帰国Ⅰ
ぐるぐると世界が回る。
こめかみが圧迫され、目を動かす力も無くなり、口は半開きでただ呼吸するだけの生き物になってしまっていた。四肢どころか指を動かすのも億劫で、せめて苦痛を軽減しよう、無心になろう。そう考えて横たわったまま遠くを見つめる。
自らの内からこみあげてくる不快感を何とかして乗り越えようと必死であった。
そんな視界にふっと黒い髪が横切った。逆光で見えないが、それが誰かすぐに分かった。
「ユーキさん。お水、飲める?」
「……まだ、無理」
内臓が、血液が、空気が、自分の体の中にあるすべての物が浮いたり沈んだりする感覚の中で、液体を飲むというのは自殺行為以外の何物でもない。
「船酔いって、こんな感覚だったっけ。初めての時は寝不足で風邪気味だったからっていうのもあったけど、健康な状態でなるとは思わなかった……」
「あ、やっぱりユーキさん。少しずつ記憶戻って来てる?」
「……いや、これは元々覚えてただけ。こんな強烈な感覚は忘れたくても忘れないよ」
頭と足が僅かな時間差で上下を繰り返す。
ユーキたちが乗っているのは、ファンメル王国ノーフォーク領発・日ノ本国本島(玉島)洞津行きで、船名を竜見丸というらしい。何でも龍神様を拝むことができるということで縁起がいいとされているようだ。
何故、そんな船にファンメル王国の魔法学園に留学していたサクラと二人で乗っているかというと、話は三日ほど前に遡る。
ライナーガンマ公爵の下を去ってから四日で王都へと辿り着いたユーキたちだったが、やるべきことはたくさんあった。荷物を降ろしたり、魔法学園の開講状況を見たりすることは当然だが、一番はソフィの扱いだった。
今でこそ人間の姿をしているが、元は水精霊で、さらにその前は死にかけていた人間。魔法学園長のルーカスの孫である。王都に戻ったならば、真っ先にルーカスに会うことが全員の暗黙の了解であった。
騎士たちに荷物を任せ、学園へと向かおうとしたところ、空から白い鳥がサクラの肩へと舞い降りた。
「『サクラ、スグカエレ。デキレバ、ゴエイヲツレテ。チチヨリ』」
まるで九官鳥か何かが話しているかのようなカタコトの言葉で何度も繰り返す。
「え、お父さんから? 帰って来いってことは何かあったのかな? 護衛も必要だなんて物騒だし……。それに、これって」
白い鳥の額を人差し指でなぞると小さい音共に煙が上がって弾け飛ぶ。その後には白い鳥の形をした紙がひらひらと地面へ落ちて行った。その様子を商人としての目が見逃せなかったのか、フランはサクラに詰め寄る。
「……サクラさんのお父様、スゴイ魔法使いなんですね。王都の結界をすり抜けて、こんな使い魔を送り込めるだなんて」
「あはは、お父さんはそういうのだけは得意だから。何ていうのかな。授業を寝てても、ノートに書き写す魔法とか、そういうの作っちゃうような人だって言えばわかる?」
呆れはてた顔で言うサクラに対して、隣にいた飛び級の天才少女、アイリスは袖を引っ張る。期待に満ちた眼差しでサクラを見上げていた。
「その魔法、教えて?」
「ものの例えだからね? まぁ、お父さんだったら本当に使えそうだけど、私はまだ無理かな」
「まだってことは、いつかは使えるってわけだ。楽しみだな?」
もう一方から現れた少女の赤い髪がサクラの肩と顔に触れる。何かを期待する彼女に対しサクラは毅然と言い放った。
「習得したとしても使わないし、マリーのノートの写しには使いません」
「そんなぁ……」
悲しむマリーを尻目に、姉であるクレアはサクラへと視線を送る。
「サクラ。もしかして、あたしたちと一緒で一度実家に帰った方がいいかもしれないね。多分、ご家族が心配してるんじゃないかな?」
「そうかもしれない。お父さん、心配性だし」
魔法学園の寮の前ということもあってか、サクラとしてはソフィの顛末も見てから向かいたいという想いがあるようだ。だが、当の本人であるソフィは笑顔で告げた。
「私は大丈夫です。心配いりません。ちょっと言い争いはするかもしれないけど、お爺ちゃんとは家族ですから。だから、サクラさんも家族のために急いで向かってあげてください」
そして、ユーキの胸元へと視線を動かすとニコリと笑った。
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