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神殺しのキングダム  作者: Reizen
一章 「邂逅」
6/18

邂逅Ⅳ 『見える少女』と『聞こえない少女』 中編

 翌日道中を引き返す形でユウスケがエルフの集落へ案内することとなった

 当初はミリアが案内をしようとしたのだが

 彼女の通常の活動圏内からあまりにも離れ過ぎていたためにサッパリ道がわからなかったためである

 森の中でエルフが道に迷うなどあり得ないので、本心では里に案内したくないという理由がなければ

 なるほど確かに落ちこぼれではあるようだとユウスケは納得していた


「本当にすみません」

「いや、所々で《探索(サーチ)》してもらえるだけでも助かってるよ」


 それがなければ歩く予定のなかった道中で敵対的な生き物などを回避するのは困難だ

 勿論手持ちの魔結晶パージを使えばなんとかできるだろうが

 数に限りのある物は出来る限り温存しておきたいのが本音でもある


「まぁ……、それも私に森の息吹(ニーツァ)の加護があれば気にしなく済むのですが、すみません」


 そもそも森の息吹(ニーツァ)の加護があれば森に住む生物は基本的に従えることができる

 むしろ移動に動物を使うことさえできるだろう。しかし無いもねだりしても仕方がない


「そんな態度じゃ、仲間内でも肩身が狭そうだな」

「こらっ!ユウスケ!」


 無遠慮な彼の言葉をツキナは嗜めるというにはやや強すぎるニュアンスで注意した

 なるほどこちらにもそう言った思いやりはあるのかと彼は学習する

 もっとも前言を撤回したりはしないが


「皆さんは優しくしてくれます、代わりにいろいろやってくれる程なんですが

 おかげで私は、……いえ、こんなこと言うのも自分勝手ですよね」

「?気になるわね?最後まで言っていいのよ」

「……成長する機会が与えられないんです、私の仕事をどんどんとっていっちゃって

 いくら私に力がないからってこんなんじゃ、成長するものもしません」


 声こそ平静を装っていたが、彼女の両手は固く握りしめられていた

 それを感じ取ったツキナは悪い事聞いちゃったかなと視線を宙に泳がせた


「そんなに言うなら村を出たら良いんじゃないか?」

「そう考えたことはあります。……けど、里を出るために必要な里長の許可がとれないので」

「……気にしないで出りゃいいだろ」

「そ、そんなことしたら村に戻れなくなっちゃいます」

「……なるほどね」


 里を出れば成長できるかもしれないがそもそもその許可が貰えない

 それは少しばかり難儀かもしれない

 もっとも自分なら迷わず出て行っているだろうが

 口出しすべきかどうか、ユウスケは逡巡した

 その思考をミリアの報告がストップさせる


「あ、《探索(サーチ)》に反応です!」

「敵か」

「違うと思います」


 答えると同時に三人の傍にある木がガサガサと揺れた

 何か軽い物が着地したようなタタッという音の後、ひらひらと木の葉が落ちてくる

 聞こえてきたのは女性の声だった


「ミリアァァーー?!」

「うん!」

「やっと見つけたっ」


 頭上から舞い降りてきて地面に着地したのは、緑色のローブに身を包んだ一人のエルフだった。

 いや、着地というよりはミリアにとびかかったという方が適切だろう

 抱きしめられたミリアがそのまま持ちあげられる


「探したわよもぉおおお」

「お、おろして~」


 抱き上げたまま2回転ほど振り回したあと、ミリアを下すと彼女は視線を二人に向けた

 長い耳、長い金髪

 150センチ程度の体躯をした青い瞳のエルフの少女だった



 ◇◇◇



 彼女の名前はリリシア。ミリアと同じ年に産まれた友人であり

 成長の遅いミリアにつけられたお目付け役でもある

 昨日、巨大尾兎グレートテイルを調べに来ていた時に、独断専行したミリアを追いかけていたら

 気が立った巨大尾兎グレートテイルに囲まれ、相手をしているうちに見失ってしまったらしい

 つまり兎が自分達をあまり追撃しなかったのは別の対象が現れていたからなのかとユウスケは合点がいった


「私の命令も聞かない程に兎ちゃん達も怒っちゃってたからビックリしたよほんとに」

「……」

「……」


 怒らせたのは多分自分達だなと心当たりのあるユウスケは何食わぬ顔をしてみせた

 ツキナは本当に何も感じていないようなのでひょっとすると気づいていないのかもしれない

 やはりこいつはあまり考えないタイプのようだなとため息が出そうになった


「しかも精霊に尋ねてもどこにいるかわからないっていうしもうお手上げ

 ミリアじゃ声も届かないし、今日も見つからなかったら一旦帰ろうと思ってたよ」

「ごめんなさい」

「いやいや、無事でよかったよ」

「見つけた時は無事って感じじゃなかったけどな」

「ああ、君たちが助けてくれた人達だね、感謝するよ~」


 リリシアは二人の手をつかんで持ちあげるとその手を合わせた


「感謝感謝だよ~」


 その人形のように整った顔はピクリとも変化していない

 テンションと表情が一致しておらずユウスケは少し不気味に感じた


「感謝してるって顔じゃなくね……?」

「やだな~そんなことないよ~」


 その表情は相変わらず変わらなかった




 ◇◇◇



 あれよあれよと言ううちにもてなしたいというミリアに連れられて里についた頃には

 すっかり夜になっていた。リリシアの案内のおかげで最短ルートだったはずなのにこれとは

 リリシアに会えていなかったらとどうなっていたのだろうかとユウスケは頭を痛めた

 やはり安請け合いは良くない

 里長に報告があるとかでリリシアとは別れ、ミリアの自宅へと向かう


 案内された彼女の自宅は、湖の傍にある大木の中をくりぬいて作られた家だった

 中には十分な広さが有り、魔術でもかかっているのか外とは違い空調がなされいるようだった

 部屋の中央にテーブルが置かれているところをみるとこの階は客間に当たるのかもしれない

 窓の傍にある棚が少しと椅子、テーブル、ソファーしかないところをみるとその可能性は高い


「両親とは一緒に住んでいないの?」

「もうそんな年じゃないですからね」


 彼女の話によるとエルフは遅くとも20歳くらいで親元を離れ

 同じ程度の成長をしているグループと混ざって共同生活を営むのだそうだ

 この家に入る前、そばにある湖のちょうど反対側に、同じような大木が何本も立っているのが見えた

 おそらくあちらが本当の集落でここはその集落の外れというわけだ


「40年も生きていて半人前にも慣れていないのは私くらいなんですよ。あ、どうぞ座ってください!」


 促されて二人とも席に着く。ツキナは礼儀正しくローブを脱いで椅子に座った

 対してユウスケは窓とは反対側にあるソファーに寝っ転がる。


「それでこんなとこで一人で暮らしてるってわけか」

「そうなんです、……あ、でもリリシアが一緒に住んでくれているんです」

「あの鉄仮面か」


 ミリアは小さく笑った


「ああ見えて感情豊かなんですよ、リリシアは」

「行動と言葉がな……一致してなかったからな」


 なまじ顔が整っている分、違和感ばりばりというかちょっと怖いというのがユウスケの感想だった


「で、でもリリシアは凄いんですよ!あの若さでこの里一番の弓の使い手なんです」


 フォローするように彼女は言った

 そういえばローブの下が膨らんでいたがあれは弓を持っていたのかとユウスケは納得する


「きっと将来はエルフの都(キュベレイ)でそれなりの地位に就くような凄い人になると思うんです」


 キラキラと瞳を輝かせて言う姿は彼女にしては珍しく誇らしげな笑みだった


エルフの都(キュベレイ)?」

エルフの都(キュベレイ)はここから南西の先にあるエルフの国の首都だ

 彼女はそこで召し抱えられるほどの人物なんだと」

「う、嘘じゃないですよ!既に推薦状だって何通も貰っているんですから」

「……それなのにこんなところに住んでるのか」


 まるで逃げてきたようなこの場所に


「……のけ者にされてるとかではないんですが、私が勝手に疎外感を感じてしまって

 こっちに移ってきたら彼女もついてきちゃって……、きっと私が頼りないからなんです

 いつまでもリリシアに迷惑ばっかりかけて、本当お荷物ですよね」


 ダンっとツキナは立ち上がり。力強い意思の籠った瞳でミリアを射抜くように見た


「それはリリシアがミリアのことを大好きなだけで、全然お荷物とかじゃないわ!」

「お、お前が言い切るなよ……」

「言い切るわ、そんな言い方したらそれこそリリシアに悪いと思わないの?」

「それは……」

「やめとけよ、俺たちが口出しする事じゃない」

「……、……、……。それはそうかもしれないけど」


 自覚があったのか、言われて自覚したのかはわからないがツキナは渋々と座った

 おそらく後者だろう

 バツの悪さを覚えたのかフォローするようにミリアは話題を切り替えた


「……せめて私にも精霊の声が聴こえたら」

「ああ、エルフが聴こえるっていうアレか」

「はい、私達は精霊の声を聴いて導いてもらって生きているんです

 逆に言えば精霊と意思疎通がとれないっていうことはエルフじゃないってことです

 きっとこれが聴こえるようになれば私も成長できると思うんです!」


 そうしたらリリシアも安心してくれる筈だ、とミリアは続けた



「……、……どうだろうな」

「え?」

「いや、その考え方が違うんじゃないか、そもそもそういうのって産まれたときから持ってるもんじゃないのか? それを持っていない奴が後から手にいれるなんてことあるのかね?」

「それは……わかりません。私みたいなのは初めてなので……」

「じゃあそれは諦めて、違う出来ることを捜した方が良いんじゃないのか?」

「……」


 黙ってしまったミリアにどうしたものかと首を捻る

 どうもこいつは自分に似ている気がしてついつい口を挟みたくなる


「参考になるかわからないが」


 ヴェグの枝を取り出して、ユウスケは火をつける。一度だけ深くそれを吸い込むと話し始めた


「俺にも幼馴染がいるんだが、そいつはお前の友達と同じで本当に才能に溢れた奴だったんだ」


 ユウスケはチラリとツキナの方をみた


「それはそれは凄い才能だった、具体的な話はまぁ端折るけど魔術において大人顔負けだった

 最初は俺もそれに触発されていろいろやろうと頑張った

 けれどどうにも上手く行かなかった、というか、俺には魔術の才能がなかったんだ」

「……」

「そこで俺は魔術を自分で使おうとするのはやめた、それで代わりに魔結晶パージを使う事にした」


 魔結晶パージは主に魔術が使えない人のために開発された使い捨ての魔術具だ

 普及当初は魔術の劣化代替品というレッテルを貼られたが

 機能向上と使い方によっては魔術より便利な場合もあると、正しく評価されるようになった現在ではなくてはならないアイテムだ


「それでも魔術の練習を続けていれば使えるようになったかもしれないじゃないですか」

「かもしれないけど、それじゃあその間どこにも行けない」

「……」

「俺は別に魔術を使う事を諦めたわけじゃないけど、こういうのもアリだろって話かな

 できない一つのことに拘って躍起になって、他にできることもしないなんて無駄じゃないか?」

「……。……それは人間の特徴が魔術が使えることではないから言えるんです

 私達にとって精霊との繋がりは誇りです!私たちは森の子供なんです!」


 急に大きな声を上げたミリアにツキナがビクっとした

 ユウスケはヴェグの枝を咥えてから数回噴かすと、次いで言った


「……それはそうかもな、悪かったな。変なこと言って」

「い、いえ、私こそ急に大きな声を出してしまってすいません」


 ミリアは逃げるように「おもてなしの支度をしてきますね」と言い残すと二階に上って行った

 非情に気まずい沈黙が残される


「俺たちが口出しすることじゃない、って言ってなかったっけ?」

「それを踏まえた上で言いたくなったんだ」

「……、……それならしょうがないわね」


 そこにリリシアが入ってきた


「ミリアは気難しいから」

「聞いてたのか」

「入るに入れない空気だったからね」


 実にスムーズな仕草で入ってきてミリアが座っていた席に腰かける

 リリシアは二人の方を向いた


「さっきの話だけど、二人は《英雄の子孫》じゃないのかい?」

「《英雄の子孫》?」


 ツキナは不思議そうに返した

 《英雄の子孫》、かつてこの世界を何度か救ったと言われる()()()()

 その血筋の者を総称してそう呼ぶ

 何故か皆、名前の()()がそうなることから、ある程度知識を持つ者は

 すぐにアタリをつけることが可能だ、ごくまれにキラキラした名前になっている者もいるらしいが

 事実ユウスケもそうだった。自分は英雄の子孫らしい


「俺はそうだ、多分こいつもそうだ」

「えぇっ、ユウスケ英雄の子孫だったのっ!?!?」


 なんでお前が驚いているんだとユウスケはズッコケそうになった

 気付いてなかったのかよと、まさか知らないと言わないだろうなと言いたくなったが

 リリシアが続ける


「それで魔術が使えないの?」

「そう、使()()()()()()


 ユウスケの言葉の意味を正しく理解したリリシアは頷いた


「ああ、そういうこと、……君もミリアと同じなんだね

 じゃあ君の言いたいことは正しく伝わらなかったんだ、ごめんね、あの子、無知だから」

「良いんだ。俺の説明が下手だっただけだし」


 《英雄の子孫》は何かしら特別な能力を備えているとされ、とにかく非凡な者が多い

 類まれなる魔術適正、桁外れの身体能力なども数あるうちのポピュラーな物の一つだ、少なくとも《英雄の子孫》に魔術が使えない者などいない

 そもそも一般人にとっても魔術の仕様自体はそれほど難しいものではなく、使えない者は圧倒的少数だ

 それなのに《英雄の子孫》が魔術を使わないで魔結晶パージに頼っているとなると、それだけで笑い者になりかねない


 つまり本来できなくてはいけない事が出来ないという点において、ユウスケとミリアは()()()()()()だった


「それに本気でミリアがなんとかしようとしてるってんなら

 俺の言ったことだってとっくに実践済みだったのかもしれない

 その上でぐちぐち言われたら怒りもするんじゃないか

 やっぱり軽率だったのは俺の方だったよ」


 ミリアの外見でついつい忘れてしまうが相手は自分より年上なんだったとユウスケは思った

 確実に面白くなかっただろう

 あ、でも精神があの外見レベルで止まっているから成長していないんだったら

 気にする必要はないか、と内心で正当化する作業に勤しむ


 そんな内心を知ってか知らずかリリシアは言った


「君も苦労してそうだね」

「……40年は苦労してないかな」

「あはは、そうだね」


 表面上に感情の変化がほとんどでないリリシアが初めて少しだけ笑った

 話についていけないツキナは面白くなさそうに疑問符を連発させている


「さて、私はミリアの手伝いをしてこようかな、一人にしておくと泣きだすかもしれないし」


 さすがにそれは無いだろうと思うが冗談で言ってるのかどうか真顔で言われるとわからなくなる


「そういえばツキナ?だっけ」

「そうだよ」

「君にもお礼を言わないとね、私はミリアのことが大好きだから。ありがとう」


 ツキナは満面の笑みで頷いていた



 ◇◇◇



 おもてなしとは言っても元来エルフは小食なのでユウスケから見て豪勢な食事とはいかなかった

 しかも文化の違いなのか、良くわからない豆の炒め物や果実と言った野菜ばかりの食事で肉が欲しくなる

 魚料理があるだけ良かったといそいそと食べる

 対してツキナは感激したようにキラキラとした瞳でこれは何の野菜なのと質問攻めにしながら食べている

 感想も「美味しい」か「凄く美味しい」しか出てこなかった

 移動中携帯食しか食べさせていなかった自分へのあてつけなのかもしれないと思ったりもする


「そういえば巨大尾兎グレートテイルを調べていて何かわかったのか?」


 早々に食べ終わったユウスケは今後の道のりにも影響があるかもしれないと一応尋ねてみた

 よそ者に教えてくれるかはわからないので駄目もとではある

 答えたのはリリシアだった


「駄目だね、変化なしだったということが分かったよ」

「そもそもどういう変化なんだ?」

巨大尾兎グレートテイルの場合だと簡単に言うと巣の位置がどんどんエルフの居住エリアに近づいてきているって感じかな?」


 巨大尾兎グレートテイルは倒した大木と自分たちの尾に含まれる鉱物を使って簡易的な砦を作り、そこを子育ての巣とする習性がある。あの大きな尾は彼らが集めた鉱物の塊なのだ

 また巣は満月の旅に作り直されるため徐々に移動する


「それでもおおまかな位置は変わらない筈なんだ。でもこれ以上ずれてしまうと

 四本腕の猿(フォーハンド)縄張り(エリア)に入って争いが起きるだろうね」

「動物同士の殺し合いか、穏やかじゃないな」

「しかも同じような現象は東と西でも見られている、このまま行くと大規模な生態系の変化に繋がりかねない。小型の物と違って大型の生き物はその付近のピラミッドの頂点だからね」


 西の事は知らないが東は王国側だ。

 王国はこのことを知っているのだろうかとユウスケは首を傾げた

 噂話でもそんな話は聞いたことがない


「数年前から起きている魔素の枯渇による影響が原因だと思われてるんだけど、この件については何が原因かわかっていないらしくてね」


 魔素とは全ての物に宿る生命の根源のようなものだ

 これが土地からなくなると実りが失われ大地は緩やかに死んでいくとされている


「まぁエルフの都(キュベレイ)も何もしていないわけじゃないんだけどね

 満月の儀を毎回やって魔素の活性化を促してるらしいんだけど、今のところ上手くいってないみたい」

「満月の儀?」

「この土地でだけ見られる偉大なる月(マザームーン)を使った儀式のことだよ。お前も見ただろ、あのデカイ満月」

「え、あの大きな月ってここでしか見られないの?」

「そうだよ、……いや、じゃあ逆にお前の住んでたところではどんな満月がでいていたんだ……?」

「え?ど、どんなだったかな……」

「オイオイ……」


 お前はどういう生活をしていたんだ?まさか監禁でもされていたのか?

 そう言いたい衝動にかられたが、仕方ないので説明する


「エルフが支配する森や土地に住む精霊っていうのはだいたいが月から放たれる魔素を

 力に変えることができるんだ、属性の関係上な、それで満月を利用して土地を活性化させるのが満月の儀って呼ばれる儀式だ」

「なるほど?」

「だからここの巨大尾兎グレートテイルはあんなにデカイんだぞ……?」


 巨大尾兎グレートテイルに限らず大森林に住む動物は皆他の地域と比べると強く、大きい

 それは偉大なる月(マザームーン)の影響だというのは常識だ

 そしてそれらを従えられるからこそエルフの国は王国内でありながら自治権を認められるほどの発言権を持っている


「えっ、そうなのっ!?」

「お前は本当に何も知らないんだな」

「しょ、しょうがないでしょ」


 何がしょうがないんだ?とユウスケは首を傾げた

 二人の話す姿を眺めていたリリシアは感心したように言った


「ユウスケは物知りだね」

「こいつが物を知らないだけだろ……」

「いやいや、若くしてそこまで利発的な人間は珍しいと思うよ」

「どうだろうな」

「もう少し成長したら、私とデートしないか?」

「えっ」

「えっ!」


 間抜けな声をあげたのはミリアとツキナだった


「君はけっこう可愛い顔をしているし将来はなかなか良い男になりそうだからね」

「ダメダメダメーー!こんな魔術も使えないような口の悪い人間と絶対に許さないんだから!」


 ミリアは絶叫した

 かなりトゲのある言葉であった


「お、お前人が気にしていることを……」

「そっちだってさんざん言ってたじゃないですか!」

「そ、それは……そうだな……」


 そういえばそうだった気がした

 卑屈な態度が鼻につき何度か言ってしまったような気がすると彼は反省した

 その間も絶対にダメだーとかミリアとリリシアが言い合っている


 話が戻らなさそうだと思ったユウスケは切り上げる事にした


「まぁ冗談はともかく参考になったよ、ありがとう」


 立ち上がって階段を上り割り当てられた部屋に向かおうとする

 ツキナが声をかけてきた


「あれ?もう寝るの?」

「ああ」

「ふーん、私この後ミリアにいろいろ案内してもらおうと思ってるんだけど」

「好きにしていいけど、俺の労働時間外だから何があっても知らないぞ」

「オッケー」


 軽く脅したが全く気にしているようには見えず、本当に能天気ぶりに呆れる


「一応これ持っとけ」


 ユウスケはポケットをごそごそと漁ると金色のネックレスを彼女に渡した


「何これ、お守り?」

「みたいなもんだ」

「ありがとう」

「気を付けてはいろよ」

「勿論!」


 十中八九嘘だろうなとわかる言葉を受けてユウスケは部屋に向かった



 ◇◇◇



 自室としてあてられた部屋に入ると、ユウスケは魔結晶パージをいくつか起動させた

 ここに自分がいると思わせる仕掛けと、ここから出て行っても気づかれない仕掛けだ

 ミリアやリリシアを警戒する必要はないが、癖のようなものだ


 もっともここは一応ある程度の安全が保障されてる空間なのでこれまでのように寝たふりをしてわざわざ警戒し続ける必要もない

 これを使ったのはある人物に合うためだった


 ユウスケは窓から抜け出すと大木を駆け上り、枝を伝って目的の場所に向かった

 東よりの里だと聞いていたのでもしかするかと思ったが本当にここだったとは


 暫くすると目的地についた

 ()()()()

 そのまま最上階の部屋の張り出した部分に着地すると、ドアを開け無遠慮に入る

 そこはミリアの家と比べるとかなり豪華な調度品がおかれた部屋だった

 風景画と編みこまれたカラフルな刺繍が全面の壁にかけられている

 風景画は良く見るとこの里の物らしいことがわかった


 その部屋の中央、手間のかかっていそうな造りの椅子に座る老人のエルフがいた

 長い髭と長い髪は金髪というよりは白髪に近く

 途中で結わえられたそれらは、もう少しで地面についてしまいそうだ

 着こんだ青と白のシャツは金色の刺繍が混じっておりかなりの高級品に見えた

 対してズボンは灰色一色でなんだかちぐはぐである

 椅子の傍までユウスケが歩み寄ると老人は目を開けた


「もう少しで寝てしまうところじゃった」

「椅子に座ったままか?ものぐさなのは相変わらずだな」

「うむ、お前も元気そうでなによりじゃ、小童」





 ◆◆◆




 ミリアはツキナを案内したあと自室に戻った

 扉にもたれて座り込み、ふぅと息を吐きだす

 何を見ても大騒ぎするツキナに里を案内するのは思いの他重労働だった

 しかしそれと同時に懐かしさもあった

 自分にも新しい物と出会って純粋にそれを楽しんでいた時期があったなと

 今では目に映る物は全て、成長に必要なものかそうでないかを心のどこかで判断してしまっている気がした


 思えば彼等をおもてなししたいと思ったのも

 少しでも何か新しい発見につながればと思ったことも原因の一つだった


 確か彼女は12歳だったか

 私が12歳の時はなにをしていただろうと思ったりする

 少なくとも今ほど卑屈ではなかったかなとため息が出た


 時計を見るとそろそろ精霊に祈りを捧げる時間だった

 声が聴こえない相手のために祈るというのはどうも馬鹿げている気がしてミリアはこれが嫌いだった

 一時期は自分が成長できないのは祈りの深さが足りないのだと一日の半分は祈りに捧げていたが

 今となってはその反動ですっかりお粗末な物になってしまっている

 形だけというわけではないが、何を祈ればいいのかも良くわかっていなかった


(あー精霊様今日もありがとうございますできれば私を早く一人前のエルフにしください私も頑張りますから)


 気持ちやけになって念じる


 すると持たれかかっていた扉がノックされた


「ひぇっ!」

「?大丈夫?」


 思わずドアから飛びのいた

 顔を出したのはリリシアだった


「お、脅かさないでよ」

「ゴメンゴメン。精霊様に言えないようなことでもしてたの?」

「し、してないわよっ!」


 入ってきて扉を閉めるとリリシアは付き合いの長い彼女にだけわかる程度の真剣な表情を作った


「話せる?」

「?何よ改まって……」


 かくして、エルフの里の夜は更けていった

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