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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第10巻 紺碧の海原を越えて

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人魔一体Ⅷ

 僧侶がついに十メートルほどにまで近づいてきた。振り上げられた蜘蛛の足が、隆三のいる屋根へと振り下ろされる。

 思いきりその場を飛び退ると、大きな音を立てて瓦と木の破片が舞い散り、砂埃を上げる。霧のような姿からは想像もできないほどの力。隆三からしてみれば、塚に封じられた魔物はそれこそダンジョンの深部にいるような強敵に感じられる。

 もし、これを討伐するとなれば、いったいどれだけの冒険者を掻き集めなければならないのか。ファンメル王国にいたデタラメと名高い辺境伯か。或いは紅の魔女と言われた夫人を呼ばねばならぬだろうと苦笑いする。同時に、魔力を外に出すことを封じられただけで戦えなくなった己に舌打ちしたくなった。


「(いや、まだ戦えないわけじゃない。一瞬だが、あいつは俺の矢に反応できていなかった。何とか掻い潜る機会があれば……!)」


 撤退か継戦か。一瞬の迷いが隆三の足を鈍くする。気付いた時にはデコピンのように弾き出された脚先が自分に向かって迫っていた。

 あまりの速度に反応することができず、漠然と眺めることしかできない隆三。

 轟音が響き渡り、朦々と煙が立ち込める。その様子を何の感情も抱くことなく、ただ生死を確認するために眺めていた僧侶は、煙の中に人影が二つあることに気付く。


「これは……何と無茶なことを……」


 ため息と共に称賛の色が混じった言葉が漏れる。

 魔弓に負けずとも劣らずの速さで放たれた蜘蛛の脚。しかし、それは二本の剣によって数十センチほど右に逸らされていた。


「いやぁ、早いし、太いし、重いし、見づらいし……これが日ノ本の魔物か。こりゃあ、来るところ間違えたかもな」

「アドルフ。お前こんなところで何をしてる!?」

「悪いな。護衛対象直々のお願いでね。やっぱり、目の前の救える命を見捨てて逃げるわけにはいかないんだと」


 一切悪びれた様子なく笑みを浮かべるアドルフだったが、その頬が若干引き攣っていることに隆三は気付く。

 それもそのはずだ。蜘蛛の姿ははっきりと見えず、どこからが肉体なのか境界線がはっきりしない。そんな中で、あの高速で放たれた脚を受け止める。ましてや払って逸らすなど狙ってできるはずがない。彼にとっては一か八かの賭けだったのだろう。

 失敗すれば腕がもげるなんて生易しい結果では済まない。文字通り、体が木っ端みじんに粉砕されていたに違いない。


「まぁ、今ので感覚は掴んだ。十回の内半分は成功させる自信はあるぜ」

「頼りねぇな。そこは嘘でも全部弾いて見せるくらい言ってくれ」

「嘘はつかない主義なんでな」


 そう言うと、アドルフは思いきり双剣を振るって足を弾き飛ばす。それでも質量差は歴然としていて、僅かに蜘蛛の脚が浮くくらいで、態勢を崩すには程遠い。だが、その隙に場を離脱できるくらいの時間は稼げた。





 僧侶は彼らを厄介な存在と認識した。錫杖を鳴らしながら後を追って、蜘蛛の脚を伸ばそうとするが、何かが爆発する衝撃に思わずよろける。


「な、何事だ!?」


 振り返った僧侶は目を疑った。冒険者、特にその中でも目立つ異国の魔法使い十数名が遠くから一斉射撃を放ってきていた。

 慌てて錫杖を打ち鳴らして魔法を掻き消すが、それでもなお迫りくる火球や風の刃が蜘蛛の体へとぶつかっていく。


「まさか……魔法封じの範囲を読まれている!?」


 魔法封じの正体は錫杖の鳴らす音だった。その魔法の本質は音を聞いた相手に魔力を外に流せないように暗示をかける幻覚魔法。魔法を撃ち消しているように見せかけて、その実、音を聞いた魔法使いが暗示にかかって自ら魔法を解除しているのだ。

 無理矢理相手の魔法を撃ち消すよりも、その方が魔力の消費が少なく長期戦に向く。

 もちろん、それだけでは音の聞こえない場所からや意識を向けていない所に対する暗示は弱くなる。従って、錫杖の音で魔法自体を打ち消す技も習得はしているが、今のように音の合間を縫って攻撃が通ってしまえば、それでアウトだ。

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