基礎訓練Ⅳ
寝返りでベッドが軋む。いつもは過ごしやすい夜も、体の中から湧き出てくる痛みと熱でなかなか寝付くことができない。
気を紛らわせようと見た時計は既に五時を回り、一睡せずに朝を迎えようとしていることを示していた。
目を擦りながら、ユーキは足や腕を寝転んだまま大きく伸ばす。
クリフとの唐突な実践式訓練の後、前衛二人組は足さばきを行いながら素振りをひたすら行い、夕方には腕が上がらなくなっていた。
一番堪えた内容は、唐突に繰り出されるクリフの槍を避けることだった。足さばきと素振りの二つを重点的に意識して、自分のことばかりに意識が向いていると、意識の外から槍が飛んでくるのだ。
しかも、ギリギリわかる程度の速さであるのが、より恐怖を煽る。
後衛の女子三人組は近接で杖を持ったまま扱える格闘技を学び、同様に疲れ果てていた。前衛組と違い、精神的な疲労は少なかったが、その分慣れない動きをしていたせいか、肉体面の疲れは相当なものだったようだ。
全員が帰宅した後は、筋肉痛が原因で満足に夕飯も食べられず、風呂を速攻で済ませてベッドにダイブしていた。
(確かに強くなりたいとは思ったけど……こんなに厳しくてもスタートラインにすら立っていないなんてな)
横を見ると既にフェイの姿は無かった。どうやら日課の鍛錬に出かけたらしい。ユーキ以上に鍛錬を積んできたフェイでも根を上げていたのだが、地力の差か或いは精神的に余裕があるのか。
少なくとも、普段と同じように鍛錬を始められることをユーキは感心していた。
「俺も運動部でそれなりにやってきたんだ。根性論は好きじゃないが、嫌いでもないな」
痛みをこらえて、軽く筋肉を伸ばす。ストレッチで丁寧に時間をかけて解していくと、心なしか痛みも軽くなる。指先がつま先を捉えるが、そこから先にはなかなかいかないことに歯がゆさを覚えながら、あちこちへ体を動かしていく。その硬さ具合に、今までいかにストレッチをさぼっていたかがよくわかる。
「学生時代だったら怪我で澄んでたけど、こっちじゃ死にかねないな……」
ベッドから立ち上がり、欠伸をしながら背を伸ばすと、背骨から軽い音が二、三度響く。近くに置いてあった刀を持って、庭にいるであろうフェイの元へと足早に向かった。
まだ、日が昇っていない空に、剣を振る音が響く。フェイはいつもと違い一振り一振りを形を崩さないようにして振るっていた。
――――連続技がいかん、というわけではないが一つの基本を疎かにして次の技に繋げても十全な技にはならん
クリフが昨日の練習で呟いた一言だった。小柄で力も弱いフェイは、今まで手数と速さで成長してきた。
しかし、それで戦うには限界があるというのがクリフの持論だった。曰く、「間合いと呼吸を読む速さ、それが上回っている相手には連続技を叩き込んでも十中八九当たらない。むしろ動く木偶人形だ」と。
故に、フェイは目に映らない仮想敵を前にして剣を振るう。相手が出す技を分かったとしても、なお避けられない一撃。それを素振りの段階から体に染みつける。
顎から汗を滴らせるフェイの横に並び、ユーキは声を掛けず同じように刀を抜いて構える。
――――足と手の動きがバラバラで、当たる瞬間に本来の威力を殺している。速さで誤魔化すな。特に明日からはゆっくりと振って正しい軌道を見極めるんだ。我流の剣術ほど危ういものはないのだからな。
刀の知識もあったクリフからは握り方や基本的な動作を教えてもらった上で、ただ一つ「唐竹」を練習するようにきつく言われた。上から下まで斬り落とす。言葉の上では単純だが、実際にやってみると難しい。手の握り、振りかぶった位置、下すときの力加減、肩と肘と手首の使い方――――課題と疑問はいくつも浮かぶ。
一度斬るだけの行為に一体いくつの極意が隠されているのかわからないほど複雑でクリフも返答には困っていた。とある師匠に知識程度に教わった程度で、専門ではないからわからないことが多い、というのが正直な答えなのだそうだ。
今はクリフの攻撃のない練習。上半身の動き、下半身の足運び、そしてその連携にひたすら集中する。まずユーキがたどり着くべき目標は、意識せずとも刀を振るうことができる癖をつけること。唐竹の技が、というよりも、体を自分の思うように動かす下地をどれだけ作れるかだ。
「一、二……一、二……一、二……」
構えたところから右足を出しながら振り上げ、左足を素早くひきつけながら剣を振り下ろす。その次に、左足を引きながら腕を上げ、右足をひきつけながら振り下ろす。前進、後退を繰り返しながらゆっくりと素振りを行う。
時折、昨日の筋肉痛が悲鳴を上げるが、それすらもどこにどれくらいの痛みが走るのかを感じて腕の動きを把握していく。ゆっくり動いているにも関わらず、百を超える頃には腕が震え、汗が滲み出ていた。
本来なら魔力を高めて身体強化も行うところだが、フェイもユーキもあえて使わずに己の肉体のみで振るっていた。
二人が手を止める頃には朝日が顔を覗かせ、小鳥が歌っていた。
「――――民間人の被害がいないとはいえ、騎士五名が軽傷。二名は重傷……か」
新たな犠牲者の数を聞いて伯爵がため息をつく。次に目の前の男に報告の続きを促すまでの間は、一秒かもしれなかったし、一分以上あったかもしれない。重苦しい空気の中で、呆れ、憤り、焦り、怒り。様々な感情が渦巻いている冷徹な瞳を受けてなお、アンディは臆せず口を開く。
「敵は単独で行動。背丈などからして昨日と同一人物である可能性が高く、肉弾戦を得意とするタイプと思われます」
伯爵は目頭を指で抑えた。今まで対峙してきたあらゆる敵を思い出してみるものの、その能力がある人物や道具、魔法に当てはまらない。何よりも不思議に思うのは――――
「――――目的が見えんな。この際、相手が組織だろうが、個人だろうが、一向に構わん。どのようにして犯行に及んでいるかも置いておこう。だが、目的というただ一点において、放置して話を進めることはできない」
「その通りですが、現場に残されたものがなく、騎士団の被害のみで目的を絞れるほど甘くはありませんよ」
伯爵が人差し指でこめかみを軽く叩きながら声を絞り出す。
「国王または我々への復讐」
「ありえなくはないですね。ただし、誰がという視点になると相手が多すぎます」
「そう見せかけた個人への復讐」
「我々が知りうる限り、全員に共通する関係者は同じ騎士団内部または、酒場やギルドの従事者です。その線はないかと」
「無差別殺人」
「我々の屋敷に侵入して、お嬢様とご学友を見逃したのは説明できません」
「では――――」
この後も、いくつもの案を伯爵が挙げてアンディが返答する形で話が進むが、結局のところ、真実にたどり着くのはもう少し先の話であった。
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