注文Ⅵ
ぽたぽたと雨粒が降り始めたかと思うと、瞬く間に土砂降りになった。
ユーキやその周囲を汚していたものが洗い流されていく。
「……嘘だろ。おい、目を開けろよ!」
「落ち着くんだ。フェイ」
アンディはフェイの肩を掴むが、フェイはそれを振りほどいてユーキの肩を揺さぶった。
顔から血の気が引いて唇も青くなっている。
「そちらに敵は?」
「いえ、こちらには来ていません」
「上も、同様です!」
アンディが周りへと指示を出すが、探していた人物は見当たらない。
「少し、遅かったですか」
落胆を隠さずにため息をつく。
フェイはその言葉に苛立ちを感じた。
「小隊長っ!」
「落ち着けよ。坊主」
アンディへと詰め寄ろうとしたフェイは、最後尾にいた騎士に肩を掴まれた。
こんな事態にも拘わらず、この男も穏やかそうに話しかけてくるのが癇に障る。
「友達が殺されて、何が落ちつけだ。頭の中が腐ってんのか、おっさん!」
「フェイ!」
「いいんだよ。アンディ。俺に任せといてくれ」
肩書は同じでも年配者に対する配慮の足らない言葉遣いにアンディも声を大きくするが、その騎士本人が手を制してフェイの間に割り込む。
その間も、フェイは二人の騎士を睨んでいた。
「少しばかり気が動転して、大切なものを見落としているんじゃないか。坊主」
「何をだよ」
「あの少年。一体、何で殺されたんだろうな」
「そんなの決まって――――」
そう言いかけてフェイは固まった。確か、今まで聞いた情報では相手は無手による格闘を得意とする。ただし、その一撃は肩を貫通して石をも穿つとのことだ。
改めて、ユーキの体を見るが、どこにも風穴は開いていない。刀を奪われて斬られたのかといえば、そうでもない。
傷跡が見当たらないのだ。
新たな事実に気付き、もう一度ユーキに近づく。耳を口元に寄せるとかすかに息の漏れる音と感触が触れる。
「ま、そもそも血なんてものが噴き出てたら、臭いが凄いからな。ここは実際に戦ったものにしかわからない感覚だ。――――よかったな。坊主」
ぽんぽん、と二度頭を叩かれて、ようやくフェイは自分の頬に雨ではないものが伝うことに気付いた。
「よかった。死んでなくて……」
ユーキの背中へと手を回して、フェイは安堵のため息をつくのだった。
その光景を見て、アンディは指示を出す。
「総員、撤退準備。周囲の戦闘痕や残留物がないか見回ってください。大丈夫なようなら引き上げましょう」
「了解」
「少年が目を覚ました?」
執務室にローレンス伯爵の声が響く。驚きのあまり、近くにあった書物の山が音を立てて床に崩れ落ちるが、伯爵は気にせずアンディに先を促す。
「はい。伯爵なら直接、彼から話を聞きたいかと思い、連絡に来ました」
「そりゃ、ご苦労。今すぐに行こう」
席を立つとアンディの先導に従ってユーキの部屋へと向かう。
途中で何人かの騎士たちと出会ったが、昨日と違ってほとんど全員が敷地内にいるため、家の守りはかなり厳重だ。
今日は雨がひどく視界も酷いため城勤めの騎士たちが人数を増やして見回っている。国王からも直筆の手紙で守りを固めるようにと念を押されては、逆らうわけにもいかない。
「失礼しますよ」
ノックの後にユーキの部屋の扉が開かれる。中にはフェイやマリーたちがユーキを囲んでいた。
「ユーキ君。気分はどうかな」
「少し頭痛がしますが、大丈夫だと思います。ご心配をおかけして申し訳ありません」
伯爵の言葉になれない感じで返答をする。青白い顔からは、あまり生気が感じられない。
「本当ならば、もう少し寝かしてあげたいのだが、こちらにも事情があってね。少しばかり、話を聞かせてもらいたい」
厳つい顔が歪み、申し訳なさそうにユーキを見つめる。
「はい。わかりました」
ユーキは一呼吸おいてから語り始めた。魔法石によって照らされた部屋でも、ユーキの顔にだけ影がかかったように見えたのは気のせいではないだろう。
結論から言えば、ユーキの刀が先に男の右腕を斬り落とした。肘から先を皮も残さず一振りで、だ。
刀とは刃筋が立っていなければ、どんな業物であっても腕を斬り落とすのは至難の業である。
この場合は、運のよい一撃が入ったと考えるのが妥当だろう。
ユーキもこの時ばかりは、助かったという思いもあってか、人を斬る忌避感を忘れて喜んだ。しかし、切り裂いた腕から大量の血が噴き出し顔にかかったところで、意識を失ってしまった。少なくとも、それ以外で男から攻撃はなかったのは事実だ。
「とりあえず、敵の性別が確定しただけでもよしとしよう。いや、声や姿を変える魔道具が使われていたら面倒だが……」
唸る伯爵を横目に、アンディは他に情報がないか聞いてくるもののユーキには思いつかなかった。
数分、考えていたがフェイやアンディも決定打にかける予測、推測ばかりだったので伯爵も諦めて部屋を後にした。
「でも、本当によかった。怪我もほとんどないなんて……」
サクラが安堵の声を漏らしたのを皮切りに、他の仲間たちも口々に話し始める。
「奇跡」
「おい、アイリス。それは俺が弱いって遠回しにディスってのかな?」
「……」
「いや、なんか言ってくれよ。虚しくなるじゃん」
「まぁまぁ、ユーキも軽口叩けるくらいにはなってよかったぜ」
いつもの賑やかな雰囲気に戻ってように思えるが、みなどこか表情が暗かった。フェイたち四人に共通するのは、ユーキを置き去りにしてしまった後悔だろう。
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