山越えⅣ
桜はいつの間にか硬くなっていた体から力を抜いて、ペネロペに問う。
「恋や愛って何なんでしょうね?」
「私の母はこう言ってたわ。『恋は落ちるもの、愛は捧げるもの』ってね」
大の字に寝転んで天井を見上げたペネロペは、まるで自分の言葉のように得意気に言い放った。視線だけを桜に向けると首を捻っている姿が目に入る。
「恋って言うのは自制が利かなくなるの。この人と一緒にいたい。私だけを見て欲しい。私の声を聞いてほしいってね」
そう言われると桜はあまり勇輝にそのような感情を抱いたことはなかった。マリーやアイリスと一緒に楽しく話をしていても、そのような独占欲はなかったはずだ。むしろ、お腹にアイリスを投げつけられたりしながらも、ワイワイとやっていた雰囲気を好ましく感じていたほどだ。
「ふーん。ちょっと、まだ桜ちゃんには早かったかな?」
「失礼なことを言わないでください。私も立派なレディですから」
「じゃあ、私が彼を救い出した後、旦那様にしても良いってことね?」
「えっ!?」
思わぬ発言に若干眠くなりかけていた思考が覚醒する。
マリーの様な悪戯な笑みでもアイリスの様な知識欲に駆り立てられた表情でもない。じっと真っ直ぐに、狩人が獲物を狙うような眼でペネロペは桜を見ていた。
「そ、れは……」
ペネロペと勇輝が結ばれる、というのは想像ができなかった。そもそも二人の接点と言えば、魔法学園で一方的にペネロペが知っていることと、クラーケン退治に勇輝が近くにいたというだけだ。
それなのにも拘わらず、桜の心臓は早鐘を打ったかのように暴れている。
「なーんてね。私もう婚約者いるから、少年には興味ないの」
「え……えぇっ!? い、一体、誰なんですか!?」
二重の驚きが桜を襲った。ペネロペが嘘をついていたこともそうだが、既に婚約者がいるというのは同じ女性としては興味がわく。そもそも話題が恋愛だったのだ。興味がわかないはずがない。
「いるじゃない。兄妹の組んでいるパーティの中に一人。私をよく知っている人物が」
「嘘、アドルフさん!?」
パーティを組んでいる理由がアドルフの幼馴染だからだけではなかった。自分の恋人がいるから所属している、という理由に、桜は少し驚きを隠せない。
「じゃあ、お兄さんは!?」
「もちろん、家族公認。兄さんが一番の強敵だと思ったら『アドルフだったら信用できる』って真っ先に味方になってくれたし。まぁ、容姿が全然違う私たちをからかう奴をボコボコにしたっていう事件で、兄さんからアドルフに対する好感度は最大値に達してたようなものだから当たり前だけど」
明らかになるパーティ内の関係に口を開けて聞いていた桜だったが、すぐに現実へと引き戻される。
「それであなたの場合なんだけど」
「はえっ!?」
「あなたの場合、恋でも愛でもない気がするのよね」
桜の心臓がドクンともう一度跳ねた。だが、先程と違って熱を帯びる様な鼓動ではない。むしろ、その逆。手足や頭の先から熱を奪われていくような冷たさすらあった。
「さっきの例え話覚えてる? 私はこう言ったの。御伽噺みたいだって。御伽噺の王子様は攫われたお姫様を見てどうするのかしらね」
「決まってます。助けに行くんです」
「そうね。王子様はお姫様を助けなければならない」
その強調した言葉を聞いて、桜は手が汗ばむのを感じた。顔が強張る桜を見てペネロペは確信したように肘をついて横になったまま桜を見る。まるで心の底を覗き込んでいるかのような視線に呼吸が荒くなった。
心のどこかで気付いていた。それを指摘されるのが怖くて見ないふりをしていた。しかし、会って数時間の桜に遠慮することなく言い放った。
「あなたの彼への想いって、義務感から来るものじゃない?」
「そ、れは……」
グールに襲われた時に助けられた。あの時から自分は勇輝の為に何かできることはないかと動いていた。そうしなければならないと突き動かされていた。勇気が気絶した時も、妖精庭園に攫われた時も、心のどこかで勇輝のことを考えていた。
「それはね。身勝手な感情の押し付け。馬車で出発する時までにずっと私が感じていた違和感。女の勘で確証がなかったから、男どもの前では黙ってたけど……。もし当たっているなら、このまま行ったらあなたたち、近い内に関係が拗れて歪むわよ?」
ぐさりと刃物を胸に突き刺されたような痛みが走る。もちろん、それは幻痛だが、桜の顔を歪めるには十分だった。真っ暗闇に突き落とされ、どうしようもない気持ちになる。そんな場所に突き落としたペネロペだったが、そんな彼女がすぐに光を投げかけた。
「でも、放っておけないんでしょう?」
「……はい」
「だったら、今はそれでいいかもね。大事なのは自分の気持ちに正直になることよ。彼に出会うまでに自分自身にしっかり向き合っておきなさい」
「はい!」
「よろしい。では、しっかり寝ること。悩むのも大事だけど体調を崩すのは、それ以前の問題だからね」
そう言うとペネロペは掛け布団を引っ張り上げて寝る体勢に入る。桜が掛け布団を準備する十数秒で、既に彼女は夢の世界へと旅立っていた。
桜自身は布団をかぶってから一時間ほど考え事に没頭することになる。今までのことを振り返り、一つ一つ自分の感情と行動を見つめ直す。気付いた時には意識が落ちて眠りについていたらしく、彼女が次に目を開けた時には、朝にしては暗い部屋の天井が広がっていた。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




