人魔一体Ⅴ
青年は振り返って、門の中にいる人へと呼びかける。この人は大丈夫だろう、と。
しかし、多くの者は半信半疑といった様子でお互いに顔を見合わせる。商人は遠くからでも、ずっと逃げていたのが分かっていたので助けようという気持ちになったが、どこからともなく現れた僧侶はどことなく不気味だった。その僧侶というのがまた絶妙で、妖が化けて紛れ込むのならば、これほどいい職業はないだろう。
「失礼、私はお邪魔でしたかな?」
「いえ、そんなことはありませんよ。ちょっと、ここらで質の悪い化け物が現れて、みんな怖がってるんです」
「そうですか。では、急に現れた私の責任でしょう。申し訳ありません」
大柄な体を曲げてお辞儀をする。それに青年は慌てて、僧侶に顔を上げるようにと両手を振る。罪のない人、それも僧侶に頭を下げさせるなど罰当たり以外の何物でもない。
「それに私は僧侶ですが――――化け物でもありますからね」
「――――え?」
青年は目の前の僧侶が言っていることが理解できず、間抜けな声を漏らした。同時に己の体の下の方から鈍い音が響く。ゆっくりと彼がその方向へ目を向けると、僧侶の持っていた錫杖の石突が腹を貫通し、生暖かい液体が伝っていくところだった。
「あっ……あぁ……!?」
「あなたのおかげで中に入れそうです。感謝しますよ」
「おい! 門を閉め――――!?」
青年の背中から突き出た物を見て、誰かが叫んだ。
しかし、時既に遅し。僧侶はそのまま青年を盾にして門へと突っ込んでくる。まだ青年の息があるというのがはっきりしていたが故に、隆三を始めとする警戒していた者たちも攻撃を加えることを躊躇ってしまった。
門の扉を閉めようとしていた人々を扉ごと僧侶は吹き飛ばす。内側へと観音開きになる扉は、その片方が空中へと吹き飛び、構成していた大きな木の丸太が砕けていた。
「そんな……!」
桜はその光景を見て、血の気が引いた。丸太の下敷きになった者、空中に吹き飛ばされて町の外へと消えた者、既に打ち所が悪かったのか物言わぬ躯となった者。各々がその光景を見て叫び、右往左往して逃げ惑う。
既に門の周りは阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。それでも僅かに残った勇気ある者たちは、武器を手にゆっくりと後退る。櫓の上から見ている弓を操る者たちも弦を引き絞ったまま様子を窺っていた。
下手に相手を刺激して暴れられたら助かる命も助からない。ここは時間を稼ぐことが最善手だと誰もが理解していた。
「おい、どうする!?」
「隆三の言ったことに従うなら逃げるのが一番だ。ついでに拾える奴は何人か荷台に乗せてやれたら最高だ」
アンガスは慌てるアドルフを宥めながら肩に手を置く。
「だけど、それが本当に正しいのか。俺には自信がない」
「……兄さん」
ペネロペは兄の言いたいことが理解できた。この場に残って戦って助けることができる命もある。白銀の風を結成した時の目標は、世界中の困っている人を助けることだったからだ。小さい頃から、ずっとその夢を追ってきて、その一歩を踏み出したあの日のことを今でも覚えている。
あれからもう何年たっただろうか。ずっと三人で旅をしてきた中で、ここまで多くの人が目の前で命の灯を一瞬で掻き消されることなどなかった。
それがどれだけ幸運で、恵まれていたのか。今まで自分たちが見ていた世界が小さかったのか。何かが内側で崩れていくのを彼女は感じていた。
「皆さん。お願いがあります」
桜の声が静かに彼らの耳へと届く。
その声は微かに震えていた。いや、声だけではない、胸の前で組んだ手も、肩もだ。だが、怒りと悲しみと恐怖が入り混じった瞳の奥に、微かに強い光が灯っている。
「少しだけ、力を貸してもらえますか?」
その言葉に三人はお互い顔を見合わせると、力強く頷いた。
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