魔刃一閃Ⅳ
やがて、目の前の奔流が収束していくと、僧侶の背中から六つの蜘蛛の脚が生え始めた。
アドルフはぎょっとしながらも、その光景を観察する。
「(肉や服を突き破って出現しているようには見えない。魔法か何かで出現した仮の実体か? いずれにしても触れるのはヤバそうだ)」
勇輝は警戒して僅かに後退すると、蜘蛛の脚が風切り音を伴って横に振るわれた。真横にあった家の壁が触れてもいないのに吹き飛ばされる。
アンガスもこれには目を疑って唸り声を挙げた。見た目以上の攻撃範囲に反応できるだろうか、と思わずアドルフに問いかける。答えは否。不可視の攻撃では流石に避けるのは難しい。
「風属性の魔法を無詠唱で放って来るようなもんだぞ。おまけに脚は六本。アレ全てが同じことをできるのだとしたら――――!?」
二人が慌てて話し始める中、それでも勇輝は自ら一歩前に出た。
「おい、相手が悪いぞ! ここは慎重に、いや、撤退も視野に動くべきだ!」
アドルフが叫ぶが、勇輝は更に半歩近づく。その表情を見たアドルフは息を飲んだ。
狂喜。もし表すというならば、その一言だろう。今までに少ないが、その表情をする冒険者に何度か遭遇したことがあるし、刃を交えたこともある。
どいつもこいつも、殺すことしか考えていないイカレタ奴らだった。殺人を快楽とする賞金首、特定の魔物を殺すことに拘る執着者、家族の仇を討つために旅を続ける復讐者。対象も理由もバラバラだったが、みんな瞳が暗い色で染まっていた。
そんな中、目の前の勇輝だけは違っていた。瞳には光と闇が同時に宿っていた。それは長年探し求めていた宝を見つけた冒険者によく似ているようにも見える。それは憎き怨敵を見つけた復讐者にも見える。
狂喜にして冷徹。矛盾したものが一カ所に同時に存在している。
初めて見るそれに、アドルフは気付けば足が震えだしていた。
「魔寄りだな。あんた」
「……なんだと?」
「魔物、妖、化け物。人間とは対極にいる奴らだよ。どうも、あんたは何もかも捨てて、そっちに行こうとしているみたいだ」
勇輝の眼は僧侶を見ているようで、見ていない。どこか別の場所を見ているようだ。そんな視線を受けて僧侶は、一歩後ろに下がっていた。
「前にもそんな奴と会ったことがあるからわかる。上半身が人間で下半身が蜘蛛の女だった。過程は違うが、あれも元は人間だったんだろう」
さらに一歩下がろうとしていた僧侶の動きがピクリと止まる。
「今、何と言った? 何と出会った、と?」
「確か女郎蜘蛛と言うんだったかな。そういう奴と海を越えた向こうの国で戦ったって言ったんだ」
長い沈黙があった。何かが崩れ落ちる音、どこかで人が呻く声、そんなものがどこか遠い世界のように感じられる間があった。
やがて、僧侶は意を決したように、ゆっくりと口を開く。
「……その人はどうなった」
「死んだよ」
即座に勇輝は答えを返した。
それに対し、僧侶の表情は憤怒と悲哀の入り混じった表情が浮かんでいたが、どこかほんの少し、安堵のようなものがチラリと見えた気がした。
「そうか。ならば、私のやることは一つだけ。そこを退け」
「悪いな。お前みたいな奴は殺しておかないといけない。被害が増えるだけだ」
「私が用があるのは一人だけだ。殺したければいくらでも、その後にするがいい!」
一本の脚が再び振るわれると、勇輝の数十センチ左側の地面が抉り取られ、土埃が舞っていた。
「そうか。できるだけ言いたくなかったんだけど、俺は嘘が嫌いでね。正直に言うよ」
仕方ないとばかりに一度、目を瞑って首を振った勇輝は、左足を出して踏み込む態勢に移行する。小指から中指に順に力が入っていく。
「俺があんたを殺したくてたまらない。ただ、それだけだ」
「ならば、押し通るまで!」
熱くなる言葉に対し、周りの温度は下がる。やがて、凍り付いたかのような静寂の後、どちらからともなく一気に足を踏み出した。
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