魔法禁止令Ⅰ
勇輝が広間から去った後、水姫・平源院時子はほっと息をついた。
今日は巫女長の曾孫が海を渡った異国から戻り、この内裏城にて面会に来ると聞いて心躍らせていた。巫女長の未来視は強力で、ここ数年だけで何度も国を救われている。
もちろん、凄いのは未来視だけではない。異様と言っていいほどの内在魔力。国を治める水皇や水姫である自分たちですらも一歩退かざるを得ないほどの圧力だ。その血縁者ともなれば、どれほど恐ろしいものかと内心、冷や冷やしていた。
「まさか、ここに来る前に出会ってしまうとは思わなかったわ。一歩間違えれば罪人のような格好だったから……あれも巫女長の指示かしら?」
「はい。曾孫と言えど姫様に危害を加える様なことがあってはならないと」
どうせなら一撃くらい受けてみても面白かったかもしれない、と思いつつ矢上だけになった広間を見渡して立ち上がった。
「それにしても彼の魔眼がどこまで見えていたのか。もし、この子が見えていたのだとすると、相当に強い眼を持っているはずよ」
「巫女長は確かに持っていると断言しておりましたが」
「でも目に変化があるようには見えなかった。巫女長も言っていたはずよ。その眼を開けば瞳の色が変化する、と」
自分の周りにいくつもの結界を張って安全を確保した上で、勇輝の魔眼を見定めようとした。だが、その結果は不発。時子としてはあまりにも拍子抜けな結果に不完全燃焼であった。
そんな時子の姿を見て矢上はぐっとこらえるような表情を浮かべた。
――――水皇・平源院家。
日ノ本国を治める一族にして龍神の加護を得た一族。その中でも時子は特異な存在であった。
龍神は国を治めるべき人間を自ら指定し巫女たちへと告げる。常にそれは男女一人ずつ。男は水皇と呼ばれ、前水皇の息子の中から選ばれる。
それに対して女性は水妃と呼ばれ、いわゆる水皇の嫁となる立場であった。ところが時子は現水皇の娘。それも齢にして十五。いくら成人したからと言って、指定されるというのは明らかに若すぎる。故に着いた名が水姫という当て字であった。
次期水皇は弟であり、婚姻は認められない。事実、龍神もそのことは承知しており、水姫は水皇を補佐する役目。それが回って来ただけとのことだと告げていた。
母親から奪う形となった水妃の称号だが、時子の才覚はそれを認めさせるだけのものがあった。
父の横で政策の議論を見学していれば急に的確な案を示し、他の者が挙げた案に不審な点があれば即座に指摘する。ある意味、水皇である父よりも政治手腕は上であった。
気になることは即調査。知識欲というか興味があることには突進せずにはいられないインテリ派脳筋。最近もやっと手に入れることができたファンメル王国の魔法書と杖を手に、朝も夕も魔法の練習に明け暮れていたほどだ。
流石に国を治める者としての自覚をもって、自分の身を危険に晒すのは辞めて欲しいと周囲が止めるのだが、それを言って聞くお転婆姫ではない。
矢上は我慢できずに、ため息を漏らして頭を前へと傾けてしまう。
「矢上、どうかした? 調子でも悪い?」
「いえ、なんでもありません。姫様のあまりの暴走っぷりに頭が痛くなっただけです」
「……それ、どっからどう見てもバカにしてない?」
時子は頬を膨らませて立ち上がり、そのまま進んで行ってしまう。着ているのも面倒くさいと十二単の何枚かは床へと脱ぎ散らしていく。
「どちらへ行かれるのですか?」
「ちょっと、外に出かけてくる。当分、彼は見ていられなさそうだし、気分転換くらいいいでしょう? 書類仕事は未二つ時頃から始めるから、そのつもりで準備をしておいてちょうだい」
「わかりました。それではお気をつけて。護衛は北御門の配下が二名ほど暇を持て余しているので、そちらに案内させましょう。それと――――」
矢上は一瞬、戸惑った末に言葉を紡ぎ出す。
「服は着て行ってくださいね」
「誰がそんなことするもんですか!」
離れていたにも拘わらず、ものすごい勢いで単衣が矢上の顔面へと叩きこまれた。
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