すれ違った先でⅠ
「久義殿がいない……?」
店の中に隆三の声が虚しく響く。
「はい。申し訳ないですが、父は今朝早くに山へ出かけまして」
「何だい、柴刈りにでも行ったのかい?」
「いえ。何でも、たたら場の玉鋼の買い付けと同時に、いい鉄が出そうなところを見てくるとか」
中年の男性は隆三より年配にも関わらず、手拭いを巻いた頭を何度も下げる。
久義の息子で、名を房義。現在の店で売っている刀のほとんどは、彼の作ったものらしく、久義が作るのは気が乗った時のみ。そんな久義が先日機嫌よく刀を作る気になっていたので、その準備として出かけて行ったようだ。
「そうか。では、この兄ちゃんに合いそうな刀を一本売って欲しい。久義殿が作るのとは別に、だ。流石に街を出るのに丸腰なわけにもいかないからな」
「そうですか。ちょっと失礼しますね」
先程まで糸目だった目が開かれたかと思うと、人の良さそうな顔が一気に職人の顔へと変貌する。勇輝をじっくり見たかと思うと、勇輝の手を取り何度か握る。そのまま腕や腰回りなどを何度も触って何かを確かめると不意に房義はつぶやいた。
「二尺四寸……やや長しって所かな。反りも普通くらいで長く使っていけば慣れていくことを勘定に入れると、それくらいでいいかもしれない。最初は振るのに苦労するかもしれないけど、君ならすぐに慣れそうだ。父さんは何か言ってたかい?」
「打刀で四寸二分くらいって言ってました」
「そうか。あまり外れてなくて良かった。それなら、いい刀が二、三本あるよ。父さんに比べれば、まだまだだし、他の刀匠さんと比べても霞むかもしれないけどね」
表情を元に戻した房義には、先程感じた威圧感のような物はなく、只の人の良いおじさんに戻っていた。飾ってある刀の中から一振りを取り出すと勇輝に持ってみるように促す。
「二尺四寸一分で浅めの鳥居反り。鎬は高めで大切先。波紋は小乱れで見栄えは……少し悪い。でも、粘りが合って、破損しにくいと思う」
「……前に持った刀より重い。でも――――」
勇輝は向きを変えて、軽く刀を振ってみる。
音は手に返って来る感触ほど重くはない。そして、意外にも振ってみれば、さほど力を入れずとも斬れる気がした。
「振った感触はこっちの方がやりやすいかも」
「へぇ……。思っていたよりも綺麗に振れるね。肩肘に力が入っていない。これは他の刀でも、いい感触が掴めるかもしれないな」
どうやら房義の琴線に触れたらしく、二本目、三本目と勇輝に日本刀を差し出してくる。自分の好きなことになると、周りが見えなくなるとは言うが、正にこういう状態のことを言うのだろう。出されるままに一振りずつ感触を確かめていくが、最初に持った刀を超える感触は得られなかった。
ただ、振っていく中で不思議と頭の片隅に思い浮かんだのは、今朝であった天狗の言葉だった。
「――――気楽に振れ、か」
あの時は何かを斬ることに執着していたが、今は感触を確かめる為だけに振った。何かを斬ろうとすると余計な力が入るから、今の状態と同じように振るのだと天狗は言いたかったのかもしれない。そう考えながら勇輝は刀を納めて、房義へと返す。
「因みにこれはおいくらですか?」
「うーん。これくらいかな?」
算盤を素早く弾いて叩き出した金額は十五両。勇輝の頭の中に百五十万円という数字が思い浮かんだ。
「……なかなか、すぐに払える金額ではないですね」
「何言ってるんだ。組合の金を出してくれば、すぐに買える金額だろう?」
「そ、そうなんですけどね。久義さんの刀も買うことを考えると、ちょっと胃が――――」
そうとは言っても、武器がないことに先に進めない。少し痛い出費だが、悩んでいる場合ではない。そんな気持ちで振り返った先には、申し訳なさそうにする桜がいた。
「その……ごめんなさい」
「良いんだよ。桜を守れるなら、これくらい安い買い物だから」
そう言った後に、自分らしからぬきざなセリフを言ってしまったと顔を赤くしてしまう。それにつられてか、桜まで顔を赤くするものだから正司が後ろで囃し立てる。
「おっ、かっこいいこと言うじゃねえか。それで祝言はいつなんだ?」
「正司。ちょっと黙ってて」
「ごふっ」
この時ばかりは、巴に心の中で親指を上げて感謝をする勇輝であった。
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