矛盾Ⅳ
「しかし、これが男爵の家か。荒れてるとはいえ、結構豪華な家だな」
マリーが呟いた。
その目線の先には、家の玄関を無理やりこじ開けようとしている騎士隊長の姿がある。
「そうなのか?」
「私もこちらの貴族社会事情はよくわからないんだけど……フェイさんとか、わかります?」
「確かに言われてみれば、男爵は貴族階級でも一番下と言っていい。まだ世襲男爵と商売で成功した一代男爵の兄弟の二人だし、多少はお金に余裕はあるかもしれないけど……。それにしても魔法防御式を組んだ土地とは少しお金がかかりすぎて疑問には思うな」
父から土地と爵位を受け継いだ兄。兄の商売を手伝い、さらに自分の店舗で大成功を収めて爵位を一代限りで受けた弟。土地の収入と他国間の貿易での商売の利益は相当なもので、特に弟はアラバスター商会には劣るものの、奇抜な商品でかなりの売り上げを出していたらしい。その爵位も金で買ったとされる噂を流されている上、実際にそれが事実であることもマリーから明かされた。
「まぁ、王様からすればお金稼いで国を豊かにしてくれた上に、多額の寄付されたら応えないわけにはいかないんだよなぁ」
「どれくらいのお金?」
「アイリスが見たら息が止まるくらいにはあるよ」
マリーが頭を掻きながら答えると、アイリスは目をキラキラさせて口を開いている。
今にもほへーっと口から何かが抜けていきそうな顔をフェイとサクラが笑う。
「こういう会話するのも久しぶりだな」
最近、気を張り詰めてばかりいたので仲間と話す会話が新鮮に感じた。そう思って、ユーキも笑うと伯爵がにやにやした顔で傍に立っていた。
「何だ。女子の顔見て笑ってるなんて、エロいことでも考えてたのか、ん?」
「ば、な、なにを言い出すんですか」
「おー、おー、若ぇ若ぇ。俺にもそんなことがあったな。ただな――――」
からかってきた伯爵は顔をユーキに近づけると少しばかり顔を歪ませる。額のあたりに青筋が浮かんでいるように見えなくもない。
「――――俺の娘に手を出したら、わかってるよな?」
「は、はい。大丈夫です」
「そうか。わかった。それならいいんだ」
一転して笑顔でそのまま壊した門の前を通り過ぎていく伯爵を騎士たちが追いかけていく。剣を持っていた時や威圧された時よりも恐ろしい何かを感じて、ユーキは足が震えていることに気付くまで十秒を要した。そんなユーキの肩をマリーが叩く。
「悪い。うちの親……父さんって、いつもああなんだよ」
「マリー。照れ隠しは良くない」
「な、そんなのじゃねえから。ユーキとフェイもこっち見てるな。さっさと進め!」
アイリスの思わぬ攻撃、もとい口撃に慌てるマリーであるが、見せた動揺は一瞬だけだった。
マリーがユーキとフェイのそれぞれの背中を両手で押し始めるので、苦笑いしながら進む。伯爵が十歩ほど前にいて、男爵の家を回る様に左折すると屋敷の側面も見え始めた。
そのまま一周するかのようにも思えたが、屋敷の裏は水路を挟んで石造りの倉庫になっているらしく、遠回りで反対側の路地へと出るようだった。
「そういえば、あの男と遭遇したのもこんな路地だったよな」
「やめてくれ。僕はもう思い出したくない」
軽口を叩きながらちょうど裏手となる路地へと入り曲がったところで、かすかに静電気が走ったような乾いた破裂音が響いた。それと同時に足元に白煙のように埃が流れてくる。
伯爵の背中越しに見ると倉庫の入り口の対面の壁に、黒い塊が蹲っていた。もぞもぞと動くので生きてはいるようだ。
「あの、大丈夫――――」
サクラが心配して近づこうとする目前に伯爵の剣が突き出された。
「父さん、何やってるんだよ」
「フェイ。マリーたちを守れ」
「――――はっ!」
ユーキとフェイも、その塊が立ち上がるまでは気づかなかった。しかし、身を刺すような感覚が覚えていた。
「お前は昨日の……!」
立ち上がると全身ローブの男は、何事もなかったかのように周りを見渡した。その視線はユーキたちより伯爵へと注がれている。
一度、両手を肩まで上げようとしたが、途中でいきなり腕を前側にだらんと投げ出した。見えない口から大きく息を吐く音が聞こえると同時に、伯爵は一歩短く踏み込み――――
――――目の前の男が逃走を開始するのは同時だった。
身を翻し、伯爵との距離を十メートル以上離した。周りの騎士も伯爵の号令こそないが、ユーキたちを押しのけて狭い路地を前へ出ようとする。
いくら軽装とはいえ、金属を纏っている者とそうでない者とでは、速度に明らかな違いが出る。それによって生まれた差を確認するようにローブの男は振り返った。
「――――っ!?」
直後、その視界に映ったのは剣を振り上げ、背後に迫った伯爵だった。上段から振り下ろされる剣が頭を捉える。しかし、男もさるもの。狭い路地でありながら身を捻り間一髪で直撃を避けた。それでも剣は勢いを止めず、そのまま石畳に叩きつけられると、周囲に余波と共に石礫を巻き散らす。
いくつかの石が体へと当たるが、男は気にせず壁を二度三度と壁を蹴って屋上へと跳び上がった。
「地上と屋上の二手に分かれて追跡する。絶対に逃すな!」
伯爵の声に呼応して騎士たちが声を上げる。伯爵自身は、その巨体に似合わないほどの軽やかさで、壁すら使わずにジャンプで屋上へと飛び上がる。
他の騎士たちも次々に身体強化を施して、五秒と立たずに消え失せてしまった。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




