内守の巫女Ⅲ
勇輝が金属の擦れる音に目を覚ますと、何者かがが牢の中へと入ってくるところだった。
「何だ、起きてたのか。それじゃあ、いくぞ」
「……どこに?」
「お前さんが指名手配されている理由がわかる所にだよ」
見張りの男の声に少しだけ安心しながらも、渋々勇輝は立ち上がった。
変な姿勢で寝ていたせいか、首の後ろ側が強張っている。どうやら寝違えてしまったようだ。思いきり後ろに回された手を伸ばして体を逸らして背伸びをする。痛みの具合から半日以上は確実に治りそうにない。幸先の悪い目覚めに辟易しながら、勇輝は声のする方へ背中を向けて手を差し出す。
「ほら、頭下げろ」
ただでさえ首が痛いので抑えつけられるのは勘弁願いたい。蟹歩きのようにして姿勢を下げたまま勇輝は無事に扉を潜ることに成功する。
尤も、目隠しをしたまま連れ回されるのは、昨日も思ったが結構な恐怖感だ。特に後ろ手で縛られている以上、転んだら顔面からいくしかない。幸いにも二人が抱えてくれたから事なきを得ているが、非情な人間なら確実に顔が歪んでいたか傷だらけになっていただろう。
記憶の限りでは牢を出て行くまでの階段は同じように通ることになるのだが、そこからの再び馬車に乗せられたことで嫌な予感がし始める。
ここから考えられることは奉行所のような場所での裁判だ。これならば、まだ良い方だと思っている。あのまま地下牢で移動だった場合は、拷問を受けさせられるという可能性が高かったからだ。
もちろん、判決即執行ということもないわけではないが、反論する機会があることを願うしかない。できるだけ悲観的な考えを持たないようにと、勇輝は自分に言い聞かせるが、どこまで言っても不安は消えることがない。
「(くっそ、ゴブリンに初めて襲われた時の方がマシだ。真綿でじわじわと絞め殺される気分で心臓が痛くなってきた)」
心臓が胸を強く叩き、耳に鼓動が響く中、外から聞こえる声は嫌でも入ってくる。
老若男女を問わず様々な人が行き交う声。まるでどこかの市場のど真ん中でも突っ切っているのではないかと思わせるほどの賑わいだ。時に値段を何度も大声で張り上げる男の声が聞こえては消えていく。また、ある所では井戸端会議をしているのか。甲高い女性の声がやたらと目立って聞こえた。
「また山賊が出たんだって」
「最近、北の方は治安が悪くなったわね。北御門様は動かないのかしら」
「盆に仕留めそこなった妖どもが地下の迷宮で集まってるらしいからね。そっちの駆除に回らざるを得ないんだって」
どうやら賊よりも魔物の方が優先度は高いらしく、領主的な立場の人間は手が回らないのだろう。そう考えると、昨日の洞津から首都に向けてのトンネルは、安全に行き来するために商人たちが許可を貰って移動していた可能性が高い。
事実、首都の民の経済活動を停止させるのは不味いということで、商人たちには優先的に通行許可が下りていたことを勇輝は後で知ることになる。
「(桜は……大丈夫か?)」
トンネルを通るのが一番早いのは間違いないが、それを通行するにはそれなりにお金がかかるはずだ。勇輝は山賊に桜が襲われていないことを心配することしかできない自分に、少しばかり苛立つ。
そんなことを考えていると、少しずつ街の喧騒から自分が離れて行っていることに気付いた。遂に目的の場所に到着するのかと、全身が強張り始める。
――――鬼が出るか蛇が出るか。
一手先どころか目の前すら見えない状況で、何を予測できるというのだろうか。息が少しずつ荒くなる中、やがて馬車が動きを止めた。
「おい、降りるぞ」
再び、男に言われて勇輝は後ろから出される指示通りに足を運ぶ。先程までの賑やかさとは打って変わって、静寂が自分を包み込んでいた。
しばらくして、進むと見張りたちとは違う声が聞こえる。
「何用か?」
「例の指名手配の男、内守勇輝を連れて来た。既にそちらには連絡が行っているはずだが……」
「確かに聞いておる。が、その……なんだ。その身なりで通すのはこちらも承諾しかねる。もう少し身ぎれいにしていただきたい」
勇輝はむっとしたが、仕方のないことだろう。自分では見えないが、服の至る所に土と埃、その他諸々の汚れが付いていたのだから。
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