寝ても覚めてもⅣ
「――――ほら。腕の力じゃなくて、体全体で振る。力を抜いて、もっと気楽に振れ」
話し掛けられてから二十分、具体的な指示はなく、ずっと続けて木刀を振らされている。身体強化の魔法も使っていない状態では、筋肉痛の体でなくても悲鳴を上げる。前後にひたすら動き、木刀を上げて振り下ろす。単純な動きの繰り返しなのに、疲れでその動きが安定しない。
さらに面倒なことに天狗を名乗る男の鉄扇が時折、勇輝の背中や腕にいい音を立てて叩きつけられる。彼曰く、「そこに無駄な力が入っている」とのことだが、勇輝にはさっぱりわからない。わかるのは体にどんどん疲れが溜まっていく感覚だけだ。
「脇を締め過ぎるな。正しく振れば勝手に締まる。あるがままの動きをせい!」
また、ぴしゃりと勇輝の横っ腹と二の腕を叩いていく。言葉だけ聞くと何も天狗はしていないように思えるが、その実、勇輝の邪魔にならない範囲ギリギリのところで、じっと見てくるのである。最初は当たるかもしれないと勘違いするほどの近さにいたり、時には木刀が振り下ろされる直前まで真正面に居たりと無茶苦茶な動きをする。
それでも、流石は天狗の面を被っているだけあって、体や木刀が当たるどころか掠ることすらしない。
「よし、そろそろ空も白んで来おった。今朝はここまでにしておこう。よいか、この後に道場などで素振りをする時には、いま言ったことを忘れずにやるのだ。朝風呂にでも入って、飯を食って一息ついたら頑張るのだぞ」
「あ、ありがとうございました」
納得がいかないが、それでも何か為になることはあるのだろうと言い聞かせて頭を下げる。目の前の天狗が腕を組んで満足そうに頷いていると、後ろから声が聞こえて来た。
「勇輝様……勇輝様ー? どちらにいらっしゃいますか?」
振り返るとどうやら巫女の誰かが、自分の名前を呼びながら、こちらに向かっているようだ。少しずつ、声が大きくなってきている。
「あ、こちらにいらっしゃいましたか。巫女長がそろそろ呼びに行ってあげなさいと言われたので、探していたのです。少し早いかもしれませんが朝餉を……その前に湯浴みの方がよろしいですね」
慌てて駆け寄ってきた巫女の少女は、勇輝の汗だくの顔を見て、手を合わせて提案する。勇輝としては願ってもない申し出だが、今までの経験上、それを受けていいものか悩んでしまう。
「(ここは巫女さんしかいないというのは、最初に目が覚めた時に聞かされている。つまり、ここには俺と正司さん、隆三さんを除いて、女子しかいない。はっきり言って、ハプニングが起こる可能性が非常に高い)」
男として期待しないわけではないが、それよりも、その後の処遇の方が恐ろしくて安易に頷くことができない。それを察してか、大きく目を開いた巫女は苦笑いで付け加える。
「ご安心ください。湯浴みの最中は、事故が起きないように私たちで見張りを立てますので」
「そ、そうか。それじゃあ、お願いしようかな。天狗さんは、この後――――」
どうしますか、と問おうとして後ろに誰もいないことに気付いた。周りを見回してみるが、地面は当然として、塀の上や城の壁、屋根の上、どこにも天狗の姿は見当たらなかった。きょろきょろと見回す勇輝に巫女は不思議そうに首を傾げる。
「天狗様、ですか?」
「あ、うん。さっきまで嘴の大きな天狗のお面を被った人がいて……。その人に素振りを見てもらってたんだ」
「それは良かったです。天狗様は剣術の御指南をするために、時々いらっしゃると聞きますから、偶然お会いできたのでしょう。烏だったり赤い鼻だったりと日によって姿はまちまちですが」
天狗の存在が認知されるどころか、意外にも隣人のように語られるので少しばかり驚きだ。だが、勇輝のいた日本にいたとされる鞍馬の天狗も、かつて牛若丸と呼ばれていた頃の源義経に、剣術を教えている伝説も残っている。
「いつか『八艘飛び』できるようにって、足腰をめっちゃ鍛えられそうだな……」
勇輝の呟きに首を捻る巫女に先へ進むように促すと、もう一度、空を見上げるように辺りを見回した。やはり天狗の姿はどこにも見えない。あれもまたお守りが見せた幻覚だったのかと疑いたくなってしまうが、体中に叩かれた感触が残っている以上、あの存在は本物だったのだろうと勇輝は考えた。
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