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神殺しのキングダム  作者: Reizen
一章 「邂逅」
18/18

邂逅Ⅷ 戦渡り-1

 ユウスケは宿屋の外壁にもたれかかり、ヴェグの枝に火をつけた

 既に数回バックと打ち合わせをこなし、自分の役目は終えたので時間を潰しているところだった

 あとは最も「戦渡り」に適切なルートをを彼が割り出してくれる筈だ


 少年が上を見上げると空は白み始めた頃だった。もうすぐ夜が明ける

 螺旋を描きつつ、風に舞い踊り消えて行く紫煙をぼけーっと見つめていると、視線を感じてユウスケは視線を向けた。ローブを纏いフードを目深に被ったツキナの姿があった、どうやら起きたようだ

 手を上げてユウスケが挨拶をすると、片手を上げて返してツキナが近寄る


「今はバックを待ってるとこだ」

「ふーん?……あれ?もしかしてあの人も一緒に来るの?」

「そうなりそうだな、ん、もしかして嫌か?」

「別に?どっちでもいいけど」


 ツキナはキョトンとした様子で答えた

 その素っ気ない口ぶりからは何を考えているかまるで読めなかったが、バックは外見が胡散臭そうだししょうがないか、と深く考えずに少年は片づける


「まぁ嫌だったとしても我慢してくれ、あのおっさんが来ないと話が進まないんだ」

「別に嫌だなんて言ってないんだけど」

「それでヒイヅキ、何しに出てきたんだ」


 ユウスケの口調にはツキナを少し咎める雰囲気があった

 宿の部屋には「起きたら待ってろ」と書いたメモを置いていたのに暢気に散歩している少女への非難が込められている

 しかしツキナは気にした様子もなく「何を怒ってるの?」と言わんばかりに首をかしげた


「別に何も。起きたら一人だったからユウスケのいそうな方を見に来ただけ」

「無駄にうろつくなよな……」

「良いじゃないちょっとくらい、それに近くにいたから来ただけだよ」


 ツキナの発言で魔素結合により位置が特定されている事実を思いだす

 ユウスケの方からは「なんとなく方角がわかるような気がする」程度の繋がりしか感じられないので奇妙な感覚だった


「それなら良いけど、今日からの移動はこれまでより段違いに気を張るから気をつけろよ」

「オッケー」


 親指を立てながら陽気な声で返事をする仕草からは、まるで真剣味を感じ取れない

 まぁそうだろうなとユウスケはため息を吐いた。ヒイヅキツキナという少女はそのときそのときの気の向くままに身の振り方を考える傾向が強い

 ある程度指針はあるのだろうし返事も嘘ではないのだろうが、結局のところその場で起きた感情に強く引っ張られて行動を決める直情型の人間に見える


 これまではそれでも良かったが、ここからは危険度が違う

 本格的に王国の領土を通過する道中でも同じ認識をされているとままならないだろう

 かといってそれをそのまま説明しても直情型の人間の行動は簡単に律することはできないだろう

 本来はそういうときのために契約精霊の契約があったのだが、ツキナとユウスケの間ではそれはもう意味を成さない

 そこでユウスケはどうすればツキナという暴れ馬の手綱を握れるかも頭の隅で考えていた

 あまり気は進まなかったが、しないわけにもいかないと判断した少年はやや重く口を開いた


「お前、この前悪かったと感じてるって言ってたよな」

「え、何の話?」

「俺の案内プランをぶち壊してしまったことに関して」

「ああ、うん。今でも悪いと思ってるよ」


 ツキナは申し訳なさそうに視線を少し落とした。付け加えるなら、それでも案内をしてくれているユウスケに、多大な感謝もしていた

 プランをぶち壊されることを良しとしたのはユウスケも同じなので、正直そんな顔をされるとやりにくいと少年は感じたが、おくびにも出さずに続ける



「つまり貸しがあるわけだ。そこでだ、多分お前は今後も似たようなことをすると思うんだけど」

「いや、それはしないようにするけど」


 ユウスケは首を横に振ったあと、ツキナをまっすぐに見つめた


「いや、するね、お前は絶対にする。だけど約束してくれ。貸しだと思ってるなら、今後道中でヒイヅキが何かをしようとしたときに、俺が『絶対にするな』って言ったことは、するな。それで借りを返してくれたことにしてやる」

「なるほど……?」


 ユウスケはユウスケでこうなった原因は自分にあると思っているのでこういう言い方はしたくなかったが

 ヒイヅキツキナという人間の性格を考えると、きっとこう言った方がコントロールできそうだなとユウスケは思っていた

 善性に付け込むようで気分が良くないが、ここからの道中を考えるとどうしてもやらないわけにはいかない


 ツキナはしばし考え込んだ後、頷いた


「オッケー、わかった!」

「良いのか?」

「うん。その代わり、私からも一つ良い?」


 言葉の意味がわからずユウスケは続きを促した


「ユウスケって魔術を使うと暴走するんだよね?」

「まぁ、そうだな」

「じゃあ今からの道中でユウスケがもし魔術を使いたくなっても、使わないでね」

「な、なんだと……」


 ユウスケは突き付けられた条件を聞いて固まった

 まさかそんなことを提案されるとは考えてもいなかったからだ

 なにせ魔術を使った際に行える、暴走時の動きは自分自身がこの身一つで実行できる

 ()()()暴力的打開策だ

 これが使えないとなるとユウスケの身体能力は持久力以外、只の子供に毛が生えた程度に過ぎない

 勿論暴走(ソレ)を含めて計画を立てることはないが、暴走(ソレ)ができないとなると、万が一の解決策を別に用意しなければならなくなる


 沈黙から悩むように唸り声をあげ始めたユウスケを見てツキナは眉を寄せた


「いや、そこまで悩むことじゃないでしょ……」

「悩むだろ、俺にとってはたった一つの長所なんだぞ、それが使えないっていうのはな……」


 最低の欠陥でもあるので長所とは言いたくなかったが、保険になっているのも間違いではない

 魔術暴走とは命を燃やすに等しい行為であり、その状態に入れば誰もが普段出せない高出力の魔術を出すことができるようになるが、そのときの出力は本人の持つ魔素量に比例する

 そしてユウスケの魔術暴走の際の出力は他の魔術師の追随を許さないレベルで凄まじい物だ

 使わないに越したことはないが使えないというのも困る


 悩んでいる様子のユウスケを見て、少女は非難するような口調で言った


「長所って、使ったら死んじゃうんでしょ?」

「死ぬというか、記憶がなくなるだけだ。上手く抑えられれば数日動けない程度で済む」

「昨日も言ったけど、それは死んでるのと同じだから」


 なんでもない事のように話したユウスケの様子を見て、ツキナは静かに激昂した

 その弾みでツキナのフードが外れて、露になった黄金の瞳が射抜くようにユウスケを見つめていた

 声音こそ静かだったが、その瞳は気分を害したことをひしひしと少年に伝えた

 強い意思を感じさせる()()を正直苦手としているユウスケだったが、引くわけにはいかず、少年も真っ向からその視線を受け止めて返した


「同じじゃない、記録しておけば自分が何をしていたかは知れる。つまり死んでないってことだ」

「でもそんなの、何をやってたかわかっただけでしょ」


 ユウスケは馬車の中で聞いたツキナの話を思い出した

 記憶には実感が伴っていないといけないと彼女が言ったのだったか


「ヒイヅキの言いたいことはわかるよ。俺もそう感じる事がないわけじゃない。だけど、だったら記憶がなくなったら、俺は俺じゃなくなってるっていうのか?普通の奴は三日前のことだって忘れたりするんだろ?じゃあ三日前のお前は死んでるのか?」

「……そ、それは……そんなことないけど」


 そういう事が言いたいわけじゃないとツキナは口を噤んだ、しかしすぐさま返す言葉を思いつかない

 ツキナは自分が感情論でしか話せないタイプなのを恨めしく思った。どうも言葉で何かを伝えるのは苦手だ。しかし黙るということは少年の言い分を認めることになってしまうと思って、何かを言わなければとツキナは言葉を捻りだした


「で。でも……ほら、四日前のことは覚えてるかもしれないし……」


 ツキナは傍目にも苦し紛れさが伝わる様子でポツリと続けた


「お、おう、それは、そうだな……?」


 確かにそれはそうだったので思わずユウスケは頷いた


「……そう、だから、つまり、記憶がなくなったらさっきみたいに挨拶もできなくなるってことじゃない」

「そうだな」


 言いたいことがまとまったのか、ツキナは再び強い意思を込めた瞳を作った


「私はそんなの、嫌!だから暴走しないで」


 論点は「死んだか死んでないか」ではなかったのかと少年は呆れた


「死んだとか死なないとかは良いのか」

「この際それは良い!ユウスケを納得させる言い方も思いつきそうにないし!」


 もういっそ清々しい態度である。世の中ではそれを開き直りというのであるが

 ユウスケは呆れて物も言えなかった


「だいたいユウスケがそう思ってないなら納得させるのって無理じゃない?

 でも私にとってはそうなんだから、私の理由としては死んでほしくないってことなの」

「なんでそんなに俺に死んでほしくないんだ……」

「……、……」


 当然の疑問だったがツキナは沈黙した

 ツキナはユウスケと知り合ってこそ間もないが、親しみを感じている

 そんな近しい存在が危ない真似をするのは誰でも止める筈だが、ツキナがユウスケに拘るのはそういう理由ではなかった。かと言って恩や感謝とかそういう気持ちがあるからというわけでもない

 ではそもそも何故親しみを感じているのかというとこれもまた不明だ

 初対面の時から()()が変な少年だなーとは思っていたが、それが原因なのかもしれない


 黙ったツキナに対してユウスケは茶化すように言った


「ひょっとして俺に惚れたのか?」

「案外そうかもしれないね」

「な、なにぃっ」


 思いがけない返答にユウスケは露骨に動揺した、持っていたヴェグの枝を思わず落とす

 ツキナはきょとんとした表情でユウスケを見た


「え、いや、そんなに驚かなくても」

「……お、驚くだろ」

「まぁ惚れたっていう感じでもないような気がするけど、可愛い弟的な」


 ツキナにとってユウスケは凄く気になる存在だった

 境遇が似ていることもあり、意外とコロコロ変わる表情も気に入っている

 彼が今何を思っているのか考えると退屈凌ぎには持ってこいだった


「なんだ、そういうことか、びっくりした。告白されてるのかと思った」


 ユウスケが安堵したように溜息を吐くと、今度はツキナが甲高い声をあげた


「ち、違うから!勘違いしないでよ!」


 そう、そういう反応をすると思っていた、なんなんだその無駄な時間差突っ込みはとユウスケは溜息を吐いた

 赤くなった顔をパタパタと手で仰いでいる少女に告げる


「まぁいいや、とりあえずわかったよ、交換条件を飲むよ」


「あれ?良いの?」

「良いよ。なんか考えるのが馬鹿らしくなった」


 口ではそう言ったが、普通に考えれば暴走が必要になるような状況になることなどない筈だと思ったのが最大の理由である

 通常の案内であれば暴走が必要な場面なんて出くわすこともない筈なのだ

 しかし先のことを想像すると、そういう場面に出くわすであろうことが容易に想像できて決断し辛かったのだが、それこそまさにバックに言われた「自信がなくなっているだけ」という奴なのかもしれない

 そう考えれば考えすぎだと少年は思えなくもなかった

 逆に使わないものを使わない約束をしてツキナに言うことを守らせられるなら安い買い物と言える


「じゃあ成立だね」

「……けど、俺が『死ぬ』って思ったら使うからな、それくらいは良いだろ」

「うーん?まぁそれで死んじゃったら意味ないしね、それはしょうがないか」

「言質はとったぞ、約束は守れよ」

「わ、わかってるから」




 ◇◇◇




 昼前に戻ってきたバックと昼食をとった後、出発の準備をしてから三人は移動を開始した


「随分ごてごてした恰好になっちゃったね」


 ツキナはユウスケを残念そうに見ながら言った

 少年の両の指と首と耳には、比較的シンプルなリングではあるが無数のアクセサリがつけられていた


「しょうがないだろ、婆さんにもどれが効くか特定できなかったんだから」


 村で商店を営む老婆はかつて王国で上級魔術師を認定されたこともあるほどの人物だ

 この村にいる人物では一番の魔術精通者なので、その老婆にツキナとの間で発生しているであろう苦痛転移のことを見て貰ったのだが、解決策はすぐにわからなかった

 時間をかければ何かわかるかもしれないとのことだったが、そんな時間など勿論なく

 とりあえずの対処として効き目がありそうなアイテムを可能性が高い順に付けられるだけ付けることになったのだ


「そう気落ちすんなよ、わりとイケてる恰好だぜ」

「マジで言ってるとしたら俺はバックの美的センスが心配になるよ……」

「優しさを仇で返すと罰が当たるぞ」


 軽口を叩きながらしばらく歩いていると森に入る


「あれ?また森に入るの?」

「いや、そうじゃねぇよ、ただ目立つからこっちにおいてんのさ」


 ツキナが首を傾げている間に茂みが拓けた場所に出る、そこにそれはあった

 ユウスケにとっては見慣れた物だが、初めてみたツキナは感嘆したような声をあげた


「おお!これってまさか!」


 王国には自走車という乗り物がある

 自立する事のできるように四つの輪を取り付けた乗り物で、その輪の向きを変える舵を切ることによって移動する方向を変えることができるという代物である

 異国にある自動車という乗り物を模倣した、魔術適性のある者であれば簡単に動かすことができる魔術工学の発明品の一つだ

 最高速度は馬に迫り、燃料である魔素結晶が枯渇しなければ一定の速度で長距離を走り続けることができるため、優れた馬術を持たない人々にはそれなりに浸透している乗り物でもある


「嬢ちゃん、自走車を見るのは初めてかい。これが俺の愛馬、ロイさ」


 若干テンションの高いバックにユウスケは引き気味だったがツキナは食いついたようだった

 そもそも車なのに愛馬って、騎士だった事を引きずっているとしか思えないから相当痛いのだが、とユウスケは突っ込みたかったが、その後が面倒そうなので何も言わない

 ツキナは両手を万歳してぴょんぴょんと飛び跳ねていった


「これが!自走車!大きい!」


 その自走車は地面と接地する輪の部分がかなり大きく、その輪だけでも高さが2メートル近くある

 悪路を想定しているためだが、そのせいで高さ自体が4めーとる近くあり全体としてはかなり巨大だ


「違うぜ嬢ちゃん、ロイだ」

「ロイは大きいね!」


 ユウスケはツキナの優しさには付き合わず、平坦な口調で言った


「まぁ普通の車はここまで大きくないけどな」

「ロイだつってんだろ!」

「ああ、普通のロイは大きくないんだよな」

「普通のはそもそもロイじゃねぇよ!」


 面倒なのが始まったと思いつつユウスケは話をツキナに振った


「ていうかヒイヅキは車のこと知ってたんだな」

「仲介人に合う前にね、どこだったかな、なんとかって街にいた時に聞いたの、そんな話を」

「何処か全然わからないけどわかったよ」

「これで移動するの?」

「勿論そうさ!」


 何が勿論なんだと言いたかったが面倒だったのでユウスケは突っ込まなかった

 ツキナは目を輝かせて言った


「最高!」




 ◇◇◇



 ツキナは死んだ魚のような眼で遥か遠くを見つめながら言った


「最低……」


 移動する自走者の座席に座っているツキナは、未だかつて人生の中で味わったことのない眩暈を覚えていた。冷や汗は止まらず、手足が冷えているような気もする

 用意された自走者は悪路は想定していたが、高級品のように乗り心地までは追求されていなかったためである

 端的に言ってしまえば、人生初の酷い乗り物酔いに苦しんでいた

 もともと赤身のある艶やかな肌をしているツキナだったが、走り出して20分も経たないうちに見ればはっきりとわかるほどに顔色は青ざめ、えも言えぬ表情で遥か遠方を力なく見つめざるを得ない事態に追い込まれている

 運転席に座るバックはチラリとその姿を盗み見ると懇願するように言った


「吐くなら外に向かって吐けよ、絶対だぞ」

「わ、わかってるわよっ、うっ!きぼじわるい……」

「……」


 初めて自走車を見た時のウザイとさえ思えたはしゃぎっぷりが懐かしく思えるほどの衰耗ぶりだった

 ユウスケは感慨深く呟いた


「お前にも苦手な物があったんだな……」

「ど、どういう意味なのそれ!いろいろあるから!うっ、喋ると何か口から出そう……」

「ならこっち向くなよ……」


 動物には乗れるのにこういう揺れには弱いのかと続けたかったが、話しかけるのも可哀想に思えてユウスケは黙った


「そこまで酔うのは正直予想外だったけどよ、《障壁(ジャミング)》の方はシッカリ頼むぜ、意味があるなら、あるなしで大違いだからよ」


 ツキナはコクコクと頷く

 自走車は現在ツキナが発生させている赤い《障壁》に包まれていた

 この自走車には強力な隠匿や隠蔽の魔結晶が惜しみなく使われており、探知系の魔術では「ここに何かある」と当たりをつけられなければ、広域索敵系魔術に引っかかることはまずないと断言できる状態にはなっている

 しかしそれらを使ってもなお監視塔の索敵には「何かある」と当たりをつけられてしまうのだ


 そこで本来は同じような囮を数十個用意し、単純に当たりが引かれる確率を下げるのだが、今回は「もしかするとツキナの《障壁》が監視塔からの捕捉を防ぐかも」という可能性もあるのでバックは多少期待している

 もっとも、眉唾ものだということはバックも良くわかっているので出来なかったとしてもなんら問題はない

 結果がどうであろうと、もし当たりを監視塔に引かれた場合は大人しく撤退するしか道はないからだ

 つまり純粋な挑戦と失敗(トライ&エラー)を繰り返して、「戦渡り」ができるようになる範囲にまで進まなければならない、それは監視塔が既に壊されている場所、ということだ

 時間が限られている最大の理由はそこだ、敵軍の動きは操れず、予想するしかない

 その波のような物に乗らなければならないのだ


「朝の段階では予想通り帝国兵が平野周辺に布陣してたからな、こっちで良いはずなんだが」

「問題は規模だよな」


 当初の予想では平野まで進んだときにはその軍隊は半分以下になっていると思われていた

 ところがその予想に反し、数はほとんど変わっていない、つまり10万の軍勢がいるということだ

 しかも監視塔を壊さなかったというわけでもなく、その軍はキッチリと監視塔の機能を奪っている


「となるとやっぱり敗走兵じゃなかったんだな」

「どころかかなり強い軍隊ってことだ、有名な将が率いてるのかもな」

「そうだったらとっくに名前が割れてそうだけどな……」


 しかし敗走兵を装ったのが作戦だったとしたら、かなり大がかりな仕掛けをしている将ということになる

 自分の情報が出回らないように立ち回る程度のことはやってのけるのかもしれない

 そう考えると巻き添えを食った貴族というのは本当に巻き添えだったのか気になるところだが

 まぁその辺は自分が気にしても仕方がないとユウスケは考えを切り替えた

 結局のところ遥か遠方のことなので、細かい戦局は関係ない、重要なのは想像通りに大局が動いてくれることだ

 情報を調べるのは仕事が済んだ後にでもゆっくりすれば良い


「ねぇ、私たちってこのまま王国まで入るの?」

「喋って大丈夫なのか」

「黙ってるのも黙ってるので気持ち悪いんだもん……」

「……出る側は最悪会わなくても良いんだけど、入る側は絶対に会わないといけない人がいる、その人に会うのが一つのゴールではあるな」

「そうなの??」


 ユウスケは頷く、その人に会うことができれば道のりとしては四分の三だが、密入は成功したも同然だ

 バックは怪訝そうに言った


「そんなことも教えてないのか?」

「いや、最初に仲介人から聞いてるはずだろ、こいつが忘れてるんだよ」

「ええっ、そうだっけ」

「そうだよ。そもそもヒイヅキはなんで王国に他国民が入れないのか知ってるか」

「全然知らない。監視塔とかがあるから?」


 予想通り過ぎる反応を気にせず少年は続けた


「監視塔も関係あるけど、一番の問題は加護だよ、ほら、エルフって加護でやりとりができるだろ、同類を見つけ出すのも上手いし。王国民はそれと同じように自分たちに掛かってる加護で相手が同じ王国民かどうかすぐさま判別できるんだ」

「え、じゃあ私がこのまま王国の町とかに入ってもすぐに見つかっちゃうてこと?」

「そうだ、誰とも会わないで一人で暮らすことができるなら暮らせないことはないけどな」

「証書発行組が作ってる地下グループにツテがあるなら暮らせないこともないんじゃねぇか」

「そういうツテがあったら案内人なんかいらないだろ……」

「そんな知り合い私いないけど……?」

「大丈夫だ、そのために救済者のところに向かってるんだからな」

「救済者……?」

「救済者っていうのは、王国の加護を消したり、本来は与えられない人間に加護を与えてくれる人、というか人達の事だ」

「そんな人がいるの?」

「いる。というかこいつらがいないと王国の中で密入者が暮らすのは普通無理だ。出て行くだけなら最悪、加護がついたままでも問題無いけど、暮らすなら国民一人にも会わないっていうのは無理だからな」


 王国民で加護を受けていない人間は一人としていない。つまり国民全員が余所者を見ただけで判断することができるということだ

 さらに不法滞在者を発見した王国民は速やかに報告しなければ重い罪に問われるため協力も期待できない

 しかし救済者と呼ばれる人達だけは、その加護と同じものを他国民に与え、王国民を作り出すことができるのだ


「じゃあその人達?に会って加護が貰えたら」

「そうだ、ほとんど案内は終わったようなもんだ、あとは適当な町で必要な手続きを手伝って終わりだ」


 まだ先のことではあるが、言葉にすると少年は少し気持ちが楽になったような気がした

 本来なら十日程度で終わるはずなのに今回はかなり長引いている。それにそもそも成功させられるかどうか、という按配にまでなっていたのだが、道程はともかく仕事自体はかなり終盤に入っているのだ

 今回のとんでもない仕事もようやく終わりかと思うと先走って気が緩みそうになる


「おいおい、まだまだそこに行くための作戦を絶賛進行中だろ、気を抜くんじゃねーぞ」

「……わかってるよ」


 ツキナは自分の横に座る、感情の読めない横顔を作った少年に訊ねる


「それってどれくらいで着くの?」

「それは俺じゃなくてバックに聞いたほうがいいな」

「順調にいけば、最短で一日半ってとこだな、余裕を持って二日ってとこか」

「二日……」

「らしいぞ、まぁ、心配しなくても普通なら乗ってるだけで着くから大丈夫だぞ」

「ふ、ふーん。そうなんだ……それなら安心だね」


 ツキナは再び視線を外に向けた

 二日と聞いたときに「早いな」と驚いた

 それは良い驚きではなく、悪い驚きだった

 それだけしかないのかと思ってしまったからだ


 ユウスケは西に視線を向けながら呟いた


「まぁ、順調に行けばだけどな」


 視界に入る緑に覆わていた大地は赤みを増し、木もまばらで植物も減りつつある

 自走車が王都の西側、大平野に進入しようとしているのだ

 敵軍がいるのはせいぜい国境から50キロメートル程度の平野部の筈なので出会うことはまず考えられないのだが、ユウスケは不安が拭えなかった

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