人魔一体Ⅲ
既に赤色信号が三つ上がっている為、多少の山の被害には目を瞑ってもらえる。むしろ山の一つや二つで化け物が消えるのならば、諸手を上げて喜ばれるだろう。
己の引いた弦がキリキリと指に感触として音を伝える。隆三は記憶を掘り起こし、矢が向かう先に別の塚が確実にないと言い切れるタイミングで指を離した。
瞬間、甲高い音と共に矢が弧を描くこともなく、一直線に解き放たれる。重力に引かれるなどという間すら与えず、商人のもつ灯りの後方へと着弾した。
夜の闇においても、星や月の輝きで僅かながらの山のシルエットは確認できる。それが今、僅かに崩れた。舞い上がる土、吹き飛んだ木々、そういった諸々の物が空へと吹き飛んだ証だ。他の櫓に上がっていた者たちは、口を開けたまま放心状態になる。
「な、なんじゃあ!?」
同じ弓とは思えないほどの威力に驚愕するのも無理はない。隆三の魔弓とは矢に魔力を付与して、攻撃力を最大限にまで引き出すことができる。特に隆三が保持している魔弓は、ダンジョンの深部から発掘した物。その潜在能力は未だに隆三ですら把握できていない。
「……数日はあの道が使えねえな」
独り言を言いながらも、隆三は眉を顰める。
手応えがない。いや、見応えがないというのが正しいのだろう。土蜘蛛は馬車程度の大きさくらいはある魔物だ。加えて、豊富な魔力も有している。それに矢が当たれば、いかに威力が強くとも減衰されてしまうので、あそこまでの被害は出ないはずだ。
小手調べとはいえ八割程度の力を込めて放った矢だった。隆三の勘で言うならば掠める程度にしか当たらなかったか、回避されたかのどちらかだろう。
速度を落とさずに揺れ続ける光を見て、商人が無事であることを確認すると二射目を番える。馬車が依然として速度を落とさないのは追われているからか。それとも姿こそ見えないが、恐怖に背を押されて、その場から逃げ出したいからだろうか。
隆三は桜の式神からの連絡が入るのを待ちながら、いつでも弦を引き絞れるように指の位置を整えた。
「……土蜘蛛の姿は確認できません」
「逃げた、か?」
闇夜で見えないが、山が抉れるほどの威力だ。いかに言い伝えに残る魔物とて警戒せざるを得ない。知恵のある魔物ならば、近づくのは危険と判断して、別の場所に向かうことも十分あり得る。可能ならば仕留めておきたかった隆三としては、何とも気持ちが悪い。
万が一ということも考えて、そのままの姿勢でチビ桜へと声をかける。
「念のためだ。あの商人が辿り着くまで警戒を続けてくれ。もしかすると、獣道や木々の間を縫って追ってきているかもしれない」
「わかりました。商人の馬車後方とその周りも重点的に見張ります」
大きく目を見開いて、闇の中の情報をできるだけ探ろうと隆三は目の前を見つめ続ける。ちらちらと揺れる灯りがだんだんと迫ってくる中、その灯りが消えた瞬間が隆三にとっては最大のチャンスだ。商人には悪いが、諸共射抜いてしまうことを隆三は考えていた。いや、望んでいたと言っても過言ではない。
長い年月をかけて、蝕むような恐怖を植え付けて来た魔物に、強力な一撃を与える機会はなかなかないのだ。上手く行けば封印などという中途半端なものではなく、悲願の消滅すら狙える。そこまで隆三は考えていた。それだけ自分の腕と魔弓への絶大な自信があった。
だが、その願いは叶うことはなく、灯りをつけた馬車は宿場町の入り口まで辿り着いてしまう。その馬車は予想通り、昼間に桜たちがすれ違った商人の物で間違いなかった。
「おい! 頼む! 早く入れてくれ! こっちは化け物に追われてるんだ!!」
「ちょっと待ってくれ。今すぐ開けるから。その化け物とやらはどこに行った?」
「さっきの爆発をみただろう!? あの時にどっかに行っちまったよ!」
初めて会った時とは別人と思えるくらい流暢な言葉で、悲鳴に近い叫び声を上げながら、商人は半泣きで御者台から喚きたてる。入口は門の内側に破られないようにいくつもの砂袋が積まれて、重し代わりにされていたため、すぐには開けることができない。
宿場町の人間としては、塚に眠っていた化け物がいつ襲ってくるかわからない中で、門を開けるのは自殺行為に他ならない。誰もが開けたくないという気持ちがあったが、それでも宿場町の者たちは目の前の人間を締め出しておくほど薄情ではなかった。
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