基礎の脆さⅥ
善は急げとばかりに正司は勇輝を先導し、城へと戻っていく。
巴と時子もその後を追って歩き出す。時子はいつ勇輝が幻覚を見るのか楽しみなようで、その一挙手一投足を見逃さないように前傾で追っていた。
一方、巴は勇輝が急に動いて周りに被害が出ないように注視しながら、折れた矢を懐へと仕舞い、時子の斜め後ろを歩いていく。
しかし、城の手前まで来たところで、時子は仕事をしなければならないとぼやきながら、巴を連れて勇輝と別れることになった。別れ際にふと振り返ると、いつの間にか彼女の周りにはいなかったはずの付き人のような人たちが一瞬で現れていたことに気付く。
「……もしかして、あれが隠れてついて来ていた護衛?」
「その一部、だな。わかっていてもどこにいるかわからなくなるくらいには素早い連中だ。それでも、まだ姿を見せる時があるだけマシな方と思いたい」
「姿も見せない人がいるってこと?」
「あぁ、八咫烏っていう部隊の連中なんかがいい例だ。どこで何をしているかわからない、町人たちにまで噂でしか存在しないやつら、なんて言われてるくらいだからな」
八咫烏。日ノ本国が従える隠密部隊。そのことについて勇輝が知っていることと言えば、月の八咫烏と名乗った男だ。またの名をクロウ。日ノ本国の国家元首を裏切り、暗殺に失敗したとされるお尋ね者。
「じゃあ、ここの殿様が暗殺されそうになったって話は……」
「おいおいおい、そんな話が海の向こうにも伝わってるのか? 噂話は広まるのが早いと思っていたが、予想以上だな」
正司は城内には入らず、そのまま堀に沿って別の場所へと向かい出す。その目的地は意外と早く見えてきた。近づくにつれて、何かを打ち合う音が聞こえてくる。
「一応、街の色々なところに道場が開かれているんだがな。ここは北御門家の所有だ。入門、というわけではないけど、俺が許可を取ってきて、隅っこで練習させてもらおう。お前はここで待っててくれ」
そういうと正司は道場の中に一礼して入っていった。
中からは乾いた音が響き、時折、何かがぶつかる鈍い音が聞こえてくる。前者は木刀同士がぶつかる音、後者は人が何かにぶつかった音だろうと勇輝は推測できた。
「(まさか、防具なしの木刀のみで戦ってるとかじゃ……ないよな)」
不安を感じながら待つこと数分。すぐに笑顔で正司が戻って来た。
「おう。道場の許可が取れた。とりあえず、中に入るぞ。俺の動きを真似しろよ。後、木刀は右手に持っておくんだ。左手で持って入ると時々、喧嘩を吹っ掛けてくる奴がいるからな。刀を抜ける状態で入ってくるとはいい度胸だ、なんてな」
「わかりました」
道場に入る礼、上座と更に一番偉そうに座っている人に向かって一礼。そして、端の方を通って下座へと向かう。
中には十名ほどの青年たちが互いに木刀を握って相対していた。じりじりと間合いを詰める者、微動だにせず相手を睨む者。或いは大声と気勢で威圧する者。十人十色とは正にこういう状況を言うのだろう。勇輝の木刀を握る右手に力が入る。
「よし、じゃあ、まずは左に持ち替えて、抜き方は――――使ってたことがあるんだから、流石に大丈夫だな」
正司は勇輝の横に立って、一つずつ間違いを指摘していく。握りしめず、力は小指から親指に行くにしたがって抜いていく。右手の親指が鍔に触れるほど近付けないなど、丁寧な教え具合に勇輝は少し驚いた。
「左手に力が入ってるが、添えるだけだと思った方がいいぞ」
「あれ……左手で振れって昔教わったことがあるんですが……」
体育の授業では左手で竹刀を振るようにと言われた記憶があった。それを正司は首を捻った後、苦笑いする。
「そりゃ、取り回しが効かないだろう。昔のことは一旦忘れて、言われたことだけを再現しな」
「りょ、了解です」
一時間ほどかけて、勇輝は基本的な握り方と素振りを正司から学んでいく。暑くもなく、たいして動いてもいないのに、勇輝の額には汗が滲んでいた。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




