山越えⅢ
トンネルが開通される前は商人がよく使う街道だったということで、大きな揺れに悩まされることもなく、比較的安全な旅を白銀の風のメンバーは満喫していた。
「もう少し時期が遅ければ、葉の色が鮮やかに変わっている風景を楽しめたと思います。紅葉といって同じ植物なのに様々な色に変化するんですよ」
「ファンメル王国にも色が変わる樹木があったけど、アレって大分王都から離れた所じゃないと見れなかったわよね」
まだ青い紅葉の葉をみながら桜とペネロペが会話をする傍ら、アンガスが隆三へと声をかける。
「代わろうか?」
「いや、まだ大丈夫だ。それに魔物も人も怖くなるのは半ばに差し掛かってからだ。俺たちが止まる宿場に着くまでは気を抜いていても問題はない」
宿場の間隔は徒歩基準で作られており、一日で歩いて辿り着く距離とされている。その為、馬車で宿場を目指す場合は二駅か、三駅目で止まることを目標にすることが多い。
初日は上り坂がメインの為、隆三は二駅目で早めの宿入りを目指すと説明していた。
「それならいいのだが……」
「今の内に風景を眺めて楽しんでおけ。その内、見る暇もないくらい忙しくなることもあるかもしれん」
「やめてくれ。あんたが言うと冗談じゃなくて、本当に何か起こりそうだ」
そう言ってアンガスは一歩後ろに下がる。
それを確認した後、隆三は僅かに目を細めて空を見上げた。
「……さっきから何かにつけられているか。しかも気配は海上にいた時と同じ感じだ。俺を追っているのか、それとも坊主をつけていて、追跡する俺たちに切り替えたのか。いずれにせよ、嫌な感じがするな」
馬車の後方。それもかなりの高さから人型の小さな紙が風に煽られることなく飛行していた。何羽かの烏が近くを飛んでいくが、その紙はどうやら見えていないようだ。
紙は近付くこともなければ遠ざかることもない。ただひたすら同じ距離を保って、桜たちが乗った馬車を追い続ける。
かなり上空から見渡せば、山をいくつか越えた先に首都である海京が見えている。その視点からならば、道のりはまだ遠く、三日とはいえ長い旅路になることが予想できただろう。
そんな視界とは無縁な桜たちではあったが、道中は心配していた魔物や賊に遭遇することもなかった。時折、同じように冒険者たちが商品を運搬する一団とすれ違うこともあったが、夕方になる前に何事もなく宿場へと辿り着くことができた。
多くの宿場利用者は朝出発し、夕方前に到着して、宿場を見て回ってから宿で疲れを取るというのが一般的な流れになる。そういう意味では隆三のペース配分は完璧だったといっていいだろう。
観光もそこそこに夕飯を済ませた一行は、隆三の「宿の使い方講座」を受けた後、男女に分かれ部屋へと戻った。その際にペネロペが桜へと疑問を投げかける。
「ずっと気になってたんだけど、あの少年とは長い付き合いなの?」
「いえ、まだ出会って半年も経っていません」
「そう。じゃあ、あの子も幸せね」
ペネロペは慣れない敷布団を手で何度も押して感触を確かめながら呟いた。ベッドとは違うモフっとした感触にハマっているらしい。
「幸せ、ってどういうことですか?」
「簡単よ。そうやって、本気で心配してくれる人に出会えるって、世の中そう無いもの。あなたを見ていると攫われた恋人を心配する御伽噺の王子様みたい」
そう言われて桜は顔を赤くして、両手を前で激しく振る。マリーなどの親しい友人に言われるのとは違った恥ずかしさが襲ってきて何も言えなくなってしまう。そんな様子にペネロペはクスリと微笑んだ。
「あら、ごめんなさい。女の子に王子様は失礼だったわね」
でも、それだとお姫様じゃなくて王子様が攫われることになるか、と悩み始めたペネロペ。だが、すぐに視線は桜を捉え、懐かしそうに話し出す。
「私にもそんな頃があったのが懐かしいわ。周囲が色々と世話を焼こうとしたのも今なら理解できる。見ているだけで体がむず痒くなってくる感じね」
「私は勇輝さんとはそんなんじゃ」
「でも、嫌いではないんでしょう?」
両手をついてペネロペは桜の顔を覗き込む。綺麗な青い目が桜を映し出していた。
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