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神殺しのキングダム  作者: Reizen
一章 「邂逅」
7/18

邂逅Ⅳ 『見える少女』と『聞こえない少女』 後編

 扉を開けた先は夜が明けたにもかかわらず薄暗かった

 辺りを覆う大樹の葉の隙間から覗く灰色の空は、今にも雨が降り出しそうである

 空気に含まれる湿気も多くヴェグの枝に火が付きにくい

 ユウスケは舌打ちした

 すると突然咥えていたヴェグの枝の先がボゥと燃え上がった

 何事かと声が漏れた


「うおっ」

「ごめんごめん、びっくりさせたかい」


 声がした方を見ると、屋根の上にひらひらと手をふるリリシアがいた

 魔術で火をつけてくれたらしい


「早いな」

「君ほどじゃないよ、ちょっと里長に頼まれたことをやっててね」


 それを聞いてもう()()は動いたのか、と感心する

 よほど切羽詰まっているようだ

 リリシアは力の籠っていない動作で跳躍すると、重さがないかのように軽やかにユウスケの隣に降り立った


「昨日里長とどんな話をしてたのか知りたいんだけど、いいかな?」

「……、……気付いていたのか」


 部屋に魔結晶パージを掛けたのは無駄だったかと貧乏性の部分が疼く


「当然だよ、私はこう見えてそれなりに凄いエルフなんだ」


 是が非でも隠したかったというわけでもなかったが

 得意気に言う様がますます面白くなく、少年はお門違いの難癖をつけてみることにした


「……その割にはミリアとはぐれていたじゃないか」

「ああ、あれはね、そうした方がミリアのためになるかと思ってね」


 予想と違う返答が帰ってきてて少年は首を傾げた

 煙を燻らせながら尋ねる


「わざとだったってことか?」

「当たり前だよ、いくらなんでも森の中で対象を見失うことなんてあるわけないだろ」

「……俺はてっきり隠匿の魔結晶パージを使っていたからかと思ってたよ」

「ああ、多少は意味があるけど、その程度で私の眼は誤魔化せないよ」


 魔結晶はその構造上、面数が多い物が基本的に良質とされる

 あの時使ったのは12面体の魔結晶であり、かなり高品質な部類の物になる

 それを捕捉出来ていたとすると、彼女はユウスケが予想していたよりかなり上の実力者ということになる


「なるほど、それが本当なら、エルフの都キュベレイに呼ばれているっていう話も嘘じゃなさそうだな」

「心外だね、私がミリアを危険な目に遭わせるわけないじゃないか」

「いや、だってほら、やっと見つけたとか言ってたし」

「よく覚えてるね君は」

「細かいことが気になる性質(タチ)なんだ」

「だってそうでも言わないと足までとんでるのに助けなかった酷いやつだとミリアに思われてしまうじゃないか」

「それはその通りだろ」

「うーん。やっぱりちょっとやりすぎたかな」

「俺に聞かれてもな……」

「その方が成長できるかなぁ、と思ったんだけど、昨日その話をミリアにしたら凄く怒ってしまってね、困っているんだ」

「え、それを本人に言ったのか」

「そうだよ」


 淡々とした口調で言う姿にユウスケはえも言えず黙った

 このエルフは天然なのだろうか、それともエルフ全体がこういう価値観なのだろうか

 なんとなく前者な気がした。天才は人と感じ方が違うというしそういうことなのだろう

 そう思うことにする


 ユウスケは燃え尽きたヴェグの枝を踏みつけて粉砕すると

 湖の傍にしゃがみ込むと顔を洗った、冷たい水が心地良い

 ローブの裾で雑に顔を拭く


「まぁ、助けてもらえなかったことがショックと言うよりは

 単純にその様を見られていたのがショックだったんじゃないか、恰好つかないだろ、それじゃ」


 少なくとも俺だったらそうだなとユウスケは思った

 昨日の様子から察するにミリアにとってリリシアは憧れの存在だ

 確かミリアが勝手に先走ったとのことだったので

 自分から引き起こして無様な姿をさらしていたと知ってしまったなら

 その惨めさたるやちょっと想像もつかない


 知らないフリをしてやるのが優しさなのではないだろうか

 ……いや、無理をおして本人が成長したいと言っているのであるから

 さらに駄目だしするのが良いのだろうか……。うーんわからん


「というか、里長の話はいいのか」


 答えが出なかったユウスケは話題を変えることにした


「?……あ、そうだった、忘れていたよ、それで何を話していたんだい」


 飄々とした態度を見るに、本題はミリアの方だったのかとユウスケは今更気付いた

 話題を振ってしまった以上話しておくかととりあえず続ける


「……まぁ、察している通りだよ、ちょっとそっちの困ってることに手を貸そうかと思って」


 魔素の枯渇について調べることに協力するからちょっとした頼み事を引き受けてくれと

 そんなことを話したと手短に説明する


「ふーん、里長が話を聞くとはね、意外だったよ」

「まぁ俺とあの爺さんはそれなりに知った仲だからな」


 正確に言えば取引相手だ

 一定の賃金を収める代わりにこの里が管理する森の通過を見逃してもらっている

 このような場所は他にもいくつかありそのうちの一つだった


 そこまで教える必要はないかとゆっくりと立ち上がると伸びをしながら言った


「そろそろアイツを起こしてくるか」

「じゃあ私も里長に報告しに行こう」

「それならついでに1時間後ぐらいに行くって言っといてくれ」

「オッケー」


 相変わらず無表情に言うと、リリシアはムーンサルトを描きつつ数回の跳躍で大木を上り

 あっという間に見えなくなった




 ◇◇◇




 朝食を食べ終えユウスケから話を聞いたツキナは

 一目見て抵抗感を覚えているのがわかるほどに、あからさまに嫌な顔を作ってみせた

 二つ返事で了承を得られると思っていたユウスケは軽く困惑した


「お前のことだから、『任せといて!』とか言うと思ってたんだけどな……」

「うーん……。そういう気持ちもなくはないけど」


 ユウスケのした話は森の魔素の枯渇の原因を調べるために、『眼』の力を貸してほしいという物だった

 少しでも有用な情報を入手できれば、それと引き換えに移動手段を手に入れる事ができる

 それが里長とユウスケが交わした取引の内容だった

 こちらが成果を出せば一方的に見返りが貰え、失敗しても何も出さなくて良いという

 かなりお得な内容である


 仲介人ブローカー専任の案内人をクビになっているので従来のルートを通れない可能性があることを考えれば

 丸二日以上無駄にしてしまっている現状では一日や二日潰してもやる価値はある


「別に原因を特定しろとか言ってるんじゃなくて、お前の眼で見た情報をまとめて渡すだけだぞ?」

「そういうのはなんでも良いんだけど」

「じゃあ何が不満なんだ?」

「不満とかはないけど……」


 彼女はぢ視線を逸らし、考え込むように目を閉じたあと

 しばらくすると意思が固まったのかすっと目を開いて言った

 そのオレンジ色の瞳がキラリと輝く


「……まぁいっか。ユウスケには貸しもあるしね」


 それで気付いた


「もしかして前に言っていた、半種族ハーフに見えるっていう奴か」

「……」


 彼女の沈黙が答えとなった

 どうやら半種族に見える眼を使うこと前提の行動というのが気に入らなかったらしいとユウスケは判断する


「そこまで気にしてたのか」

「ここはどうだか知らないけど、前にいたところはけっこう半種族に冷たかったからね」

「……こっちも半種族はそれなりに嫌われているかもな、同じくらいに嫌ってない奴もいるとは思うけど」


 ミリアとリリシアが特に何も言っていなかったから気にしていなかったが

 昨日ミリアと街を回ったときに何か言われでもしたのだろうか?

 それだったらこの話を持ってきたのは失敗だったなとユウスケは思った


「やめとくか?」

「別にいいよ。私も気にはなっていたしね、できることがあるなら手伝っても良いかな」


 ツキナが無理をしているような気がしたので、ユウスケはどうしたものかと言葉に詰まった

 その気配を見て取った彼女は、空気を切り替えるように悪戯っ子のようなニヤニヤした笑顔を作った


「でもまさか案内人の自称プロのユウスケさんが依頼人である私を頼るなんてね~」

「……、別に頼ったわけじゃない、これはお前のせいで起きたロスをお前に贖わさせてるだけだ」

「……それを言われると弱いわね」

「まぁ、本当に嫌だったらやらなくていいぞ、そのときは他の方法を考える」


 ただ出すものと貰う物の対比が非常に効率的だと思っただけで、とそこまで考えて思いつく


「そういえばお前の『眼』って使うのに何か制限や消費があるのか?」


 例えば魔素の消費が激しいとか、時間や条件がある場合もある

 しかしツキナの一言がその可能性をバッサリと切り捨てた


「??ないけどそんなの」


 あっけらかんとしたその態度に「ああ、じゃあ本当に渋ってたのは気持ちの問題なんだな」と半ば呆れた

 出来なくて悩むのではなくて出来るけど悩むというのは非情に贅沢な気がすると思うのは

 嫉妬心なのだろうか、とユウスケは内心思う

 心に生じた僅かな劣等感を表面上に出さないように気をつけながら確認する


「そ、そうか……、……、じゃあ本当に良いんだな?」

「くどいわね、良いわよ」


 一応了承はしてくれたが、腕を組んでいるその姿からなんとなく憮然とした感情を見て取る

 それともこれは自分の中の罪悪感のせいなのか、ユウスケには判断がつかなかった


「……悪かったな、勝手に話を進めて、ほら、お前アッサリ俺には目を見せていたし、そこまで深刻だと思わなかったんだ」

「……、……私は、……なんていうかね、私のことを受け入れてくれる人間かどうか『流れ』でわかるのよ

 だからそういうことを気にしない人間、を特定しているのかどうかわからないけど、そういうことを言っても大丈夫な可能性が高い人はわかるんだよね。それもあってユウスケには言ったの」

「随分ややこしい言い方だな」

「本当にそうなんだからしょうがないでしょ」

「……お前の眼って言うのはそんな性格とかの部分までわかるのか」

「まぁさすがに何もかもっていうのは無理だけど、例えば同じ性格をしてる可能性が高い人みたいなのだったらわかるわよ」

「便利なもんだな、商売人とか向いてそうだ」

「……そうでもないけどね、結局違う場合もあるからあんまり信用しすぎるのも良くないし」

「俺の性格とかもわかるのか?」

「それがユウスケのことはあまりわからないんだよね」

「そうなのか……?」

「ほら前にも言ったでしょ、ユウスケの周りってちょっと変な感じだって

 そのせいなのかな、どうも私の眼があんまり効いてない感じなんだよね」

「でもお前あの謎の技術で俺を倒そうとしてたじゃないか」

「あの時見てたのはユウスケじゃなくて体の重心とかだからね」


 ようは俺に作用する外的な要因はわかっても内的な要因はわからないということなのだろうか?

 魔術が効かない体質だということが影響してるのか?とユウスケは首を捻る


 その後、軽く身支度を整えて里長の家へと向かうことになった



 ◇◇◇



 二人が里長の家へ向かうと、家の前の円形の広場のような場所に、既に長い杖をついて立っている里長の姿があった

 その少し後ろには鷹の上半身と猫の下半身を合体させたような生き物がいる

 グリフォンだ。3匹いるそれらはそれぞれ後ろ足を折り曲げ行儀よく並んでいる

 かたわらには乗り手と思われる軽装のエルフが控えていた

 さらにその横にはミリアとリリシアもいた

 仲直りはしていないのか、ミリアは少し不機嫌な顔をしている


「待たせたか」

「そんなことはないぞ、こうしてぼーっとしとるのもなかなか良いもんじゃ」


 里長の両側に立つ鎧を着たエルフが眉を潜めた

 少年の言葉遣いに疑問を感じたのだろう。しかし里長が何も言わないためか沈黙を守る

 それを見て取ったユウスケは尋ねた


「俺も挨拶とかした方が良いのか?」

「いらんいらん。小童の顔など見飽きとるわ」


 手をプラプラと振る姿が若干腹立たしいが面倒なのが省けて内心助かる

 どういう関係か測りかねたエルフ達は不思議そうな表情を作った

 しかしこの場においては里長の言葉は絶対であり、異論を挟む物はいない


 里長はユウスケの後ろに立つ、茶色いローブを着た少女に目を移した

 フードをしっかりと被っていて、その表情は窺えない

 対して里長は柔らかい笑みを浮かべていた


「その子が言っていた童か」

「そうだ」


 答えると一歩近寄って里長は言った


「そのフードを外してはくれんか」


 少女は少しだけ間をおいた後、緩やかににフードに手をかけた

 その顔が露になる、ツキナはいつもよりこわばった表情をしていた

 瞬きをすると瞳が金色に輝く


 その瞬間、空気がどよめいた

 好意的なものではない

 鎧を着たエルフも、軽装のエルフも、少し警戒心を持ったようにユウスケは感じた


 里長は笑顔を崩さずに続けた


「とても良い眼をしとるの。同胞を助けてもらった挙句になんなんじゃが、すまんが力を貸してくれるかの?」


 ツキナは今度は間髪入れずに答えた


「任せて!」


 言い切ると彼女もまた笑顔を浮かべた

 里長はうんうんと頷いてみせた。

 里長の仕草を是と判断したのだろう、周りのエルフ達の警戒心は溶けたようだった


「おまえさんはとても精霊に好かれとるんじゃな」

「そうらしいわね」

「うむ。そうかそうか」


 何がそうなのか良くわからないが二人だけに通じる物があるらしく

 二人は意味ありげに頷いた


「それじゃあ残りはおまえさんらに任せるとしよう、なんかわかったら教えとくれ

 リリシア、後は任せたからの」


 里長はそれだけ言うとリリシアの方を見もせず若干危ういふらふらとした足取りで家に入って行った

 鎧を着たエルフ数人がそれに連れ立って進み、里長の家の扉の両側に立つ

 代わりにリリシアが二人の前に歩み出た

 リリシアの後ろにも鎧を着たエルフが数人控えていた

 ユウスケはこいつけっこう公の立場で偉いさんだったのかと内心驚いた


「じゃあ長も許可を出したみたいだし、さっそく始めようか」

「何をすれば良いの?」

「ここにこれまで調べてきた魔素の枯渇地点とそれの影響が出た物を示した地図があるんだ」


 丸まっていた紙を紐解いてみせるとそこにはこの付近の地図が描かれていた

 ツキナは目をしかめながら言った


「エルフ文字は読めないわよ?」

「構わないさ、私が読むからね」


 リリシアはグリフォンを指す


「で。そこまでアレに乗って飛んで、君の眼でいろいろ見て貰おうってわけ」

「わかったわ」

「ユウスケ達はどうする?」

「そうだな……」



 ◇◇◇




 細かい打ち合わせとルートを段取りした後、ツキナはグリフォンに跨った

 乗れないだろうと思った里長が乗り手も手配してくれていたのだが

 5分ほど練習しただけでツキナがすっかり乗れるようになってしまったのだ

 なので二頭のグリフォンでツキナとリリシアだけが行くことになった


 ユウスケは曇り空へ向けて飛翔していく二人を見送った

 その姿を横から見ていたミリアがポツリと言う


「残念でしたね」

「……言うな」


 当初はユウスケも行くはずだったのだが

 グリフォンが乗り手を介してもユウスケを乗せることを嫌がったため仕方なくこういう形になった


「ま、アイツらなら優秀だから大丈夫だろ、二人でも」

「それはそうかもしれませんね」


 飛んで行った方角を呆けたように見つめるミリアはユウスケに負けず劣らず覇気がなかった

 心ここにあらずと言った感じだ


「……そういえばリリシアと喧嘩したんだって?」


 ミリアは聞こえていないかのように無反応だった。しかし暫くして返事をする


「喧嘩というわけではないです、私が一方的に拗ねてるだけですよ」

「……、そうか」

「はい」


 感情の籠ってない返事をした後、ミリアはベンチを指さした


「座りませんか?」


 断る理由もないのでユウスケが座ると、ミリアも隣に座った

 彼女の輝くような金髪の髪も、灰色の空の下ではその輝きが霞んで見えた

 同じように表情にも影が落ちているようだった


 とりあえず話し出すのを待っていると沈黙が続き

 暇だなとユウスケがヴェグの枝に火を付けようとしたとき、彼女は唐突に言った


「昨日はすみませんでした」

「……?何が?」


 火をつけるのをやめて彼女に視線を向ける


「その……魔術が使えないことを馬鹿にしてしまって」

「ああ、あれね。別にいいよ、俺も悪かったし」

「……昨日、聞いたんです、ユウスケさんにとって魔術が使えないことがどういうことなのかっていうことを」


 リリシアはそんな話もしていたのかと思うと思わず渋い顔になった

 やはり天然なんだなと理解する、地雷を踏むことを全く恐れない姿勢が凄い

 いや、おそらく当人は地雷だとも思っていないのだろう


「まぁ俺はミリアほど深刻じゃないけどね」


 ユウスケはローブの中に手を入れてゴソゴソとやるといくつかの魔結晶パージを取り出した

 様々な色のパージが手の中でキラキラと光る


「これを使えばあんまり関係ないしね」

「……それは、本当ですか?」

「何が?」

「本当に関係ないんですか?」


 ミリアはユウスケに視線を向ける。ユウスケもミリアに視線を向けた

 視線が絡み、深い蒼い瞳がユウスケの真っ黒な瞳を覗き込むようにして見ていた


 ユウスケはすぐに耐えられなくなり視線を外す


「……関係ないことはないよ」


 どこまで話すべきだろうか、ユウスケは慎重に言葉を選んだ


「俺も小さい頃は……って言っても今も小さいけどもっと昔の話だ

 魔術師として期待されていた、らしい」


 ミリアはその不思議な言い回しに首を捻った


「らしい?」

「俺は記憶喪失なんだ。聞いた話とか、自分がつけてた日記とかから推測した話だ」

「……」

「それで俺は凄い量の魔素を持っているらしい」


 ユウスケはヴェグの枝に着火具を使い火をつけた


「しかも英雄の子孫だ、誰もが魔術師として大成すると思っていた」

「だけど使えなかったんですか……?」

「使えたさ、いや、使えなかったのかな。魔素の量が多すぎたせいで、まるで制御できなかったんだ」


 どんな初歩的な魔術でも一度使えば魔素が暴走して放出が止まらず全分解オーバーホールする

 全分解とは自分を構成する要素が全て消えてなくなってしまう、魔術の最大にして最も初歩的な失敗例だ

 しかしユウスケは英雄の子孫であるが故か、その能力故か、全分解しても消滅することはなかった

 代わりに記憶を失ったのだ、と聞いている


「当時の俺はいろいろ頑張ったらしいんだけど、結局使いこなせず今に至る」


 ユウスケはヴェグの枝を自分の掌に押し付けた

 ヴェグの枝はポキリと折れたが、その数百度に達していた先端に当たっていた筈の掌は綺麗なものだった


「溢れる魔素のおかげで大抵の攻撃や妨害的魔術ま効かないし、スタミナ切れなんかとは無縁だけどな」


 代償としてあらゆる強化・補助魔術が意味を成さないということがあげられるが

 プラスマイナスゼロくらいにはなっているだろうとユウスケは思っている

 ちなみに肉体的には疲れ知らずなせいか普段は睡眠も必要としない


「じゃあ使えれば凄いのに使えないんですか」

「そうなるかな、実際まともに使えたことがないから凄いという保証はないけど」

「……聞こえても大したことないかもしれない私とどっちが良いんでしょうね」

「……どっちだろうな」

「魔術が使える人が羨ましくないんですか?」

「……お前と一緒だよ」


 それはミリアに「精霊の声が聴こえるエルフが羨ましくないのですか?」と聞くことと同じだ

 察したミリアは顔を伏せる


「……すみません」

「良いよ別に」


 ユウスケはもうその点については折り合いをつけた人間だ

 現在進行形で折り合いをつけられていないミリアとはスタンスが違う

 それを思うと分かり切った質問をされても冷静でいられた


「まぁ考えようだな、お前は俺と違って精霊の声が聴こえるか、或いは成長できればいいわけだから

 悩んでる問題に答えが二つもあるなんてラッキーじゃないか?」

「……ラッキーなんでしょうか」


 ユウスケは新しいヴェグの枝を取り出し火を付け一服してから言う


「ま、気楽にやれよ、悩んでてもいいことないぞ」

「ざ、雑ですね」

「そりゃそうだろ、リリシアがどれくらい優秀か俺は知らないけど

 本当に優秀な人間を間近で見てれば如何に頑張ることが無駄かわからないか?」

「……それはそうかもしれませんが……」


 思い当たることがあるのか、ミリアは納得し難いと言った表情をした


「それでも、……私は自分と自分の種族に誇りを持っていたいんです」

「誇りね……」


 言っていると、ポツリと冷たい感触がして、二人とも顔を上げた


「っち、降ってきたか」

「天候が乱れると帰りが遅くなるかもしれませんね……」


 昼過ぎに差し掛かり、空はますます暗くなっていた




 ◆◆◆




 里を飛び立ってから二人は黙々と地図上のマーキングしたポイントを回り

 既にその数は15を超えていた


「次が16個目の枯渇地点だね」


 ツキナは地図を眺めながら返した


「これ随分多いわよね」

「まぁうちの里の管轄だけで96箇所あるからね」

「……多すぎじゃない?」


 おかげでバンバン回れるが全部回るとそれなりに大変そうだ

 まだ数時間しかたっていないがツキナは早くもげんなりしつつあった


「多いからこそみんな困ってるんだよ、森に住む皆がね」

「……普通こんなことってあるの?」

「うちのところではないみたいだね、エルフの都の人たちでもわからないっていうんだから、少なくとも5000年はないんじゃないかな」

「え!そんなに生きてるエルフがいるの!?」

「いいや?記録が残ってるだけだよ、うちの種族はマメだからね。最長老でもその半分くらいなんじゃないかな」

「充分凄いでしょそれ……」


 2500年生きてるってちょっと想像が付かない


「とか言ってる間にとうちゃーく」

 地面から相当高い位置を飛んでいるにも関わらず、リリシアはグリフォンから跳び降りる

 着地の少し前に緑色の魔術陣が展開され、落下の勢いが消える

 ふわりと何事もなかったかのように降り立つリリシア


 それから1分ほど遅れて、ツキナを乗せたグリフォンはゆっくりと着陸する

 ツキナはグリフォンの背中から飛び降りると、警戒するように辺りを見渡した


 周囲は相変わらずの鬱蒼とした森で、かなり暗くまるで夜のようだ

 風が吹くたびに森林が大きく鳴き、時折遠くから響いてくる獣の鳴き声は非情に不気味であった。

 背筋に少し嫌な物が走る


「大丈夫だって言ってるのに。そんなに警戒しなくても、私といっしょだったら平気だよ」

「……で、でも念のためにね」

「ツキナってけっこう怖がりだよね」

「……」

「まぁ魔素が枯渇している地点は精霊様方の恩寵を受けられていないから、敏感な人間にとっては恐ろしい場所に感じるかもね」

「そうなの?」

「そうだよ、魔素がなない、もしくは著しく少ないということは生命の根源自体がないということだからね、生物にはそれなりにプレッシャーになるのさ、本能的にね」

「なるほどね……」


 陸に打ち上げられた魚と同じような物なのだろうか?とツキナは首を捻った

 そんなことをしているとリリシアが辺りを調べるように促す


 ああ、そうだったとツキナは眼で魔素が枯渇したという付近を眺めてみた

 付近は雑木林になっており、ところどころに亀裂のような洞窟がある岩場があった

 確かにそこから流れ出ている風にさえ魔素が感じられない

 まるで魔素がなくなってその部分がポッカリと穴になってしまったようだ


「どう?」

「他のところと同じ感じね」

「魔素が戻ってきてるかどうかはかわる?」

「うーん」


 ツキナは首を捻った

 私はそもそもそういうことの知識に長けてるわけじゃないから、と前置きをしてから話す


「戻ってないみたいね、表面上は緑に覆われてきてるけど、そこら辺の穴が魔素の枯渇でできたんだって言うなら

 その穴の中もきっと魔素が足りてないんじゃないかな、どんどん流れていっちゃっててそのうちまた足りなくなりそう」

「魔素の活性化は原理的には水巻きと変わらないからね」


 そもそも死んでいる土地を復活させる力もないので新しく実りが広がるのを待つしかない

 ツキナはとことこと歩いて目の前に広がる縦穴の前に移動した

 時折吹き上げる冷たい空気には魔素が含まれておらず、言うなれば死んだ風だった

 底は全く見えない。相当深い穴だろう


「……ていうかこの中は調べないの?」


 同様の場所は各地にあったがリリシアはここを調べなくて良いと判断しているようだった

 リリシアの周りの流れが彼女に干渉しているように動く、それはツキナには囁きかけているように見えた


「そこは精霊が調べなくて良いって言ってるんだ」

「そんなことも教えてくれるの?」

「そうだね、精霊はお節介なんだ」

「ふーん?今話してたのがそう?」


 ツキナの発言に驚いたようにリリシアの眼が少しだけ開かれた


「凄いね、そんなこともわかるのかい、何か気になることでも?」

「いや、私が知ってる精霊とは随分違う感じだったから、まぁこの辺の精霊ってみたことないからわかんないけど」

「そこら中にいるよ?人間にはわからないのかな」


 リリシアは耳を澄ませるように目をつむった。そういえば自然の声とかも聞こえるんだったか

 それを聞いているのだろうとツキナは納得する


 しかし腑に落ちない点もある。さっき見たのが精霊だというのであれば

 それはそこら中にはいない、それは断言出来た


(まぁ私の眼に映らない存在なだけかもしれけど……)


 どういうことなのだろうと考えていると、ツキナの鼻先に冷たい雫が落ちた感触があった

 空を見ると少しずつ雨が降り出しているように見えた


「降ってきちゃったね」

「……そうね」

「ちょっと待ってみる?止むことはなさそうだけど」

「休憩かねてもいいかもね


 ツキナが振り返ったときだった、彼女の立つ地面に瞬間、亀裂が走った

 ガクンと抜けるような感覚が体を襲う

 周囲にまでビキビキと亀裂が広がり、周囲は音を立てて沈没した


「えっ!?」

「危ない!」


 リリシアは咄嗟に手を伸ばしたが、ツキナの手を掴むのは寸前で間に合わなかった

 滑り落ちていくツキナに一瞬だけ視線をやると、リリシアは迷わず更に跳び込んだ


 そのままの勢いでツキナを抱き留めると、落下する岩を足場にして周囲の破片を蹴り飛ばした

 器用に空中で態勢を整え、ツキナをお姫様抱っこする形になる

 とは言え落下が止まるはずもなく二人は現在絶賛落下中であった


「やれやれ、気を付けてくれよ」

「ありがとう、でも、二人とも落ちちゃったら不味いんじゃないの?」

「……不味いね」


 何が不味いかと言えば魔素が完全にない空間に入ってしまったことより

 体内の魔素が急速に抜け出ていく感触に二人は襲われていた

 意識することで多少は漏れを塞ぐことができるが、この状態で魔術を使うのは困難だ


 頼みの綱のグリフォンは地割れの際に飛び上がっていたようだが今のところ追ってくる気配がない


「ツキナは魔術を使える?」

「使えると思うけど、私も凄いだるい感じだよ」

「飛ぶ魔術は?」

「やってみる」


 とは言え発言式でやれるほど体内の魔素が安定していなかった、こういうときは記述式だ

 ツキナは魔術式を空中に指で書き出すと力を込めた

 使ったのは《飛翔フライ》、少しの間だけ空中を飛べる魔術だ

 発動の光が彼女を包んだかのように見えたが、淡い青色の光がそこで霧散した


 嫌な汗がでた、何度か試してみるが同じである

 リリシアも同じように試してみたが変わらずのようである

 いよいよ本格的に不味くなってきた


「駄目ね」

「壁からも離れ過ぎているしね……困ったね」


 落下するにつれて穴はどんどん広がり、もう周りには暗黒の空間だけが広がっていた

 あの大地の下がこんなことになっていたとは、この空洞はどこまで続いているのだろうか


「ずっと落ちていられればとりあえずは無事だね」

「笑えない冗談言わないでよ……」

「冗談のつもりはなかったけどね」

「……最悪」




 ◆◆◆




 雨が降り出してしばらくした頃

 どうやら何かが起こったようだということをユウスケは察知していた

 胸元から首飾りを取り出して眺める、ひし形の飾りの中央に埋め込まれた宝石が赤く強く光っていた。

 里長の家で同じように雨宿りをしていたミリアが気付き尋ねるた


「それなんですか?」

「これは緊急時に持ち主の危険を知らせてくれるペアアイテムだ、ちなみに持ってるのはツキナだ」

「……。……ええっ!」


 食べようとしていたスープを机にどんっとおくと詰め寄ってくる


「リリシア達に何かあったんですか?」

「どうやらそうみたいだ」


 連絡を取り合うこともできるので念じてみたが相手方に全然反応がない

 意識がなくなれば宝石の光は青や緑になる筈なので意識はあるらしい

 こうなると不便だ、相手の状態がもっと詳細に伝わる物にしておけば良かったとケチったことを後少し悔する


「念のために持たせてただけだったからな……」

「どうするんですか?」

「……行くしかないだろ」


 そもそも里長が太鼓判をおしたエルフがついていてこの森の中で危険な目に遭うってどういう状況なんだとユウスケは不審に思った

 里の周囲以外は一見すれば自然のままにされているように見えるが実はそうではない

 ここはれっきとしたエルフの国内であり、エルフ以外にはわからないがキッチリと管理されているらしい

 言うなればツキナが行っている仕事は塀に囲まれた市街を見て回るだけの簡単な内容であり、危険な要素などなかった筈だ


 里長の家を出ようとすると声がかかった


「いってはならんぞ、小童」


 見ると里長が階段で降りてきていた


「それが何か起きたみたいなんだよね」

「だとしてもじゃ」

「……どういうことだ?」


 ユウスケが里長の方を向き直ると、入り口が開いて鎧を纏ったエルフが数人入ってくる

 逃がさないように後ろを囲む、穏やかではない気配がして、状況を慮ったミリアが声をあげた


「ど、どういうことですか里長様!」

「わしにもわからん、だが精霊が言っておる、今行くのは良くないとな」


 ミリアは困惑したように呟く


「精霊様が……?」

「俺は人間だからな、悪いがそれは聞けない」

「そう言うと思っておったよ、小童は恩人ではあるが、精霊様には逆らえん。許せ」


 里長が手を振ると控えていたエルフ達がユウスケを取り押さえにかかった


「話し合いもないのかよ」


 悔し紛れの毒を吐いた後、伝わるか不明だったがミリアに目配せをする

 ユウスケは魔結晶パージを地面に叩きつけた

 凄まじい音と光が室内を支配する、突然の衝撃にあてられ兵士の幾人かの動きは止まった

 しかし何人かは察知して防いでいたようで、そのうちの一人がユウスケの頭を柄で殴りつけた


 しかしそれは当たらなかった、ミリアが思いっきりユウスケを突き飛ばしていたからだ

 その勢いのままゴロゴロと転がり二人は壁際で立ち上がった


「助かった」


 ユウスケは魔結晶を二つ取り出すと一つを後ろの壁にぶつける

 凄まじい炸裂音がして木製の壁が抉りとれた


 そしてもう一つを前に投げる。青いその魔結晶がキラリと光ると

 何もない空中から、途端に大量の水が出現した

 その凄まじい勢いで二人の身体は押し流された

 里長の家を中心に発生したその水流は瞬く間に里を飲み込んだ


 ユウスケは適当なところで大樹から伸びる蔓を掴んで木の上に登った

 ミリアもついてきているが、彼女は口から水を吐き出していた


「大丈夫か?」

「は、はい、なんとか」


 ユウスケは水に流されているときに既に隠匿の魔結晶を発動させていた

 しかし里長に通じるとは到底思えなかった

 首飾りを見ると依然として赤く光を放っているこちらも不味そうだ


「急がないと不味いな」

「待ってください、私も行きます!」

「……里長は行かせたくないみたいだぞ」

「でもリリシアもそこにいるんですよね?」

「多分な」

「だったら、行きます」


 ユウスケは逡巡した

 万が一人手が必要な可能性もあるか……?


「……足手まといになるようだったら置いて行くからな」

「はい!」


 言っていると水の流れが弱まり始めた

 遠くで魔術式が展開されたのが見える、どうやら魔結晶が解除されたようだ


「行こう」


 ユウスケはできる限り迅速にその場を後にした



 ◆◆◆



 それは賭けだった

 地面に着地するときに重唱詠唱で魔術式を発動させれば一瞬だけでも発動するのではないか?

 そう言い出したのはツキナだった

 そして見事にその賭けに勝ち二人は無事に再び大地に帰還した

 地面があることがこれだけありがたいと思ったことは初めてだった


「暗いね」

「暗いというか、暗すぎるでしょ」


 そこは漆黒の闇が支配する空間だった

 地面があるとわかったのもツキナの眼で見たからでリリシアにはサッパリ周りが見えなかった


「魔術も使えないし、困ったね、ツキナは何かわかる?」


 やはりここも魔素が枯渇しているのだ、何かないかと衣服をまさぐるが何もない

 魔術に頼り切っているとこういうときに駄目だなとリリシアは反省した

 しかしツキナからの返事はない


 そうしないとお互いの位置さえもわからないために握っていたツキナの手が震えていることに気づいた


「どうかした?」

「……何かいるわ」


 ツキナは小さな声を出した、それは何かに気づかれないように潜めている声だった

 リリシアは首を傾げた、こんな魔素が枯渇したところに生物がいるわけがないと思ったからだ

 一応眼を凝らしてみるが、やはり何も見えなかった、そもそも光が届いてないのだ

 闇に眼が成れるという事もない。どうにかして光源を確保する必要があった

 するとすぐそばで明かりがついた。ツキナが自分のローブに火をつけたようだった

 ぼうっと辺りが明るくなる。しかしやはり本当に何もない空間だった

 ただただ平な、黒い岩場が続いている。光源があっても地面しか見えないのが悪い冗談のようだった


 そしてその先に、()()はいた


 最初リリシアはただの闇だと思った。しかしよく見るとそれは物体であることに気づいた

 黒い大きな、本当に大きな、何百メートルもあろうかと言う()がそこには広がっていた

 それは二人のすぐそばにあった


「……なに、これ」


 リリシアは近づいて触ってみようとした


「だめっ、やめて」


 ツキナは鋭い声音で言った、リリシアはピタッと止まる

 ツキナにもよくわからなかった、今まで見たことのない『流れ』がその()にはあった

 森にいたときにも何度か見たことがあった、そして()()()も地表でみた


 しかしわからない、もしその通りだとすると、ではこれが()()ということなのか?

 こんな禍々しい気配を放っている()()


 その壁が少しだけ揺れているように見えた

 ゴゴゴと馬鹿みたいにうるさい地響きのようなものが轟く

 大きすぎてわからないがその壁が動いているのだとツキナは眼で理解した


 リリシアは思わず耳を抑えた、人間より耳の良いエルフならさぞ苦痛だろう


 にゅるりと、その壁から伸びた巨大な、本当に巨大な蔓のようなものが二人に近づいてきた

 その先端には大きな瞳のようなものが二つあった、暗い青色で薄暗く光っている

 きっと離れてみれば蛇の頭のように見えるのだろう。そしてそれは何本かあった


「これ……やっぱり生きてるんだ」

「え?」


 リリシアは辛うじて聞き取れたツキナの声をにわかには信じられなかった

 こんな大きい物が生きているというのか、魔素もないこんな場所で、どうやって


 リリシアが大音量の地響きに耐えていると、突如としてその壁がさらに広がった

 風切り音を響かせなが突風が吹き荒れる、これはさすがにわかった

 口だ


 口が開いたのだ、馬鹿みたいに大きな口が、こちらに向けて開かれたのだ

 今度は閉じ始めたそれを見て、リリシアはツキナを担ぎ上げるようにして持ち上げ走り出した


 幸いなことに、後ろには何もなかった、壁があってすぐぶつかったらどうしようという思いもあったが

 それ以上に後ろにいるであろう巨大な何かに接近されることを本能的に嫌がった


 するとリリシアには声が聴こえた、それは精霊の声だった

 アレは逃げる必要がある存在ではないから止まっても大丈夫だと言っている

 リリシアは足を緩めようとした


「違うっ!!!止まっちゃ駄目!」


 ツキナが声を上げた


「今リリシアに話しかけたのは、アイツよ!」


 ツキナは遠いのか近いのか全然わからない巨大過ぎて遠近感が狂う相手を指さした


「どういうこと……?」

「最初からおかしいと思ってた、精霊にしてはやけに変な雰囲気だなって

 私にはわかる、アレは絶対に精霊じゃない」


 しかしこれもまたリリシアを困惑させる。リリシアが知っている精霊はあの声をしているのだ

 そこまで考えて思い当たった


「魔素食い、あれは魔素食いなんだね?」

「魔素食い?」


 魔素食いというのは名前の通り魔素を食べる生物だ

 そして魔素を効率よく食べるために擬態する性質を持つ


「……信じられない」


 思わず口をついて出た、つまりあの魔素食いは精霊のフリをしていたということだ

 そしてこの大森林全てを餌場にしていた

 精霊に擬態する魔素食いがいるなんて話聞いたこともない

 しかしここは大森林だ、肥沃な大地のおかげでそう言った生物が産まれてもおかしくはない


 その可能性を考えた時、リリシアの中に純粋な怒りの感情が芽生えた


「私たちは騙されていたのか……」

「……?どういうこと?」


 サッパリ意味がわからないツキナが逆に尋ねた


 その声で我に返った、そうだ、まずはツキナを逃がさなくては

 こんなもの自分達だけでどうにかできるわけがない、地上に出て伝え

 討伐軍を興す必要がある。しかも大規模な


 下手すれば国中の戦力を集める必要があるかもしれない

 だがそのためには伝えなくてはどうにもならない


「厳しいな……」


 しかも精霊がいないこんな場所では加護に頼ることもできない

 逃げ切れるかと問われるとハッキリ言えば厳しいだろう

 リリシアは自分の無力さを久しぶりに痛感していた



 ◆◆◆



 ツキナがいるであろう方角に歩き続ける際、思いの他ミリアは役に立った

 さすがに良く知った道なのか、役に立つ情報を教えてくれる

 そのため一時間とかからず目的の場所についた


 追手がこないことをユウスケは不信に思ったが今はそれより重要なことがあった

 どうすればツキナのいる場所にいけるかだ

 彼女はどうやら地下にいるらしい、それは首飾りからの反応でわかる


 そこでユウスケ達はある物を捜していた


「ありましたよ、ユウスケさん!」


 呼ばれたところに行くと地面が盛大に陥没している場所があり

 付近にグリフォンが2頭いた


「やっぱり地盤沈下だったか」

「よくあんなちらっとだけ見た地図の位置を覚えていましたね」

「まぁな」


 ユウスケは返事をしながらその底の見えない穴の中を覗きこんだ

 かなり深そうだ


「もしかして入るつもりですか……?」

「……多分この下だと思うんだよな」

「えぇ……こんな高さ落ちたら死んじゃいますよ」

「……そうかもな」


 言いながらユウスケは魔結晶を穴に投げ入れたあと、ぴょんと軽やかに踏み出した


「ちょっ!」


 ユウスケが落ちたと思ったミリアは反射的に手を伸ばした


「あっ、馬鹿っ」


 その小柄な身体で支えられるはずもなく

 ミリアは掴んだユウスケに引きずられる形で穴の中に落ちた


「きゃああああああっ!!!」


 大絶叫が響き渡った

 ユウスケは落下しながらもミリアに話しかけた


「落ち着け」

「おちっ、落ち着けないですよこんなの!」

「大丈夫だ、底につくまではかなりあるはずだ」

「一体それの何が大丈夫なんですか!?!?死んじゃいますよこれは!」


 しかも魔素が練れない、ここは魔素が枯渇しているのだと悟った

 もっと技量があれば別だろうが、ミリアでは魔術を発動させることもできそうになかった

 恐怖心からミリアは気付けばユウスケに力の限り抱きついていた


「私まだ死にたくなぃぃぃい!」

「死なないって言ってるだろ……」


 しかしおかしいなとユウスケは思った

 どういうわけか投げ入れた魔結晶が発動する気配がない

 ポケットから同じ魔結晶を取り出して、起動キーを入れながら握りつぶしてみる

 一瞬だけ光りに包まれるが魔術が発動した感じがない


「おかしいな」

「……さっきから何してるんですか?」


 半泣きだったミリアがようやく落ち着いたのか、目をこすりながら話しかけてくる


「どうも魔結晶が発動しない」

「きっとここに魔素が全然ないせいですよ」

「放散現象か……」


 つまり使用した直後に必要な分の魔素が散ってしまっているのだ


「困ったなこれは……」

「ええええ!!大丈夫なんじゃなかったんですか!!」

「ちょっとだけ大丈夫じゃなくなったかもな」

「そんなあああ!!!!!嘘つき!責任取ってくださいよぉおお!!!」


 ようやくおさまっていた筈のミリアは、再び大絶叫をした




 ◆◆◆




 ツキナは数回した確認をリリシアにもう一度とった


「生きてる?」

「今のところは」


 二人は首から下が全て魔素食いの表面に埋まっていた

 意外と触ってみるとスライムのような物だったらしく

 その巨大なものに殴られたと思った後は気づけばこの状況だった


 即死でない分良かったのかもしれないが、まったく身動きはとれなくなっていた


「これは食べられてるんだろうね」

「そうでしょうね」

「こんな風にゆっくり食べられるのは嫌だね」


 こんなときでも表情を変えずに話すリリシアが若干恨めしい

 しかもたまにこのスライムのようなものがビクビク動くのが凄く気持ち悪かった

 冷たくて体温もどんどん奪われている


「……最悪だわ」


 溜息を付いたときだった

 空気中の流れが少し変わったように思った、なんとなく上をを見上げると

 女の子の叫び声のような物が聞こえる、どうやら誰かが落ちてきているようで

 その『流れ』には見覚えがあった


「ユウスケっ!?」


 その声に相手も気付いたようだった


「ヒイヅキか!」


 ユウスケはそのまま尋常ではない勢いで魔素食いの上に着地した

 大きく魔素食いの表面が波打つ、ゼリーみたいなものなのかもしれない


「い、生きてる……私生きてますよぉ……」


 暗くてわからないがミリアの声もする


「その声はミリア?」

「リリシア!?どこ!?」


 ユウスケは着火具に火をつけた、辺りの視界が広がる

 辛うじてお互いの顔はわかる程度の明るさになる


 その顔をハッキリ見た時に、ツキナは自分の心に安堵感が広がるのを感じた

 ユウスケが来ても別に状況が好転すると決まったわけでもないのだが

 何故だろうと疑問に思う


 対してユウスケは呆れた表情を作った


「ど、どういう状況なんだこれは……何してるのお前ら」


 ユウスケから見ると二人は地面に埋まっているように見えた

 ミリアとユウスケは二人に近づいた、地面の感触がさっきからおかしいのが気になる


「見た通り捕まっているんだ」

「捕まってる?埋まってるじゃなくて?」

「魔素食いがでたのよ」

「魔素食いが?」


 なるほど、魔素の枯渇はそれが原因だったのかとユウスケは納得する


「それでなんでお前らが埋まってるんだ?」

「違うわよ食べられてるの!これが魔素食いなの!」

「?これが…?」


 どれのことだ、とユウスケは辺りを見回した

 どこだ?


「違うわよもう!察しが悪いわね!この埋まってるところよ!」

「……は?」


 そういえば靴の下に感じるブヨブヨした感覚

 いや、そんな馬鹿なと思っていた時、ミリアがローブの裾を引っ張っていた

 心なしかその手つきが震えている


「ゆ、ユウスケさんあれ」


 振り返るとそこには凄く巨大な何かが、ゆっくりと首をもたげたように見えた


「そ、そういうことなのか……?」

「え?ど、どういうことなんですかっ!?」


 ミリアは状況把握が間に合わなかったようだが、ユウスケは二人が何を言っているのか理解した

 つまりあれに捕食されている最中で今踏んでるところは全てあれの一部ということか?

 どんなサイズだそれは


 ユウスケはチラリと足元の二人をみた、生きてはいるようだが、これは逃げても大丈夫なのだろうか

 食べられているということが本当なら、そう長くはもたないような気がする

 そもそも逃げられるサイズなのだろうか、あっちの一歩はこちらの一万歩くらいありそうだ


 考えがまとまらない間にその巨大な蛇の頭のようなそれはユウスケの頭上にまで来ていた

 大きすぎてゆっくりと見える速度で下降を開始する


 あまりの出来事にミリアはユウスケにしがみついて完全に硬直してしまっていた


「バカっ、じっとしてないで逃げなさいよ!」


 ツキナの声にハッとする


「ああっ、もうっ、馬鹿はお前だろっ、とんでもない事に巻き込まれやがって!」


 どうしてちょっとした見回りでこんな化け物を見つけてくるんだコイツはと

 ユウスケは内心毒づいた


 しかしツキナは別の意味で受け取った

 本をただせばユウスケの制止を振り切ってミリアを助けたのが発端だ

 それでこんな目に遭っているのだ

 それでユウスケやミリアやリリシアが死んだら、どう責任を取れば良いのだろう

 そんなことを考えていると次の瞬間、ユウスケの身体から目映い輝きが広がった

 それは暗闇に慣れていた三人の目には眩しすぎて思わず目を閉じる


 ユウスケはポケットから小さな一センチほどの黒い魔結晶を取り出すとそれをいくつか口に入れた


「《解放リベレイション》」


 唱えると少年の身体からさらに大量の光が放出された、それが空気を劈き、爆音を生み出した

 ミリアはユウスケの身体の周囲に吹き上がる風に飛ばされそうになっていた


「危ないから離れてろ」


 ピンと弾くとミリアはコテンと転がってリリシアの傍に倒れる、吹き飛ばされないように身を屈めた


「な、なに……これ」


 ようやく目が慣れたツキナは目に映る流れに驚いた、ユウスケの周囲に純粋な()()が吹き荒れていた

 しかもそれはどうやらユウスケの身体から噴出しているように見えた

 魔術の結果の力ではなくて、魔素そのものが流れ出しているということだ

 しかもそれは莫大な量だ


 吹き上がるその流れを受けてもビクともしなかった魔素食いの頭がユウスケに突っ込む

 小さく跳び上がると少年は、しかしそれを力の限り殴り飛ばした。

 普通であれば全く効き目のないそれを受けて

 魔素食いの頭は一度表面を大きく波打たせると、行き場を失ったように膨れ上がり破裂した


 周辺に黒とも茶色とも言えない魔素食いの体液が大雨のように降り注ぐ


「いけそうだな……」


 ユウスケはそれを見てうんうんと呟いた

 効かなかったら死ぬしかないと思っていたし、それは大変満足のいく結果だった

 基本的には普通の魔素食いと同じ弱点のようである


 ツキナは信じられないと驚愕120%の顔でその姿を見ていた

 さすがにリリシアですら驚いた顔をしている

 誰一人として今目の前で起きたことが信じられなかった


 《解放》は魔術の基礎的な技だ、簡単に言うと自分の魔素の流れを良くするストレッチのような魔術であり

 本来であれば魔術を使い始めた初心者が使う補助輪のようなものだ

 何故それを使っただけでこんな惨状になっているのかリリシアには理解できなかった

 何か固有の魔術なのだろうかと真剣に考えてしまうほどだ


 ツキナは心配するように大声をあげた、爆音がうるさすぎて叫ばないと聞こえるかわからない


「ゆ、ユウスケ!それ大丈夫なの!」

「大丈夫だ、多分倒せる!」


 倒せる?倒せるって何を倒すのだろうか、もしかしてこの魔素食いのことを言っているのだろうか

 いや、今はそれよりユウスケの方だ


「そうじゃなくて!!それヤバそうだけど!平気なの!?」

「ああ、体の方か……、多分な!」


 多分じゃなにもわからないんだけどと思っていると、魔素食いからさらにいくつかの頭が伸びてきた

 それはそうだろう、魔素食い的には体にちょっぴり傷をつけられただけのようなものだ


 ユウスケはそれを見て大きく跳びあがると、ここから離れるように飛んでいった

 リリシアの動体視力でも追い切れない凄まじい速度だった

 爆音の発生源が遠ざかりようやく少し静かになる


 リリシアは何かに気づいたのか身体をくねられせた


「お、抜けられるようになってるね」

「え?ほんと?」

「もう私達のような小さな餌はどうでも良くなったという事なのかな」


 言われて気付いた、確かに張り付きがなくなっている

 抜け出て服がぼろぼろになっていることに気付く

 ほとんど裸のような状態だ、通りで寒かったわけだ

 ちなみにリリシアは完璧に溶かしつくされたのか裸だった


 気付いたミリアがリリシアに自分のローブを貸した

 サイズが合わずミニスカートのようになってしまう


 誰といわず3人は遠くで光っているユウスケの方を見た

 たまに破裂音が響いているところから察するに同じようなことをやっているのだろう

 眺めていて気付いた、周囲に魔素が戻り、魔術が使えるようになっている

 ツキナが《陽光ライト》を唱えると光る球体が出現し辺りが明るくなる


「なんで……?」

「彼の身体から溢れ出ててる魔素が原因かもね」

「じゃあやっぱりこれは純粋な魔素がユウスケからでてるってこと?」

「そうだろうね」

「でもそれって……」

「そうだね、彼は今、暴走してるってことだね」


 当たり前のように言うリリシアを見て、ミリアは思い出した


「そういえば聞きました、ユウスケさんは魔術を使うと暴走するって、それで記憶喪失になったんだって」

「記憶喪失?アイツ記憶がないの?」

「私はそう聞きましたけど……知らないんですか?」

「聞いたことない」


 そもそもユウスケはあまり自分のことを話してくれなかったしとツキナは思った

 彼について知っていることはあまりにも少ない

 ミリアは声を荒げた


「とにかくこのままじゃユウスケさんが大変なことになっちゃいます!」

「とは言ってもね、今はどうにもできないよ、どうする加勢でもしてみる?」

「加勢って私達でもきるの?」

「魔素食いなら殴って潰すか、魔素をもっともっと食わせるかすれば死ぬよ」


 もっともどっちも効かないだろうってサイズだからやらなかったけどとリリシアは続けた


「……ユウスケと同じくらいの強さで殴れば良いってこと?」

「そうだね、それと同時にあれは魔素を送り込んでいるみたいだ」

「……どっちもできないんだけど」

「私も無理だね」


 じゃあできないじゃない、なんなのこの会話はとツキナは突っ込みたくなった

 そもそもこれだけ巨大な相手が吸収しきれない魔素ってどれくらいの量なのか見当もつかない

 少なくとも自分の魔素はそんな桁外れな量ではない筈だ


 そこまで考えて気づいた、そういえばミリアに《治癒》をかけ続けた時

 ひょっとして無意識にユウスケの魔素を使っていたのかもしれない


 それならば自分にもやれることがあるかもしれないとツキナはユウスケの方へ走り出した



 ◆◆◆



 最初はいけると思ったが、これはいけないかもしれないな、とユウスケは考えを改め始めていた

 なにせデカイ、頭を一つ一つ潰していたら時間がかかる

 土台から断ちたいところだがそこまで出力を上げると別の問題があった


 手持ちの魔結晶の核の数だ

 ユウスケは魔結晶の核を体内に取り込むことによって自分の魔術の暴走を抑えている

 基本的に()()()()を意識してなんとかまともに放てるように

 抑えて常々練習していた

 もっともそれでも魔術を制御しきれたことは一度もないのだが


 そして逆に今回はかなりの出力で魔素を放出する必要がある

 すると今の手持ちの核の数では確実に足りない


 つまりそれは確実に全分解オーバーホールするということだ

 洒落にならない

 せめて調律師シャフトがいるならまだ可能性はあるのだが

 無い物ねだりしてもどうしょうもなかった


 考えながら地面のような魔素食いの本体を殴りつける

 大きく波打つが破裂しない。やはり駄目だ


 するとそこにツキナが向かってきているのが見えた

 確かに魔素食いは標的を自分に定めたようだったが、あいつも決して安全が約束されているわけではない

 何故わざわざこっちにくるのか理解に苦しむ

 案の定ツキナに向けて大きな触手が薙ぎ払いを行った

 間に割って入って受け止める、触手のようなものが破裂した


「なんでわざわざ来たんだ!」

「手伝いにきたのよ!」

「……どうやって?」


 ツキナは説明した、もしかすると自分はユウスケの魔素を使って魔術を放てるかもしれないと

 それを使って攻撃すれば暴走することはないのではないのかと

 ユウスケは少し考えると答えた


「無理だ」

「なんで!?」

「仮にできたとしてだ、お前じゃ俺の魔素を受け止められないだろ、そんなことしたら体がもたない」

「大丈夫だよたぶん!」

「多分で試せるか!!」


 迫りくる魔素食いの頭を弾き飛ばしながら叫び返した

 それを受けてツキナはムスっとした表情を作った


「いいわ、だったら、《魔素結合》しましょう!それなら文句ないでしょ!」

「お前、マジで言ってるのか」

「冗談で言うわけないでしょ!」


 魔素結合とは魔術師二人の間でお互いの魔素を円滑にやり取りするために行う

 魔素同士を結合させる術式契約の事だ

 確かにそれを行えば魔素を受け止められないというような事故には対処できる


 ユウスケは悩んだ、魔素結合はその性質上一人と行うとしばらくは他の人間とはできない

 またその期間も人によって一定ではない、下手するとかなり長引く可能性がある

 そうなってくるとユウスケの目的に支障がでる恐れがあった


「どうするのよ!」

「……仕方ないな」


 何にせよまた全分解するのは避ける必要がある。これは必要なことなんだと自分に言い聞かせた

 地面に降りると、ツキナの身体を持ちあげて、回避するために跳びあがる


「お前、術式は知ってるんだろうな!」

「勿論よ!」

「簡易にするか」

「簡易にして失敗したいの?」

「それはそうだな……」


 ユウスケは覚悟を決めた、念じるとノイズにまみれた円形の魔術式がユウスケの足元に展開された、白い魔法陣だ。

 同じようにツキナの周囲にも魔法陣が浮かぶ、こちらは才能を感じさせる綺麗な魔法陣で色は赤い

 準備は整った、あとは契約を結ぶだけだ


「さっさとやれ」

「ゆ、ユウスケからしてよ」

「はぁっ!?」

「こ、こういうのは男の人がするもんでしょ!!」


 やはり多少の照れはあるのか、ツキナは恥ずかしそうに眼を逸らした

 お前が言い出したくせに……と思いながら、ユウスケは舌打ちする

 瞳を閉じたツキナに、おそるおそるユウスケはキスをした


 その瞬間二人の魔法陣の色が同じ金色に輝く

 しかしここからだ、二人はたどたどしく舌を絡ませると、お互いの唾液を交換する

 そこで初めてもう一つ、二人を囲むように大きな白い魔法陣が発現した

 二人の身体が空中で制止、正しく言うとその魔法陣の上に立つ形になった


 二人はすぐさま宙に魔術式を書いた、その形は全く同じ物であり契約の証となるものだ

 それが足元に現れた魔法陣に組み込まれた。契約の完了である

 これで二人の魔素はこの魔法陣を出現させている間だけ結合させることができる


「……おろして」


 抱き上げていたツキナを下す、心なしかその頬は赤く染まっていた

 自分も似たような顔になっているのだろうと思うと少年も自分の頬に熱さを感じた気がした

 お互いこの話題には触れない方が良いような気がする


「魔素の感じはどうだ」


 言われてツキナは自分の体内に意識を集中させる

 確かに魔法陣を通じて魔素が流れてきている、それもとんでもない量だ


「行けそうよ」

「じゃあやってみるか」

「そうね」


 ツキナは両手をかざすと眼下に向けて唱えた


「《炎熱ブラスト》」


 以前の自分の《炎熱》とは比べ物にならない光線のような大出力の青い炎が出た

 あまりにも放出がすさまじく、危うく魔術式が崩れそうになる

 しかしその流れが掴めていたツキナは持ちこたえる


 順調そうなツキナを見てユウスケは安堵した


 下では魔素食いが直撃を受けて焼けていた、十分なダメージを与えているようである

 しかし他の場所から伸びるいくつかの頭は魔法陣を囲むように徐々に近づいてきていた

 ツキナは焦った、結合陣を展開している間は動けないし、逃げられない


「ちょっとユウスケ!これどうするのよ!」

「いや、十分だ」


 ユウスケは自分も右手を魔素食いに向けた、そして左手を右手に添える


「《解放リベレイション》」


 少年の右手から凄まじい勢いで魔素が放出される

 ツキナの《炎熱》の比ではない、直径4メートルはあるだろうレーザーのようなそれは

 一瞬にして魔素食いに突き刺さったように見えた、地表を覆う魔素食いが膨れ上がる

 迫ってきていた頭の動きが少し鈍った


 ユウスケは魔結晶の核を取り出した

 ツキナもそれに気づく、彼は魔結晶の核をパクリといくつか食べた


「っ!?な、何してるの!」


 そして気付いた、ユウスケが珍しく汗を流していた

 大粒の汗を浮かべるその表情は非常に辛そうでもあった


「大丈夫っ?!」

「今のところはな……、それより余裕はないぞ」


 ユウスケの視線を追うと、苦しそうに揺れていた魔素食いの頭が大きく振りかぶられているところだった

 このまま倒しきるしかないと、ユウスケは出力を上げる

 膨れ上がり続けるが破裂はしない、でかすぎなんだよこいつはと毒づきたいどころだった


 その薙ぎ払われた、頭が衝突すると思った瞬間、その頭は盛大に破裂した


 とんでもない量の液体が飛散するがユウスケの周囲で吹き飛び霧散する

 しかしツキナ自身はそうはいかなかった


「うぇぇ……めっちゃかかった」

「……死んだ、のか?」


 下は真っ暗で見えないが、頭が動いている感じはない

 ツキナは周囲に《陽光》をとばす、下の方は破裂したと思われる魔素食いの体液で溢れ悲惨なことになっているようだった。もはや湖だ

 リリシアとミリアは大丈夫だろうかと心配になった、ユウスケの爆音がうるさすぎて耳を抑えながら言う


「ちょっとユウスケ、もうそれ続けなくて大丈夫そうよ」

「そうか……」


 答えたユウスケは、しかし魔術を止めなかった

 正しく言えば止められないと言うべきだったが

 岩盤をぶち抜いてしまうと不味いのでとりあえず手の角度を変える


「ちょっと何やってるの、人の話聞いてる?」

「……止められないんだ」

「え?」

「止められないんだ!」

「えええええっ!!!」

「だから俺は魔術が使えないって言ってるだろ!!」

「はぁ!?じゃあどうするのよ」

「収まるまで待つしかない」

「そんなことってあるの……?」

「俺の場合はある」

「……」


 ツキナは自分の眉間を指で押さえた、頭が痛くなってきそうだ、耳は既にかなり痛いが


 それからしばらくしてユウスケは気を失うようにして倒れた

 同時に魔法陣も消失し落下するユウスケをツキナはキャッチした


「お疲れ様」


 眠る穏やかな顔は暴れ回っていた人物と同一人物に見えずツキナは少しだけ噴出した




 ◇◇◇




 ユウスケが目を覚ますとそこはミリアの家だった

 時水晶で日付を確認するとどうやら一週間ほど立っているようだった

 横を見るとソファーに寝てるミリアとツキナがいた

 動いた拍子に乗せられていたのかタオルが落ちた


 まさかずっと看病してくれていたのか、と驚く

 金は出せないぞ


 傍にある小棚にはユウスケのお気に入りのヴェグの枝が置かれている。着火具もあった


「気が利くねぇ」


 誰にともなく言って火をつける、しばらくぼけーっとしてるとミリアが起きた


「あ、ユウスケさん!目を覚ましましたか!」

「おう、おはようさん、なんか世話になったみたいだな」

「そんな、お世話になったのはこっちの方ですよ!ありがとうございました」

「?なんかしたっけ?」


 とぼけたわけではなく、本当にユウスケにはわからなかった

 そして思い当たる、あ、もしかして魔素食いって枯渇の原因だったのかなと

 騒がしくしていると、ツキナも起きた、

 おはようと声をかけるとツキナはポンと頬を赤く染めた。

 そして顔を洗ってくると言い残して部屋からでていく


「そういえばユウスケさんに謝らないといけないことがありまして」


 相変わらずのしゅんとした仕草が板にしているなコイツはとユウスケは思った


「なんだかミリアは俺に謝ってばかりだな」

「いや、これは私は関係のないことですから!」

「それでどんなことだ?」

「その、今回の解決の件を里長さまがリリシアの手柄だと公表してしまいまして

 ユウスケさんにはその手伝いの恩赦として精霊様のお告げに逆らったことを不問にするそうです」

「なるほどね……」


 もともと里長はユウスケが何の目的でここにいるのか知っているため

 目立たないための配慮と考えると悪い意味ばかりではない

 ……少しはお金がもらえても良いんじゃないかなと思うのだが

 まぁ里の中で魔結晶をぶっ放したりいろいろしてしまったからな……


「すみません」

「別にお前が謝ることじゃないだろ」

「でも精霊様の件だってきっと魔素食いに騙されていただけですよ」

「そうなのか? あーまぁ、そういうこともあるかもしれないな。

 でも里全体が魔素食いに騙されていたとするとかなりの大問題になるしな、あまり広めたい話じゃないって言うのはあるんじゃないか」


 では単なる魔素食い討伐として処理されたということか

 まぁいいけど、とユウスケはヴェグの枝をふかした


「でもユウスケさんに対してあまりにも薄情だと思います、酷いです」


 ミリアは可愛らしく頬を膨らませた

 まぁ仕方ない、あんな化け物がいたなんて実際見ないと信じられないだろう

 リリシアの発言をどこまで信じていいのか里長も疑っているのだろう

 里長の命令を無視したことを帳消しにしてくれただけでもありがたい


 まぁ疑うのは勝手だが、ちゃんと調査せずに後であれの生き残りがいたりしてもそれは知らないが

 その辺りは自分が気にすることではないかとユウスケは気になていたことを話した


「そういえばミリア、背が伸びたんじゃないか?」

「!!そうなんですよ!」

「ああ、良かったな」

「はい!」


 彼女は満面の笑みで答えた

 ミリアの身長は立てばユウスケと同じかそれ以上くらいの高さにはなっているようだった

 今回の一件でなにかしら思うところがあったのだろう


「これもユウスケさんのおかげです」

「いや、多分違うと思うけど……」


 きっと毎日飲んでる牛乳とかのおかげだろうなんて言ってみる

 ミリアは真面目な顔で話した


「ほら、ユウスケさん言ってたじゃないですか、それじゃあその間どこにも行けないって」

「そんなこと言ったかもな」

「あれからその言葉の意味を考えてたんですけど、ユウスケさんについてリリシアを助けに行ってた時、ああ、これが何かをしてるってことなのかなぁって思ったんです」


 あんまり役に立たなかったですけどと彼女は笑った


「それで悩みはしてたけど行動はしてなかったのかなぁって思って、行動してみました

 そしたらたったの数日で伸びてしまったんです!!ユウスケさん凄い!」

「……そ、そうか」


 いや、やっぱり俺は関係ないだろう、とユウスケは思った

 要はできないことに対しての心持ちが変わって

 それが精神の成長に繋がったというだけのことなのだろう、行動したから、とかではないような気がする

 まぁどうでもいいか、とユウスケはボケーッと外を見ていた

 すっかり空は青く晴れ渡っていた




 ◇◇◇




 出発の身支度を整えたユウスケとツキナの前には

 三両つなぎの大きな馬車があった、もっともそれを引くのは馬ではない

 一角獣の白い馬、ユニコーンだ、他の土地では非常に珍しいがここでは珍しい生き物ではない


 ちなみにこれは荷馬車であり、足と言う名の荷馬車を手に入れたわけだ

 もっとも重要なのは荷馬車だということより、これが貴族御用達の、検問に引っかからないワケ有馬車だということだが


 ツキナが少しわくわくした様子で荷馬車に乗り込む

 それに続きユウスケは荷物を持つと素早く乗り込もうとした


「そうやってコソコソと出ていこうとしてるのをみると、悪人みたいに見えるね」


 振り返るとリリシアが立っていた、やぁと手を上げている


「昇進するらしいな、おめでとうさん」

「ありがとうございます」

「やめろよ嫌味だぞ」

「言い出した君に言われたくないね」


 どちらともなく笑う


「短い付き合いだったが世話になった」

「良いんだよ、昇進できたのはそのおかげだしね」

「今度会ったら何か奢れよ」

「考えておくよ」

「ミリアにもよろしくな」


 それだけ言うとユウスケは馬車に乗り込んだ

 それが合図だったのか、馬車は出発した




 ◆◆◆



「いっちゃったね」


 リリシアが声をかけるとミリアがスタリと木の上から降りてきた


「見てたんなら声をかければよかったのに」

「いいの、引き止めちゃいそうだったし」


 言葉とは裏腹に表情は曇っていた


「まさかその日のうちに出ちゃうなんて思わなかったなぁ」

「彼はもともと急いでいたみたいだからね」


 一週間も過ごしたのでツキナとはちゃんとお別れをしたかったが

 まぁ相手が望んでいないなら仕方がない、そう思うと少し悲しくなった


「泣きそう?」

「そんなわけないでしょ!


 さすがにそこまで子供ではない、と思う

 切り替えるようにミリアは言った


「私ね、思ったんだ、槍使いになろうかなって」

「……槍?」

「どうせリリシアには弓とか敵わないし」

「それにしてもいきなりだね」


 普通エルフであれば、短剣、剣、弓などを嗜むものだ、暗器の類はあっても槍と言うのは珍しい


「ほらユウスケさんって魔術師なのに殴ったでしょ?なんかそういうギャップって良くない?」

「イマイチわからないね。まぁ君がユウスケに憧れたというのはわかったよ」

「そういうことじゃない!!」


 ミリアは顔を真っ赤にして怒った。明らかにそういうことに見えるのだが


「別にエルフだからってそういう武器を持たないといけないっていう決まりはないんだし」

「それはそうだね」


 下手くそな弓と魔術に拘っていなければもともと巨大尾兎に捕まることもなかっただろう

 ツキナに助けてもらったときのことが思い出される


 短い期間ではあったが二人には本当に何度も助けてもらった

 この後帰ると二人ともいないのかと思うと言いようのない寂しさがあった


「泣きそう?」

「……ちょっと」

「そういうときもあるよね」


 そういうとリリシアはミリアの肩にそっと手をおいた


 ちょっとだけミリアは泣いた

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