矛盾Ⅴ
伯爵たちが消えてからしばらくして、フェイが口を開いた。
「伯爵にかかれば、あの男も逃げ切れないだろう。まずは屋敷に戻って安全を確保――――って、マリー、何をしてるんだい?」
「いや、さっきの男が転んでたのって、ここの扉を無理やり開けようとしたからだよなぁ」
マリーはまじまじと石造りの倉庫の扉を顔の角度を何度抱えながら眺め始めた。
扉には獅子がリングを加えているドアノブがあり、その下には十字型の珍しいタイプのカギ穴が開いている。
「あの男が狙っていたってことは、ここを開けた先に何かあるかも……」
「マリー、危険」
鍵穴をのぞき込もうとするマリーをアイリスが背中を引っ張って静止する。サクラもその考えには同様らしく、マリーの腕をとって無理やり扉から遠ざけた。
「お父様も言っていたでしょ。私たちがしなければいけないことは、少しでも早くこの場を離れて屋敷に戻ること!」
「わかってるさ。ただね、あの男にやられっ放しなのが気に食わないんだよ」
マリーは杖を引き抜くと鍵穴に向かって突き付けた。
「もし、あいつの目的がこの先にあるのなら、私たちがそれより早く確保しちまえばいいだろ?」
「マリー、君ってやつは……」
怒りを通り越して呆れたのか、フェイが頭を押さえてため息をつく。
「まぁ、任せときなって。家を夜な夜な抜け出すために磨いたスキル。ここで見せてやるぜ。あの黒ずくめの男を出し抜いてやる」
伯爵家の令嬢であるならば、当然そうあるべき厳しい教育と管理をされているわけであり、超複雑な施錠魔法で部屋に閉じ込められることもあったのだろう。幼い頃から自由だった姉の背を見て育った甲斐もあり、立派に部屋を抜け出すためのスキルを習得したのである。
――――それが本人のためになったかどうかは定かではないが。
「それじゃ、いっちょやりますか」
ミシッと小さく音が鳴ると白い光が鍵穴へと吸い込まれていく。それは魔眼を開いていないユーキでも見ることができた。
「上下対称と左右対称の二つの独立術式か。うちのより二つ、三つグレードが下だな」
ニヤッと笑うマリーだが、ユーキの中に疑問が浮かぶ。果たしてそんなに簡単なものなのだろうか。いくら伯爵家の令嬢とはいえ、学生如きができるレベルの魔法を一人で伯爵家に侵入できる者が失敗することがあるというのは、いささか疑問が残る。
ユーキは嫌な予感がして魔眼を開くことにした。ドアノブが鈍く赤銅色に輝き、鍵穴の中に白い光が吸い込まれていく。開眼してもしなくても、その光景はほとんど変わらない。だが、さらに凝視していると鍵穴に吸い込まれていく光が、赤銅色を透過して少しづつ見える範囲が広がってくる。鍵穴の中の四つの溝を芋虫が這うように数ミリ進み、少し後退して別のルートを辿る。
「ここか? いや、こっちだな。で、反対側はこうして……」
上下左右の溝を同時に四つの白い光の糸が侵入していく。気が付けば早くも二、三センチ進み、入り口近くの溝には糸ではなく、実際に使う鍵のように厚みが出始めていた。
(どうやらうまくいきそうか。杞憂に過ぎなかったか)
ほっと息をつくユーキの目に嫌な光が飛び込んできた。下側の溝を進む光の糸の数ミリ先に燃えるような赤色が米粒ほどの大きさで明滅を繰り返していた。白い光が近づくと大きく、遠のくと小さくなる。
――――明滅する赤。吹き飛んだ男。
二つの事実がユーキの中で一瞬にして、一つの仮説に辿り着く。
「マリー! 下の溝に罠だ!」
「はぁ、そんなことあるは、ず、が……」
白い光の糸を辿る様に青い光が何度か杖から放たれる。糸の先から粉末状に噴射されると黄色の光が逆流するように戻ってきた。
「あっぶな!? たかが倉庫の扉に爆発の魔法なんか組み込むかよ、普通!?」
「ちょっと……過剰かな?」
「いえ、それはちょっとどころの騒ぎじゃないと思う」
フェイが眉間に皴を寄せながら一歩下がる。
「マリー、そこは危険です。下がりましょう」
「いや、その必要はないぜ」
何かが弾けるような音と金属が嵌るような音がかすかに響く。マリーはそのままノック用の獅子の加えるリングでノックして、ドアノブを引っ張る。すると錆びた蝶番が軋む音を立てて扉が開いた。
「開いた……」
「どんなもんよ、と言いたいところだけど――――」
振り返ったマリーは下から覗き込むようにユーキの鼻先まで顔を近づけた。
微かにバラの香りが鼻腔をくすぐるが、マリーの鋭い――――いつもふざけている彼女とは別の――――眼光が突き刺さり、それを頭の片隅に追いやってしまう。
「――――どうして、解錠中の私より先に罠に気付けるのかなぁ?」
「まぁ、それは……」
「それは?」
「秘密、ということで」
「秘密ねぇ」
「うん」
マリーは今までに見たこともない、それこそ一瞬見惚れてしまうくらいの笑顔をユーキに見せた。
その後ろでフェイが小さく「あっ」と声を上げたとき、ユーキの背中を悪寒が駆け上がった。しかし、気づいた時には既に遅かった。マリーの握られた拳がユーキの両方のこめかみをガッチリ捉えていた。
「それで、納得できるかぁ!?」
「いだだだだだだだだだだだっ!? いだっ!? い゛だい! いだい! いたい! いたいいいいぃぃぃ!」
グリグリと押し付けられるたびに走る激痛にユーキは大声を上げる。
耳からではなく頭から直接、軋む音が聞こえてくる。
「マリー、今はそれどころじゃない」
「――――っと。そうだな。ユーキにはあとで喋ってもらうとして、ここは先に進め、だ!」
「ちょ、ちょっとマリー! 危ないよ!」
サクラの制止を聞かずに、マリーは杖の先に炎を灯して扉の中へと足を踏み入れた。
その後ろでユーキはこめかみを押さえて、フェイに呼びかける。
「なぁ、このまま進んで大丈夫だと思うか?」
「わからないけど、ああなったマリーは止まらないからね。……相当、イライラしてたみたいだけど」
お互いに顔を見合わせた後、同時にため息が路地裏に響いた。
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