行方不明Ⅲ
何もない場所を走っている。確か、巫女長との会話を終えて早めに布団に入ったはずだったのだが、いつの間にか、全然知らない空間に存在していた。
刀を持った影に追われる。姿形もぼやけたままだが、はっきりとそれが認識できた。
前後左右天地も含め、漆黒に包まれているのに見える、と感じるのはそれが夢だからだろう。また、影から逃げようと急いでいると勇輝は己の腰に何か棒状のものがあることに気付く。
「(――――刀、か)」
刀を買ったことがよほど記憶に残っていたのか、敵が持つのも刀。己が持つのも刀。今回の敵数は一人のみ。ならば、せめて立ち向かってみようと思い立ち、足を止めて振り返る。
追ってきていた影が八相に構えたまま立ち止まった。警戒しているのか様子を窺いながら、じりじりとにじり寄ってくる。
それに対し勇輝は刀を抜いて中段の構え。相手との距離を測りつつ、僅かに右足を前に進める。
「(どうせ夢幻の類なんだ。せめて一太刀浴びせ――――)」
呑気に考え事をしていたら、構えた刀の切っ先左斜め前に影が踏み込んできていた。いや、まるで瞬間移動したかのように出現していた、という感覚に近い。何も反応する間もなく、肩口から腕ごと腰までを叩き斬られた。
「うわっ!?」
夢から現実へと一気に引き戻される。斬られた瞬間に体が痙攣して仰け反ったのか、敷布団にトスンと体が落下する感覚を遅れて感じとる。心臓が早鐘を打ち、己が夢とはいえ殺されたのだと恐怖を覚えた。右手で左の肩口を触るが傷跡は当然なく、先程の出来事が夢であったことを証明していた。
「やっぱ……ひい婆ちゃんに渡しといたほうが良かったかな」
昨夜の自分の行いを後悔するが、本当に現実で襲われて死ぬよりははるかにましだろうと思考を切り替える。心臓の鼓動が元に戻るのを待ちながら天井を見上げた。もう一眠りできるかと考えたが、死を疑似体験した体はそう簡単には静まらない。
いそいそと布団から抜け出した勇輝は、角帯を結んで刀を差すと、素振りへ出かけるために外へ向かう。巫女たちの間を通り抜けて昨日と同じ場所へ行くと、天狗ではなく正司がそこで刀を振っていた。
「……なんだ。勇輝か。おはようさん。体の調子はどうだい?」
「おはようございます。筋肉痛が少しだけ残っている気がしますが、ほぼ治ったようなものです」
「そうか、そいつは良かった。今から素振りでもするのか?」
「はい、元々朝の素振りが日課だったって言うのと、お守りの力で目が覚めちゃったので」
刀を納めた正司は、両腕を回しながら勇輝へと近寄ってくる。そのまま横に回ると、声を潜めて話し始めた。
「鍛冶屋の久義の爺さん。覚えてるよな」
「は、はい。もちろん」
「あの爺さんが昨日から帰っていないらしい。たたら場を後にして行方知れずだって話だ」
息子である房義がたたらば場へ赴くとという話をしていたのは勇輝も覚えている。そうなると、次に向かうべき場所は一つだった。
「良質の鉄を探しに行くって言ってましたよね」
「あぁ、だから賊や魔物に襲われた可能性やあり得ないとは思うが、遭難したって可能性もある。元気はあるが年齢を考えると、な」
そうとはいえ、どこに行ったかも定かではない人を探し出すのは骨が折れる。せめて、どのあたりに行ったのかくらいはわからないと探しようがない。
「あそこの爺さんに死なれると寝覚めが悪くなりそうなんだ。それで悪いんだが今日一日だけでも、ちょっと探すの手伝ってくれないか?」
「いいですけど、何か手掛かりでも?」
「巴がたたら場の奴らから情報を集めてくる予定だ。巴は正面きって戦うよりは情報収集とかの方が得意でな。そこから何か掴めたら武闘派の俺やお前の出番ってわけだ」
つまり、隆三・正司・勇輝・桜の四人で久義を捜索しようと画策している。既に隆三は承諾しているらしく、勇輝としても放っておくわけにはいかないので、残りは桜のみということになる。
加えて、桜の実家に行く前に多少は陣形や連絡の仕方などにも慣れる、という訓練的な建前も用意してあった。
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