前ッ! スキップするなって言ってるでしょうがッ! いいから最後まで見なさいよ! 人のはな——』
何回スキップしても数秒後にはまた同じ広告が流れてきた。四回目から少し変わってきて六回目には最初の決まり文句はなく、ただこちらを指差してキレているだけだった。意味わからないし、とにかくムカついたのでもう動画を見るのを諦めてスマホの電源ボタンを押した。
「何なんだよあの広告。何であんなに流れてくるんだよ。全然サッカー見れねーじゃんかよ。それにあいつ何キレてんだよ。おかしいだろ ………………おかしいわ。あいつ俺にキレてたよな? 広告なのにどういう——え?」
キレてる途中でふとおかしな事に気づきちょっとした恐怖を覚えたところで俺はさらに恐怖することになった。突然スマホの画面が光り、動画が流れ始めたのだ。メッセージやメールの通知でスマホの電源がつくことはあるが、動画が流れ始めることなんてない。そしてそこから聞こえるのは——
『ねぇ、私お願いしたよね? スキップするなって言ったよねッ!! 最後まで話聞きなさいよッ!! 人の話はちゃんと聞くようにって教わらなかった? 教わったわよね? ねぇ!! もう分かったよね? あなた、どうしたらいいか分かるよねぇ!!』
あのゴスロリ女の怒鳴り声だった。
……もう怖い。とにかく怖い。この女がキレてるからじゃなくてこの怪奇現象に、だ。こんなことありえないでしょ。どういうことだよッ!!!
『あなた画面見てないようだけど私の声は聞こえてるよねぇ? 返事が聞こえないけど~?』
何これメンヘラか? これが俗に言うメンヘラってやつなのか? 彼女なんていたことないから分からないけど、もし彼女がこんなだったらマジで生きた心地しないぞ……
『返事はッ!!!』
「はいッ」
突然の大声に思わず反射的に反応してしまった。
『よろしい。それでどうしたらいいのか、もう分かるよね?』
「はい」
「ここにスキップボタンあるけど、分かってるよね?」
「はい……」
『よしっ! それじゃあ仕切り直して——』
『ご当選おめでとうございまーすっ!! ってスキップしようとしたそこのあなた! ちょーっと待った!』
「いやそこからやり直すんかい」
まるでこれが一回目かのように再現するのを見てついツッコんでしまった。
『……何?』
「何でもないです」
『今怪しいって思ったでしょ? でもあなた、本当に当選したんですよ~!! え? それで何が貰えるって? それは~? …………聞き返しなさいよ』
「……それは?」
『異世界化した地球に関する情報で~すっ!!』
「…………は?」
いよいよ本当に何これ。何か広告を装おうとしてるけどもう無理やりだし、訳のわからないこと言い始めるし。ってかもう会話してるしな。
俺は再びスキップボタンを押したくなった。
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