山狩りⅡ
だが、問題の山を見上げた勇輝は凍り付いた。その視線は山の中腹。これから向かうであろう場所に固定される。
赤と金が入り混じる火の粉のようなものが、空へと幾つも舞い上がっていた。山火事かと焦って視界を元に戻すと、そこには異常のない青々とした木々と紅葉に染まり始めている葉の絶妙な景色が広がるばかり。時折響く、何かを打ち付ける様な鳥の鳴き声があまりにも長閑すぎて、逆に先程の光景が恐ろしく思えてくる。
「勇輝さん」
「――――っ!? な、何だ?」
「何してるの? もう出発だよ?」
桜に言われて前を見ると、既に白銀の風のメンバーも隆三たちも山の手前でこちらを見つめていた。周りを見渡せば、他の冒険者たちも所定の位置に向けて移動を開始しているところだった。
慌てて勇輝が桜と共に掛けていくと、怪訝な顔で正司が話し掛ける。
「どうしたんだ。随分とおっかない顔して山を睨んでたけど」
「ちょっと悪寒がしただけですよ。それよりも早く行きましょう。俺が呆けてたせいで時間を無駄にしちゃいましたから」
「そうか……あまり気張り過ぎるなよ」
正司はそう言うと、先頭へと歩いていく。
陣形は案内役の正司と双剣使いのアドルフの二人が先頭。次いで右側面を刀を持った勇輝。左側面を魔盾使いのアンガス。中央を魔法メインの桜とペネロペが進み、最後尾を隆三が務める。
「敵影が見えたら、即連絡。一撃目を防げば、俺が仕留められる。まともに相手をしようとせず走り抜けろ」
「別に一撃で倒しちまってもいんだろ?」
「構わんが、それを言った奴ほど死にやすくなるから気を付けておけ」
「おおっと、怖い怖い」
アドルフが軽口を叩きながら僅かに先行する正司の後をついて行く。山とはいってもかつては砂鉄などを取っていたこともあり、道が整備されていた。ただ、それは何年も前の話であり、所々草木が生い茂り、獣道と言った方が正しいくらいの場所もある。正司曰く、「途中までは他の場所へと行くための道として残っているが、途中からは完全に人通りが途絶えてどうなっているかも怪しい」という状態らしい。
駆け足で登っていくと、不意に脇から何かが飛び出て来た。
「……ちっ、ただの鳥か。驚かせやがって」
思わず飛び退った正司だったが、それが青とオレンジの混ざった鮮やかな鳥だとわかるなり、舌打ちをする。巨大な鎌がいつ自分の首を狙って振り下ろされるかわからないのだから、口が悪くなるのも致し方のないことだろう。
そんな彼の耳に風切り音が届いた。
「良かったな。今の鳥がいなければ、死んでたかもしれん」
隆三が呟くと、鳥が飛び出て来た更に奥。脳天が吹き飛んだ巨大な蟷螂がどうっと道端に倒れ込んだ。
その姿はまるで枯れ木のように細く、また茶色かった。
「隆三さん。こいつは……」
「あぁ、緑峰蟷螂じゃないな。色からすると秋葉蟷螂だな。この季節に出ることもある魔物だ。特段珍しくもないだろう」
言葉とは正反対に隆三の顔は浮かない顔だ。
ただでさえ面倒な魔物が押し寄せているのに加え、天然で住み着いている――――しかも、迷彩色で見辛い――――魔物を相手にするのは可能ではあるが神経を使う。緑色ばかりに注意を促せばいいと言っていた手前、厄介な存在に違いはない。
「だめだな。長いこと国を離れてたとはいえ、こんな初歩的なことを忘れているなんてな」
冒険者の基本は足を踏み入れる場所の植生や魔物の分布を把握しておくことだ。一歩間違えれば、実力以上の魔物と邂逅してしまうこともある。勇輝も初めて一人でファンメル王国の外に依頼で出たときは、事前に受付嬢や図鑑などから情報を仕入れて向かったくらいだ。
「隆三さんって、見かけによらずうっかりさんなのかな?」
「それ、本人の前で絶対に言わない方がいいぞ」
「残念だな。聞こえてるぞ」
矢の中ほどで軽く頭を小突かれた二人。
そんな彼らの耳に、今度はガサガサと茂みが揺れる音が飛び込んで来た。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




