内守の巫女Ⅴ
やがて進んで行くと、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてくる。壁というには声が聞こえすぎるあたり、襖か何かで仕切られているのかもしれない。
馬車の時のように何を話しているのか聞こうと意識を集中しようとした瞬間、腕の縄を思いきり引っ張られた。慌てて止まると見えていないはずなのに、目の前に誰かが立っている気配が感じられる。
「ご苦労。ここからは我々の役目だ。着替え次第、ここで待っていてくれ」
「お願いいたします」
そう言うと見張りをしていたはずの二人は、それ以上何も言うこともなく離れて行った。勇輝が戸惑っていると、新しく現れた男の声が間近から聞こえてくる。
「失礼。色々と混乱していると思うが、私たちは君に危害を加える意思はない。これから、会ってもらいたい人がいる」
「俺の名字に関係する人ですか?」
「その通りだ。普通にここまで案内をしたかったのだが、事情があってそれも叶わなかった。これ以上のことは、本人から聞くと良い」
そう言うと、後ろに回った男はゆっくりと進むよう促した。
「私の名前は矢上。矢上光雲。ここの主の側近として仕えている」
「矢上さん。できれば目隠しは外していただきたいのですが」
「すまないが、それはできない。君が特殊な眼を持っていることは既に知っている。どのような形であれ、主の許可なしに視界を自由にすることはできない。尤も、そんなことをしても、その眼を封じる結界を用意してあるので、万が一はあり得んがね。それでも念には念を入れさせてもらっている」
そこまで言われてしまえば抗うだけ無駄だろう。元より選択の余地はない。言われるがまま、矢上の言葉に従って足を進める。
他にも控えている人がいるのか、床板に響く足音は二人ではなかった。またある時には忙しそうにすれ違う足音も聞こえた。
何度か階段を上がる場面もあったが、見張りの二人組とは違い。しっかりと肘に腕を通して安全を確保した上で案内をする。その時に触れた腕の太さと硬さに思わず身震いしてしまった。
見なくてもわかる武人の腕だ。自分の細い腕とは違う鍛え抜かれたそれに、どれだけの月日をかけたのかを考えると、尊敬の念を抱かざるを得ない。
――――最早、自分がどこを歩いているかわからない。
そう思い始めてから十分ほど経った頃、矢上の声が後ろから掛かる。
「ここでしばし待たれよ。主たちの様子を確認してくる」
そのまま、どこかへと足音が遠ざかっていくと、勇輝はこの先にいる主とやらが誰か気になり始める。変なところで自分のスイッチが入って喧嘩腰になったら、もうアウトだ。せめて、自分の嫌いなタイプではないようにと祈るしかない。
そう思いながら待っていると、すぐに矢上は帰ってきた。
「待たせた。進みたまえ」
その言葉を受けて勇輝は足を前に進める。前方で何かが両側に擦れる音がすると、何人もの女性の声がひそひそと聞こえてくる。
背中を冷や汗が伝い落ちると同時に足の親指が硬い何かに激突した。アッと思う間もなく、勇輝はそのまま顔面から木の板へと激突。鼻から目頭にかけて痛いよりも熱いという感覚が駆け巡る。
感覚が治まった所で更に女性たちの声が笑いに変化していることに気付いた。頬が真っ赤になるのを感じながらも無理矢理背筋で体を起こして立ち上がる。
「……大丈夫か?」
「問題ありません」
後ろから蚊の鳴くような声で矢上に心配されるが、勇輝は何事もなかったかのように足を進めた。どうやら立ち入った場所は相当広いらしく、なかなか部屋の奥に到達しない。
十歩、二十歩と進んだ辺りでようやく矢上が縄を引っ張った。
「座れ。正座はできるな?」
声を出さずにゆっくりと左足から引いてその場に座る。
しばらくすると先程まで騒がしかった女性たちの声が静まり返った。すると、どこか――――どころか、ここに来るすぐ前に――――聞いたような女性の声が響く。
「さて、早速だけど、その目隠しを取ってくれるかしら?」
「よろしいのですか?」
「二度は言いません。早くなさい」
「承知しました」
勇輝の後ろで矢上が動くと目を覆っていた布が取り払われる。部屋は外の光が大量に射し込んでいるのか、はたまたずっと目を瞑っていたせいなのか。眩しくてなかなか開けられない。
それでも細く開けた視界の向こうには、腰まで長く伸ばした黒髪の女性がいることはすぐに分かった。服もかなりカラフルで銀杏のような黄と鮮やかな海を見ている気分になる青という中々見ない組み合わせの十二単らしき衣服の色が目に入った。
瞬きも十を越えるとやっと少しずつ周りの景色が見え始める。落ち着いて見回してみれば左も右も上半身白、下半身赤の和装をした女性がずらりと並んでいるではないか。
いわゆる巫女装束という物だろう。ファンメル王国の謁見の間で経験した時とは、別の圧倒される景色に口が開きっぱなしになってしまった。
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