邂逅Ⅵ 獣人と機族 後編
連れて来たユニコーンは2頭しかいなかったため一頭をツキナが借りて、もう一頭を隊長が駆ることになった
ユウスケは隊長の後ろに乗る形だ、補助魔術が意味を成さない少年の足が他の面子に比べるとあまりにも遅すぎるからである
当初ユニコーンは少年を乗せるのを嫌がったが、隊長が宥めると大人しく言う事を聞き乗ることが出来た
動物にほとんど好かれない性質である少年は密かに感動を覚えたが、表には出さないように努めた
もっともその様子を意味ありげな視線で見つめてくる少女が気になってなんとも居心地が悪かったのだが
思い出してイライラし始めた少年に隊長は声をかけた
「ヨシノさんでしたか」
「ああ」
「念のために忠告しておきますが、もし我々が再びあのような危機に陥っても、お客人方が何かをする必要はございません。私達エルフは」
「知ってるよ」
少年は全てを言う前に割り込んだ
エルフは死という概念に固執しない、自分たちは本来、森の一部であり、あくまで「役目」を果たすために仮初の姿を持ち歩んでいるに過ぎない、という人生感を持っているからだ
死は終わりではなく「森に還る」というイメージになる。そのために役目を遂行する事を重んじ、役目を果たせない事を死よりも恐れると聞く
少年としてはあまり共感できない考え方だ
とは言っても全てのエルフがその思考を支持しているというわけでもないらしいが
(その辺は人間と変わらないよな)
「それならば、わざわざ危険なことをする必要もなかったのでは……?」
「……そういうことはあっちの方に言ってくれ」
少年は露骨に頬を膨らませて言った
指こそ指していないが少年が言うあっちとはどこか容易に見当がついて
美青年のエルフは少しばかり意外そうな顔をみせた
「てっきり主導権を握っているのはそちらかと思っていましたが」
少年は何かを思い出したのか、更にテンションが大幅に下がった
「……それは完璧に勘違いだな、ぜんっぜん握ってないよ。これっぽっちもな」
「そうでしたか、これは失礼しました」
それにそんなことを長々と説明したとして、ツキナが助けに入るのを止められたのかというと
まったくその展開が想像できない。そういう理屈で動くタイプではないのだ、と少年は思う
「ただ誤解しないでほしいのは、私たちが死ぬことを好まないのはあなた方と同じです。感謝の気持ちは本物ですよ」
「いちいち回りくどい言い方だな」
「ははは、良く言われます」
エルフにしては軽薄な笑い方だった
少年もエルフと交流が深いわけではなかったが、このエルフは変わり者な気がした
「変なエルフだな」
里長から貰った書類に確か警護役の情報もあったなとユウスケは記憶を漁る
「たしか……グッドフェロウだったか」
「ロビンで良いですよ、ただのロビンということで」
「そうか、じゃあロビン、里長に俺のことは聞いてるか」
「一通りは」
その言い方じゃどこまでかサッパリわからないなと思ったが少年は気にせず続けた
「じゃあもし何かあったら、俺よりあっちをメインに守ってくれ」
「わかりました。ですが今相手をしている同胞はとても強い。心配するようなことは起こりませんよ」
「ならいいけどな」
◇◇◇
その後しばらくすると、つい先ほど別れたあの獅子の獣人が戦っている光景が見える位置に出た
ユウスケはかなり遠方に見えるその姿を筒状の遠眼鏡を使い観察する
獅子の獣人は自分たちが相対していたときと比べ物にならないほど負傷していた
抉れたような傷が無数にできており、何十という矢が刺さり、血液を垂れ流しながらも片手で腹部を庇い、戦闘しているようだ
精霊を出した状態で戦っているようだが、相手の姿は見えない
ユウスケには獅子の獣人が血みどろで踊っているように見えてなんとも不気味に感じた
そこを崖上から見下ろすようなポジションのちょっとした高台に自分達はいるようだ
さすがエルフである、自分達で適当に走ってもここまで観察に適した場所には辿りつけなかっただろう、と少年は密かに感心した
「見えますか?あれですね。これ以上近づくと巻き込まれる恐れがありますが、どうしますか?」
「どうするたって」
あれに近づくのは完全にお断りであるとユウスケは思った
そもそも戦闘力が皆無の俺に聞くなよとツキナに視線を移すと
ツキナはユニコーンから降りて崖際に近づき、じっと見ているところだった
「戦ってるのリリシアだね」
「見えるのか!?」
「あれくらいなら」
「んー」と言いながら目を細めて見ているツキナに軽く驚愕する。やはりこいつも半端ない
勿論エルフ達も見えているのだろうし、ここにいる自分だけがとてつもなく場違いな気がして、少し疎外感を覚える
王国で戦闘訓練をやっていたとき、模擬戦を眺めていた時に覚えた疎外感と同じだ
これで同じ英雄の子孫だと言うのだから、世の中不公平である
「そういえばお二人はリリシアさんのご友人でしたね」
「友人ってほどじゃないが」
「友達でしょ!」
「……そう呼べるほどつるんだか?」
「あーまぁユウスケは寝てたしね、ほとんど」
「そういえばそうだったな、じゃあお前は友達ってことで」
「そんなこと聞いたらリリシアが怒ると思うけど」
「……それでこれってどんな状態なんだ?」
精霊による情報伝達できっと自分達より状況を把握しているだろうエルフに訊ねる
ロビンは当然だと言わんばかりに頷いてみせた
「既に獅子の獣人の包囲は終わっていますが、獅子の獣人が注意を引き付けている間に手下が奴隷を連れて逃げたようですね」
その言葉を聞いてホッとした表情をツキナが作る。ロビンはそれを見て続けた
「ですがそちらにも追手がいるので逃げられるかどうかはわかりませんがね」
「エルフから逃げられる可能性なんてあるのか?」
「獣人は逃げるのが上手ですからね、大部分を戦闘の包囲に敷いている以上、戦闘が長引けば可能かもしれません」
もうすぐ森を出てしまいますし、とロビンは続ける
「つまり殿をやってるのか、あの精霊持ちは」
「殿?」
「最後尾で敵を足止めする役目の事だよ。逃げてるときにな」
「さぁ、さすがに相手の心まではわかりませんから。足止めを兼ねている可能性はあるでしょうね」
「しかしよくわからないな、どうしてリーダーが殿をやってるんだ、普通逆じゃないのか」
通常殿というのは一番大事な人、例えば要人や将軍を逃がすためにやる物だと思うのだが
それでリーダーが残るって本末転倒じゃないのかと少年は思った
それとも追手のエルフが強すぎて自分しか相手ができないと思ったのか
まぁ獣人のポリシーとかの可能性などもあるので一概には言えないがなんとなく少年は腑に落ちなかった
「武勇を轟かせる黄色い髪のジャガージャックですからね、単に自信があるのではないですか?」
「あ、あれが!?」
有名な獣人の戦闘狂の名前を聞いて衝撃を受けている少年にロビンは呆れたように声をかけた
「……ご存知ではなかったのですか?」
「知ってたら絶対に相対しなかったよ」
そういえば精霊使役者だとは聞いた覚えがあったなとユウスケは思った
「だって、だってどう見てもライオンだろあれは……黄色い髪でもないし」
「ジャガージャックは半種族なんですよ。ジャガーとライオンの、わりと有名な話だと思いましたが?」
「……そ、そうだったのか」
そういえば半種族だという話も聞いていた、何と何の半種族だとまでは聞いたことはなかったが
案内前に買った情報にそんな大物が大森林に入ったという情報が含まれていなかったために完全に頭になかった
7日間のダウンがここにきてこんな情報抜けに繋がるとは
「迂闊だった」と少年は強い後悔を覚えた。これは幸運だったと呼ぶ他ない
やはり慣れないことはするものじゃないなと、少年の身体が今更になってブルりと震えた
「誰それ?」
「黄色い髪のジャガージャックは今生きている獣人族の中で10本の指に入る英雄だよ
王国との戦で一人で何十万も殺したって言われてる。今は獣人の国を追放されて反逆者みたいなことをしてるらしいけどな」
それでも一部の獣人からは熱烈な支持をされているらしい
ツキナは何か気になることでもあるのか、ずっと戦っている様子を凝視しながら、ふーんと興味なさそうに返した
「なんにせよラッキーだったな」
「ラッキーなの?」
「当たり前だろ!」
そんなのに歯向かって生き延びられたのはとんでもなくラッキーだ
確かにそんな大物であるなら一対一の決闘状態になっているのもわからなくはない、被害を少なくするためなのだろう
これがどれだけヤバイことだったのかまったくピンと来てなさそうな感覚の違いに少年は呆れた
「あ」
ロビンが声をあげた
「どうした?」
「ジャガージャックがこちらに気付きましたね」
ピカリと遠くのジャガージャックが光ると、一瞬にして大炎が崖上に迫った
護衛のために周囲に陣取っていたエルフが協力し合い再び緑色の結界を張るが、それは必要なかった
その極太の炎が当たる直前、間に割って入った者がいた
長い髪をした金髪碧眼のエルフ、リリシアであった
彼女は緑色の壁を正面に展開させてアッサリとその炎を受け止めた
その姿はいつものローブ姿ではなく、革装備を縫い合わせた軽装を着ている
「リリシア!」
「やぁツキナ、久しぶりだね、……ん?そうでもないかな?」
相変わらず表情は変わらない淡々とした口調であったが、心なしか嬉しそうな口ぶりだった
しかし次の瞬間ドスの聞いた声になる
「ロビン、二人は近づけるなって言ったよね?聞こえなかったかな?」
「はは、私も止めたんですけどね、お二人がどうしてもとおっしゃったので」
護衛のエルフ達はその声に完全に委縮していたが、ロビンは少しも怯むことなく笑いながら答えた
そんなことを言われた覚えはまったくないぞと少年は思ったが口には出さなかった
呆れたようにリリシアは続ける
「まったく。まぁ良いけどね、特に彼の方は、彼と私は友人ではないらしいし」
「き、聞こえてたのか」
「エルフの耳は地獄耳ってね」
リリシアは上空に両手を翳すと弓を引くような仕草を作った
するとそこに黄緑色の淡く光る弓のような物が出現する、ギリギリと張り詰めたそれを離すと
淡く光る矢が凄まじい勢いで何十本も放たれた
それは四散したあとクネクネと弧を描きながら飛び、取り囲むようにジャガージャックを襲った
「この前は助けられてしまったからね、借りを返す良い機会だ」
矢の雨が作った煙の中からジャガージャックが飛び出してくると、リリシアも空中を跳んで迎撃に向かう
激しい肉弾戦が始まったようだが、ユウスケにはまたもや見えなくなる
「なるほど、自信家にもなるなあれは……」
さすがに森の中でもジャガージャックと満足に戦えるエルフは少ない筈だ
あれと比べてミリアが落ち込んでいるのだとしたら全く気にしなくて良いんじゃないかと思ったが
いや、そんな奴が幼馴染だからこそ気にするのか、と思ったりもする
いつか手紙でも書こうかなと、どうでも良い事を考えたりしているときだった
空中で戦っていた獅子が、リリシアに蹴り上げられ何かを落とした
それを気にしたのか獅子の動きが止まった一瞬に、リリシアの作り出した矢が何十も直撃した
獅子が操る精霊の庇うような手と矢が交錯し、空中で凄まじい煙をあげながら獅子は力なく落下した
その様子を見ていたが、まったく違うことを考えていたツキナが唐突に反応した
「お客人!!」
それは驚きの声だった、ツキナが絶壁になっている壁面を蹴るように跳び出し、崖下に向かって飛び降りたのだ
「おいっ!ヒイヅキ!」
ユウスケもすかさず飛び降りる。ロビンも護衛兵に視線で指示を出して、続いて飛び降りた
護衛兵のエルフが空中を跳び、ツキナを止めようとするが、彼女はそれらをいなすようにして投げると、着地して更に走り込んだ
いなされつつもエルフが地面で受け身をとり、再び彼女を囲む、今度こそ彼女は止まったようだった
しかし、護衛のエルフは何かに気付いたようにバッとツキナから離れた
エルフとツキナから数秒遅れ、ロビンに空中で捕まれたユウスケもツキナの傍にやってくる
ツキナは50センチ程の金色の丸い金属のような物を抱きしめるようにして持っていた
「お前はいきなり何をやってるんだ……。ビビらせるなよ、なんだそれ、金か?」
「わかんない、ユウスケもわかんないの?」
彼女は不思議そうに首を傾げた
対してロビンがわなわなと口元を震わせ声をだした
「そ、それは……」
「これが何かわかるのか?」
ユウスケが聞いたときだった。少年は自分の周りが暗くなったような気がした
それが獅子の獣人の影の中に入ったからだと気づいたときには、ユウスケの体は殴り飛ばされ壁面に叩きつけられていた
容赦のない一撃で壁面に割れるほどの衝撃を作り出す
さらにその腕を戻すようにしてツキナにも剛腕が振るわれるが、それに高速で割って入ったリリシアが止めた
受け止めたリリシアの足元が過負荷に割れるようにして埋まる
リリシアの後ろにいたツキナの周囲を激風が通り抜けた
その風に髪を煽られながら彼女が最初に気にしたのは、殴り飛ばされた少年の事だった
「ゆ、ユウスケっ!!!!」
少女は《補助》を最大限にかけてユウスケの元に跳んだ
「だ、大丈夫だ。生きてるよ……」
ユウスケは崩れた瓦礫の中から起き上がる。ローブが多少破れているが出血などはしておらず
切り傷などもできていなかった。
ツキナはその姿を見て心底ホッとした、軽く腰が抜けそうになって少女はへたり込む
「ど、どういう身体してるの……」
「単純な物理攻撃ならなんともないって言っただろ……。心臓止まるかと思ったが」
平静を装っているが心臓は果てしないビートを奏でていた。さすがにこの勢いで殴られた経験はなかったため完璧に結果論であった。ユウスケは始めて自分の体質に感謝していた
「良かった、本当に良かったよ」
少し泣きそうになっているツキナの声を聞いて、なんだか申し訳ない気持ちになる
勢いに流されて少年は謝罪した
「悪かった。油断した」
珍しく素直に謝る少年に意表を突かれ、ツキナは目を丸くした
その間も獅子とリリシアは殴り合いを続けていたが、リリシアを抜けないと悟った獅子は声を荒げた
「それをっ!!返せ!!!クソ共がっ!!!」
その怒声を聞いたツキナは立ち上がって、再び黄金の玉のところまで行くと
黄金の玉を抱き上げて言った
「返すわよっ!大事なものなんでしょ!」
「なんだとっ!?」
激怒したツキナの様子に、困惑した獅子の動きがピタっと止まった
もっとも困惑を産んだのは小娘の怒りではなく、内容だったが
リリシアも臨戦態勢のままピタリと止まる
「これずっと大事そうに持ってたよね、守ってるって感じだった。よくわかんないけど、落ちたから受け止めただけだったのに」
その言葉を聞いて「ああ、そういえば最初に獅子が腹を庇ってるように見えたのは、あれを持っていたのか?」とユウスケは思いついた
「ユウスケを殴り飛ばすなんて、とんだ恩知らずねっ!落としとけばよかったよ!!」
「……」
火花が出そうな勢いでツキナは獅子を睨んだ
ジャガージャックの肉体に出来た傷は時間が経つと修復するようで、沈黙の間にもじわりじわりと傷が治っていく。しかし誰も動かない謎の空間が発生する
当然リリシアはジャガージャックが何かを庇いながら戦っていることには気づいていたがむしろそれをチャンスと思い攻撃していた
ジャガージャックもその思惑に気付いて戦っていたし、まさか敵側の人間だと思っていた相手に「大事にしてると思ったから受け止めただけ」なんて言われると全く思っていなかった
格上が持っていた弱点と呼べる部分がなくなり、硬直が発生した中でリリシアはつられて出方をうかがわざるを得なかった、もちろん敵意を見せればすぐさま動けるようにはしているが、突如生まれた緊張状態に肝が冷える、この距離ではツキナを絶対に守り切れるという自信はない
なんで近寄ってきちゃうのさ!とリリシアは言いたかった
少し少年の気持ちが分かった気がする
「貴様は確か、あのエルフ達と自分達は関係がないと言っていたな」
「そうよ!本当にたまたま乗り合わせただけだから!ユウスケだって関係ないし」
「……確かに何も仕掛けられていなかったことを奇妙には感じていた」
「そうよ、アンタは残念だけどあそこにいる子供に一杯食わされたのよ!!」
何故かツキナは勝ち誇ったように言った。状況が状況でなければなんの上から目線なんだよと突っ込みたい、嘘を付いて必死に逃走したと正しく伝えるべきだ
そんなことを考えて我に返ったユウスケは、立ち上がるととりあえずツキナの前に歩み出た
まぁいないよりはここにいた方がマシだろう的な判断だ
しかし獅子の獣人はユウスケなど視界に入っていないように続けた
「お前、半種族嫌いか」
「??……別に?」
「本当か」
「本当だけど」
獅子の殺気溢れる視線を受けてもツキナは一切その金色の瞳を揺らがせない
しょうもないところでビビる癖にこういうときは強いんだなとユウスケは感心する
これもツキナが持つ英雄の資質なのかもな、と少年が思っていると獅子の体が淡く光りはじめた
「良いだろう、では少し預けておく」
「え?」
「それを耳長共に渡したら、殺すぞ。大事に扱わなくても殺す」
「な、なんだとっ!!」
驚いたように声を上げたのはユウスケだった
「いらねーよ!持って行けよ!!!」
「馬鹿が。それができるなら渡していない。机上の魔術師、せいぜい頭を使え。しくじったら、殺しに行くからな」
「えええええっ!!!!なんだよそれっ、ふざけんなっ!なんで俺達がそんなことをっ!」
理不尽過ぎるとユウスケが叫び声をあげるが、獅子の体は炎と一体化して巨大に膨れ上がった
精霊化と呼ばれる現象だ
精霊使役者が自身を使役精霊とを一体化させた状態のことを指す
そしてその巨大な獅子の鬣は確かに黄色だった。ああ、なるほどとユウスケは納得した
そのあまりの劫火に攻撃されているわけでもないのにエルフ達が盾を展開する
盾越しでも凄まじい熱量を感じてツキナ以外が後ずさった
10メートル近くある巨大な炎の獅子となったジャガージャックはツキナが持つ玉に視線を向けると言った
「許せ」
ツキナは咄嗟に呼び止めた
「それで良いの?」
「……。……、……仕方がない」
「そう……」
「任せたぞ」
「わかったわ!」
「わかるな!!やめろ!!おいジャガージャック、お前ふざけんな!!」
面倒なことを押し付けられているとひしひしと直感したユウスケは叫んだが
炎の化身となった獅子は翻ると悠々とした速度で駆け始めた、ゆっくりとした動きに見えるが縮尺違いなだけで実際はかなりの速度だ
リリシアは正面に直径2メートル程の魔術陣を展開させると、その魔術陣から緑色のビームのような光線を放った。それは獅子の体に直撃したがその速度はまるで変わらない
それを合図のように周囲から光の矢が降り注ぐが結果は同じだ
「んー、駄目だね、今来てるのじゃ力不足かな、応援が間に合うと良いけど。せっかく結界役がいるって言っといたのに」
「大変ですね」
「仕方ないよ。私は一応役目だからね、追いかけてくるよ、それじゃあね、二人とも」
疾風のように去っていくリリシアの後に、最初のメンバーが残るが
エルフ達はピクリともツキナに近寄ろうとしない
ユウスケはその様子を見て訊ねざるを得なかった
「……、……おい、ロビン、あれなんなんだ、そんなにヤバイものなのか」
「あれはですね……エルフの天敵です」
この玉が天敵?とユウスケが首を捻ると、ロビンは続けた
「あれは、機族ですよ」
◇◇◇
イグニス王国の東の遥か先、大峡谷と呼ばれる山岳地帯を越えると、リード地方に入り、
そこに機械大国と呼ばれる大国がある。それと双璧を成すほどに繁栄している機族の国がその南方にあった
その名をグレード・フェル・マータと言う
機族というのは遥か昔に機械大国が作り出した機械でできた生命体のことだ
今ではその機族だけの国があるらしいと聞いたことがあった
「これが……機族?」
「間違いないです、森の子である我々にはわかります」
「確か機族とエルフって仲悪いんだっけ?」
「仲が悪いとかそういう次元ではありません。森に入られようものならすぐさま滅します」
エルフの護衛の一人が、信じられないような物を見る眼付で言う
「恐ろしい……、これが機族……命の加護を受けていない物……すぐさま破壊するべきだ」
「ビビり過ぎだろ、ただの金属に見えるんだが……」
「お客人方にはそれが見えるようですが、私達にはそれが見えないんですよ」
「見えない?」
「ぼんやりとした空白に見えます、おそらく何の加護も受けていない存在だから感じられないのです」
私もお客人が持っていなければすぐさま破壊したいところですとロビンが汗を垂らしながら言うので
冗談ではないんだなとユウスケは理解した
「は、破壊なんて駄目よ!」
ツキナは庇うように金色の玉を抱きしめた
「しかしなんで獣人が機族なんて連れて逃げてたんだ」
「……あの馬車に積まれていたのだとすれば、それも半種族なのかもしれません……積荷は半種族しかいないと聞いていたので」
「機族の半種族ってことか」
「はい……」
「でも獣人だって機族と仲悪いよな」
東の地方では未だに獣人と機族が戦争を続けていた筈だ
「それはそうですね」
「それとも機族との半種族でも同胞の血が入っていれば仲間なのか?。エルフ的にはどうだ?」
「機族が仲間など、ありえません。しかもそれが半種族など……、悪夢です!」
エルフの一人が言った。キッとした目つきのロビンに諫められ、慌てて口を噤む
「すみません。エルフは半種族嫌いが多いですから、お気を悪くしないでください」
ロビンがツキナに謝罪する、失言したエルフも同時に頭を下げた
「言っとくけど、私、半種族じゃないからね!」
「あ、そうでしたか。これは失礼いたしました」
「厄介な物を押し付けられたもんだな……」
ユウスケは頭を痛めた。ツキナはともかく自分は面が割れている
これを捨ててずっとあれに追いかけまわされるのも嫌だし、そもそもツキナのこの感じを見るに捨てさせることなんて不可能だろう
どうしてこうなったと頭を痛めたくなる。もっとも自業自得なのだが
「……とりあえず次の馬車を待つか?少し情報を集める必要が出たしな」
あんな大物の情報を得られていなかったなんてありえない
里長から渡された資料にもなかったし、知っていると思って省いたのか知らなかったのは不明だが
現状の情報だけを頼りに動くのは危険だと考えざるを得ない
少年がそう考えていると、ロビンが申し訳なさそうに言った
「残念ながら、その考えは危険かもしれません」
「どういうことだ」
「お二人だけなら可能ですが、それが一緒となると時間があるかどうか」
「?でもお前らはこれが何か見えないんだろ?」
「さすがにこの距離まで近づけばわかります、そして見えない物となると直感でわかるのです、敵だと」
「……その理屈だと森からこれをもって出ることもできなそうなんだが……」
「いえ、精霊もそれが見えていませんから、私達が黙っておけば大丈夫でしょう。ただ、だからこそ本能的に怖いのです」
要領を得ない発現だがようはわからないからこそ怖いみたいな物か、子供がお化けを怖がる理屈と同じなのかもしれないと少年は考えた
「箱に入れて置くとかじゃ駄目か?」
「もし見つかったら、その時点でとんでもない騒ぎになりますよ」
「……それは考えたくないな」
確かにそこまでの危険を冒してまで何日も待つなんて馬鹿げてる
つまり事実上エルフの力が借りられなくなってしまったということだ
最悪である。幸いなのは森の終わりが近いということだけかと少年は溜息を吐いた
「わかったよ、お前らが襲い掛かってこないだけラッキーだと思っとくよ」
「そんなことはさせませんが、すみません……お力になれず」
「そっちが気にすることじゃない。そうだな、強いて言うなら……頼むからエルフの追撃部隊とか送り込んでくるなよ……」
そんなことになれば一巻の終わりである
「それは家名に誓ってさせませんのでご安心を、私一人でしたら手も貸せるのですが、見張っておかないと、告げ口するかもしれませんから」
「なるほどね」
ふと少年がツキナを見ると、例の玉をずっと庇うように抱きしめていた
その視線の先にはエルフ達がいる
もしかすると自分には見えないエルフ達の敵意のような物を感じて警戒しているのかもしれないと思うと、これは本当に不味いなとユウスケも納得する
「とりあえず別れた方が良さそうだな」
「そうですね」
ロビンは兵達を並ばせるとひと睨みした、これから私が目を離す間に「変な真似はするなよ」という牽制だった
その視線に当てられ、エルフ達は整列に力を籠めた
そしてツキナの前に歩み出ると片膝をついてその片手をとった
「え?」
「かの英雄を相手にしてなお微塵も揺らがないその揺ぎ無い意思にこのロビン・グッドフェロウ痛く感動致しました。命を助けられたことはもとより、本当に美しい物を拝見させて頂き、改めて深く感謝いたします」
「あ、ありがとう」
真面目な顔で絶賛された少女は少し頬を赤くした
「貴方にいと尊き精霊の恩寵あらんことを」
そして手の甲にキスをした
エルフとしては最大限の尊敬を示した動きに過ぎなかったがユウスケは何か衝撃のような物を感じた
ツキナはあっけらかんと答えた
「ありがとう!」
たださすがに照れがあったのか心なしかその頬は赤かった
ロビンは立ち上がると今度はユウスケにも同じように感謝を述べたが
聞いているのか聞いていないのか全然わからない顔をしていた
「では我々はとりあえずその辺をうろうろしております、あちらに向かえば森は出られます、見張りの兵などが入ればそれには適当に話しておきますよ。勿論、それのことは伏せてね」
ロビンは方向を指さす。それを見てやっと気づいたかのように少年は動き出した
「お、おう」
「……機会があればまたお会いしましょう、お客人方」
「この玉がなくなったときとかな」
「はは、そうですね」
軽薄な隊長の笑い声を残して、エルフ達は崖上に登って行った
緊張の糸が途切れたのか、ツキナは座り込んだ
ユウスケもつられて座り込む
「疲れたな……」
「そ、そうだね」
「……困ったことになったな」
「ご、ごめんなさい……」
「お前絶対悪いと思ってないだろ……自信満々にわかったつってたじゃないか」
「……話を聞いてたらこれは受けないと~と思って」
「は?あの会話のどこで?」
傍から聞いているユウスケには何のことかサッパリ伝わってこなかった
ツキナは自身の腕の中にある金色の硬質の玉を地面に置いて撫でた
「この……子?なのかな、この子はあの人の子供なんじゃないかな」
「何?」
「最後に別れるときに強い愛情を感じたんだよね。最初から守ってたときも、必死って感じだった、なんであんなに必死なんだろうって凄い不思議だったんだけど、でもさっきの話を聞いてたらそうなのかもって思って」
「機族と獣人の半種族?しかもジャガージャックの子供だと?」
ありえないだろ、そんなどこぞの悲劇みたいな話が現実にあってたまるかと少年は思った
「まぁ大事な存在だから精霊化できなかったというのはわからなくもないが」
「そうなの?」
「精霊化すると付近の物に無差別に影響を与えるからな、ジャガージャックはどう見ても火系統の属性の精霊だろ、金属なんか持って動けばどうなるか、少し考えればわかるだろ?」
「凄い熱かったね」
「……そうだな」
熱いかどうかなんて聞いてないんだが多分わかったってことだよな?と少年は無理やり自分を納得させる
つまりそれをすれば逃げられたのに、使わない程度の理由になるほどには大事な存在ということだ
命と天秤にかけられる程度に
考えるとますます頭が痛くなった
「とんでもない代物を抱え込んでしまったな……しかもエルフもこれが嫌いらしいし」
ひょっとしてジャガージャックの手下が持って逃げなかったのは手下も機族を嫌がったとかかと想像する
それで仕方なく自分が連れていくことにした
(うわ、ありそー)
「勘弁してくれ……」
「……、ごめんなさい」
ツキナは再び申し訳なさそうに言った
元々ここに来ることに同意したのは俺だしなと思うと全く攻める気にならない
「いや、仕方ないさ。そう言ってないと殺されてそうな勢いもあったしな」
「ユウスケはあれでピンピンしてるなら、多分一番生き残る可能性があった気がするけど」
「は……?おま」
お前が死んでたら意味ないだろ、と続けようとして、寸前でやめる
(危ない、俺は何を言おうとしてるんだっ!!!)
「??どうしたの?」
ツキナの大きな瞳がパチクリと不思議そうに瞬く
そんな発言をしたらまるで自分の中の優先順位が「ヒイヅキ>>>>>>>自分」となっていると宣言するような物ではないか
別にそう伝えたとしても言い逃れる術は無数にあったのだが、少年はどう言うわけかそれを言うのを躊躇った
「そう、あれだ、案内人が依頼人を殺してたらもう店じまいするしかないだろ?」
「なるほど……?」
ツキナの瞳が意味深に煌めく
は、そうだ、コイツ嘘が通じないんだった。と少年は思い直したが少し遅かった
「なんかユウスケ嘘ついてない?」
「嘘じゃないよ」
「凄い怪しい感じがする」
「それはあれだ、先の事を考えてるんだよ」
「ふーん?じゃあなんでそんなに焦ってるの?」
そういえばコイツ感情も伝わるとか言ってたなとユウスケは気付く
憎しみだ、何か憎い物を思い出すんだとユウスケはこの世に対する理不尽な怒りをできるだけ想像した
「今後の事を思い浮かべると急いだ方が良いと思ってな」
「そ、それはそうかもね」
その怒りは読み通りツキナに伝わり、その怒りの原因が自分にある気がすると勘違いした少女は深く追求するのをやめた
少年はその様子を見てどうやら上手く行ったようだなと安堵する
しかし安堵しすぎるのも不味いとすぐさま考え、話題を変えた
「とりあえず先を急ごう」
「そ、そうだね」
ユウスケは立ち上がると自分のローブをチェックする
殴られた衝撃でほとんどの装備と持ち物が破壊されていることに気付き、少年は絶望した
「これは不味いことになったな……」
この言葉これで何回目だと思いながら少年は呟いた
「後悔先に立たずとはよく言ったものだ」
こう言ってはなんだがここまで見事に自業自得に陥ると、逆になんだか清々しい気持ちになってくる
それを人は諦めや開き直りと言うのであるが、少年はそれを認めなかった
「……」
ユウスケって私が依頼人ってことたまに忘れてないかなと珍しく突っ込みたい衝動に少女はかられたが
自身も原因を作っている一端であるため突っ込むのはやめた




