無名探偵、迷子になる
夕日を受けた空が綺麗な赤色に染まる頃
ここは『助け合いの町コープ』
町の入り口にデカデカと立った木の看板。
そんな看板を尻目に、俺とアオは人通りの多い大広場まで足を運んだのだった。
「らっしゃい! いいものあるよ――」
「冒険者の必需品取り揃えて――」
「こちら冒険者なら半額で宿泊頂ける――」
そこかしこで呼び掛けられている冒険者、というのはこの世界における一般的な職業だ。
主に魔物の生息する地域に出向いて、採集や狩猟などを行なう。
いわば『危険な何でも屋』だとアオは言っていた。
「町ってのは見慣れねぇもんだらけだな……!」
「そうですね」
人の流れが激しく、賑やかに集客の呼び掛けが行われる町の中央に位置する大広場
俺は半日かけた移動の疲れを忘れ好奇心のまま、ズラリと並ぶ屋台を眺め練り歩いていた。
「おっあれは!」
あたりを見渡せないほどに人が行き交う中、俺はひとつの店に目を引かれ人並みを掻き分ける。
「アオ、コレは何だ!」
足を止めた店先に並ぶ青々とした葉を詰めたコルクのようなもので栓をしたビンを手に取る。
目的はこの青い葉――ではなくこの『ガラスに見えるビン』である。
ビンの手触りはプラスチックに近いが、爪で叩いてみると木材のような小気味のいい音が響く。
「やっぱりそうか!」
この世界は元の世界の常識は通用しない。
ガラスなんてのはとどのつまり、科学の発展で生み出されたものだ。
神様の言った『科学ではなく魔法が発展した別世界』を知るにはこの世界の加工物を調べるのが早い。
材質はなんだ? この世界は透明な木があるのか?
こうして、無邪気にはしゃぐ俺はこの『ガラスに見えるビン』に関心を示したのだった。
「それは薬草だよ! どこでも見るやつだが知らないのかい?」
この屋台の店主とおぼしきオヤジに声をかけられる。
筋肉質で短い髪に短い髭を生やした笑顔の眩しい男である。
見た感じ歳は……四十くらいだろうか。
俺が薬草のビンを抱えながらその男の顔をまじまじと観察していると、店主は更に続けた。
「ところでお嬢ちゃん、大人とは一緒じゃないのかい?」
「いや、連れがひとりいる」
そういって俺は後ろを振り向きアオを呼ぶ。
しかしそこにアオ姿はない。
「……連れってのはどういう人だい?」
「あ~……銀髪のえらく長身で目立つ女なんだが――」
天使という種族だからか、アオはとにかく身長が高い。
この店主は見立て180cm程度だが、アオはそれよりも高く210cmはあった。
俺が小さいために大きく見えているのかと思ったが、本当にデカいのだ。
それだけ長身の人物ならば、この人混みのなかで見つけることは容易い。
容易いはずなのだが。
「――すまねぇオヤジ! 探してもらえるか!」
若返りの代償その二、低身長は人混みに弱い。
人混みで大きなものを見つけるには、人混みでも周囲を見渡せるだけの身長が必要なのだ。
懸命につま先を伸ばし周囲を見渡そうとするが140の身丈では大人の行き交う広場を見渡すことは叶わない。
人を探すどころか対岸の店を見ることすら困難であるため、深いため息をついて目の前の店主を頼る。
店主は顔に苦笑いを浮かべた後、「まぁそうなるよな」と頭をかきながら顔を上げる。
「どうだ! 見つかりそうか!」
俺が問いかけると、店主は何かに気付く仕草をしたあと大きく息を吸う。
その次の瞬間――
「おーい! 迷子の黒髪で目つきの悪い嬢ちゃんはうちで保護したぞー!!」
――ビリビリと空気が揺れるような大声に俺は目を点にして固まる。
店主が何かに向かって大声を張り上げたのだ。
その声を聞いた周囲を行く人の波はピタリと止まった。
そして人々の間でざわざわと声が聞こえたあと人の群れが割れて道ができる。
「ミコト様、人混みで動き回るとはぐれてしまいます。 お気をつけください。」
割れた人の波からゆっくりと現れたアオは俺の前まで歩み寄る。
アオは屈んで俺と目線を合わせたあとビンを抱えた手を握った。
「うぅ、すまねぇ……」
子どものように反省する少女。 もとい俺。
それを見て安心したようにアオは微笑み、俺の手からビンを抜き取る。
「助かりました」
アオは商品を店主に返し礼を言う。
「おう、見つかってよかったな!」
店主はニカッと白い歯を見せて笑ってみせると、周囲からも「よかったよかった」「もう迷子になるなよ」と割れた人の波も流れ始め、賑やかさを取り戻す。
そこで我を取り戻したようにハッと気付いた俺は慌てて店主に礼を言う。
「ありがとう、助かったよ」
「いいってことよ! ここは『助け合いの町コープ』だからな!」
――『助け合いの町コープ』
誰かが統制するでもなく、全員が助け合う意志を持つ町。
この町が掲げる『助け合い』が嘘ではないことをこの身で実感した。
気持ちのいい笑顔を浮かべた店主はあくまで快活に困ったときはお互い様だからな、と言うのだった。
くわえて「疲れてるなら後ろのイスに座って休んでいきな」とも。
「いいのか? 俺たち買い物もしてないのに」
「いいってことよ! それにあんたらこのあたりの人じゃないだろう?」
このオヤジ、店を構えるだけあってなかなかの観察眼を持っている。
そして口には出さず「礼代わりに面白い話を聞かせてくれ」という表情を見せるのだ。
ここまでしてくれた恩人の勧めを無下にすることも無い。
言われるがまま店主の立つ後ろに置かれた長椅子に腰を下ろす。
「そういえばずっと歩きとおしだったな――」
目覚めてから町まで歩きとおし、さらに町を散策していたのだから疲れていないはずがない。
俺はくたくたの足を投げ出し、店主に声をかける。
「この町は賑わっているな、いつもこうなのか?」
店主は笑う。
「そりゃ冒険者が帰ってくる時間だからな!商人としては稼ぎ時ってなもんさ!」
話を聞くと、この賑わいには二つの理由があった。
ひとつは冒険者の活動時間。
このあたりは魔街灯が少ない。
そのため町の外に出る者は全員夕方には帰ってくる。
冒険者も例外じゃなく、魔物の活性化する夕闇を進むのは危険が伴うのだとか。
そのため、冒険者は効率よく仕事をするため朝早くに町を発つのが一般的らしい。
もうひとつは商人の営業時間。
この町の商人は昼に店を出し、夜には店を畳む。
ほとんどの商人は、早朝に町の冒険者ギルドへ赴き新鮮な商品を仕入れる。
そこから屋台の準備を始め、大体昼頃に開店するのだそうだ。
そうして営業を開始した店も、日が落ちる頃には店を畳みはじめる。
不正な取引を取り締まるため、町の決まりで店を出すことを禁止されているらしい。
この二つの理由から、冒険者達は町に戻ってすぐ翌日分の買出しなくてはならず、必然的に夕方は人が多くなるのだという。
「――なんか帰宅ラッシュのサラリーマンみたいだな」
「おっ、サラリーマンってなんだい?」
前世の言葉を思わず口に出してしまった。
このワードを伝えて世界の均衡を崩してはよくない。
俺は店主を無視して周りを観察しはじめる。
この店の扱う商品はビンに詰められた薬草をはじめ、果実を使ったビン詰めのジャムらしきものや表面が硬いパンのようなものがある。
どれも保存に適した形を取っているのだろう――確信はないが。
こうしている間にも商品がどんどん売れ続けているのをみるに、おそらくどれも冒険に必須の消耗品なのだろう。
忙しなくやりとりされる商品を目で追うことに疲れ、視線を落とす。
俺が腰をかけた木製の長椅子。
背もたれと足には細かな模様が所狭しと彫刻されていることから、安い物ではないだろう。
この屋台も劣化部分が見当たらないところをみると新調したばかりなのだろう。
そしてこういった備品に金をかける余裕があるということは――
「オヤジ、この店は儲かってるのか?」
「ははは! 随分とマセたことを聞くんだな嬢ちゃん! もしかして商家の娘だな!」
冗談交じりに質問をはぐらかし、こちらの情報を得ようとする。
まったく商売も口も上手いオヤジだ。
はぐらかされたが、彼のまんざらでもない表情をみるに予想は当たっているのだろう。
そして――
「――はぐらかすってことは、随分儲けてるな?」
「おぉ! 嬢ちゃんわかってるねぇ!」
ガハハと大笑いする店主。
これほどの商人が表情を隠せないはずも無い。
試されたのだろう、ただのマセガキか、商家の子か。
つまりはこの質問をされた時点で俺は情報を抜かれていたのだ。
「くえないオヤジめ……」
「それはお互い様だろう! ――で、どこの商家だい?」
この人柄のいい店主は、少女相手にも油断しないしたたかな商人根性がある。
こうして他の商家とコネを作って上手くやるのが、この店主の商法なのだろう。
だからこそ、この店は儲けているのだろうな。
しかし、俺は商売相手でもなければ商売敵でもない。
いまの俺は元探偵をしていた無職の少女なのだ。
「悪いが俺は商家の娘なんかじゃなくてな、俺はただの――」
そういって口が止まる。
俺はこの世界ではどういう立場になるのだろう?
ちらりとアオをみて助け舟を求める。
アオは気付いた様子を見せると淡々と口を開く。
「私たちは『ミストリア』です」
みすとりあ?
初めて聞く単語であるため、俺は話の中で情報を集める。
「おぉ、あんたらが噂のミストリア! ついにこの町にも来たってのか!」
店主は関心したように声を弾ませながら続ける。
「じゃあ、あれかい? 心を読むって噂の魔法なんかも使えるのかい?」
「そんな大層なものではありませんが、近いものは」
ミストリアとはどうやら最近噂の随分珍しい立場のようだ。
しかし、ここまで繁栄した町にいないとなると、商人や町に関わる政治家や貴族ではない。
そして何か心を読むのに近いことを出来るという。
「おぉ、頼りになるねぇ! これでこのあたりの犯罪は根絶できるってもんだ!」
詐欺師――は存在自体が犯罪だし違うか。
――――まさかな。
俺はひとつ思い浮かぶが確信には至らない。
それは心を読むことはできないし、犯罪の根絶なんて大層なこともできない。
「ミコト様は父上の後を継がれるため、こうして各地を回って勉強なされているのです」
「へぇ~! 幼いってのにのに立派だねぇ!」
このタイミングでアオが無関係の発言をすることはない。
俺の物心が付いた頃に親父は死んでいる。
そして、このことを神様の使いであるアオは知っているに違いないのだ。
つまりここにおける父上とは、元の世界にいた俺のことだ。
アオは俺の方をチラリと覗くと、いつも通り薄い表情でニヤリと笑う。
まるで「もう答えはわかりましたよね」なんて煽るように。
「随分ハードル上げるじゃんかよ……」
アオの表情を見て、気持ちは釈然としないまでも、推測は確信に変わる。
ようするにこの世界では、探偵に近いミストリアという職業に俺はついているらしい。
「ミストリアか――」
聞きなれない言葉を繰り返す。
この世界で何も持たない俺が、恐らく一番頼りにできる肩書きである。
それにしても、何故いままでアオはこの職業の話をしなかったんだ。
この世界で活動する以上かならず突き当たる問題だったはずなのに。
単に聞かなかったから――?
俺は釈然としない顔で考えこんでいると、店主は何かを思いついたように口を開く。
「そうだ! 嬢ちゃん達泊まるところはあるかい?」
周りを見れば人の波もまばらになり、日も落ちかけていた。
「泊まるところなんてそこら中にあるだろ」
そういって周囲の宿に目線をやる。
その仕草をみて店主はまたひときわ大きく笑う。
「ハハハ!そうだな、宿は沢山ある!」
なにが言いたいのか俺にはあまりわからない。
呆然としている俺に対して店主は続ける。
「言い方を変えよう! お前ら宿に泊まれるだけの金は持ってるのか!」
――金?
俺は持っていないが、アオが用意してるだろう。
「コイツが宿に泊まるだけの金を持っている」
「ありません」
――ないらしい。
「どうすんだよ! 野宿するつもりか!!」
「私は野宿でも問題ありません」
「俺は問題あるんだよ!」
聞いてなかった俺が悪いのか、説明をしなかったアオが悪いのか。
今は責任のありかよりも、暖かい寝床を確保する方が大切だ。
昼間が心地よい気温であったということは、当然夜は冷える。
天使の体の構造はしらないが、まともな人間なら風邪を引いてしまうから。
特に免疫の弱い子どもの体ならなおのこと。
「アオがミコト様を抱いて眠れば、体温の心配はございません」
そう言うと両手をバッと広げて見せるアオ。 お前はコアラか。
俺はそんなアオを無視して店主に話しかける。
「で、そんな話するってことはなんかあるんだろう?」
店主は俺達のやり取りを見て笑いながら答える。
「泊まるとこが無いなら家にこいよ! 飯も出してやる!」
願っても無い提案である。
何故なら――
「アオはミコト様の布団であり枕です」
訳のわからないことを言うデカイコアラ。
そいつがガッシリと俺に抱きつき野宿をさせんとしている。
だがしかし――
「変なこと考えてねぇよな……」
俺は今少女の身体であるため、警戒する。
男という生き物は性欲の塊である以上、何か企んでいてもおかしくはない。
ケダモノをみるような俺の目に、警戒を察した店主は更に笑う。
「子供にしては上出来だ! 警戒するのも無理はない! だけどな――」
言いかけた店主のもとにひとりの女性が歩み寄ってくる。
「あらあなた、この子達は……?」
歳は三十代後半だろうか、髪を後ろで簡単にまとめた落ち着いた雰囲気の女性。
店主との距離感をみるにこの女性はおそらく奥さんだろう。
「おうミーシャ、嬢ちゃん達はミストリアらしい! 泊まるところが無いらしいから家に泊めてやろう!」
店主はコチラを向きウインクしてみせる。
俺にはこの綺麗な嫁さんがいるから、とのろけるように。
「あら~! ミストリアなの! ちっちゃいのにすごいわ~!」
俺はミーシャと呼ばれる女性に抱きしめられる。
その間もでかいコアラは俺を抱きしめ離さない。
板ばさみにされる形でかなり窮屈である。
「アオ、泊まるアテが出来たから離せ」
「おや、野宿はなしですか」
そういうとアオは少し、つまらなそうに手を解き俺から離れる。
もしかしてお前俺をオモチャにしてるな?
「じゃあミストリアちゃん、夕飯も用意してるから一緒に食べましょうね~」
体を離したミーシャは穏やかに話すと、俺の右手を握る。
「名前はミストリアじゃない、俺はミコトでこっちのでかいのは――」
でかい天使の紹介をしようとすると、アオは俺の空いた左手を取り「アオです」と自分で答える。
というか、なんでお前ら俺の手を握る。
「あら~、ミコトちゃんにアオちゃんね~」
ミーシャは何か微笑ましいものをみるような顔で俺とアオを見ている。
奥さん、たぶん俺達はあんたの思ってるものとは違うぞ。
少し呆れた顔で見ていると、何か気付いたような顔をしてミーシャは俺に耳打ちする。
「アオお姉ちゃん、ミコトちゃんのこと大好きなのね~」
やっぱり勘違いしている。
こいつと俺が姉妹であるものか、髪の色や体格差でわかるだろう。
そして、それが聞こえていたのかアオは少し考えた様子を見せると――
「ミコト、お姉ちゃんから離れてはいけませんよ」
これまたおかしなことを言い出すのだった。
「よーし!ミストリアが家に泊まったと話題になれば、もっと売り上げが伸びるぞ!」
そんな俺達を尻目にガハハ!と笑う店主。
――本当の目的はそれか。
どこまでも商魂逞しいオヤジだと関心する。
そうして俺はアオとミーシャに手を引かれ、捕獲された宇宙人のように、商人のオヤジの家に招かれたのだった。
「ミコトちゃん一緒にお風呂入りましょうね~」
「……ひとりで入る」
「お姉ちゃんと洗いっこしましょうね、ミコト」
「お前いつまでそれ続けるんだよ」
「ガハハ!」