基礎の脆さⅦ
正司はたった一時間とはいえ、言ったことをすぐに実行していく勇輝に驚きを覚えていたが、その中にほんの少しだけ恐怖も感じていた。
まるで刀を握っていた記憶を思い出していくかのようにすら見える。途中からは正司が口を出す前に、勇輝自身が修正していった。僅かに左右にぶれていた真向斬りも、数をこなすごとに整っていく。
「風を切る音も変わってきた。良い振りができてる証拠だが……」
突き以外の八方向の斬撃、真向、左右袈裟切り、左右逆袈裟切り、左右薙ぎ、そして逆風。その内、切り上げに相当する技は難易度が高いので説明と数度の振りだけで止めていた。
つまり、振り下ろす五つの素振りを練習しているのだが、何十回かに一度、勇輝の動きががらりと変わる。最初は、始めたばかりで腕が疲れたのだろうと見ていた正司だったが、そのパターンを何度も見ている内に意図的に勇輝が行っているのが分かった。
指の握りと手首を活かして加速させる振り方。あえてその逆を行い腕を使う振り方。どちらも間違ってはいない。むしろ、相手と自分の位置や足の踏み出し方で使いどころが変わってくる。
「(一体どこで、それを……?)」
勇輝がそれを完全に理解してやっているようには見なかった。足と手の動きが明らかに合っていない時がしばしば見られる上に、一回一回の足さばきが微妙に違う。まるでどこが最適な動きになるのかを探しているようだ。一方で、やたらに探してやっているわけでもない。何かを再現しようと動いているようにすら見える。
今まで刀の振り方を知らなかった人間が、急にそんなイメージをもって動くことなど、実際に手本でも見ないとできるはずがない。
「まさか……!?」
正司は思わず振り返る。道場に入ってから、ここに歩いてくるまでの間、後ろで戦っている者たちがいた。それをあの短時間の間に見て真似ているのだとするならば辻褄が合う。
「あの、何かありましたか?」
振り返ると勇輝がキョトンとした顔で正司を見ていた。前髪が汗で額に張り付き、顎から汗が滴り落ちて床に垂れていく。
何事もなかったかのようにしている勇輝を見て、正司の中に勇輝への興味が沸々と沸き起こる。僅かながらに存在していた恐怖など吹き飛び、口の端が持ち上がっていた。
「勇輝。お前さん、化けるぞ」
「はぁ……。俺はまだ死んで幽霊になるつもりはないんですけど……」
正司はそんな勇気を尻目に頭の中で今日の残りの予定を考える。
「(夕飯は離れにいる巫女さん連中の所に連れて行かなきゃならんから、それまでに使える時間は二刻程。その間に徹底的に基礎を叩き込んで、俺がいなくても素振りくらいできるようにしてやる。いや、足の動きも含めて、しっかり体全体で振ることを覚えさせるところまで――――)」
まるで悪の総統が三段笑いを放つ前兆のような雰囲気を纏う正司に勇輝は一歩後ずさる。
一時間の内、四十分ほどはぶっ続けで木刀を一心不乱に振っていたのだ。休憩したいところだが、目の前の男の発するナニかを察したようで苦笑いを浮かべている。
「正司さん! ちょっと顔を洗って、水を飲みたいんですが、どうすればいいですか!?」
「あ、あぁ、じゃあ、裏に井戸があったはずだから、そこに行こう」
我に返った正司は入ってきた場所とは反対の方を指し示す。一度、表に出た後、ぐるりと建物を回り込まないといけないようだ。
言われた通りに勇輝が外に行こうと歩いていく中、その背後を正司がついて行く。彼の予想通りかはわからないが、この際も勇輝は道場で木刀を振る他の門下生の動きを目で追っていた。
一礼して建物から出て行くと、微動だにせずに座っていた道場主が初めてそこで道場の出入口へと視線を投げかけた。
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