人を呪わばⅠ
チビ桜が疲労困憊とばかりに膝をついた桜の肩へと降り立つと、内在していた魔力が一気に体内へと戻っていく。それでも残っていた魔力はほんの少しで、辛うじて桜が駆け寄ることができる程度だった。
アドルフやアンガス、隆三たちも急いで寄ってくる。
「勇輝さん……!」
近くまで来た桜は勇輝の表情を見て固まってしまう。
式神であるチビ桜を通して、アドルフ達と同じ視点から勇輝の動きを見ていたからわかる。一歩間違えば、死んでいた可能性が高い一瞬の死闘。
だが、勇輝の表情はそれを生き延びた者とは到底思えない冷めた表情だった。戦闘中の鬼気迫る表情とは程遠い。まるで悟りでも開いたかのように、ここではないどこかを見ており、焦点が合っていない。
「あぁ、とりあえず、ポーションを使わないと」
ぼんやりと心ここにあらずといった様子で、勇輝はポケットからポーションを取り出した。おもむろに蓋のコルクを外すと、自分ではなく僧侶の喉へとぶっかけた。
周りが驚く中、勇輝は刺さったままの矢尻を掴むと一気に引っこ抜く。肉片がこびり付いたまま大量の血が再び出血し、僧侶のくぐもった声が響く。
「お、おいおい。そんな乱暴なやり方があるかよ。せめて、もうちょっと丁寧にだな……」
アドルフが引き攣った顔で強引な治療に待ったをかけるが勇輝はまったく気にしていない。二本目のポーションを開けると、さらに追加でかけ始めた。
「……大丈夫です。この人はこの程度じゃ死なない。それより、何か縛るものは?」
「こ、この縄でいいなら……」
アンガスが盾の能力で縄を取り出すと勇輝は、後ろ手に素早く縛り上げる。奇しくも、勇輝が捕縛された時に縛られたやり方と同じだった。
「……それで、この後はどうします?」
「お前さん。本当に大丈夫か?」
「はい。少し体力を使い過ぎたせいか、かなり疲労感を感じています。できれば動くのは最小限でいたいです」
隆三は返ってきた言葉を受け止めながら、勇輝の立ち姿を上から下までじっくりと見つめた。
「隆三さん。彼、大丈夫そうですか?」
「疲れたとは言っているが、以前見た時とは違って隙が少ない。下手に近づけば反撃を受けるかもしれないと錯覚しそうなくらいだ。恐らく、少しばかり高揚状態にあるのかもしれん」
そんな中で桜が勇輝の左腕に手を伸ばす。
「本当に大丈夫? それに海京で捕まっているはずじゃなかったの?」
「それは―――」
勇輝の視線が正司へと注がれる。その動きを察したようで、正司はどうしたものかと呟きながら進み出た。
「そこらに関しては、俺から説明させてもらいます。だけど、とりあえずは安全を確保した方がいいでしょう。隆三さん、この僧侶はどうしますか?」
「まぁ、こうなっている以上、都から来る軍に突き出すしかないだろう。少なくとも、ここまでやっちまったら、重罪は避けられん。いっそ、ここで殺しちまった方が楽かもしれないぞ」
「できれば、それは避けたいですね」
勇輝は姿勢を変えずに僧侶を見下ろしたまま淡々と告げた。
「一応聞くが、何でだ?」
「この人には、まだ何かある。それを聞き出すまでは殺さない方がいい、と思います」
勇輝の言葉を受けて、桜は頭痛がする中で考えを振り絞る。
土蜘蛛の復活、何らかの執着心を見せる言動。前者に関しては解明させておかないと同じことが起こりかねない。
「もしかして、土蜘蛛を復活させた方法が気になる、とかか?」
その言葉に勇輝は頷き、正司は土蜘蛛という単語にぎょっとした表情で僧侶から一歩後ずさる。
「つ、土蜘蛛!? まさか、本当に塚から蘇ったんですか? 隆三さん!?」
「いや、俺も直接見たわけではないからな。そこは調べないと何とも言えん」
腕を組んで隆三は出現した怪異について正司と情報を共有しながら、この事件について振り返る。
僧侶が現れる前に商人の場所を追い掛け回していたのは蜘蛛のような姿だった気がするし、僧侶の操る脚は間違いなく蜘蛛のものだった。あれだけの恐ろしい気配をもつ魔物というのは、この辺りにある封印塚の位置を正司と確認しても――――異国に旅立っていた年月を加味した上で――――土蜘蛛以外はあり得ない。
「土蜘蛛がどうだったかは、俺はあまりよく知らないけど。こんな大妖を人の身に宿して、正気を保っていられるほどの意志の強さは、何が原因なのか気になるところです」
「……復讐だ」
ぼそりと僧侶の口から声が漏れた。
みながハッとして視線を向けると身動ぎしないまま、口元だけが力なく微かに動いていた。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




