土の下に眠るものⅠ
ようやく宿場町に辿り着くと、夕日で赤く染まった空が紺碧の色合いへと移り変わっていく頃だった。
しかし、山間の街であるため、影は早く落ち、街は既に夜にも等しい様相を呈していた。行燈や提灯などが並び、その中から放たれる魔法石の光は、薄い和紙を通して立ち並ぶ家々や道を温かく照らしている。
「結局、山賊一人どころか形跡一つ見つけられなかったな」
アドルフがため息をつきながら御者台の後ろで宿場町を見渡す。ファンメル王国のギルドのような、ギラギラとした光ではない灯りを眺めていると心が落ち着くが、頭の片隅では昼間の事件が尾を引いて引っかかっている。
「今は俺たちにできることはない。さっさと寝て、明日に備えるのが一番だ」
馬車を所定の場所に止めようとアンガスは手綱を操る。彼としては終わった出来事は仕方ないので、もう既に頭の中は次の日のことに切り替えてしまっているらしい。
そんな彼をアドルフは昔から見ているので特段不思議には思わないのだが、自分の中に燻っている不安が、いつにも増して酷く何かを訴えかけてくる。
「アドルフ。何か考え事?」
「いや、山賊どものことが不安なだけだ。ただ、こういう感覚は前にもあった。ダンジョンで落とし穴のトラップにハマって、モンスターに囲まれた時のことを覚えてるか?」
「目の前の宝箱につられて、あたしが走っていった時でしょ? もう、その話はやめてよ。もう一年前の話なんだから」
「あの時と同じだ。何か悪いことが起こりそうだって感覚。小さい頃から何度かあったっていうのはお前らにも何度も話しただろ。でも、その度に気のせいだってなって酷い目に合ってたからな」
森で遊んでいて蜂に追い掛け回されるなんてこともあれば、魔物と遭遇して腕を嚙み千切られそうになったこともある。運良く、そういう時には誰かに助けてもらえたが、もしそれが無かったらと思うと、ぞっとする話だ。
「奇遇だな。俺も嫌な予感がしていたんだ」
その言葉にアドルフ達が振り返ると険しい顔をした隆三が立っていた。
「ここに来るまでに少し、桜の嬢ちゃんと話をしていたんだが。この子が国を出て行く時の国の情勢を聞いて、少し思うところが合ってな」
「何かあったのか?」
「あぁ、魔物による被害の増加が話題になっていたそうだ。それもダンジョンの内外を問わずだ」
ダンジョンだけならば氾濫が原因になる。ダンジョンの外だけなら異常繁殖などが原因で起こることも有り得る。だが、両方が一度になるというのは極めて稀だ。
「龍脈からの魔力供給が異常なのか、それとも誰かが人為的に起こしているのか。どちらかと言われれば、後者の方が可能性が高い。ここ最近起こっている山賊の動きとやらにも関係しているのならば、そいつらの活動範囲からは、できるだけ早く出た方がいい」
つまり、隆三は夜であることも気にせず、このまま山道を突き進もうということだ。流石にそれは気が引けるのか、ペネロペが怪訝な顔をする。
魔物が普段よりも強くなっているのならば、それこそ見通しの利かない山を夜間に抜けようというのは危険極まりないからだ。
それに馬の疲労も蓄積している。このまま走らせ続ければ文字通り旅の足を失いかねない。
「魔物なら、俺の魔弓で何とかしよう。疲労についてはここで一度休憩を取る。三、四時間程度の食事と仮眠で過ごせば、こいつらも大丈夫だろう」
顎でしゃくると、その先にいた馬が耳をぴくぴくさせながら振り返った。まるで、隆三の言っていることを聞いて理解しているようだ。
「海京まで辿り着ければ、今回のことをすぐに調査できる方もいます。何かが起こる前に対処できるかもしれません」
桜は海京にいた友人のことを伝えた。
彼女とその仲間なら、もしかすると既に何かに気付いているかもしれない。そんな漠然とした期待が籠った声音だった。
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