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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第2巻 漆黒を歩む者

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黄金VS漆黒Ⅴ

 少女の一歩がドラゴンの一歩にすら感じる。見えぬ空気を震わし、足元から腹の底までを駆けあがる怖気ということすら烏滸がましい恐怖。

 一体、ここ数日――――いや、この数分間で何度、恐怖というものに飲み込まれればいいのだろう、と自問自答する気すら起きない。何度も想像を上回る格上の出現に、感覚がマヒし始めていた。


「あなたたちも、父を殺そうとしていたのね?」


 一歩一歩、ごく普通の速度で歩み寄る「それ」は問いかけた。

 一つ一つの言葉が衝撃波のように体に叩きつけられる。

 何の問いかけもなく男が吹き飛ばされたのは、フェリクスに反撃したところを見られていたからだろう。その点においてはユーキたちは幸運だった。まだ、反論や弁解の余地があったからだ。

 尤も、それをするだけの余裕があったのならば、だが。


「……では、あなたたちもお死になさいっ!」


 軽く、空気が揺らめくのを感じると同時に、視界に少女が飛び込んできた。既にその右拳は大きく振りかぶられている。


(――――やば、避けれ……)


 思考が追い付くより先に、視界を紅の閃光が迸る。ユーキは大きくのけ反った。そこに拳より早く、()()()がそそり立つ。


「ユーキ! 避けろ!」


 さらにフェイから声を掛けられ、這いつくばる勢いで後ろへと下がる。その上をいくつもの魔法が駆け抜けていく。


「ちょっとばかり、調子に乗りすぎだよ!」


 マリーとアイリスによる炎と風の魔法で、さらに火柱は大きくなっていく。普通ならすぐにでも抜け出してきそうなものだが、少女が炎を抜け出す様子は見えない。その中でユーキは暴れる炎の下の床が大きく変形していることに気づいた。


「土の魔法で――――足を拘束しているのか!?」

「クリフさんとの模擬戦での反省を活かして生み出した、私たち三人のトラップです」


 魔法の強度を魔力を注ぎ続けることで維持しているのだろう。サクラの表情は険しい。


「サクラの土魔法とマリーの火魔法を床に予めセット。そうすれば前衛の背から撃つ必要もない」

「目に見えるものだけが、全てじゃないんだよっ!」


 マリーとアイリスの言葉にユーキとフェイはハッとした。


 ――――目に見える攻撃と見えない攻撃。これをうまく使いこなすことは戦闘における必須テクニックだ。


 脳裏にクリフの言っていたことが過ぎる。敵が目の前にいて武器を持っている以上、足元は絶好の死角。マリーたちは先ほどのフェリクスと同様に遠距離から封殺をするつもりだった。


「――――っ!?」

「馬鹿な。どうやって……」


 ユーキが反応できたのは奇跡だっただろう。ほんの一瞬、目の端にとらえた閃光を思わず刀で弾き返していた。それでも、()()()()()が微かに掠めて浅く傷を作る。


「身体強化――――『制限解除!』」


 ユーキの横で緑色の光が仄かに輝く。フェイの得意とする速さでも後れを取るが、完全に拳を振りぬいて死に体となっている場合なら話は別だ。振り抜いた剣は少女の腹に叩きつけられ、数メートル後退させる。


「鋼のような硬さ……。まるで伯爵みたいだっ!?」

「間一髪ってところね」


 マリーが冷や汗を垂らしながら杖を前に向ける。片手で腹を抑えながら少女はもう一方の手を掲げた。その手から金色の光が収束するのが()()に見えた。その光は加速度的に大きくなり、半径二十センチを超える球形へと姿を変える。


「あれ……危険」

「いや、そんなこと言われなくてもわかってる!」


 異様な光景に攻撃を躊躇するユーキたちだったが、その間にも光球は大きくなっていく。髪の毛が逆立ち、この球が危険だということを本能が知らせてくる。


「――――消えろっ!」


 ユーキの目に一瞬、自分たちが骨すら残らず消し炭になる未来(ヴィジョン)が浮かんだ。


「みんな、逃げ――――」


 ユーキが言い切るよりも先に、地滑りでも起こしたかのような音と共に、地下全体を揺らすような軋みが一瞬駆け抜けた。その瞬間、光球ごと空間が漆黒に塗りつぶされる。先程まで激高していた少女は、地を這う虫のように両手両足を地に着けていた。立ち上がろうとするが、その体を縫い付けるように背が沈み、床には亀裂が走る。


「まさか、重力の結界?」


 マリーが、ぼそりと呟く。


「すごい、のか?」

「私たちの魔法は基本的に四属性の初級、中級。あれはそういう学校のカリキュラムから飛びぬけているクラス。それこそ、宮廷魔術師級の人が生涯をかけて編み出す魔法の部類」

「でも、それを誰が……まさか!?」


 皆の視線が一斉に部屋の一角に向けられる。そこには、壁に吹き飛ばされたローブの男が手をかざしている姿だった。しかし、男も限界なのか肩が上下しており、息が上がっていることが見て取れる。片膝立ちで自らも同じ重力魔法を使われているかのようだ。

 そんな彼を少女が睨む。憎悪に歪んだその表情で、途切れながらも呪詛を吐く。


「き、さまぁ、ぜった、いに、許さな――――」


 その言葉に男は無言で見つめ返す。その目に射抜かれた少女は身体を強張らせると同時に、高まった重力に屈し、床に押し付けられて意識を失った。

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