突然のスカウト
文化とかあまり詳しくないので適当です。
時は平安。一般庶民(自称)の久我直哉は絶賛現実逃避中だった。
「えーっと…?」
確か今まで、至って普通に会席の給仕をしていたはずだ。いや、珍しく殺意剥き出しの妖が現れたので、とりあえず持っていた盆で調伏しはしたが。
ただそれだけで特に何をしたわけでもないのに、居合わせたお偉方が何故か自分の方を見て呆然としていた。
―知らない内に有名になっちゃった?
―実は世界進出できるほどの美貌を有していた?
―自分にだけ見えない何かがいる?
―どれだけ間抜けな表情を作れるか競争でも始めた?
んなわけないない。
だとすれば、自分は一体何をしてしまったのだろうか。
「申し訳ございません。気付かぬ内に粗相をしてしまいましたようで。それでは代わりに別の者を呼んで参りますので…」
何事もなかったかのように平静をよそって、自分を凝視する人々を無表情で一瞥する。
「失礼致します」
こんな場面では、お咎めを食らう前にそそくさと逃げるのが定石だろう。直哉は申し訳なさそうに深々と頭を下げ、そのまま退出…
「君!待ちたまえ!」
…できなかった。
心の中で辞世の句を述べ続ける直哉だが、面の皮は厚いらしく、やはり何事もなかったかのように振り返る。
「何でしょう」
「今のは、一体…」
「『今の』ですか?」
何だろう。テーブルクロス引きは今回は控えていた。曲芸以外で目を引くことなど今まで数えるほどしかなかったと言うのに。
今回はしくじらないようにと細心の注意を払った。それなのに何故、このような事態に陥っているのだ。
―今日は空が綺麗だ!……うん、ここ屋内だから見えないんだっけ。まあ良いや。鳥になってここから逃げ出したーい…
見事なまでの現実逃避だった。
「…い、おい!聞いているのかね!」
「ええ、聞いておりますとも」
「先程の調伏はどうやったのかと聞いているのだ!」
「…そのことですか」
余裕のある笑みを浮かべながら、はてさてと考え込む。
真実を言えば恐らく陰陽師として働かされるだろう。妖が跋扈しているこの都では人材が不足していると聞いた。ならば即戦力になりそうな者を引き抜くのは当然のことだ。
しかし、直哉は陰陽師などなりたくなかった。
危険度が高く低賃金な職業。
それが直哉が描く陰陽師像だからだ。
少なくともこの都ではそのようなことはないのだが。
「以前、見知らぬ陰陽師の方から札を貰ったのです。一度だけ妖から身を守ってくれるのだと聞いて、常に護身用として持ち歩いておりました。先程の調伏はその賜物ですよ」
これで引き下がってくれるだろうと高をくくっていた直哉だが、
「それにしても先程のあの落ち着きようはなかなか…」
「対処も本業と比べても随分と迅速でしたね」
「妖が見える上に身のこなしも良い。きっと退魔の剣のような武器を持たせれば…」
勝手に話を進められておいてけぼりを食らっていた。
当事者を差し置いて盛り上がるとは、これは一体何の嫌がらせなのだろうか。
暫くして総意が得られたらしく、身分の高そうな恰幅の良い男が朗らかな笑みを浮かべながら直哉に告げた。
「君、明日から陰陽師になりなさい」
沈黙、そして開口。
「は?」