山越えⅦ
風切り音がする間もなく、矢が先頭を走っていた賊の足へと突き刺さる。そのままの勢いで前の森に倒れ込む姿は、後から追ってきていた他の三人にも動揺を与えたようで、明らかに速度が落ちる。
「えぇい! 止まるな! 止まってると当たるぞ!」
頭らしき男が真っ先に我に返って走り出す。遅れれば狙われるのは足を止めている自分たちだと部下も気付いたらしく、再び動き出した。
だが、それをアンガスと隆三が許すはずもない。隆三が衝撃波で三人を纏めて吹き飛ばし、尻もちを着いた所に、アンガスの矢が肩に突き刺さる。
「あ゛っ!?」
統率する頭が負傷し、仲間の大半が戦闘不能。ここまで来てしまうと、賊としては大人しく捕まったところで待っているのは厳しい処罰。故に残っている二名が下した決断は仲間を見捨てての逃走だった。
尤も、それを隆三は予測していたらしい。魔弓に矢を番えると、その一撃で茂みや木を気にすることなく射った。魔力の籠った矢は逃げる二人の目の前を通過すると、その辺りにあった茂みを全て吹き飛ばし、猛烈な風を引き起こす。土が抉れ、進もうとしていた場所にできた溝へ足を踏み外した二人は転がり落ちた。
「ひゅうっ、恐ろしいな……。流石にあれは俺も弾けそうにないぞ」
逃げた二人を追っていたアドルフが苦笑いしながら隆三の方を振り返る。桜も矢を放った隆三の攻撃の恐ろしさを目の当たりにしながらも、それがクラーケンへの攻撃を考えると、まだ余力を十分に残した一撃だったことがわかった。本気で放てばどれだけの威力になるのかを考えようとして、途中で思考を停止する。少なくとも、山賊程度の実力では相手にならないのが確実だ。
それよりも今は目の前で伸びている賊どもを捉えるのが先だろう。既にアンガスがどこからともなく取り出した縄で縛りあげている。
実はアンガスが装備している盾もまたダンジョン産だ。その能力はシールドバッシュの効果を増幅する衝撃波を出すこと。そして、もう一つは縄を突如出現させた能力だ。空間を歪め、物体をある一定量まで保存し、好きな時に取り出すことができる。この戦いの間だけでも、弓と矢、縄の三つを出現させていた。
「話に聞くのと、実際に見るのとでは違うな。前情報なく戦ったら、無事に済んだかどうか怪しいではないか」
隆三は馬車から降りつつ、矢へ球状の物を括りつけて上空へと撃ち放つ。暫くすると大きな音と共に、赤い煙と青い煙が上空に舞った。
日ノ本国では賊を捉えたり、見かけたりした場合、このように煙や光を使って緊急信号弾を放つ決まりになっている。こうすれば後続や逆から来る人に知らせることができ、避難の警告か救援の要請をすることができるのだ。
「赤単体なら襲撃の最中」、「赤と青なら襲撃を乗り切り捕縛か討伐完了」、「黄ならば撃退したが、敵は逃走中」などいくつかの色のパターンが存在する。
しばらくすると、遅れて遠くから似たような音が何度か響く。信号に気付いた櫓から各宿場へと伝える信号弾だ。こうして信号をリレーすることにより、自警団や冒険者、場合によっては武士による討伐隊が派遣される。今回の場合は捕縛・護送専門の足の速い馬車が向かってくることだろう。
隆三はため息をつく。捕縛の信号弾を上げた場合、そのパーティは危険がない限り、その場で賊の受け渡しを行うことが基本だ。もちろん、敵が更に押し寄せてくるなどの危険が予想される場合、離脱することは決して非難されることではない。
その際は、捕縛した者たちは殺されず解放されることになる。信号弾を利用した罪の擦り付けで殺人が起こることを避けるためだ。
他にもいくつかの例外規定などざっと数えるだけでも三十は超えるため、隆三はその中で最も一般的な道を選ぶことを提案することになる。
「嬢ちゃんには悪いけど、少しばかり足止めを食らうことになるか。宿場は二つ目までは進めそうにないか……?」
こちらの被害は一切なく、賊は全て捕縛済み。出発前にギルドで手に入れた情報でも、流れて来た賊は最大で四十を超えない程度。魔弓を全力で振るえば、よほどのことでもない限り圧勝するだろう。
「――――何か、キナ臭いんだよな。囚われた坊主の件と言い、賊の襲撃と言い……俺の気のせいならいいんだが」
隆三は賊を引っ張ってくる二人に聞こえない声で呟く。首都の到着まではまだまだ時間がかかりそうだった。
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