帰国Ⅴ
波が荒れたのだろうか、と思っているうちに再び横揺れが舟を襲い、軋む音が響く。
「……海の魔物が襲ってくることってあったりする?」
「……ないとは言い切れないかも」
二人は顔を見合わせると、サクラは紙束をポーチに入れて杖を持ち、ユーキは指輪を嵌めて剣を片手に走り出す。通路に出ると、他の乗客も様子を見ようと部屋から出てきていた。その中にはユーキたちと同じ考えに至ったのか、武器を持っている人もいる。
「武器を持ってない奴は退け! 邪魔だ!」
筋骨隆々の男が弓を携えながら闊歩する。身長は二メートルに届きそうで、思わず乗客たちは道を開ける。
「よし、あの人について行こう」
そのまま、ユーキたちも後を追う。既に弓を持った男の前に何人もの武装した人間が外に向かって歩んでいた。
「何が出た!?」
「でっかい烏賊です。この船に迫るくらいの大きさはありやす」
「三十メートル越えの海魔……クラーケンか!? B級冒険者パーティが二桁は必要だぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、ユーキは足が止まりそうになった。たかが木造船で三十メートル越えの魔物を相手に海の上で戦うなど自殺行為を越えて、死亡確定コースだ。船が沈むのも時間の問題だろう。
「ユーキさん。どうしたの!?」
「クラーケンなんて怪物、倒せるのか?」
「大丈夫、この船なら魔物除けと防御の魔法が重ね掛けされてるから、数時間は持つと思う」
サクラは表情を強張らせながらも答える。
「その後は?」
「私たちが倒し切るか、相手が逃げ出すか。それとも、近くの島に一度逃げるか。――――或いは沈むか」
「だから言ったんだ。笑っていられるのも今の内だ、って。こうなったら全力で魔法をぶっ放してやる。サクラはどうする!?」
文句の一つでも言わないとやってられないとばかりに、速度を上げながらユーキは問いかける。サクラはポーチを一度見た後、さらに速度を上げる。いつの間にか、前にいた弓使いを追い抜いてしまった。
「風魔法の使い手がいないなら、帆に風を当てて速度を上げる。逆に人が多いようだったら攻撃に回る。多分、足の一本くらいは使わせなくするくらいの用意はあるから」
「そりゃ頼もしい!」
出口が見えて来て足の勢いを一度弱める。
船に絡みついているような様子はないことから、サクラの言う魔物除けがまだ効いているのだろう。顔だけを出して周囲の様子を見ると、何人かの冒険者と見られる人たちが右側に集中して武器を構えているのが目に入った。
「よし、あの人数ならサクラは帆の方を頼――――ぐえっ!?」
出て行こうとした矢先に首根っこを掴まれ戻される。危うく尻もちを着きそうになるところで驚いていると、先程の弓使いが仁王立ちしていた。
「お前ら、海での戦いは初めてだな?」
「そ、そうですけど……」
そうすると男は、出口の壁にいくつも吊るされているロープのようなものを外して二人に放り投げる。
「ベルトでも何でもいい。括りつけておけ。先の方は船のどこでもいいから引っ掛けておくと、海に落とされそうになったら誰かが引っ張り上げてくれる。あとは内臓が締め上げられないことを祈っておけ。じゃあな」
必要なことは言ったとばかりに、男は自らも同じ道具を手に外へと飛び出していく。
「安全帯みたいなもんか。でもロープで腹に巻いたらヤバそうだな」
そこらのことについては文句を言っても仕方がない。ユーキとサクラはそれぞれ、腰のベルトを通す輪を三本ほど二重にして通した後、様子を窺う。
衝撃がもう一度来て、揺れが収まると同時に二人は走り出した。尤も、サクラに危険があった時に近くに居なければ何もできないので、ほぼほぼ行く場所は同じだ。
「おい、嬢ちゃん! 杖を持ってるってことは王国の魔法使いか!? 風を起こす奴が足らねえんだ。どんどん帆に風を送って加速してくれ!」
「やっぱり、人がいなかったんだ。ユーキさん。私はこっちで頑張るから!」
「オーケー、任せとけ。ここからなら俺も周りを見渡せて狙いやすい!」
船の後方から、側面を見渡す。弓や槍だと至近距離から狙わなければならないが、ユーキのような魔法使いとしては狙いやすい場所の方が有利だ。風属性の魔法を得意としていない魔法使いたちも考えることは同じで、杖を構えてクラーケンの出現を待ち構えていた。
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