注文Ⅷ
早朝、ユーキはフェイに叩き起こされて、日課の訓練につき合わされることになった。素振りだけでなく、以前のように寸止めの試合形式で練習を始めるという問答無用の鬼稽古だ。
寸止め以外はルール無用で、身体強化の魔法をかけていなければ骨が折れそうな勢いで斬りかかってくる。
後半になれば組打ち、投げ技もありで勇輝が一方的にやられる虐殺状態。尤も、本気を出していればフェイはそれ以上のこともできたわけだが、ギリギリ避けれない程度には力を押さえていたようで、魔眼を使ってカウンターを狙っては見たものの、成功したのは五回に一度あればいい方だった。
「あいたたた」
「まったく、その程度で根を上げているようじゃ、敵が本気になってきた時に勝てないぞ」
「その時は尻尾を巻いて逃げるよ」
「そんな選択肢があればいいけどな」
お互いに軽口を叩きながらも笑顔で朝食を食べていると、アイリスが不思議そうに聞いてくる。
「二人とも、昨日何かあった? スゴイ仲良くなってる」
「誰がこいつと……!」
二人同時に声を上げるが、まったく同じ言葉だったので互いに顔を見合せる。
それを見たマリーがジト目で口の端を吊り上げた。対照的にサクラは微笑ましそうに笑う。
「おやぁ? いつの間に仲良くなったのかなぁ。夜の間に二人仲良く、ナニがあったのかなぁ?」
「マリー、その言い方は何というか。誤解を招く。やめてくれ。そういう一部の嗜好というか趣味というものがあるのは否定しないが、僕は違う」
フェイがげんなりした顔で答える。中性的な顔立ちで、他の騎士たちのような筋肉粒々な面々からすればいわゆる、そちら側に見られることもあったのかもしれない。
「まぁ、仲がいいのは悪いことじゃないし……」
「貴族のご婦人方には、需要、あるよ」
苦笑するサクラとサムズアップで答えるアイリス。
意外と周りが寛容なのか、フェイに味方がいないのかと考えれば当然前者であるのだが、見ていて気の毒になるユーキであった。
その背後から声がかかる。
「ユーキ様。お客様がいらっしゃっております」
振り返ると茶髪のメイドが立っていた。年齢も若く、ユーキたちと同じくらいの年の少女だ。
改めて見るとこの屋敷にも多くのメイドがいるが、ここまで近くでまじまじと見たのは初めてであった。地球の日本生まれということもあり、本当のメイドさんに触れる機会なんてほとんどない。
もちろん秋葉原に行けば、そういう専門の店も多数あることは知っているが、あくまで本物はヨーロッパなどの貴族の家にいるイメージだった。
一番の驚きはメイド服である。もっとフリルがヒラヒラして扇情的なものをイメージしていたが、実際はそれほどでもない。
黒いワンピースの上からV字に前が開いた白いエプロンを着ている。見る人が見ればヴィクトリア朝時代の服に酷似していることにも気づくだろうが、悲しいことにユーキにはそのような知識は皆無であった。
「はぁ、どなたですか?」
「ロジャー様と名乗られていました。『私の作った魔法道具がどうの……』と、ひどく興奮されていたので、別室でお飲み物を用意してお待ちいただいております」
頭の中でロジャーという名前に検索をかける。どこかで聞いたような気もするがなかなか思い出せない。 すると横からサクラが声を上げる。少しばかり顔を上気させていたのは気のせいではないだろう。
「あの、もしかしてロジャー・ハイド・ウォラストンさんですか」
「うえぇ、あの風変わりな発明する錬金術師の?」
対照的にマリーは嫌悪感を含んだ声を口から漏らす。その一方で、アイリスは我関せずとご飯に夢中だった。
「素晴らしい発明を世に送りだしている方です。私の国にもいくつかその品があるんですよ」
「まぁ、いい物は作るんだけどなぁ。その他がなぁ」
「――――傍迷惑」
食事中のアイリスですら呟いて批判するほどの人物。ユーキも口の端が痙攣してしまう。
「あぁ、思い出したよ。俺のコートを作った人か。依頼されたことはしっかりやったつもりだったけど、やっぱり駄目だったかな」
サクラたちに別れを告げて、メイドの後へと続く。
玄関にいくまでの距離は中途半端に長い。ところどころにある陶磁器や絵画などを見ながら向かうが、沈黙というのは、ある意味ユーキの苦手なものだった。
メイドに何かを話しかけようと考えるが、名前も知らない人の職務中に声を掛けるのは気が引ける。サクラやマリーのように打ち解けてしまえば大丈夫だが、自分から女性に声を掛けるのはハードルが高い。
「こちらでロジャー様がお待ちになっております」
「あ、ありがとうございます」
「いえ、仕事ですので。それでは、後ほど飲み物をお持ちいたしましょうか」
「では、お水をお願いします」
「承知いたしました」
馴染みがない人物と話すと思わず敬語が出てしまう。そんな下らないことに、悩むユーキに対して目の前の少女は淡々と話を進める。
ずいぶんと大人しそうな顔をして優しそうな雰囲気があるのだが、会話では必要最低限の言葉で済ませ、どこか冷たそうな感じが漂っていた。メイドとしては優秀なのだろうが、ユーキには何かが引っかかる。
思わず魔眼を開いてしまうと――――
(――――うわっ!?)
黒い靄が彼女から昇っていた。今までは光っているオーラのように見えていたが、今回ばかりは明らかに様子がおかしかった。
「あ、あのさ」
「はい、なんでしょうか」
「なんか、その体調とか大丈夫ですか? どこか痛いとか熱があるとか、ありません?」
「いえ、特にそのようなことは……。私、何か失礼なことでも……?」
「あー、そうじゃなくて……ほら、ちょっと顔色が気になったから」
「――――」
訝しむというよりは本当に不思議そうな顔で、片手を頬にあてて数秒考えこむとクスっと笑った。
「ご心配をおかけしました。私は大丈夫ですので、どうぞお部屋にお入りください」
メイドがノックをすると中から返事が返ってきた。
ゆっくりとドアを開くと金の短髪で、髭のない堀の深い顔をした男が座っていた。刻まれた皴からは相応の歳を感じさせるが、目の奥には子供のような奇麗な瞳と厳格そうな鋭い雰囲気の両方が隠れているようにも見えた。顔立ちがよく、若い頃はきっとモテていたに違いない。
メイドが退室した後で、男は座ったまま言い放った。
「錬金術師、ロジャー・ハイド・ウォラストンだ。先日の依頼書を受け取ったぞ、若造」
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