内守の巫女Ⅵ
一通り左右を確認した後、勇輝の視線は再び目の前の女性に釘付けになる。
年は若く、まだ少女のような幼さを残していた。その一方で少女には出せない妖艶な笑みを浮かべて勇輝を見つめ返している。
「……それでそなたの魔眼とやらに、私はどう見えているのかな?」
「いえ、魔眼を使うなと言われていたので、どうも何も綺麗な服を着てるなぁ……くらいですかね?」
「おい、不敬が過ぎるぞ……!」
後ろからぼぞりと矢上の声が突き刺さる。矢上的には内容は良くても、言い方が気に入らなかったらしい。しっかり褒めたのだから問題ないだろう、と勇輝は言いたかったが、それが許されるような場ではないようだ。
そして、相も変わらず巫女たちの好奇入り混じる視線の中では、どうにもむず痒くなっていけない。
「見てみるがよい。そなたたち、邪魔をするなよ」
「……いいんですか?」
その言葉は目の前の女性と、後ろにいる矢上へと向けられた。
僅かに後ろへと視線を送ると、束帯姿の美男子が据わった目で睨んできていた。目は口程に物を言うというが、視線だけで衝撃波を出してきそうな勢いだ。
ギッ、と首の関節の間に何かが挟まったかのように動かなくなったのは、今朝、寝違えたからだけではなさそうである。
だが、その矢上の顔も急に恐ろしいものを見たかのように表情が固まる。勇輝が頬を引き攣らせていると、口を真一文字にしながら矢上は渋々頷いた。
勇輝が視線を前に向けたとき、魔眼を開いていない視界に、ほんの一瞬だけ女性の背後辺りに真っ黒なオーラが見えたのは気のせいだろう。
「では、いきますよ」
「はい。どうぞ」
一瞬だけ、女性の表情が緩み、可憐な少女の笑みに変わった。見たこともないのに勇輝は目の前の女性が、十数分前に服を綺麗にしてくれた女性と同一人物なのではないかと思ってしまった。
その顔に呆けている自分に気付いた勇輝は深呼吸を一度した後、自分を落ち着かせた。
「(思いきり見過ぎない方がいいよな。何というか……何かいるっぽいし)」
通常の視界でも僅かではあるが女性の周囲の景色は歪んでいた。熱せられた地面と空気の境が歪む様な揺れ。それが彼女を取り巻くように存在している。そして、そのうっすら感じる雰囲気に勇輝は心当たりがあった。
「――――ッ!?」
飛び込んで来た光景に思わず仰け反りそうになる。
大きさこそ違うがそこにいたのは龍であった。女性の周囲に水色に光る半透明な龍が浮かんでいる。勇輝の方を女性と同じように興味深げに見つめてきていた。
だが、その身が纏う力は今まで見たどの生き物とも比べようがないほど。王都でもドラゴンと相対したが、それと比べても規模が違うと断言できる。
放つ光はそこまで強烈な物ではない。蝋燭に灯した炎の方がまだ輝いているように見える。それでも勇輝は目の前の相手に逆らってはいけないと本能で理解していた。変な動きをすれば、クラーケンのようにいともたやすく食い千切られる未来が想像できる。
「それで、何が見えたかしら?」
「そ、それは――――」
どう答えるのが正解なのか勇輝には、判断できなかった。
桜から聞いた話ではこの国には龍神がいる。それと同様の存在が女性の近くにいるということは、この女性こそが国を治めている人間。或いはそれに連なる者であることは予想できる。
汗ばんだ手を握りしめて、勇輝は口を開いた。
「その、とても綺麗な青い光を放っておられます」
「うん?」
故に当たり障りなく、龍神のことは放っておいて、女性自身が放っていた光の方を語ることにした。万が一、勇輝の発言が継承問題に繋がりでもしたらまずいことになるだろう。いくら魔眼だからといって、どのように見えているかまでは本人以外知りようがない。
しかし、勇輝の答えが予想外だったのか。女性は扇子を開いて口元を隠し、眉を顰める。何事かを思案しているようだが、あまり良い反応ではない。
嫌な沈黙が流れていると、最も奥に座っている巫女が声を挙げた。かなりの高齢らしく、しゃがれ声が響く。
「姫。恐らく、勇輝は御家問題にならぬかと気を使っているのです。そう不機嫌な顔をなさるな」
「……なるほど。それならば、今の答えも納得ができます。安心なさい、次期水皇は龍神様が決定をされること。人の意思でどうこうなる問題ではないの」
扇子を閉じて高らかに宣言する女性であったが、勇輝の耳にはその言葉はもはや入って来ていなかった。
「なっ――――!?」
思わず腰が浮き、口と瞳が大きく開く。その先にいるのは声を挙げた巫女の老婆。離れていたが、その見知った顔を見間違えるなど有り得なかった。
「何でここにひい婆ちゃんが!?」
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