基礎の脆さⅢ
思わず魔眼で見てしまいたくなる気持ちを抑えて勇輝は中へと進んで行く。すると壁際に古びた鎧が鎮座していた。兜に下にはまるで翁の面でも象ったかのような仮面が、歴戦の猛将のような威圧感を与えてくる。
「――――おめーさんに刀は早い」
「ひぃっ!?」
立ち止まって見つめているとしゃがれた声が耳に飛び込んで来た。一瞬、鎧に宿った亡霊か何かが語り掛けて来たのかと思ったが、それはすぐ横に佇んでいた男の声であった。
「刀に憧れるのは良いが、まともな量の金を用意してから来てくれ。冷やかしは帰った帰った」
顔を真っ赤にしながら半目で勇輝に向かって掌で払う仕草をする。怒っているようにも取れるが、どちらかというと酒に酔っている。数歩離れた場所からでも漂ってくる匂いは、酒をほとんど飲まない勇輝ですら気付くほどだ。
「久義殿。そう真昼間から声を荒げなくてもよいでしょう?」
すかさず正司が二人の間に割って入る。すると久義と呼ばれた男の表情が変わった。肘をかけていた台から離れるとズイッと一歩踏み込んで、正司の顔をまじまじと見つめる。
「誰かと思ったら、北御門さん所に出入りしてた坊主じゃねえか! おめーさん、見ねーうちにデカくなったなぁ!?」
大声を張り上げると久しぶりに会った孫を見たかのように喜びだす。大柄な正司の腰に手を回して、何度も叩く当たり、長い付き合いなのだろう。
勇輝がじっと見つめていると久義はジトっとした目に戻って睨みつける。
「なんじゃぁ。いごいごしてるならさっさと出ていかんかい!」
「い、いごいご?」
一体何を言っているのか理解できずに混乱していると、正司が再び久義を宥めに入る。
「久義殿。実は彼が武器を買いたいということで案内したんです」
「武器だぁ!? こねーなひょろい腕の小僧に刀が振れると思っとんのか?」
据わった目で勇輝の側まで来ると嘗め回すように頭から足まで観察を始める。周りをうろつきながら時折、腕や背中を掌で触ってくる。
「おめーさん、手ぇ出し」
「は、はいっ」
まるで親に叱られるかのような緊張を感じながら、声が裏返るのを聞いて勇輝は顔が熱くなるのを自覚した。
それをお構いなしに久義は勇輝の掌を片手ずつ両手で握って何かを確かめていく。その様子が気になるのか左右へと何度も顔を出しながら時子は興味深そうに一連の動作を見守っていた。
「こりゃ、たいぎーのぅ。……素振りはどれくれー続けとる?」
「に、二ヶ月ほど……」
「まぁ、その程度か」
勇輝から離れると元いた場所へと戻って、気怠そうに頬杖をついて勇輝の頭から足元までを見て、天井へと視線を移した。まるで魂でも抜けたかのような状態になった姿に唖然としていると、ぼそりと久義が呟いた。
「太刀を振ると体が振り回される。背丈からして打刀で二尺四寸……二分といったところか。反りは浅すぎず深すぎず。まずはそれくらいから素振りを正しくやりゃあ、長くするにしても短くするにしても、何とかなる……かどうかは小僧次第だな」
「今のだけで、そこまでわかるんですか?」
「さぁな。ただの勘だよ、勘。信じるか信じねーかは小僧次第よ」
そう言いながら久義は掌を差し出す。
「え、何ですか?」
「お代」
「はぁ?」
勇輝は目の前の男の言っていることが理解できなかった。まさか、今の情報だけで金を取ろうというのだろうか。
「別に出さなくてもいいが、その時はここの刀には指一本触れさせねぇ」
「しょうがねぇな。ここは俺が払っといて――――」
「待って」
正司が巾着を出そうとしたのを片手で制して勇輝は久義の前に一歩出る。彼から目を離さずに勇輝は正司へと問いかけた。
「正司さん。この人の腕は確かなんですよね?」
「あ、あぁ、少なくとも久義殿と同等の腕を持つ鍛冶師は片手で数えるほどいるかどうかだ。その点は保証する」
「じゃあ、とりあえず前金も踏まえてってことで、どうですか?」
勇輝は自分の腰に着いていた巾着をそのまま久義の前に突き出した。
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