魔刃一閃Ⅲ
一直線に放たれた一撃は、仰け反ったまま思いきり後退した勇輝の腹へ僅かに届かない。そればかりか、浮き上がったままの剣が再び振り下ろされ、伸びきった腕へと当たる。
物理攻撃は効かない。故に、僧侶は勇輝に対して攻め続ければいい。さっさと倒し、自分の目的を遂げることができれば何も問題はない。
そう思って、さらに一歩踏み出す。後退するよりも踏み込む方が遥かに歩幅が大きい。いくら身体強化で動きを早くしようと、人間の体の構造上、限界があるのは確かだ。もう一度、右手を引き寄せて掌底を放とうと考え、己の腕の違和感に気付く。
肘から先が二つに割れかけていた。纏った土蜘蛛の力も、魔力も、骨も肉も関係なく。まるで最初からそうなっていたと言わんばかりに、腕の半ばまでに深い傷が刻まれている。それを知覚すると同時に血が溢れ、痛みが心臓の鼓動に合わせて増していく。ホラー映画の怪物が追いかける足音のように、鼓動が刻まれるにつれ、痛みという足音が命の危険を知らせてくる。
「ぐっ!?」
しかし、僧侶も長い時をかけて鍛錬を積んでいた。修業の中で骨が砕けることもあれば、内臓が潰れることもあった。その痛みに比べれば、切り傷の一つや二つで止まるほど腑抜けていない。数珠を持ったまま、もう片方の手で掌底を放った。
対して勇輝はその攻撃を剣の腹で流れるように逸らすが、勢いを殺しきれず右肩近くを掠めて行く。高名な錬金術師の作った試作型コートで、ある程度防御力には自信があると豪語していたものだが、それが大きく裂け、血が飛んだ。
数珠を通し、新たな魔法が発動しているようで、見かけの威力と攻撃範囲が一致しない。更に勇輝が距離を取ろうと下がるが、それを僧侶が追いすがる。
「――――しっ!」
その足が僅かに止まった。勇輝を追ったその先に、狙いすました矢の一撃が飛び込んで来たからだ。いくら、物理に耐性があると言っても、顔面への攻撃は思わず硬直してしまうもの。ましてや、腕に傷を入れられたばかりだ。流石の僧侶も防御に回らざるを得ない。
桜を後方に――――といっても数十メートル程度でしかないが――――避難させた隆三が矢を放っていた。
僧侶が鋭い声を口から漏らして矢を打ち落とす。その直後、今度は背後から鈍い痛みが走った。顔だけ振り向くと、そこにはアドルフが双剣を振り抜き、アンガスが盾を振りかぶっているところだった。
衝撃に備え、体を強張らせると鋭い盾の先端が背骨の真ん中、肋の骨が無くなり始めるかどうかのあたりへと潜り込んだ。
重い一撃が叩き込まれるが、即座に二人は再度ステップで左右に分かれる。勇輝の時と違い、二人の攻撃は皮膚の表面で弾かれているようだった。
「何だあいつの体。土蜘蛛だか何だか知らないけど、硬すぎだろ。何で、あんな振り下ろしで傷がつくんだ?」
「斬れなくても衝撃は伝わっているかとも思ったが、あんまり関係はなさそうかもしれんな」
苦虫を噛みつぶしたような顔で二人が腕を振るわせる。まるで大岩に打ち込んだような衝撃で腕が痺れてしまっていた。力任せの一撃のような勇輝の振り下ろしが、何故傷をつけられるのか、アドルフには不思議で仕方がなかったようで、眉を顰めている。
だが、事実として彼らの武器は文字通り歯が立たない。こうなれば、攻撃が通る可能性が高い勇輝と隆三を全力で支援するのが最善手。
僧侶を取り囲むようにじりじりと間合いを図って近づいていく。
幸いなことに、この二人の行動は僧侶にとって面倒この上なかったに違いない。事実、彼は久方振りに、自分の後ろを気にして戦わなければいけない状況に追い詰められ、イラつきが抑えられないようであった。
「このままでは……逃げられて、しまう。それだけは、何としてでも……!」
勇輝の魔眼が僧侶から立ち上る異様な光を捉える。
気泡が弾けるように僧侶の足、脹脛、太腿と一気に体全体が黒く、青く、そして仄かに金色の光も混ざり、幻想的ともいえる噴水が出現する。
勇輝は軽く息を吐いただけで、再び剣を肩へと担ぐようにして構えた。その瞳は恐れるわけでも、慄くわけでもなく、ただただ見つめていた。目の前の敵が踏み込んでくるその瞬間を見逃さないように、と。
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