邂逅Ⅶ 地図に無い村‐5
バックとユウスケの話し合いは既に2時間を越えようとしていた
最大の争点となっているのは、どこまで安全策をとるかについてだ
王国へ密入を試みる者が最大の問題とするのは、領土内に存在する『監視塔』を如何にして欺くかということになる
これは広大な領土を占有する王国の管理システムの要を担っている物の一つで
単純な人の出入りから物品の出入りまであらゆる流通を魔術的なシステムを使いチェックしている、言うなれば自動で行われている検閲システムだ
王国に入国する際に正式な手順を踏んで入手した『証書』を持っていないと、どこにいようとすぐさま発見される
また王国の勢力下であることを正式に認可されている領土内の街や村は、どれだけ小規模であってもこのシステムと連動した選別システムが取り入れられており、この問題をクリアしないとどんな場所にも立ち寄ることはできない
ただし、例外的に、一時的ではあるがその問題が根本的に解決される時期がある。それが戦の時だ
勿論この監視塔による管理システムは王国が行う戦の時にも十二分に使われており、行軍してくる敵を索敵することはもとより、自軍の配置や行軍、連携の管理、奇襲の警戒と多岐に渡る状況を補助する
それを王国と戦う周囲の国々は当然知っているため
それなりに本格的な戦のときはまず監視塔を破壊するように動くことになる
つまり「王国と敵対する軍隊が壊した監視塔のエリアを通る」という手段を取ると比較的楽に歩を進めることができる
これは案内人の間では『戦渡り』と言われる案内の仕方の一つだ
今回は帝国が動かした軍隊の規模から戦渡りが出来るとバックは判断した
しかしユウスケは首をなかなか縦に振らず、話し合いは平行線に近い様相を呈していた
「これだったら抑える情報も少なくて済む、万が一の時も監視塔が働いていなければ選択肢が幅広いだろ?」
「けど監視塔が動いていないエリアは大量の治安維持部隊が送られてくるじゃないか」
「それは別にどうとでもできるだろうよ」
確かにどうとでも出来る。しかしユウスケはすぐさま頷けなかった
監視塔が機能を失うと、それに便乗しようとするのは案内人だけではない
ならず者や、王国の中にいる反王国勢力などもここぞとばかりに問題を起こし、場合によってはかなりの被害が出る
そうならないようにエリアの守護を行う警備部隊や、村や街、或いは城に常駐する軍隊は警戒態勢になる
領土を守ろうとする貴族達の私兵も動くだろう
ユウスケが危惧しているのはそう言った手合いと遭遇しないか、ということではない
治安の乱れそのものに遭遇してしまわないか、ということだ
紛争地帯は控えめに言っても凄惨な状況になるケースが多い
場合によってはかなり惨い惨状にも出くわすことになる、そう言ったときに我関せずが貫けるのであれば確かに容易いが
そんな現場に遭遇すれば、ツキナは絶対に何かをしでかすだろう
可能性と言うより確信だ。絶対に何かをする
ヒイヅキツキナという人間がそんな現場で我関せずを貫くわけがないということは、短い付き合いだったがユウスケも頭が痛くなるほどに承知していた
そうなればこれまでの道のりの二の舞になってしまうだろう
それはなんとしても避けたい事態だった
「依頼人がコイツじゃなかったら単純な話なんだけどな」
「それじゃあどうするんだ、まさか裏抜けするなんて言わないだろ?」
裏抜けと言うのはその名の通り戦渡りで通るルートの反対側を通るルートだ
治安維持部隊などが拠点を置くポイントの裏を通るような形になることが多いのでそう呼ばれる
基本的に中から外へ案内する際に使われる方法の一つだ
「どうしたもんかな……」
「おいおい、案内人のお前がそれじゃ俺もできることがないぞ」
二人が何を言うべきか考えている微妙な間に、読書に飽きてきて話し合いに耳を傾けていたツキナは丁度声をかけた
「ねぇ、私もその話に入って良い?」
「別に構わねーぞ、嬢ちゃんからも何かコイツに言ってやってくれ」
「なんで俺が問題みたいな言い方なんだよ」
「あぁ?お前が俺様の完璧な作戦にケチつけてんだろ?」
話し合いから口論に発展しそうになった口火を、ツキナは気にせず割って尋ねた
「そもそもその監視塔ってどうやって私達を特定してるの?」
「広域魔術の応用と言われてるが公にはされていないから詳しくはわからん」
「原理的には通信水晶と似た原理だっていうのが定説だけどな」
「??何それ?」
「王国の領土内で使える離れたところにいる相手と連絡がとれる装置だ。嬢ちゃん知らないのか?」
バックは小さい板のような物をツキナに見せた、厚さ1センチ程の10センチ程度の長方形の板だ
表面は黒いガラスの様に見える
「そんな便利な道具があるの!?」
「ああ。それなりに金があれば誰でも買えるぞ」
板の中には様々な水晶と魔術装置が入っており、遠距離にある特定の通信水晶と連絡がとれる仕組みだ
しかし、監視塔を経由して通信を行っているため、特殊な通信水晶を使わないと現在位置が監視塔に筒抜けになってしまうという欠点もある
バックが持っているのは位置を把握されないように細工された裏稼業ご用達の品だ
「じゃあユウスケも持ってたの?」
「……持ってない」
途端にユウスケの声音がトーンダウンする。ツキナは気にも留めず訊ねた
「なんで?」
「俺は魔術が使えないからな。通信水晶の原理は魔術と同じなんだ」
通信水晶という名前ではあるが、正確には長距離通信魔術の補助具という扱いだ
距離のある相手と話せる|《遠話》《トーク》を通信水晶を媒介にして遠距離間で行っているに過ぎず
もちろん誰もが使えるように通信水晶そのものにも《遠話》をしやすくする魔術的な補助が込められているが、それでも魔術が使えない者などは使うことができない
どんよりとした口調で説明するユウスケを見てバックは噴き出した
「笑えるよな、最近じゃ物心ついたばかりの子供でも使えるっていうのに。どんだけ才能ないんだよっていう」
笑ってはいけないことが一応わかってはいるのか、多少堪えようと試みるも、クククと抑えきれずに笑う姿を、特に気にした風もなくユウスケは答えた
「使えない物は使えないんだからしょうがないだろ」
「……じゃあつまりは魔術で特定してるってことなんだよね?」
「そうだ。具体的に言うと、おいバック、笑ってないであれだせ」
「?ああ、あれか、オッケーオッケー」
バックが頷くと、バックの胸辺りが明るく光りはじめ、すぐに小さなカードのような物が現れる。彼はそれを手に取るとツキナに渡した。紙で出来たメッセージカードのような物だが、読めない文字が書かれていて何もわからない
「何これ?」
「これが王国の通行証だよ。国民の証でもある、所謂『証書』だ」
「って言っても俺のは偽物だけどな」
「偽物?」
「これは王国にある検査道具で検査して登録すると出せるようになるんだよ、王国にいる精霊様の加護みたいなもんだな。同じように解析具を使って読み込むと内容がわかる」
「これが?加護……なの?」
ツキナは首を傾げた、これが加護だと言われてもピンとこない
加護とは普通、肉体や魔術などに特別な補助がかかる物だと思うのだが
不思議そうにしている少女にユウスケは続けた
「そうだ、その人物の能力や経歴なんかの情報が詰まってる。らしい」
「それでこれを、正確に言うとソイツ自身の魔素に含まれてる情報を監視塔が読み取って、どこに誰がいるかを逐一把握してる。勿論、加護を受けてない奴の位置もな」
だからカードのような物はあくまで魔素で作られたもので時間が経つと消えてしまい、さして重要ではない。それが出せるということと、そこに表示される内容が重要なのだ
「え、じゃあここに私がいるってこともわかってるってこと?」
「勿論わかってるよ。この村を視てる監視塔もあるからな」
「ええっ!?じゃあ不味いんじゃないの?」
位置がわかっているのなら捕まってしまうのでは、とツキナは思った
その疑問に答えたのはバックだった
「別に不味くない。ここはそういう場所なんだ、王国の管理から出たい奴がやってくる場所で、王国もそれはわかってる。でも完璧に潰したりしない、必要悪なんだ」
「??どういうこと?」
「要はゴミ溜めさ。集団っていうのはどうしても足並みを揃えられない連中がいるだろ?それにいちいち真面目に対処してたら手間が増える、かといって追い詰めて反逆でもされたら面倒だ、だから馬鹿なことを考えないうちは手を出してこない、そういうグレーゾーンなのさここみたいな場所は」
つまりここだったら登録されない私がいても平気ということなのだろうか、とツキナは首を傾げた
「ざっくりいうとそうだな、巡回兵が来たらさすがに逃げた方が良いがそんなのは月1くるか来ないかだし、だいたいは金で融通してもらえるしな」
「逆に言えば王国に密入するような輩はこういう場所を良く使うから、ここから入ろうとすると結構苦労するんだ。隠匿の魔結晶を使ってても捕捉されるからな」
そういう意味ではバックが協力してくれる状況になったのはかなり大きいと言えた
ユウスケは村を訪れた時点では捕捉されながらも強引に突破するしかないと考えていたからだ
囮を撒けない状況で流民村から捕捉されずに移動するのはそのくらい不可能に近い
「ふーん?じゃあ要はその監視塔から出てる魔術みたいなのをどうにかすれば良いってこと?」
「そうだけど、いや、お前、それが出来たら何も苦労はないんだぞ」
それができないからこそ成り立っているシステムなのだが
何を言っているんだコイツはとユウスケは眉を潜めた
「通信水晶と似たような魔術なんでしょ?」
「ああ」
ユウスケが頷くと、ツキナはバックに視線を向けた
「バックさんだっけ?その通信水晶とかいうの、ちょっと使ってみて欲しいんだけど」
「?構わねけーけど、何する気だ」
「試してみたいことがあるから」
バックはユウスケを伺った。別に良いだろと目配せされ、言われた通りにしてみる
「じゃあ試しに旦那にでも繋げてみるか」
黒い板を自分の片耳に付けるように押し当てると、繋がったのかバックは話し始めた
それを見たツキナは納得したように頷いた
「ああ、やっぱりこれなんだ」
焦点の定まっていない瞳で空中を見つめると、彼女は続けて手を翳した
その手の周りに赤い魔術式が展開され、半球状の赤い光のドームが発生し、室内がその光に包まれる。そしてすぐ、バックは声を荒げた
「あれ、おい、旦那っ!頭領っ!……、……おーい。……駄目だ、切れちまったな」
ユウスケはツキナが何をしたのか薄々分かっていた
「ヒイヅキ、いや、そうとしか考えられないけど、ひょっとして監視塔からの術的干渉が見えるのか?」
「見えてるっぽいわね!」
「ど、どういうことだ……?」
今度はバックが首を傾げた
ユウスケはツキナから了承を得ると、彼女が持つ様々な力が見えるという目の話をバックに聞かせた
話を聞いたバックは滑稽な顔を作った後、呆れたようにため息を吐いた
「なるほど、随分と面白い力を持ってるんだな」
「ようはこれと似たような物を全部遮断する障壁を作れば捕捉されないってことでしょ?」
「そんなことできるのか?」
「ほら、ユウスケって魔結晶で巨大尾兎の魔術を防いだ障壁を張ったことあったよね?」
ツキナは先ほど読んでいた魔術の指南書、つまりユウスケが書いたものであるが
それのあるページを開いて二人に見せた
「あれってここに載ってある《障壁》の魔術なんだよね?」
「ああ、そうだ。もっと簡易的な物だけどな」
本来の《障壁》は相手が使う属性などに合わせて様々な調整を行う必要があり、初級魔術にしてはかなり難しい部類のものであるが、ユウスケが使ったのはもっと単純な障壁だった
正しく言うと、魔結晶による障壁ではそこまで複雑な事は出来ないと言うべきだが
「これの真似をすればちょっと変えるだけで出来そうだなーって思ってやってみたんだけど、どう?」
「どうと言われてもな……」
「いや、凄いだろこれは。もし嬢ちゃんが本当に《障壁》で捕捉されるのを防げるなら、何も問題がないのと同じだ、下手すりゃ街道のど真ん中を歩いて入ることだって出来るかもしれないぞ」
その声音は冷静な物だったが、バックの声には隠し切れない興奮の響きがあった
もっとも王国最大の管理システムを真っ向から打ち破れるのと同義なので、その感想も決して適切な物とは言えない
ここに王国の管理を任されている魔術師団がいれば阿鼻叫喚の地獄絵図が始まっていてもおかしくはない
ツキナが容易くやってみせたことはそれほどに驚くべきことだった
もっともその事実に現在気付いている者は誰一人としてその場にいなかった
興奮冷めやらぬと言った状態のバックに対して、ユウスケは淡々とした口調で言った
「早計過ぎる、そもそも本当にこれで監視塔の干渉を防げのか確認がとれない。ヒイヅキがやったのはあくまで通信水晶の妨害なんだろ?」
「うーん。多分出来てると思うけどなぁ?通信水晶も結局同じ波長なんでしょ?」
「と言われてるに過ぎない。実際のところはわかってないんだ」
「じゃあ試しにやってみれば良いじゃねーか」
バックのとんでもない提案にユウスケは激しく反応した
「はぁ?!?!」
「嬢ちゃんが監視塔の捕捉を本当に防げるのか試してみれば良いじゃねーかって言ったんだ」
「聞こえてるよ!そうじゃなくて、本気で言ってるのか?」
「当たり前だろ、大真面目だぜ俺は。それくらい価値のある実験だ」
「実験ってバック、わかっててるのか?こいつは依頼人なんだぞ、そもそも依頼人の能力をアテにしてプラン建てる案内人なんかいないだろ」
「俺はそもそも案内人じゃねーからなぁ」
ふざけた態度で肩を竦めるその姿を見ていると、ユウスケは無性に腹立たしく感じて、文句の一つでも言おうかと思った。しかしそれを見て先に話したのはバックだった
「じゃあどうするんだ?この警戒態勢の中、戦渡りもせずに安全に抜けるなんて不可能だぜ」
分りきっていることを再度諭されて、少年の頭に上りつつあった血液はゆっくりと下降し始めた
そんなことは言われなくても重々承知だった。どのみちエルフの自治領である大森林はここで終わりだ。何かしらの手を打たなければこの警戒態勢の中で密入国するのは不可能と言える
かと言って依頼人をアテにする事などあって良いのだろうか、とユウスケは頭を悩ませた
万が一そんな方法で入れたなら、自分が案内する必要自体がないということになる
しかしそれを気にしているのが自分だけなのもまた事実だ
結果的に依頼人がそれで入れるなら、案内人としてやってきたプライドは傷づくがそれだけのことだ
そう結論付けると、渋々とした口調でユウスケは言った
「……じゃあやってみるか」
「決まりだな」
ようやく頷いたかとばかりにバックも頷いた
確かに試しておくのは悪い事ではないかもしれない
別の方法で通ることになったとしても、いざそれができるかできないかは重要なことの筈だ
「試すのは良いんだけど、ユウスケの方は大丈夫なの?」
「ん?何が?」
ユウスケは何のことか思い当たらず、疑問符を浮かべる
「ほら、昼間すっごい辛そうにしてたじゃない」
「あ、ああ」
「辛そうに?コイツが?」
「そう、何か凄い痛かったんだって」
「はぁ?コイツが??」
バックは怪訝な表情を作った。この少年は比喩ではなく頑丈さが一番の取り柄だ
その頑丈さが売りの少年が痛がっているとなると、それは売り物になっていないということになる
事前に知らせておいて今後に影響が出かねない話だとバックは険しい表情を作った
「なんで黙ってたんだ」
「忘れてた。原因もわからなかったしな」
「おいおい、お前の唯一の取り柄がなくなってるってことだろ?楽観視しすぎなんじゃねーのか?」
「でもその後ジャガージャックに殴られても大丈夫だったんだよな」
「??どういうことだ」
バックは詳しく状況を聞くといくつか質問し、しばらくして納得したように頷いた
「それはつまり、こういうことだな」
バックはいきなりツキナに殴りかかった。しかし、すぐさま反応したツキナはそれを避けた
まさか避けられると思っていなかったバックは済ました顔で姿勢を正すと言った
「じょ、嬢ちゃんやるな」
「いきなり何するのよ!」
「……すまんがちょっとじっとしててくれないか」
「殴りかかられたあとで言われても絶対に嫌なんだけど」
「じゃあデコピンでいいから」
「えぇ……」
そんなやり取りを眺めていたユウスケは言った
「ヒイヅキの感じる痛みが俺に流れてきてるってことか?」
「ええっ!?そうなのっ!?」
「なんだよツマンネーな。そうだ、きっとそうなんじゃねーか。魔素結合してると痛覚がリンクすることがある。普通は結合陣を展開してる間に起こるが、お前らどっちも普通じゃないからな」
確かに、そもそも自分が彼女と魔素結合したときは暴走状態だったわけだし
つまり普通じゃない状態で行ったのだから、そういう弊害が起きててもおかしくはない
しかし痛みが移るって、まるで呪いなんだけど、と思った時にユウスケの中で合点がいった
「そうか、呪いか」
「呪い?」
ユウスケは一度ツキナから「呪われてるんじゃないの?」と聞かれたことがあった事を思い出した
呪われた覚えなどまるでなかったが、今なら理解できる
頭領と交わした契約を破ったことによる契約精霊の罰なのだ
つまり契約を裏切る原因となった相手の苦痛を自分に移すという呪いだ
そうすれば契約を破ったことを後悔する事にも繋がる
「もしかしたら魔術的な物だから効かないという可能性もあると思ってたんだけどな……」
契約精霊の契約のペナルティ自体を自分の体質が無効化しているのかもしれないとユウスケは密かに考えていたが、その推測はバッチリ外れていたわけだと反省した。そうは都合よくいかないらしい。
「さっきから何言ってるの?」
「良いんだ。気にしないでくれ」
納得したユウスケは疑問符を浮かべている二人に続けた
「まぁ原因がわかったなら気にするほどのことでもないな。どのみち戦闘になる予定はないからな」
「き、気にしちゃうところなんだけど、私が怪我したらユウスケが痛いってことでしょ?」
「仕方ないだろ」
「やっぱり言ってたみたいにあの時に結合しなきゃよかったかなぁ」
それを言うなら契約に違反しなければ良かった、であるが、ユウスケは訂正する気にはならなかった
今更それを伝えてもしょうがないし、この天然少女は無駄に罪の意識を感じそうだ
あれは自分の判断であって他の誰にも責任はない、ましてやその責任をツキナに感じさせたくないとユウスケは思った
「それこそ言ってたみたいに、やるしかなかったんだから良いんじゃないか」
「そうかな、こんなことになるとはって感じだよ」
「お前だいたいいつもそんなこと言ってないか」
「……そうかも」
二人のやり取りを黙ってみていたバックは呟いた
「……痛覚軽減の効果がかかった装備もいるかもしれないな」
「いるか?そんなの?」
「単純に伝わってるだけならいいが、増加して伝わってるとかだったらどうするんだ?ショックで死ぬぞ。それと、外傷で嬢ちゃんが動けなくなったときに、痛覚の影響でお前も動けなくなったりしたら困るだろ?」
なるほど、確かにその通りだとユウスケは頷く
痛みというのがどの程度影響を与えるのか、それに晒されたことがほとんどないユウスケにはまだまだ想像ができなかったが、馬車で対峙したときにはそれに近い状況だった
「そうだな……用意しておくか」
「そうだな、ね……」
意味深なバックの言い方にユウスケは眉を寄せた
「なんだ?」
バックは欠伸をしながらドアへと歩み寄った
「いいや、別に。だいたい纏まったな、俺はもう一度出てくる。嬢ちゃんは少し寝とけ。相当疲れてるように見えるぜ」
「はーい。いや、さっきから眠くてさー」
そういえばコイツは日中からずっと魔術を使いっぱなしだった
既に時刻は深夜になりつつある、配慮不足だったなとユウスケは反省した
部屋から出る際、バックが目配せをしてきたのでユウスケは追って後に続いた
◇◇◇
バックはスタスタと歩きながら通信結晶を取り出すと誰かに連絡を取っているようだった
そのやり取りが終わったのはバックが宿屋の外に出て少し歩いたあとだった
バックは今から行う会話が外に漏れないようにするために消音の魔結晶を展開した
「随分慎重だな、それでいったい何の用なんだ」
「それはこっちの台詞だ、ユウスケ、お前、随分腑抜けてるんじゃねーのか?」
そう言ったバックの視線は冗談ではない批判の色を宿していて
ユウスケは軽い気持ちでついてきたことが間違いだったと瞬時に悟った
「何が?」
「安全策を取るのはまぁ良い。案内の仕方はお前の自由だ。だが、痛みの件を忘れていただと?どうしちまったんだお前は」
「……、あれは言葉のあやっていうか」
別に本当に忘れていたわけではない、とユウスケは訂正しようとした
しかしそれを話しきる前にバックは続けた
「確かにお前は自分が化け物的にタフだからそういう危機管理に抜けてるところがあるのは知ってるさ
だけど何がヤバイかどうかくらいはキッチリわかってた筈だろ、今回の奴はヤバイ奴だ」
「そうだな」
「それに話してるときも思ってたんだが、さすがに嬢ちゃんの前では依頼人だから言わなかったが、お前、やる気がなくないか?」
「……ズバっと言ってくれるな」
「当たり前だ、もしかして今回の件、乗り気じゃないのか。そうだったら先に言ってくれ、俺は抜ける」
予想していなかった提案にユウスケは困惑した。それは困る。そんなことになればここに立ち往生することになってしまう
そんな内心を見透かしたようにバックは続けた
「それはお前も困るだろ?俺もだ、だから確認したいんだが、何考えてんだ?」
おそらく話し合っていた時の自分の煮え切らない感じをそう捕らえたのだろうとユウスケは思った
バックは仕事以外はてんで信用できない人間だが、仕事に関してはかなり信頼がおける相手だとユウスケは思っている
そのバックが抜けると言っているのであれば冗談ではないのだろう
そのくらいの危うさを自分の態度から感じ取らせたのかと思うと少年はなんとも情けなく思った
「自分でもよくわからない」
「おい、なんだそりゃ」
「……俺は別にこの仕事が特別好きってわけじゃないが、ある程度うまくやれる自信があった」
「実際旦那に一人でやることを任されてるのはお前くらいなんだからその自信は間違っちゃいないだろ。お前は案内人として十分やっていける能力を持ってると思うぜ」
それは幼かった彼に案内されて脱王国を果たしたバックだからこそ言える説得力があった
ユウスケもそれは理解していた。自分にはこれまでやってきた沢山の積み重ねがある
それは記憶がなくとも記録に裏打ちされたことによる自信だ
「だけど……、正直今回の依頼人は別に俺が連れて行かなくても良いような気がする」
「……どういう意味だ」
ユウスケは頭の中でこれまでの出来事を振り返った
どう表現するか迷い、とりあえずありのまま感じたことを伝える事にする
「あいつはなんていうか、特別なんだよ」
「特別?」
「たまにいるだろ、やろうとしてることややったことが結果として全部上手くいみたいな奴。そういう奴なんだよ、あいつは」
その話をするとユウスケの脳裏に思い浮かぶ人物はヒイヅキツキナとは別の人物だったが
彼女はその人物と同じレベルでそういう特別感を持っているようにユウスケは感じた
「だからお前は適当な仕事をするってことか?」
「そういうわけじゃない。連れて行こうとは真剣に思ってるさ。ただ……正直迷ってる。どう扱えば良いのか全然わかんねーんし」
案内人は様々な人間がいるが、ユウスケはきっちりと案内人の手綱を握り、勝手な事をさせないタイプだった。しかし今回初めてその枠を越えたことを行ったため、要するに経験がないことをやってあたふたしているのではないか
そう結論したバックは溜息を吐いた
「なんだ、ただ自信がないだけじゃねーか」
「そんな簡単な話じゃない」
「いや、簡単な話だ。だいたい特別って俺からすればお前だって十分特別だっつーの」
同じ年齢の人間と比べるとずば抜けた記憶力と思考力を持っているユウスケもバックからすれば十分特別な存在と言えた
オマケに魔術が効かず傷つかず、休みなしで長期間活動できる持久力もある
これが特別でなくてなんだと言うのかとバックは呆れる
「そういうことじゃなくて……」
そういう事が言いたいのではないとユウスケは思ったが、自分でも表現できない以上、訂正するのも難しい気がして言葉が続かなかった
そんなユウスケの様子が気になり、バックは捕捉するように続けた
「まぁお前も言ってまだ子供だからな、迷うことだってあるだろうさ、ただ、それに引っ張られるとロクなことにならねーぞ。引っ張られた経験のある俺が言うんだから間違いない」
バック苦笑いを消して真面目な顔を作ると言った
「迷ったままに動くとロクなことにならねーぞ。こうしろ、とか偉そうなことは何一つ言えないけどな」
「……そういう経験に裏打ちされたみたいな発言をされると弱いんだよな俺」
ユウスケは自分に足りない物が経験だということはよくわかっていた
そのため経験を積んだ者の発言を軽んじたりはしない、が、その言葉は少々具体性に欠けているように感じて首を捻ることしかできない
「もう少し具体的なアドバイスはないのか?」
「こんなところにいる俺は人生の落第者なんだぞ、そんな俺にアドバイスを求めるのか?」
「……それもそうか」
そこは嘘でも否定しろと言いたかったが、考え込んだ少年を見て、確かに特別なのかもしれないな、とバックは思った
バックは少年と知り合ってから3回ほど記憶を失ったところを見たが、その度にユウスケは案内人をやり始めており
その期間中こんな風に悩んでいるところなど少なくとも自分は一度も見た覚えがなかった
もしそれが全てを通してなかったことだと言うのであれば、今、これまでの少年の人生では起きなかった変化が、少年の中で起きているということになる
そしてそれをもたらしたのはあの依頼人との出会いということだ
そう考えればユウスケの言っている特別という意味も解るような気がした
「確かにお前の言う通り、嬢ちゃんはお前にとって特別なのかもな」
バックはまだまだ幼さの残るユウスケの顔を見つめた
できるならその出会いが、不器用に不毛な繰り返しを続けるこの少年の転機となれば良いのだが
それは過去に伝えようとして盛大に失敗した経験があるバックには言葉にするのが躊躇われた
「まぁ、やる気があるってことが確認できたなら良い。俺は今度こそ本当に出てくるぞ、時間的には余裕がねぇ」
「ヒイヅキの障壁が使えるのかの確認はしないのか?」
「囮を使って出るときに同時に試せばいいじゃねーか、試すだけでわざわざ囮は出せないぞ」
「……それだと結局、戦渡りをやることになるな」
「そうなるが、それは仕方ねーだろ。タイミングを逃すと戦渡りはできねぇからな」
「……」
戦渡りは敵軍が監視塔を壊す流れに沿わなければならず、あくまで受動的になる
つまりその流れに乗る機会は限られており、それを逃してしまうとまた別の手立てを考えなければいけなくなる可能性が高い
戦後しばらくは警戒態勢が続くことを考えれば、これを逃すのは確かに馬鹿げている話だった
(迷ってやるとロクなことにならない、か)
別の手段をとることを状況が許さないのであれば、結局のところやることは一つしかない
ユウスケは迷いを振り切るように強く頷いた
「やるか」
その顔を見て満足気にバックも頷く
「今度こそ決まりだな」
言い残して歩いていくバックを見送りながら少年は考えた
結局こうなったか、と、しかし自分が危惧する状況を避ければいいだけなのだから、悲観するほどの状況ではない筈だ
戦渡りは確率で言えばかなり成功率の高い移動手段なのは本当の事だ
しかしそう考えれば考えるほど、不思議と上手くいかないような気がして不安は拭えない
たしかに自信がなくなっていると言えばそうなのかもしれないと、少年は納得したように一人で頷いた




