土の下に眠るものⅣ
揺れもすぐに収まったので、アドルフはほっと息を吐いた。
「おいおい。急に揺れたから何事かと思ったぜ。でも、一時的なもんだから気にしなくても大丈夫そうか?」
「いえ……何か静かすぎませんか? 何というか、さっきまで聞こえていた虫の声まで、急に聞こえなくなるなんて……」
桜は御者台の方に身を乗り出して、周りの木々の様子を見る。
アンガスはそんな桜に攻撃が合ってはいけないと思ったのか、盾を構えながら警戒を始めた。そんな彼も周りを窺っていると、あまりにも静かすぎることに不気味さを感じたらしく、小さな声で呟く。
「まるでいきなり異空間に呑み込まれたみたいだ」
「虫の嫌がる杉の木ならまだしも、ここは……椚木が多いみたいです。夏ならカブトムシやクワガタが良く取れそうなものですが、この時期でも虫一匹いないというのはおかしいです」
黒くゴツゴツした木々を見上げながら桜が怪しんでいると、遠くから何かが近付いてくる音が響いてくる。それはだんだんと近くなり、気付いた時には既に馬車の側まで到達していた。
「おい! 帆の中に入れ!」
すぐに隆三が桜とアンガスを中へと引き込む。数秒遅れて、カナブンやガなどの虫が黒い雪崩となって通り過ぎていく。まるで台風でも直撃したかのように、幌へと虫が何十、何百とぶつかる。
いくら帆が張ってあるとはいえ出入口があるため、そこから夥しい量の虫が入ってくるが、即座に隆三が魔弓で外へと弾き飛ばす。
「あ、あんたが一緒で助かったよ」
アンガスも流石にこの量の虫を盾一枚で防ぐ気にはならないのか、冷や汗をかきながら苦笑いする。
「そんな呑気なこと言ってる場合か。今は止まってくれてるから良いが、いつ馬が走り出してもおかしくないんだ! この雪崩が止み次第、すぐに手綱を握ってくれ!」
隆三の声に一喝され、アンガスは表情を引き締める。そんな彼の腕を掴みながらペネロペは虫が吹きとんでいく外の光景に目を凝らす。
「虫だけじゃないわ。犬……にしては小さいけど、何か四足歩行の獣も同じように走って行ってるわよ?」
その言葉に桜も目を凝らすと、狐や狸、狼のような獣が大挙して地面を駆け抜けていく。両腕で抱え込めそうな大きさだが、時折、馬だと見間違うほどの大きな影も横切っていった。
「猪まで……こんな多くの生き物が一斉に移動をするなんて……まさか!?」
あらゆる生物が逃げ出している。そんな状況に桜は思い当たる現象がないわけではなかった。ただ、そういう話は、昔から両親に御伽噺として教え込まれていたせいか、想像は出来ても実感がわかないというのが正しい。
「嬢ちゃんも同じことを考えてたか。あんまり考えたくないが、どっかの大うつけが塚を掘り返したのかもな」
「そんなことをしたら……!」
二人の会話について行けない白銀の風のメンバーだったが、二人の表情からまずいことが起きているのは想像できたようだ。表情が戦闘モードに切り替わったアドルフが双剣の柄を一度指でなぞった後、意を決したように二人へと近づく。
「すまない。何が起こっているかを教えてくれ。俺たちはどうすればいいんだ」
二人は顔を見合わせた後、小さく頷いた。
隆三は魔弓を握り、虫の排除に専念。桜は三人に説明するために向きなおる。
「この日ノ本国には強大な魔物を倒した後、その場所に塚を築いてあるんです。石碑や墓石のようなものだと思ってくれれば構いません。ここには、こういう魔物がいて悪さをして退治された、と後世に伝えるためでもあります」
「それがどうしたんだ。倒したなら問題はないだろう」
「残念ですが、何故かその魔物は何十年。或いは百数十年と時をかけて蘇ることがあるんです。まるで魔王のように」
――――魔王。その言葉に白銀の風の三人は息を飲む。
御伽噺とはいえ、その傷跡は様々な国に残され語り継がれている。魔王とは御伽噺として語られるが、大人たちのほとんどはそれが嘘ではない、かつて本当に存在した世界の脅威であることを理解していた。
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