内守の巫女Ⅱ
ほぼ丸一日を馬車の荷台に縛られたまま転がされていた体が悲鳴を上げていたが、逆に今まで酷使していた体を休めるという意味ではゆっくりできたのかもしれない。
何もすることがないので、ただただ体内の魔力を循環させ、瞑想しながら身体強化の訓練に励む。見張りに何か言われるかと思ったが、特に咎められなかったのは幸運だろう。身体強化を施せば縄が切れるかもしれないと馬車の中でも考えたが、何かの魔法がかかっているのか。いくら力を込めても切れる気配はなかった。故にできることは寝るか、魔力の制御を練習するかくらいしかない。
どこかで水が滴っているようで、時折、水の跳ねる音が耳に届く。他にいる囚人とやらの寝言もあるが、何故か勇輝には、その音の方がより鮮明に聞こえていた。
投げ出した脚から、体の中心を通って指の先まで。自分がいつも何気なくやっている魔力も、意識を向ければ魔力が通りにくいところや勝手に流れ始めるところなど様々な感覚が返ってくる。普段使わなかった筋肉を動かしたようなツッパリ、筋肉痛のに似た痛み。そして、思い出したかのように走る強烈な痺れ。
自分の体が果たして本当に大丈夫なのか不安が残る。
「(こんなことなら、こっちに来る前にしっかり診てもらった方が良かったかもしれないな……)」
桜の為とはいえ、急ぎ過ぎた自分に反省する。
そもそも、桜に伝えられたメッセージも帰って来いというだけで、具体的に理由はなかったはずだ。身内が危篤だとか、そういう言葉がなかったことを喜ぶべきなのだろうが、果たして真意は一体何なのか。そんなことを考えていると、意外にも自分の自問する思考の間が空き始めていることを自覚する。
もう寝てしまうな、と他人事のようにぼんやりと納得したところで、意識は暗闇へと落ちていった。
見張りの二人は動かなくなった勇輝を見た後、顔を見合わせる。一人は御者を務めていた男。体格は小さく、頭の上で海賊のように手拭いを巻いている。もう一人は勇輝に一切話し掛けなかった女二人の内の片割れだ。恰好こそ町人のそれに近いが、目つきだけは明らかに只人のそれとはかけ離れている。肩まで伸びた髪を揺らしながら、男の身じろぐ気配に視線だけ向けた。
「……寝たか?」
「寝たようだな」
「……寝れるか?」
「寝たのだから寝れるのだろう」
最初の疑問は確認の意味合いだったが、二回目は呆れた自分の感覚を疑っているようだった。
相方の返事に自分がおかしいのか、悩んでいるようだったが、しばらくすると言葉をつけ足して三度質問する。
「あの男。急に捕まって牢にぶち込まれたって言うのに、全然動揺していないぞ。普通の奴ならもう少し怯えるとか喚くとかしてただろう?」
「彼がそういう類の人間ではなかった、というだけの話だ。それとも、何だ? 妖か何かだとでも?」
つまらない質問をするな、と言わんばかりに女はため息を吐く。ただでさえ、洞津から一日かけて首都までやって来たのだ。目の前にいる勇輝と違い、見張るという任務の性質上。常に気を張っていた。
慣れているとは言っても、眠いという欲求は産まれるものだ。眠気を我慢できることと眠くならないことはまったく違う。
「何で我々がこんな奴を見張らないといけないのか。そちらの方が議論すべきだと思うけどね」
「確かに、普通ならば見張りの交代要員ぐらい首都ならいくらでも用意できる。それなのにも拘わらず動かさないとなると……」
男は僅かに袖口を動かして、己の武器の位置を確認する。金属が擦れる音が響くのを確認して、左右へと視線を何度も移動させた。
「ここの奴らがよほど信用ならねえか?」
「色々な派閥があるのだろうよ。その点、中央の派閥とは何も関係ない我々は任務を遂行するという一点においては信用されている。……北御門に仕える我々としては嬉しいことだろう」
女はふっと笑みを浮かべると瞼を閉じる。
本来の牢番以外にも気配があるが、手出ししてくるようには思えない。男の武器を確認する動作にも反応しなかったところを見ると、役目は自分たちと同じ見張りであると踏んだ。
「そう堅くなるな。このまま夜明けまでは何も起こらん」
「あったとしても無かったことになるんだろ?」
今度は逆に男の呆れた声が漏れる。既にその光景は何度も見たことがあると言いた気だ。一瞬、拍子抜けした顔を見せた女は満面の笑みで頷いた。
「――――正解」
見た目よりも遥かに人の多い地下牢は、騒がしくなることもなく時だけが過ぎて行った。
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