注文Ⅱ
日が沈む前にユーキは学園の門の前でフェイたちを待っていた。
行き交う人々が楽しそうに話をしているのを聞きながら辺りを見回す。
カップルの学生はスイーツ店の話をしているし、その近くでは夕食の買い物を済ませた婦人方が井戸端会議をしている。その傍らで高級そうな馬車を乗り付けて去っていく者もいれば、近くの水路に飛び込む変な者もいる。
その中でユーキは周りの人間を観察していた。特に新しく自分の視界に入る者は即座に反応して捉えていく。しかし、目的の人物ではないと判断すると獲物を探すカメレオンの如く、すぐに視線を動かしていく。
ユーキの視界には魔眼を開いたあの極彩色の世界が広がっていた。煌びやかに光る城壁、赤紫色に鈍く輝くガーゴイル。様々な色に輝く生き物たち。だが、目的の人物は見つからない。あの夜に出会った人物は色彩を唯一持たない人間だったが、勇輝の視界に色が抜け落ちた部分はなかった。
もちろん、魔眼で見つけたことを報告しても証拠にはなりにくいし、自分の手の内を大勢にばらすことになる。ただし、信頼できる仲間内で誰が危険人物か情報共有できるのは早い方がいい。いくつかの用事を済ませたユーキは早い時間から人々の様子を見続けていた。
(そろそろ……限界か)
本日、何度目かになる休憩を挟む。魔眼を開いていられる時間は意外と長く、最初は一時間程度も開いていることができた。しかし、連続で使用していると何が原因かは定かではないが、明らかに開放時間が減ってきていた。
戦闘ではほとんど数分しか開いたことがなかったが、魔眼の開放限界時間を知るという思わぬ副産物も得ることとなった。
目頭を親指と人差し指でほぐしながらユーキは空を見上げる。午前は晴天が続いていたのに、正午を過ぎたあたりからどんよりと雲が出てきていた。西には黒い雨雲も見えるので、一、二時間後には土砂降りになっているかもしれない。
ため息をついて視線を門の向こうへと向けると、フェイを先頭にサクラやマリー、アイリスが楽しそうに駆け寄ってくる姿が目に映った。
「なんだ。こっちに来ていたのか。だったら探す手間が省けた」
「どういうことだ?」
「君一人では危なっかしいから迎えに行こうかと思ってたんだよ」
失礼な奴だ、と返そうと思ったところをマリーがフェイを横から小突いた。思わぬ攻撃にフェイは反射的に体を仰け反らせる。
「ユーキ、気にすんなよ。口でこそああ言ってるが、心配してるんだぜ」
「……そうなのか?」
「さて、なんのことかな」
今にも吹けない口笛を吹きだしそうな顔の背け方をするので、ユーキはその前に回り込んだ。対してフェイはぎょっとした顔で距離をとる。
「男のツンデレは見苦しいぞ」
「つん……何だい? それは」
「いや、世の中知らないほうがいいこともあるさ」
流石に異世界の言葉も都合よくは伝わらないらしい。頭の上にはてなマークを三つ程浮かべる勢いでフェイが顔をしかめる。ユーキは意趣返しも程々に女子三人組へと向き直る。
「そっちは特に何もなかった?」
「戦闘技術だったら専門の先生にいろいろと教えてもらったよ」
「『君たちにはまだ早いが、少しくらいなら』だってさ。もっと、知りたかった」
アイリスが顔を頬を膨らませて、不満だという意思を主張する。その頬をマリーがつつくと笑顔で機嫌を直す。この独特な切り替えの早さは彼女のいいところかもしれない。
「さぁ、早く帰ろう。あまりこんなところで立ち尽くしていると夜になってしまう」
フェイの言葉にみな頷いて伯爵の家へと向かう。フェイが先頭でマリー、アイリス、サクラ、そしてユーキの順に並んでいく。
ふと、ユーキは昔のことを思い出す。
何人かの友達と家に帰るとき、いつも自分は誰かの背を見て歩いていた。変に心配性で、車が突っ込んでこないかとか、不審者がいないかとかで周りをよく見渡していた。
その為か、友達の輪に入っているようで入っていない奇妙な位置にいた気分に苛まれたことは一度や、二度ではなかった。それに対して、この四人とは隣に並んで話すことが多く、自然と心を開いていたような気がする。
(昔よりも今の方がよほど充実した生活を送ってるような気がするな)
苦笑いをしながら歩を進めていくと、久しぶりに殿を歩いた癖で周りを見回してしまう。
何気なく振り返った先には、先ほどまでいた学園が見える。その光景の端に勇輝は違和感を覚えた。
「どうしたの?」
サクラがついてきていないユーキに声をかけてくる。しかし、ユーキは反応せずに一点を見つめていた。
「あ、れは……」
自分の見ている光景が信じられず、口から出てきたのはほとんど音にならない声だった。
先ほど通ってきた道の屋根、その上に見える黒いローブ姿。
片足を屋根の出っ張りにおいて、まるで何かを探すように学園側の通りや近くの路地を見渡している。あの夜の侵入者であるならば、狙いはマリーや精霊である可能性が十分にありうる。
手が震えるのを堪えて、ユーキはサクラの手を引っ張りながらフェイの所へ駆け寄る。
「フェイ、奴が後ろの屋根にいる。気づかれない内に、影になる場所に移動するぞ」
「わ、わかった。そこの路地からなら伯爵の家にも行けるはずだ。そこに行こう」
脇の路地へと入る直前にユーキは、魔眼でそのローブ姿の人物を見つめる。ほんの一瞬ではあったが、見間違えではなかった。
その人物からは他の人と同じような光が見えなかった。まるで、影絵のようにそこだけぽっかりと切り取られてしまったように抜け落ちている。
ローブの中は肉眼でも見えなかったが、目が合った気がした。
脊髄につららを突っ込まれたような感覚が背中を駆け巡る。伯爵やクリフに対峙した時も似たような感覚だったが、それとは違う底知れない恐怖に心臓を鷲掴みにされたようだった。
そんな感覚に襲われる中、マリーたちもパニック気味になっていた。
「おいおい、活動するのは夜だけにしてくれよ。このままじゃ、どこにも行けなくなるじゃん」
マリーは顔から血の気が引いた様子で駆け足になる。屋敷でも襲われ、昼間の街中でも襲われたのならば、それは恐怖以外の何物でもないだろう。
恐らく、このメンバーの中で最も恐怖を抱いているのはマリー以外にいない。
「大丈夫。このまま、家まで戻れば、たくさん人がいる」
アイリスが励ますように隣に並んで声を掛ける。フェイもマリーの手を握りながら先導するが、いつもの覇気がない。
もしかしたら、伯爵たちはわかっていたのかもしれない。本当に危険な者と対峙した時、無力な者がどうなるのかを。
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