基礎の脆さⅡ
武器屋への移動の最中、時子はどこで覚えたのかスキップをしながら、両手で勇輝が提案していた本を抱えていた。最初は歩きながら読もうとしていたのだが、流石に危ないので巴が取り上げようとしたのだ。それ以降、読まない代わりに誰にも渡すものかと憤り、もとい本の表紙を撫でながら悦に浸っている。
「しかし、あの本を読むのはまた苦労しそうだ。概略を察するならまだしも、理論を理解するまで読むとなると、異国の言葉を解読して写さなければいけない。それをやる部下の身にもなっていただきたい」
「馬鹿者が、それをするのが仕事だろうに」
後ろから聞こえてきた言葉に勇輝はドキッとする。自分は魔眼を開いていなかったが、また日本語ではない文章を普通に読んでいたことになるのだろう。或いは、魔眼とは別で勝手に理解してしまう異能でも身に着けているのかもしれない。
そんな考えが頭を過ぎると、自分の中に得体のしれない何者かが潜んでいるようで気持ちが悪くなる。不安に比例して心拍数が増大していく。知らず知らずの内に酸素を求めて大きく息を吸っていると、すぐ目の前で時子が立ち止まっていた。
「ここが武器屋……いわゆる刀剣商です。この店はよく城に務める方々へ融通を利かせてくれているんですよ」
「……一応、前に持って来た剣もあるんですが」
勇輝はチラリと後ろを振り返る。正司たちに持ち運ぶときには、既に取り上げられて身に着けていなかった。壊れていない物を持っているのに新しい物を買うのは気が引ける。かといって、一つ扱うのも大変なのに重さも形も違う武器をそれぞれ振るうのは、似ているようであまりにもかけ離れていることを勇輝は実体験として知っている。
「ならば、餅は餅屋に任せておけばいいな。ここの店主はちょいと知れた流派の中でも腕利きでな。金さえ払えば、そいつに合った武器を見つけてくれるってことでも有名なんだ」
「……というか、我々の所属するところと関係が深いからなんだけど」
巴がため息をつきながら左手で刀の鞘に触れる。漆塗りにされた艶のある黒の一部が光を反射して煌めく。
「北御門流剣術、と言ってもその理念は一言で言うなら『達人は武器を選ばず』。槍だろうが弓だろうが、異国の両手剣だろうが、あらゆる武器に触れて技を磨くことを良しとしている。御当主様は槍を特に嗜まれるが、異国からの武器が入った時は真っ先に目を通すほどに熱心だ。それ故に、門下生もまた他国を含めた武器に精通していることが多い。ここの店主に無理言って作ってもらうこともあるくらいだ。正司の言うことは話半分で聞いておいた方がいいが、今回に関しては言っていることは間違いではない」
「……ちょっと待て、俺の話ってそんな風に思われてたのか!?」
ショックを受ける正司を尻目に巴は真っ先に店へと入っていく。開け放たれた店の中には、外から見ても期待通り、多数の武器が並んでいるのが見えた。ただ、その一方でファンメル王国などで見かけたような剣はあまり目に入らない。
「今なら客はいないみたいだな。ゆっくり見て回れるようだ。私は邪魔になるといけないから入口にいる。終わったら声をかけてくれ」
店内自体は狭い為、ぐるりと見回した巴はすぐに勇輝の側を通り過ぎると、店の壁へと背を預けてしまった。本当に興味がないのだろう。腕を組んで道行く人たちを眺めている。
「行きましょう。時間は限られていますし、今なら、その店主にも会って話ができそうですから」
「じゃ、じゃあ、とりあえず行ってきます」
勇輝は申し訳なさそうに巴へと告げると中に入っていく。
どの刀も台へと置かれ、整然としている。五組まとめて鞘に入れられたまま置かれているものもあれば、一味違うぞと言わんばかりに一つの台に、周りと距離を開けて置かれている刀もある。ただ安全上の為か、それとも錆などから守るためか、そのどれもが鞘の中に納められ、その刀身を見ることは叶わない。
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